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    かけはし2016.年10月3日号

なぜ90日間も政府と対峙できたのか


メキシコ

戦闘的組合としての教職員組合の歴史的役割

エザ・ダシュネル・モンク


「工業への転換」
をめぐる論争
メキシコの教員ストライキは四月一五日の「教員デー」に開始し、夏休みを通じてその勢いを保持してきた。教室は八月二二日の月曜日に始まることが予定されている。しかし教員たちは政府との交渉にもかかわらず、主要な高速道路や鉄道輸送の封鎖、あるいは諸々のデモなどの戦闘的な戦術を維持しつつ、まだ教室に戻ることには同意していない。
明らかなことだが、運動の継続能力と政府に交渉を強要する能力は、政府が好んでいるもの――そしてそのように何度も脅してきたもの――がまさにストライキを弾圧することである時、多様な全国的かつ国際的な諸要素と関係している。しかしそれらのうちの一つは、メキシコにおける教員労組それ自身の強さと重要性なのだ。
われわれは革命的活動家として、諸政権に真に挑むことのできる社会の唯一の部分は工業諸労組である、と考えることが多い。そうする場合われわれは、生産点労働者に関する長期に続いた一般理念について考えをめぐらし、歴史的に発展してきたものに応じて各々の社会的諸層に注意を払うことを無視している。明白なこととしてここ四〇年われわれは、ブルジョア社会のさまざまな側面に異議を突き付けてきた数多くの労組とは異なる運動(フェミニズム、LGBTQ、そしてエコロジーの運動)の台頭を見てきた。しかし問題が労組のことになると、われわれには依然として、われわれの戦略の中心として工業労働者のみを考える傾向がある。
われわれはメキシコと第四インターナショナルで、この論争を一九七九年大会以来行ってきた。そしてその大会は、「工場への転換」と呼ばれたものにわれわれを方向付けた。われわれは当時メキシコで、工業だけではなく教員のような一定のサービス産業労組へも向きを取らなければならない、と語った。労働者階級の中心部分にわれわれ自身を埋め込むためだ。当時それはむしろ論争の種となったとはいえ、私は今もそれは正しい動きだったと考える。

教育労組の歴史
的戦略的位置
メキシコの教員労組である全国教育労働者組合(SNTE)は、ラテンアメリカすべての中で最大だ(組合員一三〇万人)。およそ一万六〇〇〇もの登録された労組をもつ――つまり、巨大な断片化がある――一つの国において、また闇ではない部門にいる三〇〇〇万人の労働者のうち七〇〇万人から八〇〇万人だけしか労働組合に組織化されていない国の中で、一三〇万人の労働者はある種の大きな塊となる。
この労組への転回を含んで工業への転回をわれわれが話し合っていた当時、その内部では巨大な反対派の運動が登場しつつあった。そしてそれが、全国教育労働者調整委員会(CNTE)を誕生させ、この組織は、PRI(制度的革命党、現与党)支配の「終身」役職にある官僚的指導部の放逐を、そして教員のまともな労働条件と賃金を要求した。この運動は数年後、PRIがこれ以上続けられないとして見放し、もう一人と交代させた、最初からの官僚的指導者の打倒に成功した。ちなみに後者はまさに最後には同じことを行うにいたり、現在は獄中にいる。

各地において
彼らは相談役だ
CNTEは、三〇万人から四〇万人のメンバーを抱えて今日まで生き延び、国中のいくつかの地方支部を指導している。これらの地方支部は多くの州で、幅広い民衆的な決起の主要なエンジンとなった。CNTE率いる二二支部がさまざまな要求に対する巨大な民衆的決起の先頭に立った二〇〇六年のオアハカ州の例は、現在の運動まではもっとも語る価値があるものだ。
しかし、この組合とその民主的反対派がメキシコで重要である別の理由がある。つまり伝統的に教員たちは、ほとんどすべての共同体、民衆居住区、あるいは町でもっとも敬意を払われるメンバーの中にいるのだ。しかし不幸なことにこのことは、ここ三〇年にわたるCNTEの変わることのない闘争が証拠となるように、今日の彼らの報酬には反映されていない。
これらの妥当性は少なくともメキシコ革命にまで遡る。当時の田舎の社会、当時のメキシコの町々では、もっとも権威をもつ人物は、被選出の公職者というよりも、多くは司祭と当地の教員だった。彼らはありとあらゆる問題に関し相談を受けた。

メキシコ革命と
鉄道・教員労組
革命期には、二つの全国的な集団、つまり鉄道労働者と教員が特に妥当性をもった。前者は部隊移動に死活的だった鉄道を統制していたからであり、後者は、彼らが読み方と書き方を知る者たちであり、地方と地域の世俗的指導者と軍事的指導者に対する助言者としてしばしば重要な役割を果たしたからだ。革命後教員のいくつもの旅団が、一九三〇年代の「社会主義教育」大キャンペーンの一部としての識字キャンペーン遂行のために田舎に出かけた。
「マエストロ」(教授、教員)の語は、尊敬の印であり続けている。そしてこの尊敬は、教員たちが二つの言葉に堪能であり、先住民共同体の中で働く――そしてしばしばその出身である――場合に拡大される。この伝統は、人々と共に諸々の都市に移動した。そこで教育は、進歩と個人的な社会移動に対する踏み石と見られ続けているのだ。
私が期待することは、この予備的な論考がメキシコに関する少しばかりより多くの背景を提供し、教員たちが危機にある全体社会に保持している類の力を持つことのできる理由を提供することだ。(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年八月号) 

