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    かけはし2016.年11月14日号

戒厳令を振り回す剛腕


左翼とドゥテルテの大統領職(上)

アキノ時代の終焉と新しい局面

中国封じ込め狙う安倍政権をも揺さぶる

ピエール・ルッセ

 

 フィリピン新大統領のドゥテルテの動向が大きな関心を呼んでいる。一つはもちろん、東南アジアの地政学的情勢に与える影響だ。日本に引きつければ、中国封じ込めに躍起となっている安倍政権のもくろみを大きく揺さぶる可能性がある。フィリピン国内では、社会運動や左翼諸勢力に一つの好機と共に厳しい対決課題を現にもたらしている。この大統領の出現をどう理解し、どう向き合うべきか、FIのアジア担当指導部の一員として長くフィリピンの同志たちと議論してきたルッセ同志が、まずとっかかりとしての素描的問題整理を試みている。二回に分けて以下に紹介する。(「かけはし」編集部)

 ロドリゴ・ドゥテルテの大統領への選出は、フィリピンの政治システムが抱える諸々の危機をさらけ出し、強め、依然終わったとはほど遠い不確実な時期の幕を開いた。二〇一六年五月九日の選挙前後、左翼のさまざまな勢力は、選挙戦を完全に変える点にまで大きな民衆的支持を受けた周辺的な候補者に関し、一つの立場をとるよう迫られた。彼の勝利は長い間、想像もできないように見えていたのだ。事実として左翼の今後は今日、大きな程度で決定されようとしている。
新大統領は、ある種の分断を作り出す主張を(粗野に)行い、政治的な相互矛盾した両面性を磨いている。いくつかの潮流(特に毛沢東派スターリニストのフィリピン共産党、CPP)から見ると、ドゥテルテは「左翼に向かう」可能性がある。他から見ると、彼の「麻薬との戦争」の中での超法規的処刑依存をもって、また戒厳令という妖怪を振り回すことによって、彼はすでに右に向かいつつある。
しかしながらそれらの諸勢力すべては、選出された候補者の選挙キャンペーン中の約束を、また混沌とした国内情勢、さらに五〇年間続いてきた軍事的衝突を特徴とする一つの国での和平交渉への約束のような実体のある好機を利用しつつ、彼らの運動を前進させようと挑んでいる。
ドゥテルテは、五月九日に選出され、六月三〇日に公式に就任した。しかし彼は、あらゆる候補者の中でもっとも小者の大統領候補者だった。彼のキャンペーンは冗談として始まり、諸々の記録と「初めて」を重ねながら、勝利で終わった。そこでの記録とは、大統領選挙では例外的に高い投票率(八一%)、この投票ではかつてあったものの中で最大の得票数(一五〇〇万票)、フィリピン諸島の南部にある大きな島、ミンダナオ出身者として勝利した最初の候補者、全国政治を決めている伝統ある「大物一族」のどこにも含まれていない地方的人物による急速な権力奪取、九〇%を超える支持率(一〇〇日後でも依然六五%)、といったことだ。彼はまた、この国で選出されたもっとも高齢の(七一歳)大統領でもある。
彼は、何もないところから出発し、民衆層内部で、しかしまた強調すべきだが、中産階級内部でも、さらに彼が侮辱することを好んでいるエリート層内部からさえも、大量の支持を得ることで当選を勝ち取った。

