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    かけはし2016.年9月19日号

中産層はリオ五輪反対


「我々はオリンピックを望んでいない」

五輪開催で先進国の仲間入りを望んだが

 カン・ジェホ教授はロンドン大SOAS(東洋―アフリカ学部)でメディア文化学を教えている。スポーツのメガ・イベントを研究している。著書として『Walter Benjamin and the Media:The Spectacle of Modernity』(2014)などがある。英国プレミアリーグのサッカー・クラブ、リバプールFCを熱烈に愛しているスポーツ・ファンだ。彼は8月1日からオリンピック学術会議および競技参観のためにブラジル・リオに10日間余り滞在した。彼が現地で見聞きして考えた2016リオ・オリンピックについての手紙を受け、それを掲載する。(「ハンギョレ21」編集部)

 「テメル退陣、クーデターを中断せよ。我々はオリンピックを望んでいない」。パーティーとデモは同時進行した。8月5日の五輪開幕式を8時間後に控えて、4qに及ぶコパカバーナの海辺には1万人を超す人波が集まって行進した。1923年にオープンし、リオデジャネイロの上流層の歴史を依然として威圧的に示しているベルモンド・フェリスホテルの前で、2階建てバスを改造して登壇したデモ隊の一部がひっきりなしにスローガンを叫んだ。同時刻、ホテルでは国際オリンピック委員会(IOC)高位関係者たちと各国の有名人たちがパーティーを開いていた。

五輪誘致後、毎年上昇した家賃


ブラジル全国労組連合から出てきたマルセーロ・ジェマラシ(52)は「五輪よりも重要なブラジルの民主主義を守らなければならない」として約5mに達する長い旗の一端をわしづかみにしたまま、スローガンを叫んだ。リオ州立大学学生会は、保守党と財閥メディア・グループの連合を風刺するパフォーマンスを展開した。ブラジル全人口の98%が視聴しているという南米最大のメディアグループ・グローブ(Globo)は数多くのニュース・チャンネルやスポーツ・ケーブル・チャンネルを通じて、まさに傍らで繰り広げられている聖火リレーと開幕式の準備場面を絶えず送り出した。だが、この日のデモはどのメディアからも、短信としてでさえも報道されなかった。このごった返しの中で207の国と地域、そして難民チームの計1万1000人の選手団が出場する地球最大のスポーツ・ショー、オリンピックが始まった。
「どのみち米国、中国、ロシアなどがメダルを独り占めするんじゃないか。ところで、なんでこの強大諸国のお祭りにブラジルがカネをそっくり払うのか、ということさ」。8月4日に会ったフェリッペ・レモス(32)も、リオの市民たちが自らに投じている質問を私に繰り返し吐き出した。彼はリオ州立の行政機関で公務員として働いている。リオ滞留の期間中、私にマンションを貸してくれ、ヨーロッパ旅行に行く直前、彼は町内の菜食主義者のレストランで私に語った。「W杯や五輪が過ぎれば長いトンネルの終わりが見えるだろうと思った。ところが、その終わりが見えない」。
フェリッペは、リオの中産層区域であるポタポ区の小さな部屋2つほどの賃貸アパートで、ソーシャルメディア・マーケティングのフリーランサーとして働いている女友達イナオ・リコベール(24)と暮らしている。彼は五輪誘致が決定した2009年以降、この地域の家賃が毎年急カーブで上昇し、今や自分らの所得では家賃もままならない、とぶつぶつ言った。2人はリオ州立大学で教育を受け、専門職を持っているリオの若き都市中産層だ。
欧州や北米、そして韓国のようなアジアの各メディアはブラジルの政治スキャンダル、リオの治安不在、貧民街パベラの問題、環境汚染など否定的諸問題を集中して取り上げ、はたしてブラジルが南米で初めて開かれるこの地球的レベルの行事を主管する能力があるのかを質問し続けてきた。反面、ブラジルはこれらの国々に自らが対等な先進国であることを立証し、認められたがっている。これはフェリッペやイオナのように新たに形成されているブラジル中産層の欲求であり、2003年から執権した労働者党の夢だ。この甘い夢が今、悪夢に変わっている。「そもそも、この行事をなぜやるのか分からない」。イオナはため息をついた。
W杯と五輪の開催地が決定した2007年と2009年、今まさに成長しているブラジルの新興中産層は民主主義の確立および経済発展と社会的統合についての楽観的確信を持っていた。軍部勢力、南部の伝統的地主・土豪階級、そして「コーヒー・ブルジョア」たちの再執権を、労働者党は保守党との連立政府の形態ではあれ、制圧していた。五輪開催が決定された日、ルイス・イナシウ・ルラ大統領は「わが生涯でもっともうれしい日」だと叫びつつ、デンマーク・コペンハーゲンの大会場の壇上でブラジル国旗をひるがせた。この日、コパカバーナの海辺は祝祭の場だった。
自信感にあふれるだけのことはあった。2003年の執権後、労働者党は年平均7%の経済成長を実現し、2008年には全地球的金融危機の直撃弾も避けた。主要輸出品である原資材は中国の経済成長とあいまって好況を維持した。「グローバル・サウス」と呼ばれるブリックス(BRICS)の全盛期だった。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国は旧帝国諸国や第3世界の国家の前で、自分たちはもはや周辺部国家ではないことを宣布しようとした。

