もどる

    かけはし2018年2月5日号

名護市長選に勝利し辺野古NO!の民意を


沖縄報告 1月28日

すべての海兵隊機は沖縄上空の飛行を停止せよ

沖縄 K・S

松本文明・内閣府副大臣の暴言糾弾

「それで何人死んだ」だって!

人権じゅうりんそのものだ

 安倍内閣の内閣府副大臣・松本文明が、一月二五日の衆院本会議で米軍ヘリの事故が続発していることをとりあげた志位和夫共産党委員長の発言に対し「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばし翌日副大臣を辞任した。辞任後の会見で松本は苦しい言い訳をしたが、このようなヤジが生まれるのは、沖縄の民意を踏みにじり「負担軽減」と口先で言いながら辺野古新基地建設を強行する安倍内閣の沖縄県民に対する人権蹂躙が根底にある。この「沖縄ヘイトスピーチ」に対し、沖縄各地で非難が渦巻いた。松本は衆院比例東京ブロック選出、当選四回だという。松本は議員を辞職せよ!松本や自民党に投票した都民は自分たちが選んだ議員の言動をチェックするのは選挙民の責任ではないか。
 昨年から今年にかけて、CH53ヘリによる高江での不時着炎上、宜野湾市の保育園・小学校への部品・窓枠落下、AH1攻撃ヘリなどによるうるま市伊計島、読谷村、渡名喜村への不時着など、米海兵隊普天間基地所属の各種航空機による危険な事故が続発している。翁長知事は「米軍は制御不能」ときびしく批判した。緑ヶ丘保育園父母会の知念副会長は上京し、防衛省・外務省を訪れ抗議した。全県各地で「上空飛ぶな」の声が湧き起こっている。オスプレイも含めたすべての海兵隊機は沖縄上空の飛行を停止せよ! 安倍が四年前に約束した「普天間の五年以内の運用停止」に直ちに取り掛かり、普天間基地を閉鎖せよ!
 現在名護市長選挙の真っ最中だ。安倍官邸と自公維は菅、石破、岸田、二階をはじめ議員や秘書団を大挙動員しかつてない国家権力の圧迫を加えている。新基地NO! の民意をハッキリ示し、辺野古新基地建設阻止、海兵隊撤退へ向けた闘いの足場を固めよう!

1.22

第21回池学淳正義平和賞

ゲート前テントで盛大に授与式


 一月二二日午後、キャンプ・シュワブゲート前のテントで、第二一回池学淳(チ・ハクスン)正義平和賞の授与式が盛大に行われた。この日ソウルから那覇空港に到着した池学淳正義平和基金の一行七人はまず辺野古の浜のテントを訪れ、出迎えたテントのスタッフや教会関係者とあいさつを交わした。
 浜のテントからゲート前に移動すると、この日三回目の資材搬入のまっ最中で、工事用ゲート前では一〇〇人以上による激しい抗議行動が行われていた。池学淳基金の一行もゲート前で、資材搬入の強行と毅然たる抗議行動の様子を食い入るように見守った。
 授賞式は、午後四時から、多数の座り込み参加者と共に行われた。はじめに祝賀式の幕開けを飾る「かじゃでふう」の琉舞と武芸の演技が華麗にまた勇壮に披露された。司会進行はヘリ基地反対協議会の仲本興真事務局長。開会あいさつのあと、キム・ビョンサン理事長が来沖直前に体調をこわしたため七人になった韓国からの訪問団が紹介された。続いて、谷大二神父が謝辞を述べた後、ピョン・ヨンシク審査委員長が要旨次のように審査経過を報告した。

