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    かけはし2018.年1月1日号

クライメート・ジャスティス軸にグローバル
資本主義との闘いの新しいサイクルの始まり



COP23に示された階級攻防の現局面

ローカルに発展する抵抗と社会主義の復権の兆し

小林秀史

気候変動問題の枠組みの変化

問題先送りと無為無策の25年間

  一九八八年に国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立されてから三〇年。
 一九九二年に気候変動枠組み条約が採択されてから二五年。
 一九九七年の気候変動枠組み条約第三回締約国会議(COP3)で京都議定書が採択されてから二〇年。
 この間にIPCCは五回にわたって最新の調査結果を反映した報告書を発表し(第五次報告書は二〇一三年)、地球上の気温がかつてない速度で上昇していること、気温上昇の原因の大部分が産業活動など人間の活動に起因する温暖化効果ガスの排出にあること、速やかに温暖化効果ガスの排出をゼロ以下に削減しない限り気温上昇は臨界点を超えて制御不能になることを警告してきた。
 COP会合が毎年開催され、そのたびに各国の環境活動家や市民団体・NGOの活動家が結集して、温暖化の影響が最も深刻な「南」の諸国と連携して公正で実効性がある取り組みを各国政府に求めてきた。その最初の成果がCOP3における京都議定書の採択であり、そこにおいて合意された「共通だが差異ある責任」の原則と拘束力を伴う削減目標の設定だった。
 こうした科学的知見、市民社会と「南」の諸国からの圧力の下で、西欧諸国と米国の一部の州を中心に「グリーン成長」が称揚され、市場原理を通じた温暖化対策が提唱された。これに対応して企業は省エネ技術を競い、政府やメディアは「エコ消費」を煽ってきた。さらに、脱石炭・石油の流れに便乗しようとする原発企業や新たな投機市場を狙う金融機関、その強い影響下にあるメディア企業も「グリーン成長」論に相乗りした。
 〇七年に京都議定書の第一約束期間(〇八年から一二年まで)以後の枠組みに関する交渉が始まり、〇八―〇九年のCOP会合に向けて激しい攻防が展開された。米国を中心とするエネルギー産業が強力なロビー活動を展開し、京都議定書の骨抜きを策し、日本・カナダがそれに追随した。西欧諸国や主要NGOは米国も参加するCOP交渉の枠組みの維持を最優先し、米国の主張への妥協を重ねた。
 〇九年COP15(コペンハーゲン)は一三年以降の目標に関する合意に至らず、 地球上の気温上昇を一・五度以内に抑えるための実効性のある合意を求める「南」の諸国からの必死の訴えは封殺された。最終日に強引に採択された「コペンハーゲン合意」は何の内容もなく、単に交渉の継続を確認しただけだった。不明朗な交渉プロセスに抗議し、「コペンハーゲン合意」に唯一反対したボリビア政府は一〇年四月に気候変動民衆会議(コチャバンバ会議)を開催し、「マザーアースの権利」を基調とした公正な気候変動対策のための宣言を採択した。
 〇九年以降はCOP交渉において多国籍企業が影響力を増し、「南」の諸国への「支援」を隠れ蓑に森林破壊、農地収奪、大型プロジェクトへの投資等による利権を争ってきた。
 当初は「南」の諸国と連携して「北」の諸国の歴史的責任を主張してきた中国は、同国の台頭に警戒し反発する米国との対立を回避するため、また、自然エネルギー等の市場の開発を目指して、米国と協調してCOP交渉を主導するという戦略に転換した。一五年九月に習近平とオバマの間で交わされた気候変動問題に関する米中合意は、同年のCOP21におけるパリ協定の成立を決定付けた。
 パリ協定は京都議定書の「共通だが差異ある責任」の原則と拘束力を伴う削減目標を拒否する米国の主張を受け入れ、温暖化対策を各国の自主的目標に委ねた。そして提出された各国の自主的目標は完全に達成された場合でも地球上の気温の上昇を一・五度あるいは二度以内に抑えるという目標にはほど遠く、アフリカ、南アジア、太平洋諸島の多くの地域が水没し、あるいは砂漠化するのを放置するに等しい。これらの諸国の活動家たちは「COP交渉は誰が死ぬべきかを話し合っている」と非難している。

