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    かけはし2017.年10月2日号

衆院選沖縄選挙区―現職4人の当選勝ちとり辺野古NO!を突きつけよう


沖縄報告:9月23日

沖縄 K・S


 安倍は朝鮮国(北朝鮮)の核・ミサイルを利用して衆院解散・総選挙に打って出た。八月に成立した改造内閣のキャッチフレーズ「仕事人内閣」の「仕事」を何らしないまま、本当に「北朝鮮の脅威は眼前に差し迫ったもの」であるなら選挙どころではない筈だが、メディアを巻き込んだ国防キャンペーンによる内閣支持率の上昇をチャンスと見て、森友・加計問題の追及から逃れる国会冒頭の解散・総選挙に打って出ようとしているのだ。すべてにわたる国家権力の私物化、戦争と生活破綻へと国民を引きずり込む安倍政治に終止符を!
 沖縄は選挙区選出の四人の現職の当選に全力を注ぐ。一区赤嶺政賢(共産)、二区照屋寛徳(社民)、三区玉城デニー(自由)、四区仲里利信(無所属)の当選を勝ち取り、県民の民意はあくまで辺野古新基地NO!であることを断固として突き付けよう。県民が団結し、基地の島の桎梏を打ち破る道を切り拓いていこう。

9.20

辺野古ゲート前に150人

資材搬入阻止の座り込み、県警との3度の攻防

 九月二〇日の水曜行動は、平和市民連絡会の城間さんの進行の下で早朝から午後まで行われ、約一五〇人が県警の乱暴な排除に抵抗しながら三度にわたる資材搬入ストップの闘いをやり抜いた。集会は、城間さんの「ご通行中のみなさん、私たちは辺野古新基地に反対する運動をしています。違法な埋立て工事を止めるために座り込んでいます。けが人を出さない、逮捕者を出さないという非暴力の運動を貫徹しています」との訴えで始まった。
ダンプの動きがあるとの情報が入り緊迫する中、糸満島ぐるみ、長崎のうたごえ団の『沖縄の叫び』の合唱のあと、九時前から、県警による座り込みの強制排除と工事車両による資材搬入が行われた。車両は合わせて六六台。砕石ダンプのほかに、二〇トントレーラー、鉄骨を組んだ構造物、鉄骨、木材を積んだトラックなどがあった。そのあと、ゲート前のテントに座り込みを移動した。ヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表は次のように述べた。

安次富浩さん「現職4人の必勝を」
「一昨日、辺野古・大浦湾に台風で避難していた作業台船が戻った。カヌーチームが抗議したが海保に拘束された。強襲揚陸艦ボノム・リシャールも沖に来て合計二三台の水陸両用戦車の上陸訓練をした。ボノム・リシャールが来るのは今回が最後だろう。一〇月以降、F35戦闘機とオスプレイを両方積載することのできる新型強襲揚陸艦が佐世保に配属される。先日オスプレイが大分空港に緊急着陸したのは落雷のためだった。海上工事は仮設道路づくりを主に行っている。二年前ボーリングは終わるはずだったのに、一〇月から半年かけて、海底探査船・ポセイドンがまた調査するという。安倍は衆議院を解散するが、新基地NO!の沖縄の民意は変わらない。現職四人の必勝を勝ち取ろう。野党共闘を広げる声を沖縄から広めよう」
そのあと、豊見城、八重瀬、南風原、南城、国頭、今帰仁、那覇の各島ぐるみが報告と決意を表明した。二〇一二年一〇月の普天間基地へのオスプレイの強行配備以降五年近く、毎朝ゲート前で抗議行動を続けてきた喜友名さんが発言した。

