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    かけはし2016.年9月26日号

北朝鮮の核・ミサイル発射実験糾弾!


東アジアの平和のための国際共同行動を

米日韓の共同軍事体制反対

通算5回目の核実験を強行

 九月九日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は同国東北部の咸鏡北道豊渓里(プンゲリ)の核実験場で、今年になって二度目、二〇〇六年以来通算で五回目となる核実験を行った。今年一月の「水爆実験」に続く今年二度目の核実験であり、一年のうちに複数回の核実験が行われるのは初めてだ。
 朝鮮中央テレビによれば「核弾頭の威力を判定する核爆発実験」としている。
 北朝鮮の核兵器研究所の声明に.よれば「弾道ロケットに装着できる核弾頭の性能や威力などを最終的に確認した」「小型化、軽量化、多種化された、より打撃力の高い各種の核弾頭を必要なだけ生産できるようになった」と主張している。同声明は「実験分析の結果、爆発威力と核物質利用係数などの測定値が計算値と一致するということが実証された」とも述べている。
 韓国政府は、北朝鮮の核兵器の小型化・軽量化の技術が相当の水準にあると述べ、国家情報院の九月九日の国会への報告では「搭載重量が一トン程度のスカッドB短距離弾道ミサイル(射程三〇〇キロ)に搭載しうる小型化には至っていない」としつつも、「一〜二年以内ではないにしても予想より早く開発する懸念がある」と説明している。
 北朝鮮は今年になってから一月の「水爆実験」に続き、長・中距離のミサイル発射実験を繰り返してきた。九月九日の「核爆発実験」に先だって、九月五日には射程一五〇〇〜二〇〇〇キロメートルに達し、日本全域を射程に入れたノドン三発をほぼ同時に発射している。

金正恩の軍事的冒険主義


われわれは、北朝鮮・金正恩体制によるこうした軍事的挑発行為を厳しく批判する。今年五月、三六年ぶりの党大会を開催した朝鮮労働党は金正恩を党委員長とする新体制を作り上げた。しかしその後も党・軍幹部の相次ぐ粛清・処刑が報じられている。民衆生活の犠牲の上に周辺諸国との緊張を意識的に駆り立て、金正恩指導部へのあらゆる批判の要素を無慈悲に抑圧するこの体制は、決して安定的なものではない。
金正恩体制の「軍事的冒険主義」は、体制自身の不安定性と民衆の不満を、自ら「対外的緊張」を作り出すことで乗り切ろうという意図に貫かれている。われわれは、この体制延命のための「挑発」が、現実の軍事的対決に転化する可能性を決して過小評価すべきではない。
韓国国防省は九月九日、北朝鮮・金正恩体制の核・ミサイルの急速な実戦配備化への対抗を名目に、新しい対「北」戦争プランを韓国国会で明らかにした。北朝鮮からの攻撃の兆候をつかむと先制攻撃をかける「キルチェーン」作戦と韓国独自のミサイル防衛システムであるKAMDがそれである。
米韓は、米軍による高高度迎撃ミサイルシステムやTHAADを来年末までに韓国に配備する。さらに米イージス艦から迎撃するSM3や、低高度で撃ち落とす米韓の地対空誘導弾パトリオットで対抗しようとしている。さらに韓国国防省は、「同時に精密攻撃できるミサイルや部隊を投入し、北朝鮮の指揮系統を報復攻撃する作戦『KMPR』を行うと明らかにした。金正恩委員長自身の殺害も含まれていると見られる」(「朝日」九月一〇日朝刊)。
国家指導者へのテロ作戦までふくめたこうした「報復」が、半ば公然と提起される事態が作りだされているのだ。