COP23をめぐる2つの評価


 一七年一一月にボンで開催されたCOP23は、米国のトランプ大統領のパリ協定離脱という劇的な事態の下で、パリ協定の自主的目標の検証と目標積み上げのためのルールや「南」の諸国への資金協力についての交渉のスケジュールを確認しただけだった(米国のパリ協定離脱については本紙一七年七月一〇日号掲載の拙文を参照されたい)。 
 「グローバル・カーボン・プロジェクト」の最新データによると世界の二酸化炭素排出量は三年連続で増加が止まった後、再び上昇している。再生可能エネルギーの急速な普及にもかかわらず、エネルギー企業はシェールガスをはじめとする化石燃料への投資を拡大している。
 このことが示しているのは、気候変動枠組み条約が採択されてから二五年間、COP交渉は「交渉のための交渉」、つまり無為無策を重ねてきたということである。
 COP交渉は気候変動問題に国際的に対処する枠組みから、「南」と「北」の諸国の格差を拡大し、「北」の諸国による「南」の諸国の支配を隠蔽し、永続化する枠組みに変質したと考えるべきだろう。
 一七年一一月のCOP23について気候ネットワークは「COP23 ボン会議の結果と評価」(二〇一七年一一月二七日付け)の中で次のように述べている。
 「ボン会議では、パリ協定の実施指針(ルールブック)の交渉の土台となる文書を作成するとともに、二〇一八年に行われる世界の気候変動対策の進捗状況のチェックをする促進的対話(タラノア対話) の進め方や、二〇二〇年までの行動の引き上げのプロセスなどについて合意しました。これらによって、ボン会議は、パリ協定の実施に向けて、その準備作業を一歩前進させました。しかし、今回の合意は、今後の交渉の土台と対策強化のプロセスを作ったに過ぎません。パリ協定のルールブックに関しては、多数の困難な論点について、現状では、異なる主張が並べられている状況です。ここから一年後の COP24カトヴィツェ会議で一つの合意を作り上げるため、交渉の加速が求められます」(全文は同ネットワークのウェブを参照)。
 同ネットワークのこのような肯定的評価は、トランプ政権によるパリ協定離脱にもかかわらず米国の多くの州や都市、公共機関、宗教者等が独自でパリ協定の実施を進めようとしていること、イギリスとカナダが主導する「脱石炭へ向けたグローバル連盟」がCOP23会場で発足し、すでに二七の国と都市が参加を表明していること、世界的に、気候変動の原因である化石燃料に対する投融資を撤収する「ダイベストメント」(投資=インベストメントの逆)という動きが活発化していること等が根拠となっている。
 同ネットワークは日本政府の態度に対しては強く批判している。「今回も、会議場の内外で石炭利用に抗議するアクションやイベントが多数行われました。日本は、米国政府と石炭と原発を推進すると二国間パートナーシップに合意したことについて、会期中の一一月九日、『本日の化石賞』を受賞しました。……日本への批判は頂点に達していると言えます」。特に、ボン会議の直前に丸紅がヴェトナムでの石炭火力発電所建設事業のコンセッション契約を行ったこと、会期中に日本国際協力銀行(JBIC)がインドネシアでのチレボン石炭火力発電所事業への貸付を決定したこと、また、国内でも石炭火力発電所の新設が計画されていることを強く批判し、「今回のエネルギー基本計画において、脱石炭方針を速やかに決定するべきです」と主張している(「結果と評価」)。
 一方、COP15以来毎回COP会合を全期間にわたって現地から報道してきた米国の市民テレビ局「デモクラシー・ナウ」の一一月一七日の特集では、「環境活動家がCOP23は気候・エネルギー・不公正の複合的危機を取り上げなかったと非難」という見出しを掲げて、FoE(地球の友)のディプティ・バトナガーさんと「ウォー・オン・ウォント(貧困との戦い)」のアサド・リーマンさんにインタビューしている。
 アサドさんは「残念ながら必要とされる進展は見られなかった。多くの問題が棚上げされ、来年に持ち越された。……先進国が二〇二〇年(パリ協定の実施)に先行して約束の実施と目標の引き上げに熱意を示さない限り、われわれはパリ協定を白紙に戻し、パリ協定の目標は達成不可能であると認めなければならなくなるだろう。その時は、われわれは気温上昇が三度を超えた世界と、それが何百万人の人々にもたらす破滅的な結果について話し合わなければならないだろう」と語っている。
 ディプティさんは「先進国が温暖化効果ガスの排出を今すぐ削減する必要があり、そのために野心的な取り組みが必要である。しかし野心だけの問題ではない。平等も伴わなければならない。危機を作りだした者がより多くの努力をしなければならない。もう一つの課題は労働者を置き去りにしてはならないことだ。FoEでは労働組合との関係を確立するために、共通の目標を見つけようとしている。労働者が劣悪で不安定な仕事を余儀なくされるのではなく、新しい公正な経済の確立のために貢献できるような世界の実現のために力を合わせるためにである」と語っている。
 気候ネットワークによる評価とFoEやウォー・オン・ウォントによる評価は対照的である。前者は「ここ数年、気候変動対策に積極的なビジネスの存在感が高まっており、今回もサイドイベントやブースで大きな盛り上がりを見せています」という評価に見られるように、〇九年COP15以来の変化を肯定的に評価しているのに対して、後者はクライメート・ジャスティス(公正な気候変動対策)の観点からCOP交渉のあまりに不十分な進展への憤りを表している。

