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    かけはし2018.年1月1日号

「戦争」とは何かを考えよう


12.9

大阪弁護士会 憲法市民講座

東アジア戦争危機と日本の進路

柳澤協二講演会

 【大阪】大阪弁護士会が主催する九条連続学習会の第一回が、一二月九日弁護士会館で開かれ、柳澤協二さん(元防衛省運用局長・現地政学研究所理事長)が「東アジア戦争危機と日本の針路」と題して、非常にリアリティがあり、説得力のある講演をした。強く印象に残ったのは、「単純な答えは、だいたい間違っている」、「国会の議席の三分の二以上を改憲勢力が確保しているという現実を受け止めたうえで、憲法守れというだけでは不十分だ。日本がどうしたら平和になるのかということを政策の中身として論議していかなければいけない」という言葉だった。国民の負託が自衛隊の基盤だということもなるほどと思った。

柳澤協二さんの講演

戦争を回避するには
どのようにすべきか

国家はなぜ戦
争をするのか
日本に広がる戦争への不安。それは本質がわからない不安で、それは単純な答えを求めている。例えば、ミサイルがこわい↓北朝鮮をやっつければいい。しかし、戦争は自然災害ではないから、誰が何の目的でやるかという問題があり、戦争は勝てばそれで解決するのか。勝てば次の戦争に備えなければいけないし、相手が納得しなければ解決はない。だから、戦争は答えになっていない。
そもそも戦争とは何か。平和を望むなら、戦争を理解しなければいけない。戦争とは、国家の意思で相手に暴力的に強制する行為だ。平和とは、戦争のない状態ではなく、戦争の恐怖から解放されることだ。だから、戦争の抑止ではなく、和解が必要だ。抑止は、対立↓抑止↓対立と永遠に恐怖は続く。和解では、戦争のもとになる対立をなくすが、利益と名誉を失う。
国家はなぜ戦争をするのか。冨と名誉の欲望・恐怖が戦争に向かわせる。世界大戦の時代がそうだった。その後の冷戦時代は、核戦争の恐怖が大戦争を抑制した。問題のカギは、富と名誉の分配、恐怖の緩和である。独占しようとすれば戦争になる。トランプの米国第一主義で戦争はなくならない。

他の手段によ
る政治の継続
国家はどのように戦争するか?戦争は他の手段による政治の継続(クラウゼヴィッツ)だから、戦争を決めるのは、政治だ。戦争には三つの要素が要る、つまり国民(感情)・軍隊(運、勘、精神力)・政府(理性)。なかでも、カギは国民の熱狂だ。ここに、世論を煽れば、戦争になり、鎮めれば選挙に勝てないという政治の矛盾がある。ナポレオン戦争以来、戦争は国民を巻き込む戦争だった。(「鎮めれば選挙に勝てないという」とは本当か?)
世界がグローバル化し単一の市場でつながるようになり、競争万能の社会になり、格差が拡大し大衆の不満は増大するが、国家が解決してくれない。それでアイデンティティが分裂する。そして、非国家共同体による他者排斥の暴力(テロ)になったり、強い国家によるナショナリズムの扇動(領土紛争)が起きる。現代の戦争の要因は、経済の暴走と政治の無能が生む非寛容だ。
人はなぜ戦争するのか。「殺したいから」は殺人、「死んでもいいから」が戦争。戦争では、命を差し出す。つまり、自分が生きるよりも価値のある、国家のための死。フロリダでコンピュータを使ってドローンを操作し、無抵抗な他国の市民を殺す。これは虐殺だ。敵がわからない戦争では、兵士はトラウマで人間性を失う。
国家が戦争するその目的について、国家の説明に納得するかどうか。煽られる大衆になるのか、考える市民になるのか。換言すれば、戦場に行く若者の犠牲をどのように受け入れるのか。自分がやりたくないことを他人にやらせる正義があると思うのかどうかだ。自分は行かないけど、「自衛隊には頑張ってほしい」という政治家には、戦争のリアリズムはない。