安倍政権の政治利用を許すな

 北朝鮮の相次ぐ核実験に対して国連安保理で北朝鮮へのいっそう厳しい「制裁決議」が検討されている。しかしその「実効性」はこれまでと同様にきわめて疑わしいものがある。そうした事態は、米韓両国支配層などのフラストレーションをつのらせ、北朝鮮への軍事的圧力のエスカレートの中で、米韓両国ならびに金正恩体制の暴発を招く可能性を増大させる。そうした情勢は、まさに「周辺事態」としての自衛隊の参戦を引き起こすことになるだろう。
日本の労働者・市民は、北朝鮮・金正恩体制の「核実験」「弾道ミサイル発射実験」を厳しく批判するとともに、朝鮮半島における平和のための行動に総力で取り組む必要がある。
?北朝鮮は核実験・ミサイル発射実験反対をやめろ!
?朝鮮半島「非核化」を実現しよう!
?THHADミサイルの韓国配備反対!
?日米韓の共同軍事体制反対!
?沖縄からすべての米軍基地を撤去せよ!
?東アジアの平和のための国際的共同を強めよう!
(九月一九日 純)

9.11

脱原発 怒りのフェスタ

経産省テント村強制撤去糾弾

伊方を始めとする原発再稼働反対


600人が警察
の暴挙を批判
 八月二一日、日曜日の深夜午前三時過ぎ、ついに国家権力は二〇一一年九月一一日以来、経産省前に設置された脱原発テント村の撤去を強行した(本紙八月二九日号既報)。警察権力は、日曜日の午前三時という人びとが深く寝静まっている時間を選んで、この暴挙を行った。その日の昼には、急を聞いて集まった人びとの抗議の声を押しつぶし、飯舘村「希望の牧場」の吉沢さんが経産省前に運び込もうとした牛のオブジェの移動を暴力的に阻止して、一人の仲間を逮捕するに至った(三日後に釈放)。
 しかし、経産省前テントひろばに集まった人びとの脱原発・再稼働阻止・福島返せ!の思いをくじくことなどできない。「テント設立」五周年の九月一一日には、「脱原発 怒りのフェスティバル」が予定通り、「テントがあった場所」で開催された。また日比谷公園からは、飯舘村・希望の牧場の吉沢さんの鉄牛をみこしにしたてたデモも行われた。午後三時からの歌・音楽演奏、午後五時からの」「原発いらない福島の女たち」のかんしょ踊り、脱原発デモなどに続いて、集会が開始された。この日の行動には六〇〇人が参加した。

脱原発に向けた
不屈の声をあげる
最初に現在は愛媛県伊方原発反対闘争現地で闘っている経産省前テント設立メンバーの一人、八木健彦さんが「今日伊方原発前では五〇人の座り込みが行われている。私たちはあきらめるわけにはいかない」と紹介し、「経産省前が第一の故郷だとすれば、伊方が第二の故郷になった」と語った。
経産省前テント裁判の元被告、渕上太郎さんは「八月二一日にテントは撤去されたが、脱原発の意思はいっそう高まっている。いま国は事故の検証もないままに再稼働を各地で進めようとしており、被災者への支援を打ち切ろうとしている。経産省は、このテントがあった場所を市民とのオープンな討論の場にすべきではないか」と訴えた。
続いて「福島の女たち」から武藤類子さんと黒田節子さんが発言。武藤類子さんは、福島から一一一人の女たちといっしょに経産省にやってきたとき、テントにいかに励まされたかと「感謝」の言葉を述べ、黒田節子さんは「チェルノブイリと福島では被害者への対応が全く違う。チェルノブイリの子どもたちや住民には手厚い支援が行われており、日本より誠実だ。日本版チェルノブイリ法を」と呼びかけた。
STOP原発川内実行委員会の仲間は、七月脱原発鹿児島県知事選で脱原発知事を当選させたと訴えるとともに、今年の秋に川内市長選と市議選があり、県知事選を引き継いで市長選でも保守派と共闘して脱原発市長を実現させたい、と語った。

経産省包囲の
ヒューマンチェーン
ここでこの日、新宿で行われた沖縄連帯デモに参加した沖縄平和運動センターの大城悟事務局長が大きな拍手に迎えられて連帯あいさつ。大城さんは、七月一六日に予定されている辺野古埋立て承認取り消しをめぐる福岡高裁那覇支部判決と高江ヘリパッド阻止闘争について報告。高裁判決結果によれば辺野古の工事が陸上部から開始される可能性があること、高江では根拠のない封鎖・暴力・逮捕が繰り返されていること、警察車両で作業員が移送されているなど、無法の限りがつくされていることを怒りをこめて糾弾した。
さらに経産省前テント裁判被告の正清太一さんが、テントは撤去されたが平日は一二時から午後六時半まで、土日休日は一二時から四時半まで座り込みが続けられていることを紹介した。福島県双葉町の亀屋幸子さん、たんぽぽ舎の柳田真さん、ほぼ毎日テント前で座り込み、人びとに訴えている斉藤美智子さん、反原発美術館を作り日本全国をまわろうとしている早川由美子さんの発言が続いた後、経産省包囲のヒューマンチェーンを二度にわたって成功させた。   (K)

