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    かけはし2016.年11月28日号

もう一つの欧州への道を開くために


ベルギー

ワロン圏のCETA(EU・カナダ包括的経済・貿易協定)反対

EU内新自由主義貿易に対する民衆の怒り

背後にベルギー内の複雑な政党間の主導権争い

 以下の声明は、ワロン圏(ベルギーを構成する地域圏の一つ、フランスと国境を接するベルギー南部のフランス語圏:訳者)議会の票決がCETA(EU・カナダ包括的経済・貿易協定)を拒否し、そのことで一〇月二七日に計画されたこの取引の署名を阻止した後、第四インターナショナルベルギー支部であるLCR/SAPから一〇月二四日に出された。この拒否から生まれた袋小路は、一〇月二七日のベルギー国内合意によって最終的に打開され、EUとカナダ間の署名は予定から三日遅れて、一〇月三〇日に行われた。この想定外の事態には、以下の声明が語るようにベルギー国内の複雑な政党間主導権争いが関係している。しかしその背後には紛れもなく、EU内での新自由主義的貿易経済協定に対する民衆的敵意の高まりがあり、今回の事態は、EU離脱後の英国との同様な協定やTTIP(環大西洋貿易投資協定)に対する障害の大きさを、また同時にEU内情勢の不安定さをあらためて示している。(「かけはし編集部」)
新自由主義の転圧機に反対する勝利は極めてまれであり、それが起きる場合はそれを賞味し祝うべきだ。ワロン圏議会は、CETAに署名することに対しベルギー政府にゴーサインを与えることを拒否した。そしてワロン圏政府は、EU、ベルギー政府、メディア業界、またフランドル圏(ベルギー北部のオランダと国境を接する地域圏:訳者)政府からの最後通牒や圧力や脅迫に屈することも拒否している。

闘いとった疑問のない勝利


これは、多国籍企業の独裁に対する、またEUという新自由主義統治の熱烈な従僕に対する疑問の余地ない勝利だ。実際EU委員長のジャンクロード・ユンケルはギリシャ危機の際、「すでに批准済のEU諸条約に反対する頼みになる民主的な手段など一つもあり得ない」と語ったのだ。
今回の対象は条約と同じタイプのものではないが、しかしはっきりしていることは、ワロン圏議会の「CETAノー」が、こうした専制への屈服に対する正統性のある拒否として、欧州中で、またそれを超えて鳴り響いている、ということだ。
この勝利は闘争の勝利だ。それは、何年もの間最初はTTIPの、ついでAACCの危険性を強く非難し続けてきた、諸々の社会運動の勝利だ。そしてこれらの運動は正確に、後者は前者のトロイの木馬だ、と言っている。九月一九日、一万五〇〇〇人の民衆が「ストップTTIP、ストップAACC」と叫んでブリュッセルでデモを行った。この決起はウィークデーの午後遅くストライキなしに組織されたのだが、周知キャンペーンが広範な人々の、つまり農民組合から環境諸組織や消費者諸団体まで広がる人々の琴線に触れた、という事実を反映していた。
国家の基準(社会的、健康に関する、あるいは環境上の、……)が不都合であれば苦情を申し立て補償を要求できる、そうした私的な仲裁法廷の導入だけが、この反CETA決起の理由なのではない。しかしそれはもっとも広く共有されているものの一つだ。EU委員会は、この条項は最初のうちは適用されない、と提案することにより、一〇月二七日に設定された協定署名を救い出そうと務めてきた。しかしこの譲歩は、情勢を逆転させるにはあまりに小さく、出てくるのが遅かった。チャーチルの言のように「トゥリトル、トゥレイト」だったのだ。