日本が直面する
戦争とは何か
日本が直面する三つの戦争には、@ 北朝鮮からミサイルが飛んでくる。A中国が島を獲りに来る。Bテロに巻き込まれる、の三つであろう。これは、そもそも誰の戦争なのか。
@は米国に恐怖する北朝鮮と逆らう者を許さないアメリカの戦争だ。だから、北朝鮮は核を持つ。日本は他人の戦争にどうかかわるのか。米国と一緒に煽っていいのか。Aは中国の国威発揚と日本の主権がぶつかっている。これについては、互いにどう犠牲を払うのかということで、政治的解決しかない。
日米一体化でミサイルを防げるのか。抑止力というものは、もし攻撃したら報復するという。威嚇による抑制効果のことだ。その効果については誰も実証したことがない。抑止力とは、抑制の確からしさの計算だ。本当に相手が恐れ入って撃ってこないのか、それはわからない。安倍首相は、ミサイルを日本が打ち漏らせば米国が日米同盟に基づいて報復してくれると言った。本当に米国は自国の犠牲を顧みず報復するのか。抑止力とは、戦争する意思があることを前提にした抑止力だ。そもそも米国に北朝鮮と戦争する意思があるかどうかはわからない。撃ち漏らし、ミサイルが日本に着弾した場合、日本は被害に耐えれるのか。米国は、口先ではいろんなことを言っているが、究極の選択として、北朝鮮と話し合いすることになるかもしれない。その場合は、米国第一主義だから、日本をバイパスするだろう。
それに、ミサイルは一〇〇%は防ぐことはできない。そうすれば、飛んでこないようにすることだ。ミサイルはなぜ飛んでくるか? そこに米軍がいるからだ。戦場は日本になる。抑止と安心は両立しない。では、米軍基地を撤去するのか。それは無理だ。そうすれば、米朝が話し合いするように持っていくしかない。

北朝鮮核問題
の解決とは?
北朝鮮核問題の解決とは何か。戦争するための条件は、勝つ見通し・損害が軽微であること・戦後の安定の確保である。そのような見通しもなしに圧力をかけるのは、衝突の危険性がある。北朝鮮は、米国を抑止するための核能力を放棄しないだろう。
戦争できなければ利益誘導しかない。敵対関係の緩和による北の体制保証をする。核の動機をなくすことだ。日本の課題はなにか。核武装という意見が出ているが、日本が持てば周辺も持つ。これではかえって核の恐怖が現実化するというジレンマが生じる。唯一の戦争による被爆国として核を使わない覚悟が必要だ。これが、数十万人の犠牲で得た経験である。
領土を守るとはどういうことか。無駄な戦争をしないために政治がある。尖閣という無人島。獲ったら取り返す。それを繰り返し、どちらが消耗に耐えるか。米国に守ってもらうというが、ここは米国の領土ではないから、中国との覇権の戦争になる。戦場は日本。しかも、日本が勝手に終われなくなる。得をしない戦争・終わらない戦争をしないのは政治の責任だ。無駄な戦争は、政治の失敗・無責任で起きる。

どうするのか
「対テロ」戦争
対テロ戦争にどう関わるのか。テロリストの殺害が新たなテロを生む。だから、テロリストの殺害は解決策ではない。自衛隊が参加すれば、暴力の連鎖になる。武器を使えば安全か。相手も反撃してくるという戦場のリアリズムを理解しなければいけない。今の安保関連法制下では、自衛隊は武器を使用しないとできない仕事になっている。戦争しない日本のブランドを活かすべきだ。戦争より、戦後の国づくりの方がもっと重要だ。憲法が武力行使を禁じているから、殺せば殺人だ。

自衛隊に何を
させるのか?
国民が考える憲法と自衛隊。国民が支持する自衛隊とは、一人も殺さない・殺させない自衛隊だ。自衛隊の基盤は、「国民の負託」である。国民の負託があるから、危険を顧みずわが身をなげうって任務に従事する。国民が受け容れないことは、自衛隊もできない。国民は自衛隊に何をさせるのか。そのことに道義的責任を負えるのか。日本は力に頼る国か、争いを避ける国か。
専守防衛という「戦略」とは、相手に恐怖を与えて戦争の誘因をつくるようなことをしない。他国の戦争に関与しない。自衛隊は国土を守るということ。非戦の理念をもう一度確認しよう。戦争のコストは命、非戦のコストは国の威信だ。日本国憲法前文に、「名誉ある地位を占めたい」とあるのは、憲法ができたときから、戦争しないことを名誉と考えたのだ。
他者を排斥するより、他者を受け容れる方に高い価値がある。このことが人として問われている。 