資料

【反天連からのよびかけ】   2016年8月28日

違憲の『天皇メッセージ』が民主主義を押しつぶす
――この異様な状況に批判の声を上げていこう

反天皇制運動連絡会

 天皇の「生前退位」声明は、きわめて広範囲にわたる論議を引き起こしている。安倍政権は現天皇に限った「特別立法」で乗りきろうとしている、とも報じられている。「Xデー」と改憲を射程に入れたこの論議について原則をどう立てるかが問われている。反天皇制運動連絡会の二つめの呼びかけを転載する。(編集部)

 「生前退位」意向表明が政府や宮内庁を飛び越えたメディアへの「リーク」という形式でなされ、天皇の「Xデー」状況は開始された。そしてまた、メディアに事前に予告され、8月8日には、あたかも昭和天皇が「終戦詔書」を読み上げた「玉音放送」さながらの演出で、「天皇メッセージ」がビデオ放映された。

?違憲行為の当事者たちの責任を明らかにさせよ

 天皇が、憲法をはじめとする法制度や国家の政治に関与することは、憲法に明確に違反しており、決して許されてはならない。現在の憲法における「天皇の地位」や権能の制限は、何よりも大日本帝国憲法下において、天皇の権力が、内閣による「輔弼」という形式をとりつつ、政治への統治権としても、また軍に対する統帥権としても、実質的に行使され続け、「戦争の惨禍」を起こしてきたことを否定し、「国民主権」のもとに位置づけるためのものである。
それにもかかわらず、今回の「天皇メッセージ」は、発言の中で「摂政を置くこと」や「代行」による対応などを拒否し、同時に、直接の表現を避けつつ、憲法や皇室典範に規定のない「生前退位」を強く望んでいることを明らかにした。天皇がその機能を果たせない状態のときに向けて、あらかじめ準備されている制度の適用を拒否し、皇室典範などの関連法規の改定によってしかなし得ない内容を、明確に要求したのである。これらは憲法上の規定の否定であり、国政に関する権能の行使であり、はっきりとした違憲行為である。
天皇は、憲法上の「国事に関する行為のみ」を行なうとされ、その国事行為のすべてについて「内閣の助言と承認を必要とする」と定められている。天皇の違憲行為を認めることが、誰によりどのような経過でなされたものなのか。私たちはまずそれを明らかにさせねばならない。そして、これに関与した政府や官僚、宮内庁関係者や、皇族たち自身の責任をも明らかにさせねばならない。

?違憲性を覆いつつ演出された「天皇メッセージ」

 天皇の地位に関することは、まったく天皇や皇族たちの私事ではありえない。天皇の行為は、憲法上、国家の機関による行為としてあるのだ。ところが、メディアのすべて、さらに大多数の「有識者」たちが、この「天皇メッセージ」の違憲行為を見ぬふりをしてむしろ賛美し、「国政に影響を及ぼすものではない」とする政府首脳の発言をも追認している。
明仁天皇によるメッセージは、憲法にかかわる多くの重要な問題の変更が、個人的な決断によって可能となるかのような前提に立っている。外形的には穏やかな「語りかけ」のスタイルをとりながら、実現されようとするものは、まさに天皇自身による天皇制の大幅な転換なのだ。このメッセージを引き金として、関連する法律の改定や立法の準備がすでに開始されている。これはきわめて異様な事態である。日本国憲法の改定を求める発言すら、メディアには流通しはじめている。
しかし、かつても天皇制の政治権力は、このように天皇の意思を「忖度」する形で行使されてきたのであり、その構造は、「護憲」を義務づけられている天皇や政府権力によって現在も維持されていることが明らかになった。
このような状況下で、天皇が「退位」を要望したり、天皇に「退位」を要求したりすることが、政治的にきわめて重大な事態を引き起こすこともまた、逆説的にはっきりしたと言わねばならない。私たちはこうした天皇制の構造と政治権力のあり方を、民主主義の立場からも、立憲主義の原則からも、強く批判する。