巨大イベントと国家経済の墜落

 地球的レベルのメガ・イベントは、その宣布の場だ。南ア共和国は2010年のW杯を、中国は2008年の五輪と2010年の上海エクスポをやり遂げたし、2022年の冬季五輪開催国でもある。ロシアは2014年のソチ冬季五輪を史上最大の予算で開催したし、2018年のW杯を準備している。
ルラの運は続くかのように見えた。2006年、「ルラ・フィールド」と呼ばれる80億バレルの油田が、リオ港から約250km離れた海底で発見された。2011年1月、ルラ退任時の支持率は驚異的な80%を記録した。併せて、家族手当(Bolsa Familia)政策と飢餓ゼロ(Fome Zero)政策などを通じて、五輪開催が確定した2009年、2000万人が極貧状態を脱け出した。2003年以降10年間、平均家計収入は87%増加し、消費中産層は全人口の37%から50%に増加した。世界8大経済国家が南米初の五輪を開催するのはごく自然なように思われた。ブラジル中産層は歓呼した。
「ところが労働者党は宿題をしなかったのだ。計算を完全に間違った」。ブラジルの人々が好んで訪れる食堂、パダリアのバーに立って、鶏肉をすりつぶしたコシニアを食べながら、ホセが語った。イベントはメガ級だが財政運営は町内会のレベルだと付け加えた。彼はリオで会計士として仕事をしている。