グローバル資本主義との闘い
の飛躍へ

ナオミ・クラインの提起
 
 新自由主義グローバリゼーションに対する抵抗の闘いの知的リーダーの一人であるナオミ・クラインの『これがすべてを変える――資本主義vs気候変動』(岩波書店、一七年八月刊)は、深刻化する気候危機が一方で新しい社会システムに向けた変革の契機となりうるという観点から、COP15以降の気候変動問題をめぐる多国籍企業やエネルギー、金融企業の動き、その代弁者となってしまった多くの有力NGOの動き、それと闘う地域レベルの抵抗の新しい局面について膨大な取材データに基づいて記述している。
 著者は序文で、気候変動によって深刻な問題に直面するボリビアが、気候変動に歴史的責任を負う「北」の諸国に「気候債務」を負っていると主張し、国際社会に「クライメート・ジャスティス」を求めたことに言及して次のように述べている。
 「(〇九年四月に)ナバーロ=ジャノス(当時ボリビアのWTO担当大使)がボリビアから見た気候変動問題について語るのを聞きながら、私は気候変動が・・・人類にとって、大きな活力となりうる、と気づきはじめた。ただ単に極端な気候現象から私たちを守るだけでなく、その他のあらゆる点で、より安全で公平な社会をもたらしてくれるはずだ、と。化石燃料への依存からいち早く脱却して、迫りくる厳しい気候に備えるために必要なリソースを注ぎ込むことによって、膨大な数の人々を貧困から抜け出させることができるかもしれない。……気候変動を耐え忍ぶとか、生き延びるとか、あるいは国連の悲観的な言葉を借りれば気候変動を『緩和』するとか、それに『適応』することにとどまらない、それをはるかに超えた未来のビジョンだ。……この危機をバネに、どこか今より……まともなところへ飛躍しようというビジョンである」(同書上巻九ページ)。
 著者は気候危機の深刻さについてさまざまな角度から言及し、危機が後戻りできない地点に至るまでに残された時間はわずかであり、これからの一〇年間が人類の運命を決定づけると述べている(原著の刊行が一四年なので、すでにこの指摘から三年が経過している)。その上で、この間の世界各地のさまざまな動きに希望を見出している。
 同書下巻の九―一三章はシェールガス採掘に反対する運動やガス・パイプライン建設反対の運動、石炭採掘反対の運動、化石燃料を開発する企業への投資引き上げ運動、水源や森を守る運動が環境の保全にとどまらず、地域の自立的な経済、多様なアイデンティティーを持つ人々の共存、新しい価値観の共有へと発展している世界各地の事例を生き生きと語っている。
 終章では、運動の一連の後退にも関わらず、敗北感に陥ることなく、気候変動問題をこれまでのさまざまな領域の社会運動がやり残してきた課題に再挑戦する機会と考えるべきであるという観点から次のように主張している。
 「・・・気候変動は(資源の)採取/搾取主義的な世界観がもたらした、かつてない広範囲におよぶ危機として、そして先延ばしできない最終期限を人類に課す危機として、今も息づくこれらの運動すべてを一つに統合する、力強い推進力になりうる」(同書下巻六一三ページ)。
 ナオミ・クラインは最近のレポートで、米国のグローバル・ジャスティス・アライアンス連合(GJA)やロサンゼルスの「二〇二五年までに全市を脱炭素化するためのLAリープ(飛躍)宣言」の取り組みを紹介している。これは「グリーン成長」論を超えて労働組合と地域社会の共同のイニシアチブによって良質の雇用を確保しつつ脱炭素社会への移行を進めることを目指している。グリーン成長のモデルとされているテスラ(ソーラー自動車)のカリフォルニア州フリーモント工場では労働者が製品コスト削減のために低賃金と厳しいノルマを強制されている。GJAはこのようなグリーン成長ではなく、大量の公共住宅の建設や港湾施設の刷新等の要求を通じて地域の広範な人々の連帯を作りだすことを目指している(「ザ・ネーション」誌一一月一六日付)。
 世界各地でこのような地域レベルの運動がつながりはじめている。同書の表題から推測されるように、こうした運動の中に著者は資本主義のシステムとラディカルに立ち向かい世界を変革する確かな予兆を観察している。

