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書評『「拉致」異論』 太田昌国著 太田出版――1700円+税 
                         
かけはし2003.10.13号

「人権と民主主義」を真に復権する共同の闘いのために

あふれ出る「日本人の物語」から離れて


「左」の言説から問題を検証

 昨年九月、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の専制支配者・金正日が、日朝ピョンヤン会談という公式の場で拉致の事実を認めてからすでに一年が経過した。五人の拉致被害者は金日成―金正日の国家犯罪で幽閉されていた北朝鮮から帰国することができたが、金正日体制は「拉致問題は解決済み」と主張し、北朝鮮に残された家族の帰国も認めず、「死亡した」とされる拉致被害者の「死」に関わる疑惑をめぐる被害者家族による再調査要求にも応じようとせず、かたくなな態度をとり続けている。
 このような状況のなかで、日本のマスコミはこれまで「拉致問題」を積極的に取り上げてこなかった反動のように、一斉に金正日支配体制のおぞましい現実を暴き立て始めた。自国民を数百万人も餓死させた専制支配体制の腐敗と荒廃を暴き、批判することは当たり前のことである。しかしそれは、朝鮮植民地支配とその後の民族差別への反省を欠いた日本社会の大衆的意識と結びつき、フジ・産経グループなどの右翼マスコミと石原慎太郎をはじめとする極右政治家の排外主義扇動と結びついて、小泉政権が押し進める「戦争国家体制」形成の社会的基盤を強化する役割を果たしている。
 他方で、左翼・市民派のほとんどは、金正日体制の国家犯罪や専制支配体制の現実と真剣に向かい合おうとしないまま、「排外主義反対」と叫ぶだけという状況に追い込まれている。これらの人々は、拉致被害者の人権を回復しようとする闘いと結びつく回路を持たない、極めて防衛的な思考に陥っている
 本書は、拉致事件をめぐるこのような攻防の構図のなかで、金日成―金正日による許すことができない国家犯罪への批判を堅持しつつ、副題の「あふれ出る『日本人の物語』から離れて」が示すように、これまでの北朝鮮と日本との関係を、とりわけ北朝鮮に無批判な迎合的主張を繰り返してきた「革新陣営」の言説を批判することを中心にして、「左」の側から主体的にとらえなおそうとする試みの一つである。

佐藤勝巳の苦悩と試行錯誤


 太田は本書を著すにあたって、拉致被害者およびその家族の立場にたって考えると同時に、過去の植民地支配の問題、さらに日本と北朝鮮との間でいまだ正式の国交が成立していないという状況をどのように考えていくか、という問題意識があったと述べている。
 冒頭で太田は言う。「私はこれから『北朝鮮による日本人拉致問題』に関して、いままで書いてきたよりも少し詳しく論じようと思う。そこでは、拉致問題は固有の問題として解明と責任追及がなされなければならないという立場に立つ。同時に、『他者に突きつける要求は、自らにも突きつけるべきである』という当然の論理に従って、植民地支配と侵略戦争の問題をいまの段階でどうとらえるかが、避けて通れない現在の課題として浮上してくるだろう」。
 太田はこのような立場から、これまでの日本における「北朝鮮観」「北朝鮮像」の指標を示してきた左翼・「革新」陣営の著名な人物の問題点を検証している。この検証作業の媒介的役割を果たす人物として太田が取り上げているのが、現在、現代コリア研究所所長であり、「北朝鮮に拉致された日本人を救出する全国協議会」(「救う会」)会長として排外主義的主張を繰り返している佐藤勝巳である。
 佐藤は、かつては北朝鮮の積極的支持者であり、北朝鮮への「帰国運動」の専従まで担った。七〇年代に入っても、日本における朝鮮人差別を告発し検証する積極的役割を果たしてきた。しかし佐藤はその後、日本の植民地支配を肯定するような立場にまで徹底した「転向」を遂げる。
 太田は、七一年の佐藤の共著『朝鮮統一への胎動』(三省堂)と〇二年の著書『日本外交はなぜ朝鮮半島に弱いのか』の乖離を検証して言う。「現在は国家としての日本をすべて善とみなして、犯罪的な北朝鮮政策を扇動する佐藤だが、そのひどさを批判するあまり、一九七〇〜一九八〇年代の試行転換期における彼の試行錯誤にはらまれている問題のありかまでをも洗い流してしまうべきではない。当時の佐藤は、ある誠実さを持って、いまなお私たちが考えるべき問題群を提示していたと思える」。
 そして太田は、「『転換』の過程で彼が直面し考え苦しんだ問題を、左翼・市民派は往々にして等閑視してきている」と語る。五九年に始まった在日朝鮮人の北朝鮮への「帰国運動」に主体的に関わった佐藤は、帰国者の現実、北朝鮮社会の現実を知るにつれ、自らの行為が思いもよらぬ無残な結果に加担した行為であったことに気づき、苦悩し、悔悟を深めていく。彼の転向は、自らが関わった行為に対するこのような苦悩の結果であった。

