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    かけはし2016.年11月21日号

米大統領選 トランプ勝利は何を意味するか


危機深めるグローバル資本主義

政治ショーは終った
階級闘争の新局面始まる


「われわれの大統領ではない」

 一一月八日に投票が行われた米国大統領選挙で共和党のトランプ候補が勝利し、議会は両院とも共和党が多数を確保した。
 この結果をどのように評価するかを述べる前に、いくつかの特徴的な事実を確認しておくべきだろう。
 第一に、選挙においてはトランプ候補が勝利したが、得票数ではクリントン候補が僅差だが上回っている。
 これは米国の独特の選挙制度の結果であるが、得票数で負けている候補が大統領に選ばれるのは明らかに民主主義の原理に反する現象である。二〇〇〇年の選挙(ブッシュ対ゴア)でもこの現象が起こっている。
 トランプの勝利が宣言された直後から全国で反トランプの大規模な集会・デモが行われており、そこでは「われわれの大統領ではない」というスローガンが掲げられている。もちろん、このスローガンは人種差別、ジェンダー差別を公然と繰り返すトランプが米国を代表することへの強い拒否の意思表示であるが、同時に、非民主主義的で時代錯誤の選挙制度への異議申し立てでもある。
 余談ではあるが、クリントンが大勝したカリフォルニア州(六一%対三三%)では、シリコンバレーのベンチャー企業の投資家や技術者を中心にカリフォルニアの合衆国からの離脱の運動が呼びかけられており、一定の注目を浴びている(英国「ガーディアン紙」一一月九日付)。また、一八歳から二五歳までのいわゆる「ミレニアム世代」の調査をもとにしたシミュレーションによると、この世代だけなら選挙人の獲得数がクリントンの圧勝(五〇四対二三)であるという。
これらの事実あるいは仮定はトランプ次期大統領の正統性だけでなく、民意を反映しない選挙制度の正統性に対する不信を増大させるだろう。
 第二に、大部分のメディアの事前予想が外れたことである。世論調査では常にクリントンがリードしており、投票開始直後の「出口調査」でさえクリントンの僅差での優勢が伝えられていた。事前予想にはクリントンへの投票へ誘導するという意図も働いていると考えられるが、より重要なことは、有権者の投票行動に従来の手法では捕捉できない変化が起こっているということである。
 とりわけリベラル系のメディアは、トランプの異質な主張や振る舞いが一時的なブームであり、最終的には「良識」が勝利するだろうという願望にとらわれていたし、クリントン陣営はトランプを侮っていたと思われる。
 たしかにトランプの差別主義・排外主義の言動が現時点で米国の有権者の多数に支持されているとは考えられない。トランプへの大きな支持には、リベラル系メディアやクリントン陣営が予想できなかった力学が作用していた(詳しくは次項で述べる)。
 第三に、共和党の予備選挙を通じて共和党の分裂状況が生まれていたが、投票結果を見る限りその影響はそれほど大きくなかったようである。既成政治への不満を吸収したかのように見えるトランプ候補だが、実際には共和党の伝統的基盤と組織力・資金力をベースとしていることを理解しておく必要がある。
 トランプの異様な言動は共和党が優位である州においてはマイナス要因にはならず、むしろ共和党右派を鼓吹し、党の結束を強化したと思われる。民主党が優勢である州では、そもそも彼が何を言おうと選挙の勝敗には影響しない。
 ここでもリベラル系メディアにおける共和党のリベラル派の「良識」への過度の信頼が裏切られたのである。
 第四に、選挙の勝敗を決したのが「激戦区」、とりわけ中西部の工業地帯であったことは多くのメディアが報じている通りである。映画監督のマイケル・ムーア氏が早くから指摘し、警鐘を鳴らしていたように、トランプ陣営はこの中西部の工業地帯の民主党によって見捨てられてきた失業者や低所得者にターゲットを定め、精一杯のポピュリスト的扇動を繰り返した。

