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    かけはし2018年7月16日号

フェミニスト革命が全土を圧倒


チリ

底辺の力の結びつきを確立し

ジェンダー不平等を終わりに

クレメンス・カラヨル/マチウ・デジャン


 五月を通じてチリは、性差別のない教育とハラスメントおよび医療におけるジェンダー不平等を終わりにすることを求める、歴史的なフェミニズム運動によるデモ、および大学占拠のリズムに沿って生きてきた。
 六月六日、一〇万人の女性が、チリの首都、サンチャゴの街頭を貫いて行進した。大学フェミニスト調整委員会(Confeu)によれば、「われわれすべては不安定性の犠牲者、それは、学生、移民、母親、街頭で働く女性だ!」とのスローガンが掲げられた。
 このフェミニズム運動は、ピノチェト将軍の独裁が刻まれた、そしてそこではカトリック教会が政治機構と社会に「相当の重圧をかけている」この国では、「前例のない」ものだ。グルノーブル大学のラテンアメリカ市民社会担当先任講師であり、チリの専門家であるフランク・ゴーディショーはこう説明する。
 そのすべては、首都の八五〇q南にあるバルディビアの南チリ大学の一人の教授から始まった。そこで彼は、大学の女性従業員に対するセクシャルハラスメントで有罪だと認められた。彼が受けた処罰は、単に職を変えられた、ということだけだった。そしてそれが、四月一七日の最初の大学に対するフェミニスト占拠に導いた。
 二〇一六年に二人の教授が告発された(各々、パワハラとセクハラという悪弊で)サンチャゴのチリ大学がその後に続いた。その時以来チリの二〇の大学が続き、それらには封鎖も行われてきた。「運動に火を着けた火花は、チリの大学における免責を終わりにせよという要求だ。その上で人びとは今『チリの五月』について語り合っている」、フランク・ゴーディショーは特にこう付け加えた。

見逃される
ストーカー


 このフェミニストの蜂起は、近年――そして遅まきながら――女性が勝ち取った社会的成果の継続部分だ。チリでは、離婚する権利がやっと二〇〇四年に認められたばかりだ。さらに、母親の生命が危険である場合、胎児が生存可能ではない場合、あるいは妊娠がレイプの結果である場合に限定されてだが、中絶の権利を国家が有効としたのは二〇一七年になってはじめてのことだった。
 専門家は「一九九〇年以来、また独裁終焉以来、右翼は議会でずっと、女性の諸権利の前進を阻止するためにあらゆることを行ってきた」「人びとのものの見方の中では、女性の役割は今なお、妻や母親であることだ」と語る。それゆえそれは今着手されつつある「長期的闘い」だ。
 前述のことは、ラテンアメリカのこの国では、セクハラが法の処罰対象になるのは労働関係を背景とする場合だけであり、そこからアカデミズムの世界が除かれている以上、なおのことそうなる。これが、チリの学生の、たとえばチリ大学で政治学の修士を得るために研究中である、マリア・フェルナンダ・バレラ・ロドリゲスの怒りをかき立てている理由の一つだ。すなわち「われわれはジェンダー不平等、レイプの文化、男性性誇示主義と家父長制を、女性殺しとしてそれがもっとも極端に表現されている問題を、終わりにすることを求めている。そして女性殺し問題の源は、法的な処罰対象にはならない暴力――特に家族内部の――のサイクルにあるのだ」と。
 サンチャゴのフランス人学生であるイネス・ベルホウは、「街頭のハラスメントははなはだしい」「私は、家と大学の道すがらで、通りがかりの男たちから精神的に服をはがされるように、今も口笛を吹かれ、ノンストップのバイクに乗った男から警笛を鳴らされている」と指摘する。そして苦々しげに「男たちは、男性性誇示主義は文化の一部であり、それは女性を尊重する一つのやり方だ、と語ることで彼ら自身を正当化している」と締めくくる。