権力さん奪と基本権の侵害


彼の愚痴のように、政府が計算書に入れていなかった要素が1つ2つと登場した。中国の成長の勢いが鈍るとともに原資材の輸出は不安になり、原油の価格は持続的に下落した。新たに発見された油田も、巨大な塩の層によってボーリングにおびただしい財政投入が必要になるとともに、ブラジル経済の13%を占めている超大型石油会社ペトウロボラスの市場価値は2016年初めに27%も下落し、2008年の5130億レアル(約151兆ウォン)の7分の1規模の737億レアルに縮小した。2つのメガ・イベントが終わる2016年を過ぎればブラジルの経済規模は、むしろ2%ぐらい縮むものと予定される。2015年には甚だしくマイナス3・8%の経済成長率を記録した。
W杯に150億ドル、五輪に120〜160億ドル程度を注ぎ込んでいたにもかかわらず、このような羽目に陥った。現在の経済沈滞はW杯の強烈な後遺症にすぎないという点が不安を一層、加重する。メガ・イベントの財政的衝撃は一定期間が過ぎた後で体感されるという点を勘案すれば(ギリシャや南ア共和国の現状態を見よ!)、ポスト五輪の影響がどの程度なのか計算する余力はない。
結局、「パン」も「サーカス」もすべて失った、ということだ。急速に広がる不満の気運を見てとった保守集団の反撃が始まった。彼らはペトゥロボラスの議長を務めていたチウマ・ルセフ大統領を横領で攻撃したものの嫌疑なしとなると、財政操作の嫌疑で結局は弾劾した。大統領の職務は停止され、五輪直後に上院の投票によって弾劾の法的手続きを進める予定だ(注)。連立政府のパートナーである保守党のミシェウ・テメル副大統領は既に大統領権限代行職を担い、ブラジル政府を保守党中心に再組織した。軍部独裁に抵抗した女性大統領を追い出すやいなや、アマゾン開発業者、(進化論を否定する原理主義的)創造論を信奉している急進キリスト教者を含め、「白人男性」だけで内閣を構成した。
「クーデターだ。選出されていない保守集団が五輪期間中に権力を奪い、民主主義を破壊しようとする」。リオ州政府傘下のある研究所で公共政策を担当しているアレクサンデル・フィレス・ドリンゲス(42)は、長い対話の中で「クーデター」という言葉を何度も繰り返した。リオの2号線電車の終着駅パブナで7人兄弟の末っ子として生まれたアレクサンデルは家族の中で唯一、大学に進学して公務員になった。公立大の大学院まで勉強できるようにしてくれた民主化と公共福祉の成果が一瞬にして崩れるのではないか、心配が募る。彼は「対案は何かが分からない」と言い、憂鬱そうだった。
3日、リオ州政府などの主催で開かれた「スポーツ・メガイベントの属性」という学会で会ったアレクサンデルは、私をリオ州立大学哲学社会科学部前広場で行われたまた別の討論に連れていった。午後6時から3時間余にわたり、実に15にも及ぶテーマを当事者たちが、それぞれ10分ぐらいずつ発表した。五輪パークに向かう専用高速道路を作るからとして家が壊された撤去民(強制退去者)、マラカナン競技場の脇に大型駐車場を作るからとしてインディアン博物館を壊そうとする計画に抵抗している原住民、W杯が開かれた2014年以降は足踏み状態だった月給が今やそれさえも出てこないという大学の教職員、町中に建設されていた病院が途中で工事が止まったままという地域健康医療の活動家など全方位的に討論が行われた。
討論会や集会が開かれたサンフランシスコ広場から徒歩で15分の距離にあるもう1つの広場は「五輪ゾーン」と呼ばれる。開幕式を超大型スクリーンで中継し、市民数千人が集まって都市のスペクタクルを作る。ここはリオ市当局が推進した「驚異の港」プロジェクトの中心だ。米国ニューヨーク、アルゼンチン・ブエノスアイレスに続きアメリカの3大港と呼ばれていたリオを、五輪を通じて再開発しようという熱望だ。

