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    かけはし2018.年1月15日号

名護市長選に必ず勝利を


沖縄報告 1月6日

辺野古新基地を止める!

沖縄 K・S

1.6

2018年第1回目の土曜集中行動

熱気みなぎる闘いの意思

キャンプ・シュワブゲート前


 正月明けの一月六日土曜日早朝から、二〇一八年の第一回目の土曜集中行動が展開された。キャンプ・シュワブゲート前は、県内各地の島ぐるみをはじめ、「沖縄の闘いに連帯する関東の会」や鹿児島、埼玉、大阪など全国からの参加者の熱気で埋まった。沖縄防衛局は警察機動隊を基地内に配置したものの、参加者の数の多さに資材搬入を諦めた。ゲート前に人が集まれば工事を止めることができることをあらためて示した。
 ゲート前テントでは、一二時からの集会に先立ち、稲葉博さんのあいさつと替え歌「ジンギスカン」のにぎやかな歌と踊り、キリスト教学院大の一〇人の学生たちの「辺野古は初めて。たくさん学んで帰りたい」「どうしてこんなに人が集まっているのかと驚いている」などのスピーチ、知念良吉さんの歌で盛り上がった。
 集会は平和運動センターの大城悟さんの進行で、山城博治さんの開会のあいさつと「ケサラ―辺野古バージョン」の熱唱、オール沖縄会議共同代表の一人・高良鉄美さんの「今年も頑張ろう」とのあいさつに続いて、稲嶺進名護市長が要旨次のように発言した。

稲嶺市長「行動
で示し勝利を」


 ハイサイ、グスーヨー。イイソーグァチデービル。辺野古の浜での元旦の初興しは新年のティーダが海から燃えて上がってきた。沖縄の平和と自己決定権、民主主義と地方自治の闘いの行く末を示すものだ。昨年一年を象徴する漢字は「落」だ。オスプレイが落ちる。ヘリが不時着炎上する。空から危ないものが次々に落ちる。これが沖縄の現実だ。こんな状況をいつまでも許すわけにはいかない。二〇一八年、ゼロにしたい。今年は選挙イヤーだ。名護市長選をはじめ各地の自治体首長選に続き一一月には天王山の県知事選挙がある。私はこれまで二期八年、ぶれることなく新基地NO!を貫き、子供、子育て、教育分野の公約実現に力を注いで成果を上げてきた。二一世紀を担う子供たちを守り育てるのはわれわれ大人の責任だと考える。辺野古・大浦湾の自然も受け継いでいく。政府自民党はてこ入れに必死だ。相手候補は、「辺野古唯一」の菅官房長官に推薦されているのに、辺野古のへの字も言わない。どういうことか。
 今年は今後の名護、沖縄の歴史にとって一番記憶される年になるかもしれない。言葉だけでなく行動で表すことが勝利をつかむ唯一の方法だ。ゲート前座り込み、海上行動を基礎とした流れ・うねりを一一月知事選で四年前の一〇万票差を上回る勝利を実現しよう。

新基地で後悔
するのは私たち


 稲嶺名護市長の力のこもった発言に参加者は熱烈な拍手で応えた。続いて、沖縄選出衆参両院議員の照屋寛徳、玉城デニー、伊波洋一さんのあいさつ、赤嶺政賢さんのメッセージ朗読が行われた(糸数慶子さんは午前中座り込みに参加し発言した)。沖縄選出のこの五人の国会議員ほど、国会議員になったからといって偉ぶることなく、選挙公約を守り、沖縄の民意に忠実に応え運動の現場に常に足を運び連帯している議員は他に知らない。県民の誇りだ。
 そのあと、海上行動に参加したその足でゲート前に駆け付けたヘリ基地反対協の仲本興真事務局長の「埋め立て工事はまだ一部。名護市長が反対し続ければ工事は進まなくなる。市長選に勝とう」、統一連の中村司代表の「知事は一六回防衛局に行政指導をした。にもかかわらず不法工事を進める防衛局は許されない」、新基地反対の保守系グループ「にぬふぁぶし」から宜野座村議の真栄田絵麻さんの「新基地ができてしまったら後悔するのは私たち。何としても止めなければいけない」とのアピールが続いた。
 最後に山城さんの音頭でガンバロー三唱し、集会を終えた。休憩のあと午後のテント前集会が午後三時まで続けられた。