意外な政治的リレー

 諸々の社会運動の決起が地域圏政府レベルへの政治的拡張を見出すことになったという事実は、一つの驚きだ。実際、ワロン圏のPS(社会党)―CDH(民主的ヒューマニストセンター)与党多数派は、資本家の投資後押しに完全に焦点を当てた、一〇〇%新自由主義の政策を率いている。加えて二〇一三年、社会民主主義者とキリスト教民主主義者(そして政府内にいたエコロ〈環境保護を掲げる政治勢力〉)は、欧州財政協定(TSCG)を支持する投票を行った。しかしこの協定は、各国政府に「黄金律」を課し、各国予算案の新自由主義教条に対する追従を確かめる権限を、EU委員会に与えているのだ。その当時、諸労組と他の社会運動はその文案への反対を叫び立てたが、その声も実を結ぶことはなかった……。
今日、それにもかかわらず「ワロン圏のノー」は固い蟻塚に蹴りを入れ穴を開けている。それは今、EUが止めたいと願い、その後主流メディアとあらゆる新自由主義支持者の助けを得てごまかそうと努めた、その論争の幕を開けている。
勝手に行け! このように「オープンVLD」(開かれたフレミッシュ自由主義者と民主主義者)は少しの決まり悪さもなく、ベルギーはワロン圏議会を無視して協定に署名すべき、と主張した。リバタリアンのジャンーマリー・デッケルは大胆にも、ワロン圏政府は「一時的に統治不能」と宣言されるべき、と発言した(中絶を部分的に刑事罰から外す法の通過に際した時の王のように)。
VOKA(フランドル圏雇用主団体)は、CETA問題はコミュニティーの危機に相当する、と評価した。EUはベルギーの同意がなくても行動すべき、との考えも議論され、ほとんどのメディアは、ワロン圏の票決を惨害……と描いた。
ワロン圏の権力者たちが先の圧力にもかかわらず彼らの立場を維持したやり方は、抵抗の精神に力を加え、ものごとの成り行きを逆転させることもあり得る、という希望を復活させている。ワロンとフランドルで、それだけではなく欧州中でだ。
しかしそうであっても歴史を前提とすれば、ワロン圏首相のポールによる断固とした言明の背後にあるものをよく考えてみることが必要になる。つまり彼は、「民主的諸原理」のために「最後まで闘う」という彼の切望を語る際、TSCGのことになるとそれを無視したのだ。
事実として、地域圏多数派のPS―CDHがこれに抵抗し続けているのは、基本的に政治的戦術が理由になっている。両党共に、連邦の右翼政府との関係では野党の位置にある。そして連邦政府は、ワロン有権者からは辛うじて四分の一(改良主義運動、MR、および首相のシャルル・ミシェルの党である自由党の支持者)の支えしかなく、その残忍な緊縮政策のゆえに憎まれている。
しかし同時にこの二党(およびエコロ)は、PTB(ベルギー労働者党)の躍進(一五%!)によって世論調査でははかばかしくない。有権者の信頼を再獲得し、FGTB(ベルギー労働総同盟)指導部に対するその支配的影響力を維持する上では、社会民主主義者にとって連邦政府を糾弾するだけでは十分でないのだ。
PSには今なお、その指導者であるエリオ・ディルポが首相であった時に決定された失業者の排除が刻み込まれたままだ。彼が党の首座に今も固執していることが、事態を悪化させ続けている要素となっている。キャタピラー社(キャタピラーという機械装置の通称はこの社名に由来する:訳者)工場の閉鎖(ワロン圏首相のポール・マニェットの市で六〇〇〇人の職が失われる)、およびING銀行が公表したレイオフは、大衆の怒りと混乱をさらに深めることになっている。大企業に赤絨毯を広げる政策はもはや通らない……。