質疑討論で問
われたことは
質疑討論で出てきた事柄を若干羅列する。
?国益とは?(大方の国民が受け容れられる利益。そうでないと、政権にとってもダメージになる)?テロを抑止(国家を抑止するようなやり方では抑止できない。西欧の移民排斥はテロを抑止することと逆効果。難しいが)?北朝鮮が中国かロシアの勢力圏に入れば安定するか(最後はそうなる可能性はあるが、本人がそのことに納得するかどうかだ)?安倍政権には、イチかバチかで北朝鮮と戦争するということで、改憲するのではないかと思えるが(戦争は、米国がその気にならない限り無理だ。安倍政権には、アブノーマルをやり抜くノーマルな人材がいない。ここが限界かもしれない)?戦争をして日本は兵器産業が潤う(日本は潤うほどの戦争はできない。やはり、戦争は政治と国民意識が決める)?日本に仮想敵国はあるのか(昔はソ連だった。今は、仮想敵国という言い方はしない。防衛対象国、安全上の脅威という言い方だ。敵と言ったら、戦争しなければいけない)?北朝鮮のミサイルは撃ち落とせるか(中距離ミサイルまで。大陸間弾道ミサイルは無理)?国連について(一時日本は分担金額を一二%も支払っていた。常任理事国入りを目指して。しかし、米国の補助的立場では、国連改革に意味がない。それで立ち消えになった)   
(T・T)

投書

「マスコミの改革」
は可能なのか?

S・M

 マスコミ(日本のマスコミ)をどう考えるべきか。マスコミは天皇制を賛美している。天皇制に反対する意見や集会については大きく報道しない。まったく報道しない。マスコミは北朝鮮の脅威を四六時中あおっている。北朝鮮の核には大きく反対するが、アメリカの核には大きく反対しない。まったく反対しない。北方諸島の先住者はアイヌ民族だ。北方領土返還交渉は「ドロボウ同士の縄張り争い」にすぎない。だがマスコミは北方領土の真実については大きく報道しない。まったく報道しない。マスコミはオリンピックを賛美している。オリンピックに反対する意見や集会については大きく報道しない。まったく報道しない。マスコミはスポーツ報道をつうじて、日の丸・君が代を支持しナショナリズムをあおりたてている。日の丸・君が代・ナショナリズムに反対する意見や集会については大きく報道しない。まったく報道しない。マスコミは「人間の顔」をした社会主義をめざす人びとのことは大きく報道しない。まったく報道しない。「社会主義イコール悪」のキャンペーンを四六時中おこなっている。マスコミは「慰安婦」(性奴隷)にされた人びとに敵対している。「少女像」のぬいぐるみを大量生産しようというのではなく、「少女像」に敵対している。「反日はけしからん」などと右翼と同じことをさわいでいる。ヘイトスピーチをおこなっている。これらはマスコミ(洗脳マシン)の反革命性の氷山の一角だ。これらは私の誤解でなければの話だ。
 これらの特徴から考えるなら、マスコミは「民主主義の味方」ではない。「民主主義の敵」だ。「ゲッペルスと同じ」だ。「相撲協会と同じ」だ。「安倍自公政権と同じ」だ。もはや左翼と市民は「マスコミの革命的打倒」を掲げてたたかうべきではないか。「マスコミの革命的打倒」は「マスコミへのテロ」を意味するものではない。「安倍自公政権の打倒」は「安倍自公政権へのテロ」を意味するものではない。それと同じことだ。
 「マスコミの革命的打倒」など間違っているだろうか。「非革命的」だろうか。「マスコミの革命的打倒」では政権や右派による「マスコミ攻撃」とたたかえないだろうか。「マスコミ内の違い」や「マスコミの二重性」を無視することにつながってしまうだろうか。左翼は「マスコミの革命的打倒」ではなく「マスコミの革命的改革」を掲げてたたかうべきだろうか。
 いずれにしても、こんにちのマスコミに対しては、MXテレビの「ニュース女子」に対する市民の集会・デモのようなたたかいを左翼と市民がおこなうことが必要なのではないか。私はそう考える。
(2017年12月3日)


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