池学淳(チ・ハクスン)正義平和賞

1.22に辺野古で授賞式

ヘリ基地反対協が選ばれた


 故池学淳主教は朴正煕独裁下の一九七〇年代、「良心宣言」を発表し刑務所に入れられるなど抵抗の聖職者である。主教の正義と平和の精神を引き継ぐために、池学淳(チ・ハクスン)正義平和賞が創設され、沖縄ヘリ基地反対協議会が今年度第二一回目の受賞者に選ばれた。一月二二日、財団の関係者九人が来沖し辺野古テント前で授賞式を行うことが決まった。賞金二万ドルと賞杯の授与が行われる予定だ。

12.26

辺野古座り込み5000日集会

ゲート前に500人

新基地阻止を決意


 地元住民を中心に辺野古の浜にテントをたてて座り込みを始めて五〇〇〇日が過ぎた。ボーリング調査を、体を張って止めた二〇〇四年の闘いから一四年近い歳月を経て、いまだ新基地はできていないし、計画通りできるめども立っていない。しかし、「辺野古唯一」を繰り返す日本政府・防衛局は、民意と県の差し止め指示を無視してK9、K1、N5の三カ所の護岸づくりを強行してきた。違法であろうと何であろうと既成事実を積み重ねた方が勝ち! と考えているに違いない。悪質な国家権力の私物化だ。
 県民は屈しない。一二時からキャンプ・シュワブゲート前テントで開かれた「名護市民投票から二〇年!辺野古テント村座り込み五〇〇〇日集会」に県内外から五〇〇人が結集した。
 海勢頭豊さんは「ウチナーンチュの闘いはこれまでもこれからもずっと平和を守る闘い」と述べ、ギターをひきながら「月桃の花」「喜瀬武原」を歌った。
 ヘリ基地反対協の安次富浩共同代表は「工事が遅れているのはみんなの力のおかげだ。二〇年前の名護市民投票の時、二〇〇人の職員を動員した沖縄防衛局の圧力をはね返し、辺野古新基地NO! の民意を明らかにした。団結すれば勝てる」と訴えた。
 オール沖縄会議の山本隆司事務局長(沖教組前委員長)、沖縄平和運動センターの山城博治議長、平和市民連絡会の真喜志好一さん、統一連の中村司代表に続き、国会議員のあいさつが行われた。照屋寛徳さん「ハイサイ、ウチナーウマンチュのグスーヨー。辺野古反対の意思を曲げず頑張っていこう」、赤嶺政賢さん「政府の再編交付金は基地を造っている間だけ。できてしまったらなくなる。再編交付金はモルヒネ注射のようなものだ」、糸数慶子さん「伊波さんは今日防衛省交渉に行っている。五〇〇〇日の闘いは政府にとって脅威だ。一括交付金のカットは政府の焦りだ」。
 県議会会派「おきなわ」の親川敬県議、「社民・社大・結連合」の比嘉京子県議のあと発言した共産党の渡久地修県議は「県議会は自民公明も含め全会一致で海兵隊の県外・国外への撤退を決議した。それはすなわち辺野古はいらない、ということではないのか。自公はごまかしを止めるべきだ」と述べた。
 稲嶺進名護市長は「長い闘いを担ってきた仲間の皆さんに感謝と敬意を述べたい。辺野古は必ず阻止できる」と檄を飛ばした。最後に、二見以北の会の浦島悦子さんが「名護市長選に勝利し、新基地計画を白紙撤回させ、平和で自然豊かな沖縄の未来を私たちの手でつくっていきましょう」とのアピール文を読み上げ、満場の拍手で確認された。東恩納琢磨名護市議がガンバロー三唱の音頭をとった。
 昼の集会の前後の二回、午前八一台、午後九五台の工事車両が基地内に入った。人が集まれば工事車両は入れないが、人がいないと工事車両は好き勝手に入る。
 またこの日、『高江が潰された日・写真と文』(沖縄平和サポート、電話0980-55-2244)が販売された。ゲート前のブロック積みの件で事後逮捕・起訴され被告となった稲葉さんは保釈後、現場の第一線から引いて辺野古写真展(日本語、英語、中国語、韓国語)の取り組みに力を注いできたが、今回、写真報告集の発行にこぎつけた。多くの写真と共に、高江住民の会の座談会、三上智恵さんによる山城博治さんのインタビュー、北上田毅さん、奥間政則さん、宮城秋乃さんなどの報告が掲載されており、高江や辺野古、沖縄に関心を寄せる多くの人々に手に取っていただきたい報告集だ。