「帰国事業」と問題の出発点


 太田は、この帰国事業の過程を検証する。まず一八七五年江華島事件以来の日本と朝鮮の歴史的関係を振り返り、日本の東アジア全域にわたる侵略と支配拡大の動きを追っている。さらに一九一〇年の日韓併合と植民地化こそが、問題の出発点であることを指摘し、次のように述べる。
 「朝鮮人民衆に故郷・家族・友人を捨てさせ、固有の名前と日常言語を変えさせ、人間存在としての関係性そのものを破壊する強制力を発揮し得た『植民地支配』そのものを問題とすること。これが、私にとっての第一の基本的な論点である」。
 日本政府は、この帰国事業に積極的であった。太田はその理由として、日本政府にとって在日朝鮮人を帰国させることが植民地支配の負の歴史の決算から逃れる意味でも「国益」であったからだということなどを指摘した上で、今後、帰国事業に対する批判的再検討を行う人が朝鮮人のなかから現われなければ、真相が全面的に明らかにされることはない、と指摘している。

左翼知識人の言説と北朝鮮

 太田は、佐藤が苦悩した問題を左翼・市民派が素通りしてきたことを示すために、美濃部亮吉、小田実、和田春樹などの雑誌や諸著作での主張や発言を材料に取り上げる。
 七一年、東京都知事として北朝鮮を訪問した美濃部亮吉は、金日成との対談のなかで、「反対派が全くいない社会」という金日成の発言を肯定的に受け止めていた。しかしこの時代には、五二年当時からの朝鮮労働党の激しい党内闘争と反対派粛清を知ることができたはずであった。
 小田実は二つの著書『私と朝鮮』(筑摩書房)『「北朝鮮」の人々』(潮出版社)で、北朝鮮社会をほとんど無批判的に賛美している。太田は読後、この小田の言説に複雑な感想を持ったと述べ、「第三世界の一員」として北朝鮮を位置づけることで評価を甘くしてしまったのではないかと指摘している。
 このように、北朝鮮のおぞましい現実と対決することなく無責任な主張を振りまいてきた左翼・市民派知識人たちの問題点とその姿勢を、今日でも多くの左翼・市民派は無自覚に引き継いでいるのである。
 これら知識人・言論人の一連の言説の問題点を指摘した上で、太田は言う。「社会主義社会、第三世界主義、進歩的・革新的知識人の言説をめぐっては、こうして、私たちの戦後史はたくさんの歪みと逸脱に満ちている。その過失を衝くことで自己満足できるのなら、佐藤勝巳も、稲垣武も、その他もろもろの論者たちも、これからも幸せな日々を送ることができるだろう。これを克服することに課題を見いだす者のためにこそ、過去をふり返るこの作業は意味を持つだろう」。

われわれが迫られるものは

 私は北朝鮮と拉致問題への、太田のこのような接近方法に共感する。そして自分自身もその作業に取りかかる必要性を強く感じた。たしかにわれわれは七〇年代はじめから、北朝鮮社会を賛美したことは一度もない。われわれは、北朝鮮の支配体制を一貫して「金日成官僚支配体制」「スターリン主義者によるボナパルティスト独裁」と規定し、朝鮮半島南部の朴軍事独裁政権とともに「統一朝鮮革命」で打倒すべき対象として規定してきた。
 しかし「金日成官僚支配体制打倒」は、アメリカ帝国主義の軍事戦略との闘いでもあった「朴軍事独裁打倒」に比べれば全く具体性を欠いており、建前だけの抽象的スローガンの域を超えることはなかった。われわれは、太田が言う「佐藤が直面し考え苦しんだ問題群」を左翼全体の課題として対象化しようとはしてこなかったし、拉致問題が象徴する北朝鮮社会のおぞましい現実を具体的に認識し自らの取り組むべき課題として積極的にとらえようとしなかったのである。
 われわれが北朝鮮の社会体制について、あらためて対象化しようとし始めたのは、ソ連・東欧の崩壊や天安門事件を経て、ようやく九〇年代に入ってからであった。北朝鮮についての把握のあり方を、過去にさかのぼって一つ一つ検証する必要に、われわれは迫られている。