エリート集団の「純粋な島」

 この開発の欲望は空間と土地の価値を再創出し、都市のジェントリフィケーション(住宅街の高級住宅化)を加速化する。五輪を背にして莫大な公的資金が投資され、利益は私的レベルで取得される。昨年、開館した「あすの博物館」はこれを象徴する。この洗練された空間で、私は香港から来た五輪ボランティアと共に開幕式を見守った。映画「神の都市」を監督したフェルナンド・メイレリスが演出陣として参加した開幕式は、デジタル・スクリーンを広範囲に利用しながら都市のスペクタクルを全世界の観衆に見せてくれた。ヨーロッパ中心主義に抵抗してきた文化的・芸術的自負心を内心では期待したけれども、開幕式は驚くべき未来に集中した。
五輪をきらびやかなスペクタクルだとばかりは考えがたい理由が、ここにある。再開発された空間は極めて具体的な利害を創出する。その利益はパベラ(ブラジルの貧民街)の貧民にも、リオの中産層にも回っては来ない。超国籍資本やリオのエリート集団にのみ配当される。選手団の宿舎として使われる五輪ビレッジは23億レアルの公的資金を得てブラジル最大の開発業者たちが建設した。開発業者を代表する不動産開発の財閥カルルス・カバールは、このビレッジが五輪以後、リオと全世界のエリート・グループのための高級コンド(コンドミニアム、分譲マンション)として分譲されるだろうと何はばかることなく発表した。コンド団地は「純粋な島」(Il ha Pura)と呼ばれる。上位支配層だけのための、都市の中の排他的都市との意味であることが容易に分かる。
その結果、五輪都市リオは統合の空間ではなく、排他の都市になった。当初はリオの中産層も、この開発の欲望に自発的かつ積極的に便乗した。貧民たちの犠牲は「進歩」のために否応なしに支払わなければならない費用として合理化した。貧民はリオの恥部であり、これは矯正されなければならないとの見方を受け入れた。衛生と環境を改善し文明化しなければならない対象として取り扱った。帝国が植民地を見るように、支配階級が被支配階級を見るように、内部者が外部者を眺めるように、だ。
フロラ・ダモン(34)はコパカバーナの真横のチャペウ・マンジュエイラの「パベラ」で、リオ州政府の社会人権相談者として少し前まで働いていた。数限りなく続いている狭い路地を歩き、住民たちと食事をし話をする間、フロラは私にパベラが何世代にもわたって形成された共同体であることを、コーヒー奴隷として、港湾労働者としてリオに定着した人々が作り出した集団的経験と暮らしの空間であることを示してくれた。
彼は「誰であろうと、これらの人々に移住を命じる権利はない」と語った。五輪準備の期間にリオの中産層たちは貧困だという理由だけで、教育を受けられなかったという名分で、健康でないという理由で、一部の市民をこの都市から追放すべきだとの主張に暗黙のうちに合意した。今やそのすべての費用が都市と国家全体に転嫁され、自分たちが被害を受け排除され始まると、やっと初めて貧民と連帯して抵抗しようとする。その抵抗は余りにも小さく、連帯は余りにも遅かった。
ブラジル共和国が誕生した1889年11月19日、公式に採択されたブラジル国旗には共和国の最初の首都リオの青い空を背景に、連合体を象徴する星々がびっしりと描き込まれている。国旗のデザインは社会哲学者ハイムンド・テイシェイラ・メンデスが主導した。フランス実証主義社会学の創始者オーギュスト・コントの追随者らしく、メンデスは「秩序と進歩」という理念を国旗に永遠に編み込んだ。数学と科学、合理性に基づいた近代化を達成しようとする若い国家の覇気あふれる志向であることは明らかだ。
だがこの象徴と理念の起源をたどってみた私は、何か不思議な点を発見した。コントの文章によれば、彼の核心的原理は2つではなく、3つではないか。コントが亡くなる直前に発表した「実証的政治体系または社会学的協約」に記された原文は以下の通りだ。「原理としての愛、そして基盤としての秩序、目標としての発展」。

「秩序と進歩」の後ろに来るもの


だから、ブラジル国旗には3つの原理のうち、愛が抜け落ちている。メンデスがいかなる理由で秩序と進歩だけを選択したのかは確かではない。おそらく愛は科学的ではなく感情的なものだと考えたのだろうと推測してはみる。他者に対する共感、相互認定、そして平等な連帯が愛を実現する重要な要素であるならば、「尊重」を最も重要な価値と設定した今回のブラジル五輪の精神も愛と触れ合っているのだろう。数日が過ぎれば閉幕式だ。リオの市民たちが五輪のスペクタクルで隠そうとした価値を再発見できるのか、気になるところだ。(「ハンギョレ21」第1126号、16年8月29日付、カン・ジェホ/英国ロンドン大学SOAS教授)
注 8月31日、ルセフ大統領は弾劾裁判で罷免された。

 


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