パブロ・ソロンの提起


 気候危機・環境危機は資本主義システムの危機であり、それに対するシステミック(全体的)な対案が求められている。一七年一〇月にATTAC Japanの招請で来日し、東京・京都・大阪で講演を行ったパブロ・ソロン元ボリビア国連大使は、そのような観点から、ボリビアおよび南米の左派政権の下での先進的な試みとその挫折を総括し、人間中心主義・生産力主義の克服、先住民族の宇宙観・自然観に学ぶこと、世界各地で提唱されているさまざまなオルタナティブの相互補完性、そして下からの参加型民主主義の重要性を強調してきた。
 これはエクアドルやブラジルの左派活動家の問題意識とも重なるものであり、前項で紹介したナオミ・クラインの提起とも重なっている。
 パブロ・ソロン氏の最近の論文「ビビール・ビエン(「良く生きる」)の日本語訳がATTAC関西グループのウェブに掲載されている。この論文の背景は本紙一七年一〇月九日号に掲載されているパブロ・ソロン講演ツアーの呼びかけを参照されたい。
 この論文の中で彼は、〇〇年代後半にボリビアとエクアドルの左派政権の下で提唱された「ビビール・ビエン」(または「ブエン・ビビール」)の構想を発展させている。これはもともとは南米の先住民族の間で継承されてきた自然との調和、全体性の中でのバランスを基本とした生き方、世界観(宇宙観)であるが、それが〇〇年代に、自然を破壊し人間の生存条件を脅かす新自由主義に対する抵抗の確かな根拠として、左派政権やそれを支持する社会運動活動家に受け入れられ、両国の憲法にも明記されるようになった。しかし、彼によると「ビビール・ビエン」は構築中の理論であり、さまざまなバージョンが入り乱れ、特に両国の左派政権が資源開発主義に舵を切った一〇年代前半以降は資源開発を正当化する議論にさえ使われている。
 「(ビビール・ビエンの)公式バージョンは世界銀行などの金融機関でも通用するが、別のバージョンは体制破壊的・反抗的である。年月を経るにつれて立場の違いは明確になっている」(同論文、三ページ)。
 彼はまた、「ビビール・ビエン」は世界社会フォーラム等を通じて議論されてきた「コモンズ」、「脱成長」、エコフェミニズム、脱グローバル化、エコ社会主義などのオルタナティブと対立あるいは競合するものではなく、相互に補完する概念であることを強調する。
 「ブエン・ビビールは文化、社会、環境、経済に関わる処方箋を集めたものではなく、時間や空間についての哲学的な考察から始まって、人と自然の間の関係に関わる宇宙観に向かって進む複雑でダイナミックな混合体である。……
 われわれの考えでは、ビビール・ビエンを他の代替モデル (……)と比較した場合の強みは、次の要素にある。@ 「全体」あるいは「パチャ」という考え方、A多極性の中での共存、B均衡の追求、C多様な主体の相互補完性、D 脱植民地化」(同)。
 この論文の後半はボリビアにおける「二一世紀の社会主義」を目指した闘いの挫折の苦渋に満ちた総括と教訓に充てられている。
 「ボリビアでは変革の過程は最初から強力な先住民団体や社会団体に依拠していたが、現在のボリビアを見ると、一般的に、社会運動と先住民共同体はこの一〇年間に弱体化してきた。
