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金正日専制支配の犯罪、日本の排外主義         かけはし2003.11.17号

「拉致」と向き合う立場とは

『「拉致」異論』を読む

著者・太田昌国さんの報告と問題提起を受けて活発な討論

                              アジア連帯講座

 十一月一日、アジア連帯講座は、東京・文京区民センターで「太田昌国さんの『拉致』異論を読む」と題して、講師に太田昌国さんを招き、公開講座を行った。
 太田さんは、@革命プロセスに対して客観的に批判的に評価を持つことの重要性A金一族独裁体制批判は必要であり、それが二千二百万民衆への敵対にはならないB日本政府批判などについて問題提起した(別掲)。
 次に、アジ連の仲間は、事前学習会で1864年〜2003年の日朝関係の歴史的事実を検証したうえで、左派・市民派知識人の北朝鮮観・北朝鮮像の検証、右派論陣への反駁、共同の総括と論議の重要性について強調した。
 さらに事前学習会の討論で、「北朝鮮分析が不十分だった。継続して掘り下げていくべきだ」、「脱北者問題に対するアプローチが必要ではないか」、「拉致被害者とその家族に対する批判の仕方に違和感がある」、「金正日体制を批判する在日の人々の声は、重要だ」、「拉致問題は、日本人だけではなく、在日朝鮮人の被害者のことも認識すべきではないか」、「過去の植民地支配の清算、在日朝鮮人の強制連行の歴史と向き合わずに金正日体制打倒は、言うべきではない」などの意見があったことを紹介した。
 会場からの質問に対して太田さんは、@金支配体制神格化批判A日本の植民地支配と朝鮮戦争の体験の差を振り返ることの重要性B国交正常化の過程において日本、北朝鮮社会が変わっていく可能性を探っていきたいC大国の利益のための「人道的介入」批判D大国の小国への軍事行使批判E拉致被害者家族の発言への批判には確信を持っているF権力とアナーキズムへの評価などについて答えた。
 最後にアジ連の仲間は、「太田さんの問題提起は、拉致問題に対する向き合い続けることの重要性、私たちも含めて北朝鮮分析の弱さとその主体的総括、左翼のあり方など全面にわたるものであった。和田春樹さんが、この間、太田さんに対する反論を展開している。「『拉致』異論」で始まった討論を継続していきたい」と集約した。  (Y) 