共同の論議を深めるために


 北朝鮮をどのようにとらえてきたかという問題について太田は、「反スターリン主義」の立場から接近したと述べ、続けて次のように述べている。
 「北朝鮮指導部はいまだに、自分たちが独自の社会主義思想にもとづく『社会主義』の国だと言い張ってきたが、先に触れたように私はそれが『社会主義』とも『革命』とも縁もゆかりもない体制だとは思った。世襲が公言されている以上、王制ではないか。天皇制なる醜悪なシステムを廃絶できないでいる社会に住む私は、そう考えていた」。
 太田以外にも、たとえばかつて日本共産党で活動していた経験も持つ玉城素は、七八年の著書『朝鮮民主主義人民共和国の神話と現実』(コリア評論社)で北朝鮮の否定的現実を検証し、すでに北朝鮮は「王朝体制」であると明言していた。
 われわれもまた「かけはし」紙上などで、少なくとも九〇年代の半ばからは、権力の世襲性と固定化した身分制社会となった北朝鮮政治体制をしばしば「王朝」と表現してきた。しかし同時に北朝鮮が、抗日武装闘争から出発し、帝国主義支配からの解放を求める労働者人民の闘いを基礎として、帝国主義と反帝国主義の攻防のなかで成立したということを忘れることはできない。
 最初から極端なまでに官僚的に堕落した、スターリン主義的に歪曲された体制としてしか成立しなかったとしても、人民の闘いがその基礎にあったということもまた事実なのである。太田が提起する北朝鮮観には、この人民の闘いの歴史も水に流してしまうものなのではないかという危惧を感じた。
 どのような国際的国内的な、政治的社会的な組み合わせと攻防のなかで、どのようにして、「社会主義」を語りつつ人権と民主主義を徹底的に踏みにじるおぞましい王朝国家が成立したのかを検証する作業が必要である。それは、崩壊したスターリニズムが踏みにじった「人権と民主主義」をあらゆる抑圧者から防衛しようとする闘いを基礎に、社会主義革命運動の再生を目指そうとするわれわれにとって、避けて通れない課題の一つだろうと考えている。
 私は、「在日こそ日本人よりも強く拉致問題の解決を訴えるべきだ」と語る総連系の人々、拉致問題を自らの主体的課題としてとらえて苦闘する在日韓国・朝鮮人の運動と積極的に結びつき連帯するなかで、このような総括の作業を進めなければならないと思う。
 太田は、本書の出版後もこの問題について積極的に発言している。『反天皇制運動PUNCH』第33号では日朝首脳会談一周年を前にして、北朝鮮問題についてそれぞれの率直な総括が欠けていることを指摘し、自己点検が必要だと述べている。そして、「絶対的な正しさを主張できる個人も運動体もどこにも存在しない」と述べて、運動総体のあり方を点検し合う立場から出発することを提起している。
 『インパクション』137号では、「『北朝鮮』異論」というタイトルで金富子と鵜飼哲との対談を行って、開かれた論議をさらに深めるべきだと語っている。本書とともにこれらも検討しながら、太田の呼びかける「開かれた」総括作業に主体的に関わっていくことを呼びかけていきたい。(浜本清志)


11・1アジ連公開講座へ

「太田昌国さんの『拉致異論』を読む」

北朝鮮の貨客船「万景峰号」の入港をめぐる現地の動きは、昨年9月の日朝会談・拉致被害者帰国以降の国内世論の象徴的な反映として、私たちの自覚を促しています。さらに日本の対北朝鮮外交に対して、都知事石原は臆面もなく「右翼らによる爆弾計画=テロリズム容認発言」を行いました。この石原暴言は、社会的に非難を浴びましたが、同時に、「爆弾テロ賛美発言」を許してしまう風潮が確実に醸成されつつあることを見逃すわけにはいきません。
太田昌国さんは、この7月に出した著書『拉致異論』のなかで、この問題にかかわるさまざまな見解を紹介すると同時に、自らの運動経験の総括的視点からそれらをていねいに分析し、作られつつある「社会的雰囲気」が行き着く先が何であるのかについて、警鐘を鳴らしています。
「拉致事件」をきっかけに表面化した日朝連帯運動内部での沈黙や混乱や分岐を、私たちはどうとらえ、そして克服していくのか。深く重い歴史の真実を解きあかしながら、排外主義・戦争国家化と、グローバリズムに対抗する運動をともにつくりだしていきましょう。みなさんの参加をお待ちしています。
11月1日(土)午後6時30分/文京区民センター3C(地下鉄三田線春日駅下車)
/講師 太田昌国さん(ラテンアメリカ研究家)/主催 アジア連帯講座
◎「『拉致』異論」(太田出版)、インパクション(137号)特集「北朝鮮異論 『北朝鮮』言説を解読する」をテキストにします。


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