批判浴びる
政治の対応


 学生たちは一ヵ月以上、大学封鎖や彼ら自身の言葉で「家父長制を露出させる」ための派手なイベントを積み重ねてきた。それはマリア・フェルナンダにとっては、女性の身体の「具象化」、およびそれらを男性を基準に条件化された消費対象に貶めること、を問題にすることだ。フランク・ゴーディショーは「われわれは、少数派ではない、非常に独創的な極めて急進的な運動を前にしようとしている。どちらかと言えば私は楽観的だ。それは、問題にうんざりし、それをそのままにするつもりのない一世代が出現していることを示す運動だ」と喜ぶ。
 チリ大統領のセバスチャン・ピネラは、この運動の規模を考え、「女性問題」における一連の方策を五月末に公表した。その中のもっとも象徴的なものは、憲法にジェンダー平等を規定するというものだ。彼は学生の怒りが静まることを期待している。その統御不可能な性格を彼は十分に分かっている。彼の以前の任期(二〇一〇〜二〇一四年)は、無料で質の高い教育を支持する歴史的な学生運動を特徴とし、そこには、一九九〇年のピノチェト独裁倒壊以後では最大のデモが含まれていたのだ。
 今日家父長制システムに反対してデモに立ち上がっている人びとは、先の闘争の記憶を保持し、先の右翼の百万長者が体現している新自由主義的保守主義を相手にすることにより政治化されてきた。ピネラの大急ぎのかつもったいぶった対応は、「チリの五月」活動家の隊列を納得させていない。マリア・フェルナンダは「政府の言明は必要だったが、それは象徴的なものにすぎず不十分だ」と力説する。たとえばピネラは、医療保険費用の男女間不平等を根絶するとして、この費用を女性(現在、男の二ないし三倍高く払っている)の水準に均すと提案している。それが彼の平等に対する特別な概念であり、それは、諸権利とジェンダー平等の分野における実体のある進歩すべてを妨げるのだ。さらに彼は性差別のない教育についても語っていない。要するに政府の政治的活動の分野は、歴史的に、女性の生殖に関わる権利、ジェンダー帰属に関する法、また全体としてのフェミニストの要求に反対してきたのだ。

ものの見方を
変える闘いへ


 アルゼンチンからラテンアメリカ中に広がってきた強力な「ニ・ウナ・メノス」運動(ラテンアメリカ全体に広がる女性殺人反対のフェミニズム決起:訳者)からある程度鼓舞されたチリのフェミニスト運動はこうして、諸機構と政治階級からの根底的な自律性を刻み付けている。それはまた、教育相、ジェラルド・バレラの辞任をも求めている。実に彼は、チリの女性は「ささやかな侮辱と差別」しか受けていない、と発言したのだ。「これこそ、チリの男と白人エリートの権力、家父長制的環境の象徴であり、そこでは、教会と右翼――教会につながっている――の重みがまったく大いに残ったままだ」、フランク・ゴーディショーはこう語った。
 政治のレベルでは、野党の僅かの議員しか現在の運動に呼応していない。そしてピネラは、彼の連合の、フェミニストの要求に断固として反対している、もっとも保守的な分派に対処しなければならない。
 したがって、実質のある変革が上からやって来る、というようなことはありそうもない。それゆえ運動は、諸機構の惰性、および変化に対する支配階級の尻込みを前に、底辺における諸勢力の結びつきを確立し、ものの見方を変える文化闘争を導こうとしている。
 マリア・フェルナンダの意見では「解決は処罰だけで終わってはならない。教育の要素が本質的だ」。そして「われわれがこの国いたるところで適用される性差別のない教育を要求している理由こそそれだ。私の考えでは、この運動が問題すべてを解決することはないだろうが、今チリで起きつつあることが深い文化的変化をもたらすだろう――それはすでにそのようになっている」と。(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年六月号)