 ここで起こったことはある種のパラドックスである。先住民共同体と社会団体は一連の物質的なモノ、インフラ、信用、条件的現金移転、サービスを受け取ったが、しかし、それらは生活や自己管理のための機構の強化に寄与するのではなく、それらは弱体化され、さらには断片化された。
 〇五年の選挙での勝利まではボリビアの社会運動は水やガスなどの民営化のいくつかのプロジェクトを中止させるだけでなく、民衆の大部分を居住地の回復、石油・ガスの国営化、富の再配分などの提案の下に結集する力を持っていた。言い換えれば、先住民族と社会団体は新自由主義に対する社会的オルタナティブを作り上げることができた。今日、そのダイナミズムは失われ、セクターごとの取引の段階に入ってしまった。そこではそれぞれのセクターがセクターごとに自分たちの要求を掲げ、国家から最大限のもの(・・・)を獲得するために人々を動員する。
 政府から先住民族コミュニティーや社会団体のリーダーに与えられた財産は庇護者による身内びいきの論理を生み出した。社会運動は変革の提唱者であることをやめ、政府からモノや仕事を得ようとする顧客に変わってしまった。それぞれが自分たちの個別の状況を改善するために、保護者である国家に圧力をかけようとしている。もはやボリビアを変革することは問題ではなくなり、分け前を最大にすることが問題となった。本当のところ、先住民族の価値観を基盤として新しい社会を建設するという考え方は失われた」(同)。
 彼の以下の提起は、この間のギリシャのシリザ政権の挫折や現在のベネズエラの危機をめぐる議論にも通底するきわめて実践的な問題である。
 「一般的にマルクス主義的左翼にとっての目標は社会を変革するために権力を奪取することである。これは国家を奪取し、作り変えることによって社会を上から変革することを伴う。しかし、この一〇年間の『進歩的』政権の経験は、ビビール・ビエンにおいて権力の奪取は下からの解放と自己決定のプロセス―残存している、あるいは変革を進める新しい国家の中でさえ発生するすべての植民地的構造に異議を唱え、打ち壊す―をさらに推進することを目指すべきであることを実証している」(同)。
 一九九九年のシアトルにおけるWTO反対デモを契機として発展した新自由主義グローバル化に対する抵抗の闘いは、〇〇年代に世界社会フォーラムやクライメート・ジャスティス運動などに表現されるダイナミックな発展を遂げたのち、リーマン・ショックと世界金融危機という絶好のチャンスを取り逃がし(コペンハーゲンでのCOP15もこの時期だった)、一〇年代には一連の広場占拠運動やギリシャ、スペインにおける新しいラディカルな左翼の選挙での躍進にもかかわらず、全般的にダイナミズムを失い、分散化してきた。勝利したのは追い詰められていたはずの金融機関であり、エネルギー産業である。それらの勢力に対する不満・怒りに受け皿を提供したのは極右勢力だった。
 本章で紹介したナオミ・クラインとパブロ・ソロンの提起は、グローバル資本主義との闘いの新しいサイクルの始まりに向けた重要な提起であり、運動の新たな飛躍のベースとなるべき教訓・分析が含まれている。 