 審査経過報告

 このように辺野古の現場でみなさんにお会いできて感激です。池学淳正義平和賞二〇年の歴史において受賞者の元を訪れ直接賞を授けることは初めてのことです。この賞は主にアジア地域で人権と平和のために闘っている団体や個人に与えられてきましたが、今回、フィリピンと日本、二国の中から選ぼうとの提案があり、論議の中で沖縄に推薦が集中しました。具体的には二つの団体と平和運動家・山城博治さんの名が挙がりましたが、最終的に平和市民連絡会とヘリ基地反対協議会、どちらかにすることになりました。
皆さんもよくご存知のように、この二つの組織はお互い緊密に連携し事実上同じ活動をくり広げ、沖縄の平和運動に献身されてきた方々、すなわち今ここにいらっしゃる皆さんです。あえて言うなら、名前が片方は少し包括的で片方は具体的な現在進行形の現場を表しています。理事会で検討の結果、第二一回目の受賞者にヘリ基地反対協が決まりました。
ヘリ基地反対協は二〇年以上基地建設反対運動を非暴力の抵抗で展開し基地建設を止めてきました。座り込みテントと海上での阻止行動など、前例を探すのが難しい持続的で粘り強い抵抗で沖縄の土地と海、平和を守るために、文字通り半生涯をかけて献身されました。
尊敬と感謝をささげつつお祝いします。この賞をみなさんに授与することは、最も苦しみを受ける現場と人々と一生を共にされた池学淳主教の意思をたたえる道だと信じます。私たちはまた、チェジュ海軍基地建設で過去一〇年間苦しんできたカンジョン村を想起せざるを得ません。
今回の受賞がみなさんの闘いを激励し、東北アジアで戦争と基地をなくし恒久的な平和を実現するための踏み石になることを希望します。

賞杯、メダル、
賞金2万ドル
そのあと、チェ・ブシク神父がキム・ビョンサン理事長のあいさつを代読し、池学淳主教と共に長い間活動を続けてきた長老のキム・ヨンジュさんが上手な日本語で、生前の主教の活動を詳しく報告した。
賞杯と賞金の授与は、チェ・ギシク副理事長(希望財団代表)が行なった。チェ・ギシク神父は、平昌オリンピックが行われる韓国江原道(カンウォンド)原州(ウォンジュ)に住んでいるが、かつて全斗煥政権下で逮捕拘束され拷問を受けた経験があるという。
ことの経違はこうだ。一九八〇年光州事件が起こり、韓国軍部により数千人の青年学生市民が殺された。二年後、全斗煥政権と背後にいる米軍に抗議するとして、十数名の学生による釜山のアメリカ文化センター焼き討ち事件が起こった。政府により指名手配された一部の若者をかくまったとして、神父は逮捕拘束され数年間獄中にあった。神父は言う「私はキリスト者だ。誰であれ保護を求めるものは助ける。たとえ、金正恩であったとしても保護するだろう」。
賞杯と賞金、メダルそして花束はヘリ基地反対協の安次富浩さんと浦島悦子さんに手渡された。賞金は二万ドル、日本円にして約二二〇万円。賞杯には「暗闇が光に勝つことができないように正義と平和に向かう献身と努力は必ず勝利するでしょう。永遠の友情のもと共に進みましょう」と、ハングルと英語で記されている。安次富さんは感謝の辞で「こんなに多くの賞金をいただくのは初めて。沖縄の基地をなくしアジアの平和、朝鮮半島の自主的な統一のために共に頑張り抜こう」と決意を語った。最後に全員で記念撮影し、現場の熱気があふれた一時間余りの授賞式の幕を閉じた。
夕方は名護市内の居酒屋で、カヌーチームをはじめ現場メンバーが多数参加する中、和気あいあいとした交流懇談会が開かれた。

アジアの人権
平和運動を鼓舞
池学淳正義平和賞は二一年前に創設された。一九九七年の第一回目の受賞者は韓国の民主労総、一九九八年の二回目は同じく韓国の外国人労働者無料診療所だったが、その後は、バングラデシュやインドネシア、マレーシア、ネパール、ミャンマー、スリランカなどの人権活動家、パキスタン、香港、タイ、ウズベキスタンの人権平和運動組織、タイやフィリピンの労働運動組織、カンボジアの地雷禁止運動などが受賞してきた。文字通りアジアの人権平和運動にスポットを当てた名誉ある賞だ。池学淳正義平和基金は今回の受賞者発表にあたって「いかなる厳しい状況においても沖縄の平和、自然、自尊心をまもるゆるぎない熱意に感銘を受けた」と辺野古新基地阻止の闘いを進めるヘリ基地反対協を称えた
一行は翌日から、普天間基地と嘉数高台、北部訓練場と高江住民の会のゲート前テント、糸満市平和祈念公園の韓国人慰霊の塔・平和の礎を訪問し、一月二四日昼、関係者の見送りの中沖縄を後にした。