?天皇が要求する「象徴の立場への理解」

 今回の「天皇メッセージ」の重要な問題点として、さらに挙げられなければならないのは、天皇の行為として、憲法上の「国事行為」のほかに、憲法上の規定のない「象徴としての行為」というものを強調していることである。
明仁天皇は、憲法第7条に定められた10項の「国事行為」に含まれない、それ以外の多数の行為を、「天皇の象徴的行為」とした。メッセージとして語られた、「国民の安寧と幸せを祈ること」「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅」などのいずれをもがこれに加えられ、「国民を思い、国民のために祈るという務め」であるとしているのだ。
しかし、天皇による公的な場における「祈り」は、強く政治的な意味を持つ行為であり、個人的な行為としてはあり得ないものである。かつて神道は個別の宗教としての存在ではなく、「国体の本義」などにみられるように、「国体」そのものとして強要され、戦争体制を支えるイデオロギーとして機能してきた。憲法第20条の信教の自由や政教分離の原則は、これを否定するためにこそ設けられたものである。天皇が「国民のために祈る」ことを、「象徴的行為」としてあらためて認めさせようとすることには、たんに現状を追認するにとどまらない重大な問題がある。
これまで、天皇や皇族たちは、侵略戦争の責任についてあいまいにし、「慰霊・追悼」の儀式を進めてきた。国内での災害があればいち早く被災地訪問を行ない、追悼や慰撫を重ねてきた。また、国体や植樹祭、海づくり大会などをはじめとするイベントのたびに、メッセージを発し、各地を訪れてきた。
これらは憲法上に規定のないまま実施されているという点で、違憲でありながらも、内閣の助言と承認に基づく「公的行為」とみなされて追認されてきた。しかし、今回の「象徴としての行為」の強調は、こうしたいわゆる「公的行為」論からも逸脱しており、天皇のあらゆる行為を「象徴的行為」として正規に認知させようとする意図をも露わにするものだ。

?天皇制の「伝統の継承」などいらない

 メッセージにおいては、天皇らが「伝統の継承者」であり、「日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくか」とする。こうした発言からは、その「役割」を担ってきたという自負とともに、これを維持し拡大するという強い意志が受け取られる。
それにもかかわらず、ここで語られた「伝統」の内実は、まったく不明のままだ。それを明らかにせぬまま、天皇の「象徴的行為」の一部であるかのごとく拡大するならば、天皇に関するあらゆることが、多くの捏造も含めて「伝統」として強要されたかつての歴史を、そのまま再現していくことになりかねない。
昭和天皇裕仁の病気の顕在化と、その死に際して、「自粛」の強制が広く社会を覆った。このことへの、明仁天皇自身による否定的総括が鮮明にされたことは注目される。しかし、裕仁の死後に進められたのは、現行憲法下において根拠を持たない皇室儀礼が、あたかも欠くことのできない「伝統」であり、さらに国家儀礼であるかのごとく認められ、政教分離が掘り崩されていったという事実だ。
「天皇の終焉」にあたって行われた「重い殯の行事」も、葬儀や即位にかかわる行事も、新たにつくられた「伝統」の一部に過ぎない。日本国憲法体制のもとにあって、「皇室のしきたり」なるものにより「社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶこと」など、そもそもあってはならないことなのだ。

 こうした発言が、老齢化して健康を損なっている天皇に対する「国民」の「情動」を喚起させる形でなされていることは、この問題のきわめて大きな危うさを示すものでもある。
いままた、天皇の意向について「国民的」討論をという言論が、政府とその意をくむメディアにより組織され始めている。こうした構造は、天皇制を「内面化」させようとするものであり、かつての「国体」意識を再構成させ、これを「護持」させようというものだ。
私たちは、これらの総体を、強く批判する。

 




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