もどる

    かけはし2017.年6月26日号

全県・全国から辺野古に結集を!


沖縄報告:6月17日

7・7座り込み3周年集会

7・22キャンプシュワブ包囲行動へ

沖縄 K・S

6.14

辺野古水曜行動に200人

豪雨の中、砕石ダンプの
進入を阻止した!


 水曜日のマイク担当は今週から平和市民連絡会になった。これまで水曜を担当していた平和運動センターは土曜日担当に移った。労働組合など組織の土曜日ゲート前結集に力を入れるためとのことだ。
 雨の中、早朝からゲート前は平和市民連絡会の高里鈴代さんのリードで「沖縄をかえせ」「座りこめここへ」を力強く歌ったあと、県内外からの発言が続いた。九州各県から参加した平和フォーラムの二二人は、各県の代表者が地元での運動と沖縄との連帯の取り組みを報告した。
 鹿児島「大隅半島で砕石を辺野古に送り、そのあとを廃棄物で埋めるという計画がある。今回はじめて辺野古の座り込みに参加して得たものを持って帰りたい」。
 福岡「山城さんを呼んで講演・報告会を計画している。一粒たりとも故郷の土砂を辺野古に送らせない。まだ取り組みは弱いが地道に積み上げていく」。
 長崎「初めて参加した。昨日からの座り込み、今日も一日頑張る」。
 佐賀「オスプレイ配備がいわれている佐賀空港はもともと軍事には不使用の約束だった。保守の人も一緒に反対している」。
 愛知県からの一行は「毎週土曜日スタンディングをしている。辺野古写真展も行った。中にはネトウヨのような反応があるが、まっとうに伝え続けることが大事だ」「以前修学旅行で沖縄に来た。座り込みは人生で初めての体験だ。世界で最も美しい島を取り戻したい。沖縄から基地をなくすことを心から祈る」などと述べた。

各地の島ぐる
みが決意表明
島ぐるみの発言が続いた。
今帰仁村「昨日島ぐるみの総会を開き、北上田さんの講演を聞いた。スタンディングは第一、第三金曜にやっている」「初めて座り込みに参加した。非暴力の行動、静かな行動をして行きたい」。
本部町「先日福岡で開かれた辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会の総会に参加した。桜井国俊さんの講演もあった。全国港湾の委員長は戦争につながる仕事はしない、辺野古に土砂を運ぶ仕事はしないとハッキリ述べた」。
宜野座村「全国各地から応援に来てくれるのが嬉しい。沖縄の参加者より全国からの参加者の方が多い時がある。私たちは年配だが今がサラバンジだ、青春だ」。
糸満市「今日も雨の中、ヤマトからたくさん来られてイッペーニフェーデ―ビル。心から感謝する。ヤマト政府に負けられない。赤信号も青信号にする安倍、あるものもないという安倍。一挙に支持率を落としてやろう」。
そのあと、豊見城市、南風原町、八重瀬町島ぐるみの発言が続いた。
沖縄島北端の辺戸岬から南端の糸満市摩文仁の平和祈念公園まで歩き通す日本山妙法寺やアメリカの先住民たちの平和行進団一四人もゲート前座り込みに合流し、人権と平和への連帯をアピールした。その後、雨足が猛烈に強くなったため、場所をテントに移動し座り込みを続けた。テントでは、「雨が降ると嬉しい。高江のオスプレイパッドが壊れるからだ」と語った奥間政則さんのあと、北上田毅さんが埋め立て工事の現状と展望について次のように話した。

