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    かけはし2018年5月28日号

女性の闘いは新局面に突入


スペイン

フェミニスト・ストライキ成功

フリア・カマラ



フェミニズム
運動の新高揚
この三月八日はわれわれあらゆる者の予想を超える、と確信されていた事実は、われわれがそれに先立つ時期を振り返った場合明確だった。しかしながら誰一人として、われわれが最後に目撃した決起の規模を予想できたようには見えなかった。幸せなことだが、波はわれわれすべてを押し流すほどのものになった。
二〇一五年一一月七日が始まりとなり、スペインにおける女性の運動に関して、ますます多くの分析が生まれてきた。極右の台頭と社会的決起の退潮を特徴とする国際的脈絡の中で、ますます多くの若い女性たちを引き入れ、彼女たちを街頭に動員し、闘争と対立の伝統的論理に疑問を投げかけるようにさせることができる、そうした運動の理由とそれがどのように生まれたかについて、多くの人々が解釈しようとしてきた。
加えて、フェミニズム運動は、資本主義システムが抱える全体的係争の表現として自らを築き上げつつ、世界的重要性と戦略的視野を獲得しているように見える。時と共に、この潜在的可能性が発展する程度をつかみ取ることは可能になるだろう。今週起きたことについての集団的理解を試み、そこに到達する上で、当座としてだが、ここには分析の要素がいくつかある。

ストライキが
質的飛躍象徴
1.フェミニストストライキは、闘争日としての三月八日の概念における質的飛躍を表していた。マドリードでの一〇〇万人、バルセロナでの六〇万人、サラゴサでの三〇万人、セビリアでの一〇万人、こうした参加者を見た大衆的なデモは、以前の年月のような、孤立した抗議行動ではなかった。それらは、多くの時間を費やした会合、ストライキのピケット、あらゆる種類の活動の頂点だった。ストライキは諸々のデモ以上に、居住区、学校、大学、職場でこの日全体で目立つものになっていた。純粋に象徴的な行動の効果のなさを前に、フェミニズムの運動は、「フェミニストはここにいる」との古典的なスローガンに新たな重要性を与える、力の誇示を提供することになった。
2.現在を特徴づける失業が波及力の乗数となり、ストライキに貢献した。ストライキという参照点は、祝賀といった儀式的側面との関係を切断し、この日を流行のもの、化粧品の消費、また女性の神秘性に対するお世辞へと切り縮めるあらゆる試みを愚かしいものにした。
確かにわれわれはこの何ヵ月間、一つの考えが繰り返されるのを聞かされてきた。それは、フェミニズムは流行であり、あらゆる者がそれに乗りたいと思っているという考えだ。そうであっても、抽象的なやり方でストライキに参加するということはあり得ないのだ。したがってそこには一つの断絶点がある。
最後の段階での新規参入(中でもジャーナリストのアナ・ロサ・クィンタナとPP「研究・綱領」部書記次長のアンドレア・レビ間の、激論を巻き起こしたようなもの)[PPは現政権党の国民党:訳者]、およびテレビ番組ほとんどの視聴率低下は、この日を通常の要求というレベルで解釈しようとする、あらゆる試みをあり得ないものにした。

既成指導部の
無能さが再び
3.進みつつあったものを理解する点における、伝統的な政治主体の不能性が明らかとなった。無理解とボイコットの間で揺れ動くという、二大労組連合(CCOOとUGT)が演じた役割は、それらの周囲で起きつつあることに当惑しているように見えるという印象、それらが麻痺を起こしたマストドン(数万年前に絶滅した象の近縁種:訳者)であるとの、近年彼らにつきまとうことになった印象を強めている(CCOO〈労働者委員会連合〉はスペイン共産党が大きな影響力をもった労組連合、UGT〈労働総同盟〉は社会労働党〈PSOE〉の影響力が強い労組連合:訳者)。
二四時間ストライキや部分ストの要求に対する拒絶は、多くの女性労働者内部に混乱を起こしただけではなく、現実に動員解除の一要素になった。反資本主義フェミニストの前には任務が提起されている。それは、必要な労働組合活動についてこれ以後われわれが方向付けるやり方、また、三月八日後に労働紛争や職場における組織化について話し合い続けている多くの女性たちの熱望に、われわれがどのようにすれば応えることができるか、これをじっくりと考えることだ。

女性のネット
ワークの確立
4.われわれがこのストライキの準備から何ごとかを学び取ったとすれば、それは何よりもまず、女性のネットワークの確立だ。住民間、母親、少女、祖母、そしてこれまでは知られざる者であった女性間における、政治的共犯関係および愛情のこもった諸々の連合の構築は、闘争の大望と必要な綱領(様々な都市で斉唱的に読み上げられたマニフェストの内容は一つの好例だ)の基礎となっただけではなく、われわれの具体的な暮らしにおける集団的な砦の建設にもなった。
サラゴサのデモでは、建物の三階からウェスを打ち振った女性の清掃労働者に拍手を送るために、何万人もの女性が行進を止めた。マドリードでは、頭を抱え泣きながらバルコニーからデモを見つめていた一人の女性に対し、「あなたは一人ではない」とのリフレーンが起きた。バルセロナでは人民売店が、バレンシアでは住宅地での会合場所、託児所が作られた。
フェミニストストライキは、孤立の終わり、集団行動の再発見、存在する権利の獲得だ。もちろん、やるべきことは今後に多くが残されている。しかしわれわれは今日をはじめに、共に行進し、街頭にいる者は誰であれ、家で時間を過ごすことはまれになる。「フェミニストはここにいる」。※この論考は最初、ビエント・スル誌ウェブサイトに二〇一八年三月一〇日付けで投稿された。

▼筆者は第四インターナショナルスペイン支部であるアンティカピタリスタス青年部門の指導的メンバーであると共に、サラゴサの共闘機関であるウニサール・フェミニスモの活動家であり、スペインにおける新たな急進的若者グループの創出に向けた歩みであるアブリル・ブレチャに参加している。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年三月号)


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