12.20

辺野古・高江弾圧裁判

最終弁論・陳述終え

3・14判決へ

 一二月二〇日、城岳公園での決起集会の後行われた辺野古・高江弾圧裁判の第一八回公判(那覇地裁)で、一二月四日の検察の不当な論告求刑を受けて、山城博治さん、稲葉博さん、添田充啓さんの弁護団と本人の最終弁論・最終陳述が行われた。
山城さん弁護団の三宅俊司弁護士は、この裁判は「正当な表現行為を裁こうとするもの」であり、国内外で人権侵害だと大きな反響を呼んだのは「沖縄の民意を裁こうとするもの」だからだと述べた。金高望弁護士は裁判の論点を詳細に整理し検察の主張に逐一反論した。池宮城紀夫弁護士は「薩摩の琉球侵略から現在までの歴史を知らずして正しい判断はできない」「日本国憲法に基づく判決を願う」と論じた。
稲葉さんの松本啓太弁護士は「ブロック積みは表現行為」「民主主義国家にふさわしい判断を求める」と述べ、添田さんの原田弁護士、山城弁護士、中村弁護士は「公務執行妨害・傷害」「刑特法」のいずれについても無罪であることを主張し「司法の死はその国の死だ」と訴えた。
山城さんは裁判官に対し「今や国権の三権を完全に手中に収めた感のある安倍内閣の意に背くことが至難であろうことは十分に承知しながらも、是非とも日本司法独立の誇りと矜持の名において、打ちひしがれる沖縄へのご理解とご配慮をお願い申し上げる」と述べ、検察の論告に反証したあと、「県民の未来を奪わないでください」と締めくくった。
稲葉さんは、「私は国際的な批判がさらに高まり、司法のゆがみを糺すきっかけとなり、政府の新基地建設断念に少しでも貢献できるようであれば、喜んで刑務所に入ります。名誉なことです。裁判長、私はむしろ実刑を望みます」と述べた。
添田さんは、「起訴された被疑事実についてすべて身に覚えがありません。逮捕されて一九九日間の勾留すべてが納得いきません。私は無罪です」と述べた。
判決期日は三月一四日午後一時半。現在、柴田寿宏裁判長(〒900-0022 沖縄県那覇市樋川一‐一四‐一 那覇地裁)に対し完全無罪判決を求めるハガキを送る運動が取り組まれている。当日、那覇地裁を包囲する大結集で三人の無罪を勝ち取ろう!

「カンタ!ティモール」上映会

勇気と智恵を与えてくれる
東ティモール独立の歩み


一二月二四日午後、名護市内で、辺野古カヌーメンバー有志が主催する「カンタ!ティモール」上映会が開かれた。「カンタ」とはティモール語で「歌う」を意味するという通り、映画の初めから終わりまで全編、ギターの音と共に歌が流れて、力強いドキュメンタリー映画に仕上がっている。東ティモールは一九九九年の独立に関する住民投票を経て、二〇〇二年、二一世紀の最初の独立国としてポルトガルのあとを受けたインドネシアの支配から脱した。この映画は、広田奈津子監督が東ティモール独立前後の数年間撮影したフィルムと取材をもとにつくられた。二〇一二年公開されると、全編を通じる明るい歌、子供たちの笑顔、独立に至る苦しみを語る住民たちの証言などと共に、自国企業の利益を最優先する日本の対応を暴き出し、大きな衝撃と感動をもたらした。沖縄でも桜坂劇場や浦添、読谷など各地で上映されたので、ご覧になった人も多いと思われる。
上映後、簡単なトーク会とサウンドトラックCD・本の販売が行われた。Nさんは、映画製作の経過と背景、映画の中でギターを手に歌っていたアレックスがこの秋急死したという知らせ、アプラ・ショップを通じた東ティモールとのつながりなどについて語った。私は、CDと報道写真記者・南風島渉『いつかロロサエの森で―東ティモール・ゼロからの出発』(コモンズ、二〇〇〇年)を購入した。植民地支配と独立というテーマに真正面からぶつかり大きな犠牲の果てに独立を勝ち取った東ティモールの闘いは、さまざまな形の植民地支配を受ける地域の人々に勇気と知恵を与える。職場や地域での上映を試みる方は、インターネットで「カンタ!ティモール」を検索されたい。


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