北上田さんの
発言から
この雨で大浦湾が赤く濁っている。汚濁防止膜が何の効果もないことの証しだ。現在、K9護岸が七〇〜八〇m伸びている。全長三一六mの四分の一ほどだが、沖へ行けば行くほど深くなることを考慮すれば、立体的には一〇分の一にもならない。K9護岸で必要な捨石は大型ダンプ九〇〇〇台、一日一〇〇台としても三カ月かかる。当初、防衛局は先にA護岸と浚渫を行ない、着工後三カ月目でK9護岸に取り掛かる予定だった。ところが、A護岸や浚渫工事のめどが立たないから、やりやすいK9護岸から手を付けた。毎日ダンプが入って悔しい思いをしているだろうが、あせっているのは向こうだ。自信を持とう。
防衛局はアセスや埋め立て承認願書で明記した砕石の洗浄をしていない。これは違法だ。五月の防衛省交渉で、砕石の洗浄について、何秒間、何リットルやっているかと問いただしたところ、回答は、業者が適切にやっているとのことだったが、再質問の結果、先週の金曜日になって防衛省はダンプ一台につき一五〇秒洗浄していると回答してきた。早速国頭の採石場を見てきたが、洗浄施設は使われた形跡が全くなかった。防衛局の回答は苦し紛れのウソだ。報道機関も関心を持って監視してほしい。洗浄をきちんとやらせれば工事は遅れる。工事が遅れて行けば状況が変わる。
また美謝川の切り替えなしに工事はできない。美謝川切り替えの防衛局の設計変更申請は仲井真県政の時に一度されたが、承認を受けるメドが立たないため取り下げたという経緯がある。美謝川は防衛局の当面の最大の難関だ。これをクリアできない限り埋め立てはできない。それゆえ、彼らは、来年一月の名護市長選挙で新基地賛成の市長をつくることに全力を挙げている。沖縄県民、名護市民を諦めさせることが彼らの戦術だ。諦めを誘い、抗議行動をやめさせる、行政の抵抗をやめさせることを狙っている。絶対に屈せず闘いの輪を広げよう。

砕石ダンプを
ゲート前で阻止
午後二時前、国頭の方から砕石を積んだダンプが出たとの情報が入ったため、約七〇人で急きょゲート前を固め、ゲートを進入しようと方向指示器を点滅させるダンプ二四台と対峙した。しかし、座り込みを排除する県警機動隊はすでに撤収しており、ゲートから入れる訳がない。結局、ダンプの車列はゲート前から移動し、北と南に分かれて去って行った。雨中の阻止行動の一日は勝利した。

6.17

辺野古土曜行動に200人

雨中の座り込み排除
し資材搬入を強行


六月一七日土曜日、梅雨前線にかかって朝から雨が降り続き大雨・強風・雷注意報が発令される中、午前中の資材搬入の動きもないことから、ゲート前で始められた座り込み集会は途中から場所をテントに移動して継続された。
北上田さんは「工事は遅れている。今のペースではK9護岸だけで二年はかかる。防衛局の狙いはハッキリしている。県民の諦め、知事のギブアップだ。八方ふさがりになっているのは防衛局だ。ゲート前に人が集まり工事を止めて行けばとどめになる」と訴えた。
平和運動センターの大城悟さんは「七・七にゲート前座り込み三周年集会を持つ。七・二二はキャンプ・シュワブ包囲だ。数千人で二重三重に包囲する。海上では、七・二五にカヌー一〇〇艇、抗議船十数隻の海上大抗議行動をやる。結集してほしい」と呼びかけた。
うるま市島ぐるみは「今日は三三人で参加した。目標は五〇人。土曜日は辺野古に来るのが生活パターンになっている。これまでのべ二五〇〇人参加した。高江と重なってしまったが、二五日は総会を開く。自分たちの力で工事を止める。そしてこの力を名護市長選、知事選へ向けていく。国会は本当にワジワジ―する。民主主義のかけらもない。今の政治を変えるために立ち上がろう」と述べた。
座り込み参加者は増え続け、二〇〇人にのぼった。全国各地からの発言が続いた。
静岡「明日から平和行進に参加する。辺野古反対。共謀罪ぶっ飛ばせ。核兵器反対」。
大阪「沖縄に来はじめて今年で六年目。父は一九四四年、フィリピンで戦死した。負ける戦争になぜ行くのか、と聞かれて、父は、行かなければ国賊、非国民といわれて生きていけなくなる、と答えたという。二度とそういう世の中にしてはいけない」。
沖縄市から参加の一一人は「今日で一二四回目、延べ二一四八人になる」と述べて、ゲート前のアイドルM君のリードで、We shall overcomeを歌った。また、反ナチ運動のマルチン・ニーメラー牧師の有名な言葉「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者ではなかったから……」を紹介し、安倍の動きは怖ろしいと警告の檄を飛ばした。
三〇人参加の那覇バスは「私たちの周りには県外の仲間がたくさんいる。孤立していない」と訴えた。
一一時半ごろ、ダンプが動き始めたとの報で、参加者は雨の中、急きょゲート前に移動しスクラムを固めた。しばらくして米海兵隊キャンプ・シュワブの第1ゲートから出てきた機動隊が座り込み排除を始めたが、座り込みの数の多さとスクラムの固さにいつにもまして排除に手間取っている。指揮官を除いて、若い機動隊員はみんな無口、無表情、目が死んでいる。彼らも内心はこんな仕事をやりたくないのだろう。そうであれば、機動隊員は座り込み参加者を大事に扱え。自分の祖父母、親戚の小父さん小母さんに接するように、ケガをしないように大切に抱きかかえて運んで差し上げろ!それが機動隊員としての最低限の人間性の証明だ。
雨が降り続く中、一時間以上にわたって囲い込みと砕石ダンプ、トレーラーによる資材搬入が続いたが、囲い込みの内とゲート周辺の歩道から埋め立て工事強行に抗議する叫びが浴びせられ続けた。この日、合わせて二回合計七四台の車両が基地内に入った。