権力の座にある者たちをたたき出せ
一九八六年のマルコス独裁の打倒以後、大物とは言えない候補者やアウトサイダーが数回、大統領選挙で勝利を収めた。しかしながら今回ドゥテルテは、ある種の「選挙での反乱」というべき、巨大な抗議の波によって押し上げられた。その波は、主流諸政党がある意味で危険な予測不可能な男の道をふさぐために結果を不正操作するという考えを放棄しなければならなかったほどであった。
「権力の座にある者たちをたたきだそう!」。われわれは、数多くの国でこの拒絶の強さをこれまで見てきた。その拒絶が、ほとんど匹敵するものがない力を伴ってフィリピンに到達したのだ。
ドゥテルテの勝利は、現政府と大統領、ベニグノ・「ノイノイ」・アキノ三世の破産の程度をあらわにした。後者は、民衆の運命に関するエリートたちの無関心(注一)、制度的な腐敗、名門一族の君臨、支持層への便益供与、総体的無能力と政治的勇気の欠落(注二)、これらを体現することになった。
アキノの時代は、独裁下にあった一九八三年のベニグノ・「ニノイ」・アキノ・ジュニアの殺害、そして三年後の彼の遺された妻、コラソン(「コリー」)の選出をもって幕を開けた(再び)。この時代が今、彼女の息子の転落をもって――多くの浮沈を経て――閉じようとしている。
フィリピンブルジョアジー内部の権力闘争は、ルソン島(北部にある)の大物一族たちと中心部のビサヤ(ネグロス、セブなどの島)のそうした部分の間で解決されている。政治はある種の金融的投資であり、獲得される地位は、それを実らせるための道だ。もろもろの事情を抱えた連携が作られ、それは、選挙の進展の中で、次いで下院と上院における大統領多数派の構築の中で、地域的な名門一族の間で壊される。選出された議員たちの党としての政治的帰属の変更は普通のことだ。党への加入が一つの綱領を基礎に行われるわけではないからだ。

政治システム
の力は枯渇した
ミンダナオは、面積と人口の点では、フィリピン諸島で二番目に大きい島だ。それでもそれはこれまで、全国政治の外に置かれ、いわば選挙における予備として役立てられてきた。つまり諸政党はそこに、全国選挙で彼らに不足している票を買い取るためにやって来る。ダバオ(ミンダナオ東部)市長のドゥテルテはこの意味で、彼自身はセブ島ビサヤの地方名門一族出身とはいえ(注三)、完全にかつ本当に一人のアウトサイダーだった。彼はキャンペーン中ずっと、「帝国マニラ」を糾弾する機会を見逃すことはなく、政府のメンバーたちを定期的に「アホ」と呼んだ。彼は他の誰よりも、既成エリートたちに対する本能的拒絶感を結晶化することができた。
ポピュリストを極端に誇張したドゥテルテは、彼が市長を務める都市で犯罪者を冷酷に処刑してきたことを自慢しつつ、あるいは逃亡した(彼が消した)犯人にレイプされ殺されたオーストラリア人の修道女に「つばをつける」最初の者でなかったことが残念だったなどと言いつつ、彼のコメントがもつ「トランプスタイル」の無慈悲さで、世界的広がりをもつ評判を得てきた。男を誇示する彼の粗野な姿勢は、行動する男としての彼のイメージを強化することになっている。

権力についた
ドゥテルテ主義
ドゥテルテは、反対派に大きく支配された下院と上院を前にする危険を犯していた。しかし、あるがままであり続けるフィリピンのエリートたちの昨日の敵は、大統領支持の「大連立」形成によって、勝者に大挙して結集した。その時以後彼は、制度的な障害がほんのわずかしかない形で彼の政策を行ってきた。われわれはここで、左翼が採用した立場を理解する目的で、簡単に特に重要な側面をいくつか示したい(注四)。

CPPが選んだ
閣僚、和平交渉
ドゥテルテは、官房長官、レオンシオ・「フン」・エバスコ・バディーラ・ジュニアを含む、彼が個人的に信頼する親密な協力者からなる小さなチームを頼りにしている。
ドゥテルテは、政府のポストに右翼の男たちと支配階級の直接の代表者たちを指名した。しかし同時に、フィリピン共産党/民族民主戦線(CPP―NDF)にも、四人の可能性のある閣僚を選ぶよう依頼した。そして、ホエル・マグルンソドが労働雇用省(DOLE)次官に指名された。フディ・タギワロは社会福祉開発省(DSWD)長官、ラファエル・マリアノは農業改革省(DAR)長官だ。リザ・マサについてみれば、彼女が全国反貧困委員会を率いることになっている。
ドゥテルテは選挙キャンペーン期間中、CPPおよびそのゲリラ部隊である新人民軍(NPA)と和平交渉を始めるだろう、と公表した。彼は一方的な休戦に主導性を発揮したが、それは、双方向的な休戦が八月二七日に効力をもつまでの間、不確実であるように見えた。彼は、そのことで八月末オスロで始まった討論に彼らが参加できるように、二二人の党幹部を釈放した(注五)。
政府へのCPPの参加は明らかに、フィリピンにまったく前例のない情勢を生み出している。これに関してドゥテルテの大統領権限の性格に対する判断は、左翼の側で激しく対立している(注六)。