開発・生活環境破壊をめぐる
闘争の普遍性と戦略

労働運動と環境運動の再結合を

 新自由主義グローバル化に対する抵抗の闘いを顕在化させた一九九九年のシアトルのデモは労働組合と環境運動の共闘としても歴史的な一歩となった。グローバル化に伴う資本主義の世界規模の人間労働の収奪と自然の収奪、環境破壊が不可分の問題であることが共通の認識となりはじめた。
最近の米国におけるシェールガス採掘やパイプライン建設反対運動の中でも、地域の労働組合や労働組合活動家が積極的に参加している。
伝統的な製造業労働組合は多くの場合、雇用問題に直結する環境問題への取り組みが消極的である。一方、労働者の構成が大きく変化し、サービス産業の労働者や不安定雇用の労働者が急速に増えている中で、これらの労働者が地域を基盤にした居住環境や人種差別の問題、マイノリティーの人権などの運動で重要な役割を果たしている。
デヴィッド・ハーヴェイが『反乱する都市』の中で指摘しているように「労働の概念は、労働の工業的形態に結び付けられた狭い定義から、ますます都市化する日常生活の生産と再生産に包含されるはるかに広い労働領域へとシフトしなければならない。労働基盤の闘争とコミュニティー基盤の闘争との区別は消滅し始めている(同書二二九ページ)。
日本における保育や介護の問題はまさにこのことを提起している。
英国における階級社会の構造的変化とその中での白人下層労働者階級(「チャヴ」という蔑称で呼ばれる)が置かれている絶望的状況を衝撃的に描き出したオーウェン・ジョーンズ『チャヴ―弱者を監視する社会』(海と月社、一七年七月刊)で繰り返し語られているように、住宅問題と居住環境の問題は階級矛盾そのものである。
世界の都市が巨大再開発を競い、貧困地域の住民の立ち退きを伴うジェントリフィケーション(中流化)による都市再生を謳っている。ハーヴェイが前掲書で指摘しているように、これも飽くなき資本蓄積の新しい形態であり、都市空間そのものを収奪するものである。
気候変動問題の多くは都市における構造化された過剰消費がもたらしたものであり、資本主義がもたらす地球環境と人間の生活環境の破壊に関わるあらゆる領域におけるラディカルな変革を不可避としている。COPにおける駆け引きと数値目標の設定に矮小化されるべきではないし、市場の論理に委ねられるべきではない。
日本においてもリニア新幹線、オリンピック、万博、空港の拡張、カジノなど大規模な環境破壊を伴い、人々の生活空間を脅かす巨大開発が経済浮揚のための戦略として位置付けられている。
エコロジー社会主義の立場からはこのような環境破壊や都市空間の収奪、生活環境の劣化、食べ物の安全をめぐる闘いを階級闘争の重要な課題として位置付けるべきである。

社会主義の復権の現段階


地球環境危機を伴う資本主義世界経済の危機の中で、米国や英国のミレニアム世代(〇〇年以降に生まれたか、成人した世代)の間での社会主義への関心、支持の高まりが伝えられている。前項で言及した『チャヴ』の著者のオーウェン・ジョーンズや『隷属なき道』(文藝春秋、一七年五月刊)で「ベーシックインカム」、「週15時間労働」やユートピアの現実化について熱く語っているルトガー・ブレグマンもこの世代に属している。若きマルクス、エンゲルスを髣髴させる鋭い社会批判と大胆な主張は社会主義をめぐる議論の活性化をもたらすだろう。
この著者たちにとっての社会主義はいわばマルクス主義以前の空想社会主義と、戦後すぐの時期の英国労働党のモデルの複合である。その理論的欠点を指摘することは簡単だが、むしろ重要なことは、これがコービンやサンダースを支持する若者たちの現在の到達点であるということである。ロシア革命モデルや中国革命モデルの「権威」が自明のこととされていた時代とは出発点が異なるのは当然である。旧世代の「常識」や思考方法に囚われない感性には学ぶべきところが多い。
また、スペインのポデモスを始めとする新しい左翼政治勢力やクルド民族の左派勢力の間ではエルネスト・ラクラウ、シャンタル・ムフに代表されるポピュリズムの影響が強いと言われている。
フィリピンの同志たちは気候変動に伴う大規模災害の被害地域で緊急の救援活動を展開しつつ、地域の自立的な再生を通じて、困難な民族問題や宗教上の対立を超えた地域社会の形成のための闘いを続けている。
パキスタンの同志たちは災害被害の住民を支援する活動の中で国家による弾圧を受けてきた。エコロジー社会主義のための闘いはすでに、気候変動の犠牲の最前線において試行錯誤を伴いながら開始されている。
日本ではまだどのレベルであれ社会主義の復権の気配は感じられない。しかし、前章で言及したグローバル資本主義との闘いの新しいサイクルの始まりは、日本においてもエコ社会主義をめぐる議論のための基盤をもたらすだろう。