オバマの8年間とトランプの勝利

今回の大統領選挙は稀に見る低劣なネガティブ・キャンペーンの応酬を特徴としている。
三度にわたるテレビ討論会は互いのスキャンダルへの攻撃に終始し、大統領としての資質の欠落を競い合う結果となった。
これはトランプの作戦の成功である。異様な言動で顰蹙を買い、リベラル派から批判されることを逆手にとって支持を拡大する手法が成功した背景には、オバマ政権の八年間に蓄積した不満、苛立ち、絶望、不信がある。
〇八年の大統領選挙においてはオバマ陣営の「チェンジ!」、「イエス・ウイ・キャン」の合言葉が大きな期待感を表現し、合衆国史上初めてのアフリカ系アメリカ人大統領の誕生が注目された。
今回の大統領選挙においては、民主党の予備選挙におけるサンダース候補の予想を超える健闘が変革への期待を表現した。多くの世論調査が、サンダース対トランプならサンダースが勝つ可能性が高いと予想していた。クリントンはサンダースの基本的な主張を受け入れることによって、この期待を追い風にしようとした。確かにそのことによって、クリントンは得票数の上では勝利した。あまり指摘されていないが、この点を確認しておくことは重要である。
しかし、選挙の勝敗を決定した激戦区、とりわけ中西部工業地帯での惨敗は民主党オバマ政権の八年間に対する審判であったことは明白である。
熱烈な期待を背景にして出発したオバマ政権は、就任直前のイスラエルのガザ侵攻を容認し、就任後にはブッシュ政権との継続性を重視してイラク戦争の継続、金融機関の救済、ビッグスリー(自動車)の救済を進めた。最大の攻防となった国民皆保険制度の導入は、保険企業や医療産業からの強力な圧力の下で、完全に骨抜きとなった。このようにして変革への期待は無残に裏切られ、その結果一〇年中間選挙で民主党は大敗し、オバマ政権は共和党議員団が容認しない限り何もできなくなった。一方で〇八年の大統領選直後から草の根右翼(「ティーパーティー」)が台頭し、共和党をコントロール下に置いた。
草の根右翼の台頭に対抗したのが一一年のウィスコンシンの闘いからウォール街占拠運動(および、その後の最賃一五ドル運動、「黒人の生きる権利」運動、ガス・パイプライン反対などの直接行動)であり、それを背景にオバマは一二年大統領選挙で辛勝するが、議会選挙では敗北し、政権は実質的に機能マヒに陥った。政権二期目には「アジアへの旋回」を打ち出すが、ロシアや中国の台頭の中で米国の覇権の衰退が明らかとなり、国内でのフラストレーションが高まった。格差の拡大、移民をめぐる排外主義の台頭はオバマ政権の八年間の失政の帰結にほかならない。
トランプは「強いアメリカ」へのノスタルジー、白人優位主義を呼び覚ますことによって支持を拡大したが、トランプに投票した人々の多くはそれに呼応したというよりは、オバマ政権の失政への失望と、トランプが演じる反エリート主義への共感を表現したと考えるべきだろう。

米国の覇権の衰退と新自由主義破綻の新局面


トランプ政権の登場は、イラク・アフガン戦争の失敗と〇八年リーマン危機を決定的な契機とした米国の覇権の衰退と新自由主義の破綻の歴史的なプロセスの新しい段階を示す画期となるだろう。
重要なことはこの継続的なプロセスの中でトランプ政権の登場がどのような影響を及ぼすかである。
トランプ政権は差別主義・排外主義の言辞を重ねる一方で、既成政党に反対するポピュリズム的な政策を打ち出してきた。しかし、米国の政治システムの下では選挙は選挙、政権は政権である。
米国の大統領選挙は、支配階級の異なる利害を代表する二つの政党が政治を独占しつづけるシステムであり、支配階級の二人の代表のどちらかを選ぶことに国民の関心を集中させ、それ以外の選択を排除する仕組みである。そこでは勝ち負けがすべてであり、政策よりも候補が体現する価値観、イメージ、インパクトの強さ、要するにメディア戦略・マーケッティングのテクニックが決定的な要因となる。それは莫大な費用が投じられる巨大な政治ショーである。
しかし、いったん勝利を手にしたトランプにとっては、自らの政権・権力の維持がすべてとなる。
彼はまず何よりも議会共和党やその背後の企業ロビーとの融和を必要とする。早々と名前が挙がっている政権移行チームの面々や閣僚候補は、エネルギー企業や金融機関の役員、共和党議員団のスタッフなど、既成エリートそのものである。人気の浮揚のために就任直後には象徴的な進歩的政策を導入する可能性がある。しかし、彼が自らの階級基盤から独立して行動することはありえない。
軍事・外交政策においては、すでにオバマ政権の後半において、ロシアとの「新冷戦」や中国封じ込めを意図した「アジアへの旋回」を大義名分にして核兵器、ミサイル防衛、ハイテク兵器の開発・配備のための予算が潤沢に組まれており、政策転換の余地は大きくはない。しかし、その枠組みの中ではあれ、ロシアのプーチン大統領との接近がシリアや中東の地政学に及ぼす影響、アジア戦略の見直しの可能性など未知数が多く、それがどのような力学を生み出すかは現時点では予想できない。
TPPをめぐって、トランプの当選によって頓挫が確実になったかのような観測が支配的であるが、楽観すべきではない。議会共和党は「年内の批准はない」、「このままでは批准しない」と明言しており、オバマも任期中の批准を断念したと伝えられている。しかし、来年以降、一定の付帯決議を付けて批准する可能性が消えてはいない。また、TPPが批准されなかったとしても日米の並行協議で合意された内容が反故になるわけではない。そもそも日本においてはTPPが最終的に批准されるか否かに関わりなく、先取り的に実施の準備が進んでいる。TPPとの闘いはまだこれからである。
安倍政権は早々にトランプとの会談をセットして、日米同盟が安定的に継続されることを印象付けようとしている。
しかし、トランプの外交政策が未確定であることは、フィリピンのドゥテルテ政権の動向とあいまって東アジアの地政学に一定の変化をもたらすことは間違いないし、そのような変化を沖縄・日本における米日安保や基地との闘いに有利に活用する可能性をあらかじめ排除するべきではない。
政治ショーの余韻の中で、トランプ当選の衝撃とその意味についてさまざまな考察が行われている。リベラル派のメディアは国民の融和を呼びかけている。左派の間ではトランプに変化の期待を託すかのような言説も見受けられる。しかし、真の変化はサンダース候補を支持して結集した広範な人々の、ローカルな草の根の闘い、階級闘争の復権の兆しに刻印されているし、われわれはここに注目しつづけるべきである。
(11月11日、小林秀史)


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