1.20

グアム交流勉強会

沖縄にもグアムにも
米軍基地はいらない

 一月二〇日、那覇市で「沖縄の基地負担軽減のためにグアムへ基地をもって行くっていいこと? この機会に知ろう!そしてつながろう」との集まりが開かれ、約四〇人が参加した。(一月二四日開かれた名桜大での集まりにも約五〇人が参加した)
開会のあいさつで、高江住民の会の安次嶺雪音さんが「高江の現場にグアムから来てくれた。話を聞いて私たちと同じだと思った。昨年一〇月グアムを訪問した。支え合いつながりを広げて行きたい」と述べた。
基地・軍隊を許さない行動する女たちの会代表の高里鈴代さんはスライドを用いて、沖縄海兵隊のグアム移転問題の経緯を報告し次のように述べた。

高里鈴代さん
がアピール
沖縄の少女暴行事件の翌一九九六年、日米両政府は沖縄海兵隊基地の再編計画を盛り込んだSACO合意を結んだ。それによると、@辺野古新基地を二〇一四年に完成、A八〇〇〇人グアム移転、B日本が二八億ドル負担となっていた。米軍の数は五年前から公表されなくなったが、沖縄の海兵隊の実数は一万二〇〇〇人くらいだと考えられている。したがって八〇〇〇人が移転すれば四〇〇〇人しか残らない。ほんとうに辺野古新基地が必要なのか。
グアムの土地の三〇%は米軍基地だ。一八九八年の米西戦争で、アメリカはスペインからフィリピン、ハワイ、プエルトリコと共にグアムを奪った。アジア太平洋戦争で日本が一時支配し、原住民のチャモロの女性は日本軍慰安婦にされた。戦後再びアメリカの支配下に入ったが、地元の人たちは植民地支配からの解放を願い、米西戦争後グアムの米植民地支配下への割譲を決めたパリ条約のコピーを燃やし灰にして流すパフォーマンスをやった。

グアムの代表
の報告から
そのあと、「グアムに独立を」「グアム連帯・平和と正義」などのグループから参加の三人(モニカ・フローレス、スタシア・ヨシダ、レベッカ・ガリソン)が次のように報告し発言した。
グアムの人口は約一七万人。三〇%が米軍基地で、年間約六二〇万発の実弾演習が行われている。演習場の海域は伝統的な漁業の海で、陸には遺跡や墓がある。自然が豊かで、水、ラン、聖地、蝶、渓谷、オオコウモリ、ウミガメすべて貴重だ。アメリカ政府の「The 2017 Biological Opinion」でも絶滅危惧種がたくさん記載されている。コウモリやカタツムリ、さらにグアムに一本しか残っていない固有種の木がある。また歴史的・考古学的に重要な六〇カ所の遺跡がある。環境汚染も深刻だ。人びとは「Return Stolen Land」(奪った土地を返せ)と訴えている。チャモロ人のグアムの先住民族としての権利を認める国連決議に反対したのはアメリカと日本だけだった。

グアムの歴史と
現状について
グアムの歴史は古い。独自の言葉や料理、古代遺跡もある。ところが一六世紀になりスペインがグアムの統治をはじめ三〇〇年以上続いた。その過程でスペイン軍の残虐な鎮圧があり、当時のグアムの人口の九〇%以上が殺されたという。太平洋戦争では一時、日本軍の支配下に置かれ「大宮島」と名付けられた。日本の敗戦後、グアムは米軍のアジア太平洋戦略上の拠点として軍事基地化された。一九五〇年にアメリカの自治属領(準州)となり、現在、三〇〇〇m滑走路二本の空軍基地と原潜が寄港可能な海軍基地がある。

【訂正】前号二五〇三号「沖縄報告」の〔速報〕記事中、「朝敏」さんとなっていたのは「長敏」さんの誤りです。お詫びして訂正します.



もどる

Back