11・1公開講座 太田昌国さんの報告から
北朝鮮民衆を抑圧する独裁への批判をためらう必要はない

 
 シモーヌ・ヴェーユは、一九一七年のロシア革命に共感を持ちながらも、その後のスターリン時代の粛正の問題、ボルシェビキ指導部の政策のあり方、革命軍と兵士のあり方などに対して危機感を持ち、批判した。だが、多くの人々は、冷静に評価していくことができなかった。アンドレ・ジイドは、三〇年代、ソ連を旅行し、共感する部分もあるが、自由と民主主義の問題をめぐって大きな危惧を抱いた。当時のヨーロッパは、ソビエトに対する共感が強かった中で「ソビエト紀行」を著した。ジイドは、作家仲間から転向したと批判され、孤立せざるをえなかった。
 中国革命を記したルポは、ロマンに溢れていた。しかし、その後の中国革命の展開過程は、毛沢東の政治のあり方、人民解放軍のチベット制圧、新彊ウイグル自治区での民主主義弾圧などについて、初期のロマンティシズムだけではもたない現実が見えてきた。
 キューバ、ベトナムに対して共感を持ちつつも、このような経験によって革命プロセスに対して冷静に客観的に批判的評価を持てるようになった。
 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の場合も、同じような批判的立場が求められる。
 昨年九月十七日に金正日が日本人十三人を拉致したことを認めることによって、この一年間、様々な情報が溢れかえった。他方で私たちは、戦後史の中で北朝鮮をどのように捉えてきたのかが問われた。私は、その中間報告という意味で「『拉致』異論」を出した。
 北朝鮮に関わる日本の情報は、五九年に始まる帰国運動の時を一つの頂点として「好意的」な報道がされていた。朝鮮戦争が五三年に停戦となり、困難な中で再建をしている北朝鮮に対して「同情」と「共感」を持った評価が多かった。それは七〇年代前半まで続いた。同時に在日朝鮮人が執筆した北朝鮮を告発する『楽園の夢破れて』という本も出ていた。貧困と不自由な社会を批判した。
 左翼は、社会主義なり、植民地解放闘争を経た国に対して批判したレポートに対して毛嫌い、読まない、信じないという傾向がある。私自身も六二年頃、そういう傾向があったが、真実なんだろうなと思った。このように革命に対して全面的に賛美する本と全面的に否定する本、どちらにも組みしない立場で冷静に認識しようという本がある。
 八〇年ぐらいになると実際に北朝鮮を訪問し、金日成支配体制、農業、政治犯収容所のあり方について具体的なデータを明らかにする在日朝鮮人の人々が現れ始めていた。こういう状況であったにもかかわらず、なぜ北朝鮮に対する評価が甘かったのかとして捉え返さなければならない。
 岩波書店の「世界」で七〇年代前半から八〇年代にかけて韓国軍事政権の批判と民主化運動状況などをレポートした「韓国からの通信」を書いていたT・K生が、つい最近、名乗り出た。韓国の一面を紹介した貴重なレポートだった。だが、困難な状況で書かれていることを知りながらも、いくつかの点で伝聞、推定の文体も多かった。八〇年代後半には、少し距離をおくようになった。とくに大韓航空機爆破事件に対して、通信は「誰が得をするのか」という基準で判断すべきだという意見が多いと書いていた。つまり、事件で得をしているのは韓国だと書かれていた。
 この時期、私は北朝鮮に対する評価はどうだったのかと問わざるをえなかった。私は、北朝鮮が金日成独裁国、二千二百万の民衆に自由がない社会であると評価していた。しかし、国交がない中で詳しい情報をえることが困難だったが、韓国社会に持っていたほどの関心を持っていなかった。これは一体なんなんだろうという捉え返しは必要だ。
 つまり、外部社会の人間がある国を理解するうえで一つだけの情報で頼っている不十分さ、間違いを痛感せざるをえなかった。例えば、「軍事政権」「開発独裁」というキーワードさえ手に入れれば、その社会を分析したと思いこむ危険性が存在していた。他方、韓国文学を通して、中産階級が生まれていることや、その姿を把握することができた。多面的な情報を手にしたうえで、その社会を分析していかなければならない。私たち自身の中に朝鮮半島を分断する意識、つまり韓国に対する熱烈な関心、北朝鮮への徹底的な無視というあり方があったのではないか。
 日韓連帯運動、国交回復正常化運動、様々な権利剥奪・差別反対の在日運動が昨年の九・一七以降、自分たちのあり方に対してもっと発言すべきであった。拉致問題、北朝鮮に対する評価など心情の吐露も含めて明快に語らない傾向が強い。「拉致問題を利用した吹き荒れるナショナリズム」という表現は、まだ拉致問題という事実と向き合っていない。それがどんな質の問題であるのか、この犯罪を犯した国家は、どういう国家であるのか、という問題について考えてこなかったことを繰り返そうとしている。今になっても続けるのかという問題がここには現れている。それができないのはなぜなのか。
 植民地支配の清算が終わっていない、国交正常化がなっていない、そういう時に相手国の体制の問題について何が批判できようかという言い方を、今なおする人たちがいる。私は、これは違うと思う。金日成・金正日と続く独裁体制を批判しても二千二百万民衆に敵対しようとすることにはならない。むしろ民衆が自由がなく、批判ができない状況に置かれている、そういう体制を批判することは必要であり、区別することができる。
 これができないということは、冒頭に触れたロシア革命、中国革命、キューバ革命、ベトナム革命以来の革命の指導部とその社会を一緒に混ぜてしまう危険を繰り返すことになってしまう。二〇世紀の様々な社会革命を見た時に、民衆的な意志と革命を指導した指導部の意志が乖離するプロセスがあった。政府と軍が一体化したソ連社会にあったノーメンクラツーラのような特権階級が作られてしまう、そのこと自体を革命できなかったことが九一年のソ連崩壊として現れた。そのような権力機構を作り出してしまった者に対する批判というのは、革命の初心に共感を持てば持つほど、誰でも行わなければならない。金一族を批判するということは、いかなる意味においても北朝鮮民衆に敵対することではない。批判的分析をすることは当たりまえだ。「ためらったり」「引け目を感じる」ことは必要ない。
 他方、この日本社会は、昨年九・一七以降、拉致問題しかないと捉える政府とマスメディアによって、一方的な情報が垂れ流されている。そういう十三ヶ月を過ごしてきた。このような社会のあり方を同時に批判していかなければならない。また、日朝関係の歴史的なとらえ方も必要だ。
 北朝鮮と日本は、お互いに自己に有利なカードを出し、牽制しあっているだけだ。日本政府は、拉致問題を六カ国協議の場で出しても、本質的に日朝の問題だとして各国から対応されてしまっている。ASEANの会議でも同様であった。国際政治のリアリズムを欠いている。そのような問題提起をするメディアが一つもないことも批判していかなければならない。(発言要旨、文責編集部)