ミンダナオで
の和平交渉
フィリピン南部は数知れない軍事紛争の場となってきた。そしてそこにはムスリムの住民が暮らしている。
アキノ政権は、現在主なムスリム武装組織と見られている、モロ・イスラム解放戦線(MILF)との和平交渉を提起してきた。しかしそれを議会が批准することはなかった。ドゥテルテは今回、モロ民族解放戦線(MNLF)、ルマド(山岳部先住民コミュニティー)、キリスト教徒(諸島の「多数派住民」)を統合することによって、和平プロセスを復活させたいと思っている。
交渉と代表に関するこの幅広いプロセスの設定は、フィリピン南部の現在の時期における、主要な挑戦の一つだ。

「麻薬との戦争」から戒厳令の脅しへ
ドゥテルテは、道化役を演じることができ、さらに豪腕を見せかける態度をとることもできる。しかし彼は、それを仕上げようとはしていない。彼は、犯罪者、麻薬売人、ストリートチルドレン……を予告なしに消しながら法的責任を問われることなく執行することを警察に許すことによって、ダバオ市を本当に「浄化」したわけではない。「死の部隊の市長」として知られる彼は、他の地域でまねられた。
彼は今、この即決処刑的政策を全国に適用しようとしている。彼は、麻薬売人と麻薬中毒者を消す者すべてを彼の権威で守る、と大声で繰り返してきた。これらの者たちは「もはや人間ではない」、彼らの人権はなぜ保護を受けるのか、と。
殺人数は増大中だ。概数で三五〇〇人がこれまで殺害された――三分の一は警察によって、三分の一は自警団(民兵)によって、そして三分の一は隣人、ごろつき、その他によって――、と言おう。彼は、超法規的処刑に繰り返し許可を与えてきた以上、この殺人の浮かれ騒ぎに対し、政治的にも道義的にも責任を負っている。
警察官、判事、また諸個人は、彼らを処刑すると脅してきたこの大統領から強く非難されてきた。しかし今のところ、死の部隊の犠牲になっているのは貧困層だけだ。六〇万人以上の容疑者が消されるとの怖れから警察に降伏した――当局が彼らをどこに置くべきかが分からないほどまで――。
誘拐実行者のアブ・サヤフグループによる攻撃がダバオでしかけられた後、ドゥテルテは国中に非常事態を導入した。彼は戒厳令布告という脅迫を振り回した。この毒々しい空気の中で、民衆諸組織(農民、都市貧困層、労働組合)の活動家も、「自警団」のやり口に似たやり方により殺害されつつある(注七)。これは特に、セブで労働者党(PM)の一メンバーに対し(注八)、ルソンでキルサンの一活動家に対し(注九)起きた。
マルコスの独裁下で、多くの活動家が拉致され、拷問を受け、処刑された。その時以来、特に地主が、また経営者も、やっかいすぎる「分子」を殺害してきた。しかしながら、こうした極度の人権侵害が国の最高権威者からあけっぴろげに主張され、当然のこととされた――少なくとも麻薬との戦争に関して――のは、フィリピンでは初めてのことだ。ドゥテルテはまた、国の経済的発展を「サボタージュ」する労働者を殺すとも脅してきた。

 

新自由主義政策
と不安定雇用
全体的に見て、ドゥテルテの社会・経済綱領は(超)自由主義だ。しかし特に二点では、それは民衆運動に対し行動の窓を開けている。その二点とは、石炭鉱業と不安定労働契約の政策(契約化)だ。石炭産業に反対する現地の闘争が数多く発生中だ。左翼諸労組の原則的キャンペーンの一つは特に、不安定労働者の利用に的を絞っている。

