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    かけはし2016.年11月7日号

元凶の安倍許さない


10.19

雇用共同アクション国会前座り込み

労働法制解体粉砕の大逆襲を

総がかり行動連続決起



 一〇月一九日、安倍政権がもくろむ労働規制解体阻止の幅広い共同した運動をめざし、全労連、全労協、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)など多くの労働団体が結集し結成した「安倍政権の雇用破壊に反対する共同アクション(雇用共同アクション)」の呼びかける国会前座り込み行動が、午後三時から衆院第二議員会館前で行われた。
同アクション主催で九月二七日に文京区民センターで行われた集会(本紙一〇月一七日号参照)に続く行動。同集会と同じく、同一労働同一賃金などの美辞麗句を連ねた「働き方改革」の下に狙われている、「定額働かせ放題」導入などの労働基準法改悪、首切り自由化、労政審解体などの悪辣な攻撃を労働者民衆の力で葬る大逆襲をつくり出そう、と呼びかけられた。

貪欲に共同求め
民衆的運動を
行動の趣旨には当然にも、全民衆の総がかりで安倍打倒を目指す闘いの一部であることも込められている。数多くの労働組合旗を連ね同議員会館前の歩道を埋めた参加者は、この日午後六時三〇分から同じ場所で予定されていた「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動」にそのまま連続的に合流した。そしてこの座り込みには、同総がかり行動実行委員会からも高田健さんがかけつけ、同総がかり行動としても労働者へのさまざまな攻撃への反攻を積極的に闘いに組み込む、一体となって安倍政権打倒に進もう、と連帯を確認、共に闘う決意を明らかにした。
座り込み行動は、全労連の岩橋祐治副委員長、全労協の金澤壽議長からの主催者を代表する発言から始まった。岩橋さんは、「働き方改革」の結論は見えているが、彼らが美辞麗句を使わざるを得なくされていることの背後には民衆の圧力があることを見定め、悪法をはね返す共同の運動を貪欲に追求し、まともな改革の実現につなげようと訴えた。金澤さんは、安倍政権の下で貧困と格差がさらに深まっている、安倍政権そのものを問題にし、その打倒を求める大運動をつくり出そうと呼びかけた。
また雇用共同アクションの伊藤桂一事務局長が、労基法改悪の委員会審議は目途の立たない情勢にあるが、年金カット法案や、外国人技能実習制度の拡張法案のスピード決着が狙われていると指摘、労働法制解体の狙いがますます明らかになっている、それを広く知らせそれに反撃する運動を大きく発展させよう、と情勢報告。

だましの小細工を
押し流す闘いへ
国会からは日本共産党の小池晃書記局長がかけつけ、厚労委審議で使ったフリップも示しながら、「働き方改革」は企業活躍のための改革であることは会議メンバーを見れば一目瞭然、労働法制大改悪を許さない闘いを力合わせ進めよう、と呼びかけた。
労働弁護団の高木太郎弁護士もかけつけ、労働規制を敵視する安倍政権を一刻も早く打倒したいとまず決意表明。特に、今回の労基法改悪案に盛り込まれた裁量労働制拡張が、この間の闘いが成果として確立してきた名ばかり管理職や営業職のただ働き是正を無にし、長時間労働の犠牲を永続化するものであることを指摘、そのような悪辣な法案を撤回しないままの「働き方改革」は欺瞞以外の何ものでもない、そこに貫かれた労働法制解体の狙いを暴き出し、それを許さない闘いを共につくり出そう、と決意を述べた。
そして間に休憩を挟みながら、結集した労組、争議団が各自の闘いを訴え、そこでの具体的な状況や経験を踏まえて次々に決意を表明した。
安倍政権は、今臨時国会での労基法改悪案の審議を先送りする動きを見せているが、「働き方改革」にちりばめられた美辞麗句と抱き合わせにすることで対決法案になることの回避を狙っているように見える。どこまでも騙しの小細工を押し通すそのような策動を吹き飛ばす、幅広く共同したまさに民衆的な大運動に向け全力で挑戦しよう。
(神谷) 

【訂正】本紙前号(10月31日付)の3面新潟県知事選記事の上から3段目左から17行目の「許攸」を「共有」に訂正します。

 

10.24

毎日の監視活動が重要だ

SNSの投稿を削除し
沖縄県民に謝罪せよ

 【大阪】一〇月二四日、大阪府知事と大阪府警本部に対する抗議行動が行われ、一五〇人の市民が参加した。
沖縄県東村高江での米軍ヘリ離着陸帯(ヘリパッド)の移設・建設工事に反対して座り込んでいる住民や支援の人たちの行動を弾圧するため、全国から五〇〇人の機動隊が集められている。その中でも、大阪府警から派遣されている機動隊は暴力的な対応が際立っているそうだが、その中の二人が一〇月一八日、反対活動をする住民に対し「ボケ! 土人が!」、「黙れコラ、シナ人」などと差別的な暴言を吐いた。後日この二人は、戒告処分を受けている。大阪府警観察室によると、「体に泥を付けていたのでとっさに土人と言った」と答えたとか。反省はみじんもない。