フィリピン

ダバオでの爆弾攻撃と非合法麻薬シンジケートとの戦争について

国家非常事態宣言は間違いだ

革命的労働者党―ミンダナオ/革命的人民軍

 一四人の命を犠牲にし、六七人の負傷者を出した、二〇一六年九月二日の、ダバオ市における悲劇的な爆弾攻撃に革命的労働者党―ミンダナオ並びに革命的人民軍(RPM―M/RPA)は、強い糾弾の意志を表明する。われわれは、殺害された人々と負傷者すべての残された家族に、心からお悔やみを述べる。
 市民と公共的空間に対するこの非人間的で卑劣な攻撃は、住民間に怖れとテロリズムと分断の種をまくだけだ。この攻撃には固い決意をもって正面から立ち向かわなければならない。フィリピン大統領は一つの対応として、無法な暴力の広範な存在を理由に、この国を国家非常事態宣言の下に置いた。この狙いは主要に、非合法な麻薬シンジケートとテロリズムを解体すること、そして国民の安全に対する脅威すべてを抑え込むことだ。
 われわれは、同じ憤りをもって、テロリズムと不法な麻薬に対決して立ち上がる。しかしわれわれは、国家非常事態宣言の公的発動に関しては疑念をもつ。この国で経験済みのことだが、軍部隊と警察部隊の大量展開は、非戦闘員の市民的自由に対する大幅な縮小となってきたのだ。これはまた、反テロキャンペーンの名目で、ドゥテルテ政権内の軍事主義グループによっても、また外国の諸大国がもつ帝国主義的利害関心によっても利用される可能性があり、さらに新政権の支配的権力内部にある民族主義的イニシアチブをつぼみのうちに摘み取る可能性もあるのだ。

軍と警察に依
存する大統領
ドゥテルテ大統領は、不法な麻薬シンジケートの浸透とテロ行為と闘う上で、国家警察とこの国の軍部を簡単に動員できる。彼は基本的に、これらの社会的かつ国民的な病弊に反対する彼の戦争で国家警察や軍を支持することで、勝利を収めることになったからだ。
国家非常事態宣言の公的発動はむしろ、麻薬シンジケートや麻薬とつながる政治家やテロリストグループに対決する戦争に関し、強度とレベルをより高めることに、全住民の心理的準備を整えることを狙いとしている。今回は、これらの社会的かつ国民的な諸問題に対する彼の戦争の第二局面を始める上でよりタイミングのいいものになっている。これはさらに、不法な麻薬シンジケート、麻薬につながる政治家、テロリストとの戦争を実行するためには最良の時でもある。他方で政府は様々な革命グループとの和平対話に取りかかり、警察と軍の諸部隊には、前者に向かうためにより多くの時間ができることになるのだ。

広範な人権侵害
を引き起こす
国内の悪弊と外国の介入は、われわれの国民的心配を解決する上では助けになっていない。そしてわれわれが確信することとして、純粋の軍事的手法とそうした取り組み方は、より多くの死体と追い立て、またさらなる不確実さと過激主義を積み重ねることに終わるだけだろう。そして頂点と下からのコミュニティレベルにおける和平プロセスを助けることにもならない。そのような行動はむしろ、より多くの犠牲者、並びにこれらの社会的病弊との戦闘におけるより多くの敵を生み出す可能性があるのだ。
麻薬、犯罪、さらにテロ志向の諸活動に反対する戦争は、コミュニティの市民的自由と民衆に対する脅威となってはならず、代わりにそれは、民衆とコミュニティそれ自身を巻き込む包括的で率先した努力に向けた、より大きな空間を力づけなければならない。
われわれは、公平な捜査に達すること、また人違いによる逮捕を避けることに対する深い懸念をもって、ダバオ市の爆弾攻撃の犠牲者、および不法な麻薬に対する戦争を名目とした人権侵害に苦しむ人々に正義を求める叫びに加わる。
スール―諸島のアブ・サヤフグループに対する進行中の法執行作戦は、すでに何千人という市民を追い立てている。これらの法執行作戦は同じ重要性をもって、諸権利とコミュニティの福祉を犠牲にしてはならない。政府の出先機関は、これら市民が不可欠に必要としているものすべてに気を配らなければならない。われわれは、間違った道を進むことでは正しい目標を達成することなどできないのだ。

分断の排除なしに
テロリズムは残る
RPM―MとRPAが確信することとして、麻薬と犯罪とテロリズムに反対する戦争は、上質の社会サービスの嘘偽りのない提供、またそうした社会的かつ政治的病弊と紛争の根源にある諸原因の解決に向かう、生まれながらにもつ人権の達成と尊重、これらを伴うものでなければならない。
われわれは非戦闘員住民と進歩的諸グループに、油断せずもっと気を引き締めること、コミュニティの諸関係を強めること、策謀を許さず、宗教的違いに分断と怖れの種をまく余地を与えないことを強く呼びかける。しかしわれわれはかつて以上に、今こそわれわれの行動を不平からの行為と直対応から超えさせる時であり、むしろ統一を築き上げ、国のこうした社会的また政治的病弊を解決する率先した行動の時である、と確信する。

訳注)RPM―Mは、第四インターナショナルフィリピン支部、RPAは、極度に軍事化されたミンダナオにおいて、RPM―Mが住民を組織しているコミュニティを防衛するための武装部隊。
二〇一六年九月四日(「インターナショナルビューポイント」九月号) 

 



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