「人権侵害と新基地建設をやめよ」

山城さんがジュネーブでスピーチ


スイス・ジュネーブの国連人権理事会で六月一五日、山城博治さんがスピーチした。沖縄の闘う民意を込めた一分半のスピーチに、参加者の激励の拍手と連帯の握手が寄せられた。報道の自由に関する国連の特別報告者であるデービッド・ケイさんとも会いお互いサンキューと繰り返しながら固い握手を交わした。
山城さんのスピーチから半時間後、日本政府代表部の長岡公使は「拘束は適法、辺野古埋め立ては知事の承認を得た」などと反論の原稿を読み上げた。海外の外務官僚たちは、民主主義国としての日本の評価が国際的に底なしに低下して行っているのが分からないはずがない。いい加減安倍官邸の駒として動くのをやめたらどうか。
翌一六日には、国連ビルでシンポジウムが開かれ、沖縄から同行した、金高望弁護士、沖縄タイムスの阿部岳記者、琉球新報の島袋良太記者も出席した。また、国連人権高等弁務官事務所を訪問した際には、国連職員たちから「山城博治さんは人権の擁護者」と呼ばれ歓待された。「人権の擁護者」とは他人の人権のために闘う人の意で、国際的に特別な保護の対象になる存在だ。安倍の支持率低下と共に、沖縄の国際的注目度はいっそう高くなった。辺野古・高江の新基地建設に反対する沖縄には何よりの力になる。

山城さんのアピール

人権侵害と基地
建設をやめろ


ハイサイ、チューウガナビラ。私は沖縄における米軍基地による人権侵害に対し平和的な抗議運動を行なっている山城博治です。
日米両政府は沖縄の人々の強い反対にもかかわらず、新たな軍事基地を沖縄に建設しようとしています。市民は沖縄の軍事化に反対して毎日抗議活動を行っています。日本政府はその市民を弾圧し、暴力的に排除するために大規模な警察力を沖縄に派遣しました。
私は抗議活動の最中、微罪で逮捕され、その後、二回さかのぼって逮捕されました。勾留は五カ月間にも及びました。面談は弁護士以外との接見を一切禁じられ、家族とも会うことを許されませんでした。私は自供と抗議運動からの離脱を迫られました。これらは当局による明らかな人権侵害です。しかし私も沖縄県民もこのような弾圧には屈しません。私は日本政府が人権侵害を止め、新しい軍事基地建設に反対する沖縄の人々の民意を尊重することを求めます。

6.17

恨之碑追悼会

沖縄戦で犠牲になった
朝鮮の人びとを追悼

 六月一七日午後三時半から読谷村文化センターで、沖縄戦に動員され犠牲となった朝鮮の人々を慰霊する沖縄恨之碑追悼会が開かれ、本土から駆け付けた人々も含め六〇人余りが参加した。はじめに、真宗大谷派の僧侶・知花昌一さんによる読経と追悼の言葉が捧げられた。当初碑の前で予定されていたが、降り続く雨のため会場が変更となったのだ。
そのあと、ゲート前でゴスペルを歌う会、共同代表の安里英子さん、理事の有銘政夫さん、同じく理事の金城実さんの発言に続き、海勢頭豊さんと路沙さんが「島九年母」「喜瀬武原」「トラジの花」「月桃の花」を歌った。知花さんはサンシンを手に「阿嘉節」を切々と歌った。
具志堅隆松さんは沖縄戦死亡者の遺骨のDNA鑑定に全遺族の参加を求めることを訴えた。理事の沖本富貴子さんは、今年平和の礎に刻銘された朝鮮人一五人をきっかけに今後沖縄戦での朝鮮の人々の被害の実相をもっと明らかにしていくことを述べた。最後に上間芳子事務局長の閉会のあいさつで追悼会を終えた。


もどる

Back