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    かけはし2018年7月16日号

竹島・尖閣・千島の歴史偽造


「明治150年」キャンペーン批判(5)

「領土問題」と侵略国家

それは現在も続いている

侵略・拡張主義
の正当化にNO
今年、「明治150年」を期して、安倍政権は東京・日比谷公園内の「市政会館」の地下に「領土・主権展示室」を開設した、
言うまでもなく近隣諸国(ロシア、韓国、中国)との間で「北方領土」、「竹島」、「尖閣」という「領土問題=紛争」を抱えている日本が、自らの「領土」主張の「正当性」を明らかにする、という政治的意図に発したものである。しかし、その展示内容はあまりにお粗末、かつ偽造に満ちたものであり、歴史を公平にたどれば容易にそのデタラメさが明らかになるしろものでしかない。
「明治150年」記念の一環として「領土・主権展示室」を開設したことは、なによりも「明治天皇制国家」の侵略戦争による日本の版図拡大=アイヌモシリ、琉球、台湾、韓国、そして中国本土からアジア全域への侵略と支配の歴史を、その出発点において全面的に正当化することにほかならない。
ここではさる六月三〇日の集会「明治一五〇年と領土問題〜真実の歴史を見つめ直す」で示された内容をベースに、主要に「独島」=「竹島」問題を中心にして論じたい。「独島」=「竹島」を中心に論じるということは、いわゆる「北方諸島」、「尖閣」の問題について軽視するということではない。それはいずれも江戸幕府から明治国家にいたるアイヌモシリ、琉球、そして台湾、朝鮮、中国への侵略と収奪・虐殺の歴史として総合的に捉えることが必要であることは言うまでもない。ただし、「領土・主権展示室」の展示内容は、「竹島」に政治的重点を置いていることも明らかであり、ここではスペースの関係もあって「独島」=「竹島」に絞って論じることにする。

「竹島」放棄し
た大政官決定
外務省アジア大洋州局発行の「竹島の領有権に関する我が国の立場と韓国による不法占拠の概要」と題するパンフレットは、竹島を日本の領土と主張する根拠を主に五点にわたって主張している。
@日本は一七世紀半ばに竹島の領有権を確立した、A日本は一九〇五年、閣議決定により竹島を領有する意思を再確認、Bサンフランシスコ平和条約により竹島が我が国の領土であることが確認された、Cサンフランシスコ条約発効直前に韓国は国際法に反して竹島を不法占拠した、D日本は過去三回、国際司法裁判所(TCJ)による解決を韓国側に提案するが拒否された。
しかしこれこそ全くの「歴史の偽造・改ざん」というべきしろものである。まず日本が一七世紀に「竹島」の「領有権」を確立したなどという事実はない。むしろ、江戸幕府が「竹島」(今日の鬱陵島)と松島(今日の竹島=独島)への日本人の渡海を禁止したのが事実なのである。そもそも外務省が言う「日本の領有権確立」とはどういう意味なのだろうか。「竹島」はどの藩に属することになったのか、あるいは幕府の「天領」になったのか。六月三〇日の集会でも報告者となった元東京都教員の増田都子さんが問い合わせたところ、そのいずれとも答えず、とにかく「領有権を確立した」との答えだったとのことだ。
徳川幕藩体制の下で「天領」でもない、いずれかの藩に属するのでもない「日本の領土」に属する島、というものがありうるのか?
「領土・主権展示室」では、江戸時代・水戸藩の傑出した地理学者である長久保赤水の「改正日本輿地路程全図」の「海賊版」を展示して、長久保赤水が現在の「竹島」を日本の版図に入れていたかのように装っているのだが、これは全くのインチキであり、この「改正」版と称する「海賊版」以外のすべての正規の版は、現在の竹島を「日本」の領域に含めていない。
決定的なことは、@「一七世紀半ばに領有権を確立」からA「一九〇五年に竹島を領有する意思を再確認」の間の重要な事実がすっとばされていることだ。それは何よりも一八七七年(明治一〇年)三月二九日の「太政官決定」がかき消されてしまったことを意味する。
太政官は、内閣制度が施行される以前の明治政府の最高行政機関である。その太政官決定で「竹嶋外一島之儀、本邦関係無之儀ト可相心得事」(竹島ほか一島の儀、本邦関係これなきの儀とあい心得べきこと)――竹島(現在の鬱陵島)とほか一島(すなわち現在の竹島=独島)は日本領土ではない、ということが、明確にされたのだ。
この明治政府の最高機関が決定した「竹島放棄」という歴史的事実を、隠蔽しているのが日本政府の現在の公式の立場であり、「領土・主権展示室」の態度なのである。それではなぜ日本政府は一八七七年の「太政官決定」をないことにしてしまったのか。
日本でいう「竹島」の領有が日露戦争でのロシア・バルチック艦隊との海戦を想定した情報基地の確保のために強行され、それが一九一〇年の韓国併合への決定的ステップとなったことをあいまいにするためである。