チリ

占拠されるチリの大学

ジェンダーによる暴力を終りに

 【サンチャゴ】ハラスメント、男性性の誇示、性差別教育を終わりにすることを求める、およそ一ダースのチリの大学に対する女性の学生による占拠は、四週目に入ろうとしている。
 チリ南部のアウストラル大学は、一連の大学職員に対する未解決の告発に続く、教授たちに対するジェンダーに基づく暴力の告発の「もみ消し」を終わりにすることを期待して、何千人もの若い女性たちによって占拠されてきた。ヴァルディビアのキャンパスに掲げられた横断幕には「われわれは女性への暴力にうんざりしている」と書かれている。そこでは報告が年に一〇〇件を超えているが、犯人に解雇が行われることはめったにないのだ。
 サンチャゴのチリ大学法学院では、教授のカルロス・カルモナによるハラスメントに対する告発の後、四月二七日以来「フェミニスト占拠」が実行されてきた。運動のスポークスパーソンであるダナエ・ボラックスが語るところでは、内部調査が八カ月にもなって、女性の学生が「緊急集会」を開き、その後に彼女たちは「波乱を起こし始めた」。
 そして彼女は、カルモナ事件は「事態の直視へ状況を変えるに応じて一連の苦情という結果をもたらした」「われわれは、許されてはならないわれわれ自身の場で、ハラスメントを受け、虐待され、攻撃され続けている」と付け加えた。
 チリ大学は、女性の学生、教員、当局者からのハラスメント、虐待、およびジェンダーに基づく暴力に関する苦情が、二〇一七年に二〇件を超えたと報告した。
 しかしながら運動の首脳部は、報告されていないあるいは未解決の暴力事例が数知れない形である、そしてそれが罰を受けないで済んでいる実際の件数を増やすことになる、と自覚している。
 ジェンダーに基づく暴力の公式数字は、あらゆるタイプの男性性誇示暴力のチリにおける「常態化」を示している。また二〇〇四年から二〇一七年の間で行われた一つの研究は、女性の七七・四%がそのような行為の高まりを認めている、と示した。
 さらに調査は、九〇%に達する多くの女性が人生のいずれかの時点でセクシャルハラスメントを含む状況に直面したことがある、と示した。(「ラテンアメリカン・ヘラルド・トリビューン」より)(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年六月号)

ギリシャ

トゥサン、TVインタビューに答える

いわゆる債務削減は小細工

 ギリシャに関し先頃EUとの間で合意され、EUが強要した「支援」枠組みは終了した、と公表された債務削減について、エリック・トゥサンが「TV5 Monde」(テベサンクモンド、フランス語で放映されている国際TVネットワーク)のインタビューに答えている。以下に紹介する。(「かけはし」編集部)

危機はそのまま
幻想創出を追求
――ユーロ圏の閣僚との間で行われた合意に関しどう考えるか? ギリシャは危機を切り抜けたのだろうか?

 危機は終わっていない。おまけに、EUの指導者たちの観点からは、情勢は特にすばらしいものでもない。ギリシャに対する欧州の連携相手のいくつかに対する返済が事実上一〇年遅れている時に、債務削減を言明することは、ある種の幻想創出を追求することだ。
IMF、ECB(欧州中央銀行)、EU安定メカニズム、さらに民間債権者に返済義務のある総額は取り決めに関係していない。それらは通常通り継続している。IMFは二〇一〇年以後にギリシャの債務から五〇億ユーロの利益をあげ、ECBは八〇億ユーロの利益をあげている。返済を長期に引き延ばした方策は、この三年にわたって債権者が求めた強硬な緊縮改革を忠実に実行したチプラスに対する、ある種のなだめとなる褒美だ。
チプラスはギリシャの民衆に、緊縮計画は結局は役に立っている、と告げる可能性を必要としている。同時に、債権者が押しつけている反社会的諸政策は強化されるべきものとされている。ギリシャの指導者たちは六月二二日に作成された合意により、民間投資ファンドは完全な国際的保証の下に八月末以後ギリシャの有価証券を安全に購入できるだろう、と示したいと思っている。

EUの諸抵抗を
封じる見せしめ
――ギリシャの経済情勢はどうか?