不明瞭な
外交政策
ここ数週間ドゥテルテは、人権尊重の不在に対する国際的な批判に応えて、かつて以上に公然と、国を中国とロシアに対し開くと脅してきた。彼はそれをいつもの男を誇示する不作法さで行っている。
こうして彼は、米大使を「ホモ」そして「売春婦の息子」と呼んだ――その後彼は後者の表現をオバマ自身に使った――。彼は、米国特殊部隊はミンダナオから撤退すべき、と語った。またEU議会には、彼の言葉をふさわしい仕草で示しながら、わいせつな表現で応じた。政治的空気の悪化を心配した西側の投資家には、「ここからさっさと立ち去れ!」、彼としては彼らに取って代わるよう中国とロシアの資本を招くだろう、と告げた。
彼はますます、北京に向かって交渉開始を働きかけつつある。今のところ彼は、中国に占領されたスカボロー環礁に関してフィリピンの主権を認めた、ハーグ常設仲裁法廷の判決の利用を拒否している。彼はフィリピンへの大規模投資を行うよう中国を招き、それに反する意味をもつ言葉は一語も発していない……。
当面それは話しにとどまっている。米第七艦隊がフィリピンの港湾を利用し、米特殊部隊が諜報センターを設立することを認める、そうした米国との軍事協定を変更するための具体的な歩みには、まったく踏み込まれていない。経済分野では、外国からの自由な投資を制限する諸規制の棚上げ――民族主義から見てあまりに悪い――を事実上提案する、憲法の見直しがドゥテルテから公表された。
ドゥテルテは単に、後見的大国である米国から最大限の譲歩を引き出すために、中国の案山子に手を振るという、ポーカーゲームに取りかかっているのだろうか? あるいは彼は、世界のこの場における戦略的連携を本当に問題にしようとしているのだろうか? そして何よりもまず彼は、彼が望んでいることを本当に分かっているのだろうか、あるいは、ますます波立つアジアの海にコンパスなしにこぎ出そうとしているのだろうか? この問は、地域的かつ民族的諸課題の重大性を前提とすれば、必ず問われなければならないものだ。

ドゥテルテの
向かう先は?
それにもかかわらず疑いの余地があるとすれば、それはこの新大統領が急ぐ必要のある男であり、言われるように「プラグマチック」な人間であるからだ。彼は、三カ月から六カ月のうちにものごとを抜本的に変えると約束することで、自ら勝利を引き寄せたのだ。
「麻薬との戦争」は、彼の選出が確定するや否や始められた。しかしドゥテルテは、それをさらに六カ月延長する必要がある、と公表した。この政策は、極めて致命的な「際限のない戦争」になり、泥沼にはまる危険がある。
和平交渉はCPPとの間で進行中であり、ミンダナオで公表されていた。しかし、両者に都合が良い解決、また早期の解決を期待できる者は一人もいない。
しかしながらドゥテルテには、行動せずにいる余裕はない。そうすることは、彼の現在の「友人たち」何人かに彼に背く機会を与えると思われる。彼は彼自身の権力基盤をもっていない。彼は生き残るために、永久運動として戦争に取りかかっている。
中国資本の大量流入は、新たな戦線、つまり投資、大きな公共の仕事、雇用……に関し、ドゥテルテが主導権を取ることを可能にすると思われる。この考えは魅惑的だが、危険をはらんでもいる。バラク・オバマはすでに、フィリピン大統領との会談を取り消すことにより、彼の憤激をはっきりと表した。フィリピンのエリートは、元の植民地権力者である米国との、密接な歴史的つながりの中にある。それは軍も同じだ。米国にとっては、日本の南西でフィリピンに取って代わることのできる国は一つもない。ドゥテルテは緊張をはらんだゲームに臨みつつあるが、しかしそれは、すでに高度の地政学的緊張にさらされている地域でのことなのだ。
これはハイリスクなゲームだ。     (つづく)

注一)特に、惨状を引き起こしたスーパータイフーン、ハイヤンの通過の後で。注二)「フィリピン人へ―アクバヤン下院議員党リストとしての辞任演説:アキノは彼の連合リストから私を消すことができる」参照。注三)アレックス・デヨング「新しい強権的指導者」(本紙六月二七日号から四回連載)参照。
注四)連邦主義のような他の課題はこの論考では扱われていない。
注五)しかし法的告発はまだ解かれていない。  
注六から注二三)参照文書はいずれもESSF(国境なき欧州連帯)のウェブサイトに投稿された論評だが、今回は割愛した。(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年一〇月号)


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