コラム

冬空の柿の実

 車窓に流れる景色を眺めてたら、鈴なりになった柿の木が視界に入った。この辺は、だいぶ前から人の手が入っていないようで幾重にもツタが絡みついている。廃屋の周りに植えられた木々は「守り人」がいなくなり自然のなかに還って行こうとしている。
 私が、最初に覚えた柿の名は「富山柿」。砲弾型?の実をつける「富山柿」は、生まれ育った地では木が沢山あったような気がする。「何故だろう!」。素人考えだが、江戸時代の天明の大飢饉後、「越中」から多くの人がこの地に移住し、荒れ果てた田畑を復興させてきた歴史が背景にあるのでは?
 晩秋から軒先に簾のように干し柿がぶら下がり、剥いた柿の皮は縁側に広げられ陽にあて干されていた。柿皮は、漬物の甘みや、変わり餅の具材にしていた。一番好きなのは、焼酎で渋抜きしたので頬張ると口中に甘みが「トロッ」と拡がり本当に旨い。柿の収穫時には幾つかの柿の実を木に残しておく。それは「鳥が食べるために残す」と教えてくれた。
 厳しい冬の季節、餌を探す鳥たちに「御裾わけ」を考える「先人」の温もりは自然と共生し生活してきた証だ。「××ファースト」が世界を席巻し分断が拡がっている。「選挙」によって生み出され「自由」を縛ることに腐心するトランプ、安倍の姿に何を見る!
 「富山柿」を食べ思い出すのは何十年も昔の出来事。柿の実を盗ろうと木に上っていたら、片手に鎌を持ったおじさんが仁王立ちで木の下に待ち構えていた。すごすごと降りたら「人質」に学帽を取られ翌日謝りに行った話に悪ガキ共は大笑いした。
 ところが災いは伝染する。家の近くの畑の中に柿の木があり「熟し柿」が沢山あった。月夜の晩に一寸失敬しようと柿の木に登っていたら、左右に灯りを揺らしながら一台の自転車がやってきた。ヤバイ!自転車は木の下に止まり、どっかの親父が降りた。万事窮す!ところが「立ち○○」をすると何事もなかったかのように自転車でゆっくりと走り去った。
 いまでも思い出すと可笑しくなる。柿の木にしがみついた私の姿は何に見えるのか? 「山猿」「巨大ムササビ」「木に上ったブタ」? それともすっかり「気配」を消し一本の枝になりきった姿か? 穏やかだった遠い昔の話だ。
 冬の山里の景色は美しいが、鈴なりの柿の木と廃屋の存在は、また違ったことを想わせる。物悲しい響きを放つ「限界集落」、どうにも好きになれない言葉の一つだ。人の息遣い、つないできた地域の伝承・文化。「労働力」として都会へと若者が移り住んでいった時の流れ。採る人もない柿の実も、この廃屋も帰るべき人を失ってきたのだろう。耳を澄ませばギスギス!ギシギシ!軋む音。くる年へ吹く木枯らしは何を包んで飛んで行くのか。
 一升瓶を傍らに、故郷福島の旨い酒を飲みながら年を越そうか。
        (朝田)



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