喜友名さん「米軍はやりたい放題」
「先日の敬老の日に、オスプレイは五機編隊で普天間基地に着陸したが、その際ヘリモードで住宅上空を飛んだ。ヘリモード、あるいは変換モードでは住宅上空を飛ばないというのが日米の約束だが、約束を守らない。また、オスプレイは四軍調整官のいるキャンプ・バトラーの上は絶対飛ばない。米軍はSACO合意の伊江島でのパラシュート降下訓練を守らず、嘉手納基地で行っている。国と国との約束を平然と破る。住宅地に近い嘉手納の海軍駐機場は、日本政府が二〇〇億円かけて移転したが、米軍は返さず、外来機の駐機場として使い続けている。やりたい放題だ」。
土木技師の奥間さんは「今朝の新聞『赤旗』に掲載されたが、辺野古新基地予定地には二本の活断層が走っている。こんなところに基地を造るのですか。活断層の上に原発をつくる日本政府ならやりかねない。国民に広く知らせよう」とアピールした。この日二回目の排除と資材搬入は一二時前から三〇分余りにわたって強行された。国連NGOのIMADR(反差別国際運動)が出した声明にある通り、「政府の対応は悪化」し、警察の暴力性が強まっている。一回目と同様、砕石だけでなくH鋼材、クレーン車、生コン車が進入した。
他方海上では、カヌーと抗議船による行動が、K1ドクロ前、N5シアター前、辺野古崎で行われた。また、高江の工事ゲート前では作業員説得のピケット行動が行われ、作業の開始を遅らせた。

9.20

裁判闘争勝利決起集会に200人

弾圧をはね返し無罪を勝ち取るぞ!

 九月二〇日夕方、那覇市内で、「辺野古新基地建設断固阻止!高江オスプレイパッド即時撤去!山城さん、稲葉さん、添田さんの無罪を勝ち取る決起集会」が開かれ、約二〇〇人が参加した。主催は、政治弾圧を許さず不当逮捕者・勾留者を支援する会、基地の県内移設に反対する県民会議など五団体。会場の八汐荘一階ホールは満員になった。

三宅弁護士と
森川教授の講演
三宅俊司弁護士は「公判中間総括と不当裁判に立ち向かう意義」と題して、次のように述べた。
「裁判所は外形的な行為のみを裁こうとして、専門家の意見や国連の意見を排除した。かつての日の丸裁判では、憲法学者、遺族、村役場職員などを証人として法廷に呼び審理した。判決文にもきちんと背景が書かれている。ところが今の裁判は単に行為のみを対象に審理している。問題の矮小化だ。何故県民がこれほどまでに米軍基地に反対するかを明らかにしなければ裁判は成立しない。裁判所は国の政策実現の道具に成り下がっている。われわれの裁判の目的は@無罪を勝ち取る、A裁判の中身として、権力の冤罪であることを明らかにする、の二点だ」。
森川恭剛(やすたか)琉大教授は「沖縄差別の刑特法裁判」と題して、次のように述べた。
「沖縄の平和主義者をどんどん逮捕する日本。高江裁判では、@立入禁止区域とは何か、A立ち入ったことでどのような米軍の利益が侵害されたのか、B刑特法第2条の、正当な理由がないのに、ということ、の三点が問題だ。比べてご覧になれば分かるが、刑特法の文言と米軍フェンスの掲示の文言とは中身が違う。北部訓練場は立ち入り禁止区域になっていない。喜瀬武原の初めのころと同じだ。検察は添田さんで刑特法を試そうとしている。かつて刑特法裁判は違憲の主張を中心に闘ったが、現在、国内法と米軍の特権を対立させて戦後まかり通ってきた論理のウソと沖縄差別を暴く。新基地の違法工事と不当逮捕は権力の沖縄差別の両輪だ」。

3人の決意と
担当弁護士の発言
休憩の後、第二部で、三人の決意表明と担当弁護士の発言があった。山城博治さんは「この裁判は弾圧裁判以外の何物でもない。闘いに勝ってまた現場に立ちたい」と決意を語った。金高望弁護士は「担当検事が二人退職し、裁判官は病気で交代した。相当大きな上からのプレッシャーがあるのだろう。国家総ぐるみの弾圧裁判をはね返そう」と述べた。稲葉博さんは「ジンギスカン」の歌を歌ったあと、「振り返れば、逮捕は一〇カ月後、おかしな逮捕だった。房の中では口惜しさでいっぱいだった。何も間違ったことをやっていない」と語った。松本啓太弁護士は「稲葉さんは中国へ行こうと立ち寄った先が辺野古だった。立ち寄ってみると離れられなくなり、何とかしなければと移住することになった。裁判では背景を考えて判断してもらう」と話した。添田充啓さんは「本土の人は沖縄の現実を来て、見て、理解してほしい。私は沖縄差別ということを主張したい。また当日現場で、防衛局の職員から、米軍基地だ、立入禁止だと言われたことはないし、職員を押したこともない」と述べた。この日午後の裁判で、防衛局職員は証言台と傍聴席、被告人席との間についたてを置いて証言したが、弁護士の反対尋問に「分かりません」と答えるなど刑特法による起訴の破たんを示した。添田さんは法廷の場でも「基地に進入した覚えはない」と無罪を主張した。中村昌樹弁護士は「添田さんはヘイトスピーチに一貫して反対して闘ってきた闘士だ」と述べて、添田さんを称賛した辛淑玉さんの文章を紹介した。
オール沖縄会議の高里鈴代さんは「この裁判は私たち自身の裁判。勝ち抜く」と訴え、平和フォーラムの北村智之さんは「憲法の平和主義、民主主義を沖縄の闘いを先頭に守っていきたい」と決意表明した。最後にガンバロー三唱で集会の幕を閉じたが、ちょうどこの日が山城さんの六五歳の誕生日ということで花束贈呈が行われた。花束を受け取った山城さんはうっすらと涙を浮かべて感謝の言葉を述べた。