ポール・マニェットの神業


こうした条件の下では、マニェットが指した一手は単純に言って専横なものだ。この首相は将棋盤で駒一つを動かすことで、現実に地域圏の政策(「競争力ある集団」、産業に役立つ大学、サウジアラビア向けの兵器売却その他)にはらまれた本性を覆い隠し、連邦レベルでの彼の党の優勢をぼかし、MRをまごつかせ、NVA(主要連立政党)のフレミッシュ民族主義自由主義者を彼ら自身の「連邦主義的」信条を手掛かりに罠にかけ、反グローバリゼーションのヒーローとして、あるいはその上PS党首へのもっともらしい挑戦者として現れ、有効性を十分に発揮しているPTBスポークスパーソンのラウル・ヘデボウからメディアの注目を外し自分に向けている。
彼はそうすることで、地域圏多数という背骨を維持しつつ社会民主主義に導き、二〇一九年の選挙後に「よりマシな悪」として連邦政府に復帰することを可能にする、と思われる諸条件を生み出している。
この点が決定的だ。よりマシな悪の戦略は現実に、緊縮計画に緊縮計画を重ねてきた連立政権への参加という二五年間によって掘り崩されてきたのだ。FGTB労組官僚の一部は、PSが今も労組の政治的中継器である、ということを疑い始めるにいたった。社会民主主義は経済的後退にもかかわらず、この党が諸労組と他の社会運動から支えられている条件の下では、右翼政府への参加であっても違いを作ることができる……ということを、実際問題として絶対的に証明しなければならない。
賭けられているものはPTBを前に生死に関わっている。そのPTBは、左翼社会民主主義的な主張に向けて毛沢東主義的レトリックを放棄し、「民衆戦線」を呼びかけているのだ。そしてその中では、EUの諸指令の枠組み内での入閣を拒否し、最後にしかし特に、自己決定に向けた民衆の権利に反対して統一したベルギー国家を防衛している。 ポール・マニェットの動きが他の諸課題(たとえば、EUレベルでの課税の均一化?)に関してSPの立場を再確定することを含むか否かは、またこの再位置取りが、切り下げと安全保障の諸政策という低湿地に沈み込み続けている――コービンの労働党を例外として――社会民主主義内部で、欧州の他でもまねられるか否かは、時が告げるだろう。これは、先に見たようなよろめきの後で元の軌道に戻ることは容易ではないがゆえに、排除されない。
しかしながら今のところ、この方向への動きはまったくない。それゆえわれわれはだまされてはならない。つまりワロン圏首相は、政治目的のために反TTIP決起と反CETA決起を利用しているのであり、新自由主義との絶縁に関与しているわけではない。証拠をあげれば、自由貿易に向けて彼が語っている言明が諸々あり、AACC阻止は彼にとって、「たとえ民主主義が勝利するとしても惨めな失敗だ」という言明……がある。

この動きを新たな刺激に転換を

 それで、勝利なのか、それとも後退の取り戻しなのか? 今後は決定されていない。先への回答は、反CETAの警戒をあらゆる緊縮に対決する決起に結び付ける社会運動の能力にかかっている。そしてそれは第一に、右翼政権の諸行動に反対する戦闘を再開させることを意味している。
この戦闘は、CCS(キリスト教労働組合連盟)とFGTB指導部の交渉戦略によって、袋小路に導かれているのだ。民主的な諸形態に対する敬意は、民衆多数、つまり勤労民衆、若者、女性、農民、未登録移民……の利益になる社会的かつ環境的な内容との結合の中で、はじめてその全面的な意味をもつようになる。
これらの運動の代表者たちは、彼らが願うならば、ポール・マニェットの動きをもう一つの政策を求める闘いに向けた新たな刺激へと変える能力をもっている。彼らは、願うならば、反資本主義緊急計画を発展させ、それを草の根の、労組内や市民団体や住民組織内のさらなる討論に付託する能力がある。彼らは欲するならば、搾取され抑圧された者たちを代表すると主張する諸政党に、先の基盤だけに基づく政府の形成を強制できる。ワロン圏とその他のところで、なぜそうでないのか?
今こそ、諸指令への断固とした不服従によって、もう一つの欧州への道を開くために、EUを倒す助けをする諸政権を。(「インターナショナルビューポイント」二〇一六年一一月号)

【訂正】前号(11月21日付)3面「塩川さんを追悼する会」報告3段7行目、「都学蓮」を「都学連」に、5面「辺野古埋め立て容認高裁判決破棄させよう」の見出しと写真説明の「11・12」を「11・11」に訂正します。



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