 ぞっとするような情勢だ。GDPは二〇〇九年一〇月と比べおよそ三〇%低い。ギリシャの経済指標全体は非常に貧困だ。高度な資格を持つ専門職の若者たち三五万人が、ドイツ、フランス、また他の北欧諸国をめざして国を去った。二〇一六〜一七年に到着した難民を数に入れないとして、人口は下落中であり、今後も落ち続けると予想されている。そして若者の失業率は四〇%にまで上がっている。EU統計局によれば、ギリシャの家計の四七%は少なくとも彼らの分割払い契約の一つに関し滞納があり、銀行返済の不能率は四六・五%になっている。
問題が失業であれ、金融システムであれ、あるいは生産性であろうが、情勢は非常に悪い。そしてこれは、ギリシャに押しつけられた諸政策が理由なのだ。
ギリシャは、EUが採用している諸政策のための見せしめにされている。指導者たちは、変革と緊縮政策との絶縁に向けた意志をもつ急進的な左翼の政府を選出するユーロ圏民衆すべてに対して、そうした者たちは厳しい処罰を受けることになる、と示したかったのだ!

債務の帳消し
不可欠だった
――何がなされるべきだったのか?

 二〇一〇年、金融危機の解決は、途方もないリスクをとった銀行を沈ませない、といったこととは別の形で行われるべきだった。銀行は、それらを資本に組み込むために数百億ユーロを注入することに変えて、ふさわしい形に、そして公的な統制の下に置かれるべきだった。
ギリシャには、ギリシャの金融の八五%を支配する四つの銀行がある。ギリシャの民間部門に大量の貸し付けを行ったフランスとドイツの大手銀行は、彼らがとったリスクを引き受けたままに置かれるべきだった。しかし実際にはそれらは、トロイカから貸し付けを受けたギリシャ政府から財政投入を受けて救出されたのだ。
政治の問題として、ギリシャの人びとが二〇一五年に、社会的公正の点で重要な変革を提起した連合を支持することを選択した時、彼らの民主的意志は尊重されなければならなかった。にもかかわらず、この民主的熱望は、チプラスが第三次メモランダムに署名した二〇一五年夏の彼の降伏に大いに満足したEU当局によって、系統的に踏みつけにされた。そしてそれがギリシャの危機をもっと悪化させたのだ。

――債務は見直されるべきだったのか?

 その通りだ。それはまったく度々行われているのだ。
一九九〇年代初め、ポーランドがワルシャワ条約機構から離脱した時、西側の債権者は五〇%の債務削減を認めた。ほぼ同じ時期、エジプトは第一次湾岸戦争に参加したが、その結果債務評価の五〇%切り下げを認められた。二〇〇三年三月の米国によるイラク侵攻後、イラクは債務の八〇%帳消しを認められた。重要な債務削減は、何十年もの間現実に行われてきていたのだ。
同じことがギリシャに対し行われることが絶対的に必要だった。もちろん、ギリシャの諸政党や彼らに対する貸し手の中で、責任を負うべき者は誰かを識別するために、市民監査が必要になったと思われる。
GDPに対する兵器購入費比率ではギリシャが世界で第三位か第四位にあることを思い起こそう! そして、主な兵器供給者は……ドイツ、フランス、米国なのだ! 二〇一〇年の第一次メモランダムでは、元のままにされた返済スケジュールの一つは、兵器類に関するものだった。そしてこの選択は今も継続している。チプラスとトランプの会談を経た二〇一八年はじめ、一六億ユーロにのぼる米国からの兵器購入が公表された。(「テベサンクモンド」より)(「インターナショナルビューポイント」二〇一八年六月号) 


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