松井知事の暴挙
許しがたい歪曲
一〇月一九日、そのときの動画をネットで見た大阪府の松井知事は「表現が不適切だとしても、府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたことがわかりました」と、ツイッターに書き込み、「出張ご苦労様」とねぎらいの言葉を投稿した。
松井知事は二〇日、記者団の質問に答えて「発言は不適切だが個人を徹底的にたたくのは違うのではないか」、「売り言葉に買い言葉で、口が滑ったのではないか」と、自らの責任に無自覚のまま、機動隊員の差別発言を擁護した。さらに、「全国の警官が無用な衝突を防ぐため、一生懸命働いているのは事実」であると述べ、現地で機動隊が行っている行為の意味を曲解した発言をした。
松井知事は、機動隊が国家権力の暴力装置であり、民意を無視した基地建設に反対する住民の闘いを弾圧するために現地に派遣されていること、同時に沖縄が本土ヤマトによって差別される構造に置かれていることを意図的に隠している。いや、松井知事自身もそのことを理解していないのではないか。

人権教育徹底
警察官にこそ
この件について一〇月一九日、市民団体が緊急の抗議行動をした。そして引き続いて二四日に、市民団体や労働組合による抗議行動が取り組まれた。抗議行動は、はじめに大阪府庁前で、その後大阪府警本部前で行われた。多くの人たちが代わる代わる発言した。
「差別発言を認め撤回せよ」、「機動隊員二人だけの問題ではないぞ!」、「まだ、沖縄の人に謝罪していない。まず真摯に謝れ」、「ツイッターの投稿を速やかに削除せよ」、「大阪府警機動隊を高江から撤収するよう公安委員会に命じよ 」、「戒告処分は甘すぎるぞ」、「人権に対する再教育を徹底せよ」、「こんな知事が府のトップであることが恥ずかしい!」「知事は辞任しなさい」。
府知事に対する行動では、府庁の正門前に出てきた職員に「申し入れ書」を読み上げたうえ手渡して、職員は、責任を持って知事に届けると明言した。また、府警本部に対しては、代表三名が中に入り、部屋に通され、「申し入れ書」を読んで渡し、それぞれが思いを述べた。対応にあたった職員は、話の内容も含め本部長に伝えることを約束した。回答は後日聞くことになっている。 (T・T)

投書

「ありのままのボブ・ディランを」

断片の取捨選択は問題


山本 悟


ノーベル賞受賞
空騒ぎ違和感
ノーベル文学賞にボブ・ディランが決定し、少なからぬ驚きが世界を走った。
少なくとも村上春樹の受賞が伝えられ、集った「ハルキスト」たちが祝杯をあげ本屋やマスコミがから騒ぎをするという、ありきたりの光景が展開されなかっただけでも個人的にはありがたかった。(もちろん村上春樹に何の罪もないが)
その後のニュースでは、もっぱらディランの受賞に対する反応がとりざたされている。こうした状況は授賞式の日まで続いていくのだろうか? ノーベル賞を受けようが、授賞式に出席しようが、記念講演をしようが、それら受賞に対する反応の一切は彼個人が決める権利であるはずだ。
そのうえで、この間の報道に関する疑問と、まったく個人的な希望を以下に記す。

報道の伝えない
魅力がたくさん
まず疑問は、授賞後に流されるニュースが彼のありのままの姿を伝えていないことだ。
TVに流される彼の映像は、初期のものから、だいぶ年老いた比較的最近のものまで目にすることができる。
けれど歌に関していえば、「風に吹かれて」を中心に、すべてオリジナルに忠実に歌われている昔の音源に限られている。最近(いつ頃からかは正確には知らないが、一〇年や二〇年以上前からだろう)のライブでの歌と演奏は封印されている。
たしかに彼の作ったオリジナルのメロディーはとても美しいと思う。ところが彼は、詩はそのままに(といっても英語を理解できない私には厳密には不明なのだが)意識的にそのメロディーをぶちこわしてライブでは歌い演奏している。
実際彼のライブに行った人ならば、うなずいてくれるだろう。日本人の感覚でいえば、その歌と演奏は限りなく「お経」に近いと思う。どうやらありのままのディランの歌と演奏は、ノーベル賞には都合が悪く、あまりふさわしくないと思われているようだ。
しかしこうした変化は彼にとって珍しいことではない。ある時期からボブ・ディランは、それまでの彼の象徴ともいえるフォークギターをエレキギターに持ち変え、演奏のスタイルを一変させた。ディランはライブ会場で大ブーイングを浴び「裏切り者」とまで罵られる経験をした。それでも彼は七五歳の今にいたるまでファンや世間から様々な批判や評価を受けながらも、その時その時変化しながら自分のスタイルを貫いてきた。そこがまた曲以上にボブ・ディランの魅力である。
ボブ・ディランの詩と曲と歌と演奏は彼のものである。そこから何か一つだけを他人が抽出して価値を評価したり、賞を授けたりするというのはありうるのか。ましてそれがある大きな権威によるとしたら。

期待は記念講演
仰天演奏をぜひ
そして次に、わたしの個人的な希望である。
彼にはぜひ記念講演には出てほしい。もちろん彼の詩について講演を依頼しても、彼のことだから「The answer is blowin' in the wind」とでも答えて終わりだろうから、一曲でいいから封印されているありのままのディランの歌を歌ってほしいと思う。
会場の聴衆は凍りつくかもしれないし、何が起きたのかを理解できないかもしれないし、勇気ある者はブーイングをあびせるかもしれない。インターネット上では「ノーベル賞を侮辱している」「愚弄している」などの声があふれるかもしれない。マスコミはあたらずさわらずのコメントでお茶を濁し、驚きがしずまって行くのを待つのかもしれないが。

 余談ですが。
今年四月に彼は来日しライブ行っています。今生の別れと思い会場に足を運びました。
そこで歌うディランはギターすら持っていなかった。ただマイクの前で気持ちよさそうに歌っていました。
〈but I was so much older then I'm younger than that now.〉とでも言っているかのように。


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