9.17

高江山中行動に二十数人

H、G地区のヘリパッド関連工事を監視

 高江ヘリパッド建設関連工事を監視するため、九月一七日(日)早朝から、二十数人が米海兵隊北部訓練場内の工事現場に入り、H地区ヘリパッド、建設中の進入道路、G地区ヘリパッドまで詳しく観察した。やんばるの森を歩くこと約一時間、H地区ヘリパッド付近の砂利置き場に到着した。砂利は以前に比べると大分減っている。
不意を突かれた警備員が三人、四人と慌てて出てくる。後方へ走り出す警備員もいる。まもなく、沖縄防衛局の職員数人がハンドマイクとビデオ撮影機を手に現れた。「ここは提供施設です」と繰り返す。何の提供施設だ? 誰が提供した? 明治政府の琉球併合により登記簿上の名義がどう変わったか知らないが、やんばるの森は数百年以上前から再生産可能な形で維持してきた県民の財産だ。沖縄戦後の米軍政下で県民の意思に反してまるで強盗のようにそこに広大なゲリラ訓練場をつくったのが米軍だ。そして本土復帰後沖縄駐留米軍を容認しているのが日本政府だ。われわれの森を歩いて何が悪い!
H地区ヘリパッド付近で警備員十数人が立ち並び阻止線を張ったが、軽々と突破して前進する。今度は鉄柵をバックに警備員が阻止線を張ったが、これも突破して進むと、廃土などを詰め込んだフレコンバッグ、木材等資材やトラックが大量に置かれた作業ヤードに至った。むき出しになった大量の赤土が山となった上にユンボが置かれている。これだけの量の赤土は雨が降ればいっぺんに付近の森を汚染するだろうが、防衛局は何の対策もせず放置している。人目につかない基地の中なら何をやってもいいとでも思っているのか。
防衛局の職員は執拗にまとわりついてくるが、さらに鉄柵と警備員の阻止線を突破して進むと、G地区ヘリパッドへの進入路の大々的な舗装工事現場に至った。
一部コンクリートの舗装がされている。路肩は赤土が流れ出している。「フトン袋」と呼ばれる砕石による浄化装置が所々に設置されているが、その下を赤土が流れ出ているのが見える。張られた芝生が真っ黒で死んでいるようだ。県外の芝生による外来種侵入が懸念されるものだ。一部にはガードレールが設置済みだ。ヘリパッドに近い道路の両側には琉球竹が三重に植えられているが、全部枯れている。再生したとしても、オスプレイの二〇〇度を超す噴射熱を遮断する効果があるか、疑問だ。
G地区ヘリパッド手前で警備員たちは、道路を遮るように止めたワンボックスカーをバックに阻止線を張った。阻止線の向こうは芝生を張ったGヘリパッドが見える。われわれは全員で最後の阻止線を越え、ヘリパッドの上を自由に歩き回った。ここはまだ使われていない。緑の芝生がきれいに伸びている。オスプレイが離着陸し始めると、芝は茶色く焼けはがれ、周りの木々は徐々に枯れていくだろう。ヘリパッドは完成したかもしれないが、オスプレイを飛ばしてはならない。
この日の監視の目的を果たしたわれわれは撤退した。都合約三時間森を歩いた。森を出た後立ち眩みで倒れる人が出るほど、さすがに疲れたが、最後までやり抜いた。



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