北朝鮮による人権侵害――拉致と強制収容所を考える
拉致救出法律家の会がシンポ


 十月二十九日、東京・霞が関の弁護士会館で「北朝鮮による人権侵害・拉致と強制収容所を考える」シンポジウムが「北朝鮮による拉致被害者を救出する法律家の会(略称・拉致救出法律家の会)主催で開かれ、二百人が参加した。
 日弁連会長・本林徹さんは「拉致は許し難い人権侵害」と北朝鮮を批判し、問題解決に政府に要望するとともに、他のNGOとともに連携して取り組みたい」とあいさつした。
 法律家の会共同代表・木村晋介さんがシンポジウムを開いた主旨と経過報告を行った。
 「いまだに弁護士会内では北朝鮮から帰国した拉致被害者の北朝鮮への再『帰国』を政府に求める見解が多い。しかし『拉致被害者よ北朝鮮に帰れ』と主張するからには、その『帰国』先である北朝鮮がどういう国か知ることが先決だ」
 「北朝鮮では厳しい思想統制が行われており、金正日に批判的言動を行ったと疑われた場合はもちろん、金親子の写真を燃やしてしまった、外国の音楽をかけて山の中でダンスをした、などで強制収容所送りにされて拷問されたり、銃殺刑に処せられたりしている、とされている。また、元在日の帰国者やその家族に対し故ない差別が行われ、悲惨な毎日を送っているとも聞いている。まず体験者、被害者の声を素直に聞いてみる必要がある」。
 「北朝鮮が拉致の事実を認めて以来、日本国内ではナゾに満ちた失踪者の家族が『北朝鮮による拉致ではないか』と調査を求めて殺到し、その数は数百人に及んでいる。この三月に発足した私たち法律家の会(藤野義昭氏、川人博氏、二瓶和敏氏、斉藤健児氏、藤原精吾氏ほか二十一人が会員)は、特定失踪者問題調査会に協力し、北朝鮮による拉致と疑われるケースにつき、全国的規模での調査活動を行いたいと考え、既にその一部を実施しつつある」。
 続いて、櫻井よしこさん(ジャーナリスト)が「第十八富士山丸」事件を主なテーマにした講演を行った。「一九八三年ラングーン事件が起きた年の十一月に、第十八富士山丸が、密航したと知らずに北朝鮮兵士を乗せて日本に帰ってきた。不安を抱えながら入管局に相談したが、大丈夫ということでその兵士を下ろし、再度北朝鮮に出航した。ところが、北朝鮮で船長ら二人が『スパイ罪』で逮捕され、懲役二十年の刑が宣告され、七年間も獄中生活を強制された」。
 この事件を紹介しながら、櫻井さんは「日本外務省・政府がいかに、人権問題として扱わずに、政治取引の材料にしてしまったか」を批判した。
 続いて、横田滋さん(横田めぐみさんの父)が拉致被害者の救出の訴えを行った。特定失踪者問題調査会代表の荒木和博さんは「北朝鮮に拉致されている可能性のある人は百人以上であり、その中には、在日朝鮮人や在日韓国人も含まれている。拉致でないとよいと思いながら調べているが、逆に疑惑が深まっている。非公開の人も含めて三百八十人である」と深刻な拉致問題を報告した。
 北朝鮮政治犯収容所に十年間収容されていた姜哲煥(カンチョルファン)さんは「収容所内では、三カ月間とうもろこしと塩だけの食事が強制され、肉類が食べられないと六カ月以内に死亡する」と収容所の深刻な状態を報告した。
 十九年前に山梨県でミニバイクで図書館に行くと言って突然行方不明になり、四日目に新潟県の海岸でカバンが見つかった山本美保さん。山本さんの場合、拉致された可能性が高いとされている。その妹さんが会場から救出を訴えた。神戸の藤原弁護士からも同様の事件を扱っていることを報告した。最後に、共同代表の藤野義昭さんは「拉致や政治犯収容所問題など情報はあふれている。しかし、少数の弁護士しかこうした問題を扱っていない。多くの参加・支援を希望する」と訴えた。    (M)
b「北朝鮮による拉致被害者を救出する法律家の会(略称・拉致救出法律家の会)問い合わせは、電話03―3253―8138、FAX・03―3253―8289まで。
http://www.tokyohomeless.com

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