米国「地名委
員会」の立場
最後に、「サンフランシスコ条約によって竹島が我が国の領土であることが確認された」という日本政府の主張について、二つの著作を引用して、そのいい加減さを指摘したい。
確かに一九五一年六月に確定したサンフランシスコ条約(対日講和条約)草案では、それまでとは異なり、「竹島」は日本が放棄すべき領土からはずされた。ここでは一時は李承晩政権下の大韓民国が存立の危機に瀕するという事態に陥った状況の下で、朝鮮戦争の最前線基地となった日本の役割が反映している。しかし、それにより「竹島が日本の領土であることが確認された」という主張は正しいのか。
「今でも米国の公的機関である『地名委員会』のサイトを検索すれば『Liancourt rocks』(リアンクール・ロック 米国での竹島の公式名称)でも『Take-Shima』で検索しても大韓民国の所属、となっている」(孫崎享『日本の国境問題』ちくま新書)。
もう一つ引用しよう。
「米国の対日講和条約草案作りの段階では、一九四七年の三月草案から一一月草案に至るまでの五つの草案では、竹島は日本が放棄する対象として明記されていた」「二〇〇八年七月に米国地名委員会が竹島を韓国領として表記していることが政治問題化した際に、当時の町村信孝官房長官は記者会見において『米政府の一機関のやることに過度に反応することはないと述べ、直ちに米政府の記述の変更を求めたりせず、事態を静観する考えを示した』と報じられた。…外務省の説明によっても、『国務省等全ての連邦政府機関を拘束する』権限を持っている機関を、あえて『米政府の一機関』とみなし、韓国領となっている表記の『変更を求めたりはしない』とは、日本政府としての根本姿勢を問われる問題である」(豊下楢彦『「尖閣問題」とは何か』(岩波現代文庫)。
「領土・主権展示室」は、どう答えるのか? (純)

6.30

集会「明治150年」と領土問題

歴史資料は何を明らかにしたか

「千島・竹島・尖閣」を問う



史実に基づく
反論の重み
 六月三〇日、「明治一五〇年と領土問題〜真実の歴史を見つめ直す〜」集会(主催:実行委員会、「竹島の日」を考え直す会)が連合会館で行われた。
 安倍政権は、「明治150年」関連施策各府省庁連絡会議/内閣官房「明治150年」関連施策推進室を設置し、「明治以降の歩みを次世代に遺すことや、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは、大変重要なことです」などと称して、中央・各地で「明治一五〇年」賛美キャンペーンを繰り広げている。明治政権の侵略主義と排外主義の歴史を正当化し、居直りながら「北方領土」、「竹島」、「尖閣諸島」を「固有の領土」とでっち上げ続けている。すでに小学校の社会科・中学校の地理・公民・歴史において歴史の偽造教育も行っている。連動して内閣官房領土・主権対策企画調整室は、「領土・主権展示館」(市政会館)を常設し、竹島と尖閣諸島の関連資料を展示し、子どもをターゲットにした「じゆうちょう」(竹島と尖閣諸島の塗り絵)も配布するほどだ。
 このような「領土ナショナリズム」キャンペーンを許さず、史実にもとづく反論陣形を作り出していくために集会が行われた。

東アジアの平和
を作り出そう
趙吉夫さん(「竹島の日」を考え直す会・代表)から主催者あいさつが行われ、「この会は、けっして反日でも、嫌日でもない。三月の大阪集会では、初めてヘイトスピーチの妨害があった。接近したが、『出ていけ』『よその国に来てウソをつくな』などと話にならない。真実を学習していくのが苦しくなってきている。安倍総理大臣になってから、とくにそのように感じるのは、僕だけでしようか。『領土・主権展示館』に行ってきましたが、『相手国の主張も明示されたらいかがでしょうか』とアンケートに答えておいた。日本の主張は真実ではない」と強調した。
李相模さん(韓国慶尚北道 独島財団代表理事)は連帯あいさつを行い、「今日のように一緒にセミナーができて嬉しいです。南北会談、米朝会談が行われた。戦争が終る流れだ。戦争は嫌いだし、平和が大事だ。東アジアの流れは平和の時代になればいいし、人々によって作ることもできる。一緒に作り上げていこう」と訴えた。

江戸期の学者が
示した資料から
黒田伊彦さん(「竹島の日」を考え直す会副代表)は、「明治一五〇年の侵略思想と竹島・独島問題」をテーマに講演。
黒田さんは、@侵略と差別の明治一五〇年史観を撃つA吉田松陰の海外膨張・侵略主義と坂本龍馬の竹島開拓策動B国権に対置する民権力としての米騒動一〇〇年C朝鮮の植民地化のさきがけとしての独島(リアンクール岩)の強奪D侵略思想を克服するために、福沢諭吉を一万円札から追放する民衆運動を!について提起。
さらに黒田さんは五月に韓国の中学生三人が島根県の中学校五六校に竹島教育批判の手紙を送ったことを報告し、「日本政府の竹島見解を書かせた国定教科書によつて思想統一を図ろうとしている。国策に都合の悪い情報として、@江戸時代の竹島は朝鮮領との認識A日本は無関係という太政官指令B日露戦争時の竹島・独島強奪など隠蔽して情報操作している。『固有の領土論、不法占拠』の一方的決めつけは『敵』意識を扇動し、在日韓国人児童・生徒と日本人生徒を分断・対立させ『いじめ』を生む危険性を持っている」と批判した。
久保井規夫さん(「竹島の日」を考え直す会理事長)は、「領土問題は明治に生じる〜『固有の領土』論の破綻 長久保赤水、林子平、松浦四郎たちと領土問題」というテーマで会場の机に「幕末・維新の地理学者と領土問題史料」を展示した。久保井さんは、長久保赤水、林子平、松浦四郎が作った地図等について説明し、日本政府の竹島=固有の領土規定を反論した。
パネル討論では増田都子さんが「高校学習指導要領の改訂と領土問題」、国富建治さんが「政府の『領土・主権展示館』批判」―をそれぞれ問題提起。質疑応答を行い、論議を深めた。今後も日本政府の「明治一五〇年キャンペーン」「領土ナショナリズム」の展開を監視し、具体的な史実に基づく批判を共に行っていくことを確認した。          (Y)



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