2004年世界社会フォーラムをどのように担うのか
東京でプレシンポジウム開く |
十一月二日午後一時から、東京の文京区民センターで「もう一つの世界を! WSF二〇〇四東京プレフォーラム」が開催され、百八十人が参加した。主催はWSF連絡会。WSF連絡会は、この間、三回にわたってブラジルのポルトアレグレで開催されてきた世界社会フォーラム(WSF)や、今年一月にインドのハイデラバードで開かれたアジア社会フォーラム(ASF)に何らかの形で関わってきた団体や個人を中心に、来年一月にインドのムンバイで開催される第四回世界社会フォーラムに向けて、反グローバリゼーション運動とWSFについての情報を共有し、それぞれの活動計画を調整しあう目的で作られたものである。
最初にピースボートの山本奈美さんが、世界社会フォーラムの経過とその目指すものについてパワーポイントによる画像で概要を説明した。不平等・不公正を拡大し、暴力と戦争を地球規模で激発させる資本のグローバリゼーションに対抗する社会運動の世界的なネットワーキングを通じて「もう一つの世界」を構想していこうとする運動の現状について、初めての参加者にもわかりやすい形で山本さんは提起した。
さらに各分野の運動の連携と結合を
次に、リレートークとして佐久間智子さん(環境持続社会研究センター)、琴玲夏さん(ピースボート/在日コリアン青年連合)、なすびさん(山谷労働者福祉会館)が問題提起した。佐久間さんは、世界社会フォーラムの運動が作りだされた背景として、環境、開発、債務、南北問題、平和、人権などの各分野の運動がそれぞれ重なり合い、課題ごとの運動を担ってきた人びとの間でそれぞれが同一の問題だという自覚が形成されてきたことを挙げた。佐久間さんは、しかしとりわけ北のNGOなどの中には、自分たちが関わっている運動の重要性だけを主張しあう傾向がなお存在している、と批判した。
琴さんは、在日コリアンの立場から、日本人拉致問題を通じて排外主義的差別の気運が社会的に拡大していることへの恐怖をリアルに訴えた。そして反グローバリゼーションの運動がこうした在日コリアンや移住労働者に向けられる日本人からの差別主義的まなざしへの批判を共有すべきことを強調した。なすびさんは、グローバリゼーションの中で徹底的に切り捨てられている底辺の労働者やホームレスの人びとの現実にもっと注目してほしい、と訴えた。
次に、@反戦平和A労働BジェンダーCWTO/開発と経済のグローバル化DユースフォーラムEメディアの各分科会の説明を受けた後、六つの分科会に分かれた討論を午後五時まで行った。午後五時半から再開された全体会議では、分科会の討論報告を受けた後、質疑応答を八時近くまで熱心に続行した。
この日のプレフォーラムはATTACジャパン、ピースボート、APAジャパンなど反グローバリゼーション運動と反戦運動の結合のために世界社会フォーラムへの参加を意識的に準備してきた人びとだけではなく、若い人びとなどの活発な参加と発言がめだち、反グローバリゼーション運動と世界社会フォーラムへの関心が広がっていることを示すものとなった。
ムンバイで来年一月十六日から二十一日まで開催される世界社会フォーラムへの積極的・意識的関わりを広げ、反グローバリゼーション運動を定着させるための活動を強めよう。 (K) サパティスタ蜂起10周年を前に
メキシコ・チアパスは今
和平と人権に関わる教会関係者が来日
十月二十二日、東京・四谷の聖イグナチオ教会で「メキシコ・チアパスの声を聴く」がカトリック正義と平和協議会と現代企画室の共催で開かれた。
一九九四年一月一日に、サパチィスタが蜂起して間もなく十年が過ぎようとしている。この闘いはメキシコ社会のみならず、世界に大きな衝撃・影響を与えた。
そして、二〇〇〇年十二月に、腐敗にまみれた七十年間の制度的革命党政権を打ち破った右派のフォックスは、サパティスタ問題を話し合いで解決すると公約し大統領に就任した。二〇〇一年三月に、サパティスタ民族解放軍(EZLN)は首都に向って行進し、民衆に歓呼で迎えられ国会で演説をした。
しかし、フォックス大統領は、サパティスタの要求する「サンアンドレス協定(一九九六年、EZLNと連邦政府の間で署名された先住民族の諸権利と文化に関する合意)の履行、獄中者の解放、チアパスからの政府軍の撤退」を拒否した。その後、チアパスに帰ったサパティスタと政府との間は膠着状態が続いている。
今回、「チアパス和平」のための活動や、人権擁護活動に携わってきたカトリック関係者六人が来日し報告を行った。 (M)
サパティスタ運動はいま
集会は現代企画室の太田昌国さんの司会で、会場からの質問に答えるという形式で行われた。
チアパスの社会構成はどうなっているか
――メキシコ・チアパスの社会構成について。
フェリペ・デ・ヘスス・トゥーサン・ロエラさん(カトリック司祭、村落共同体の統一と和解を支援する委員会議長)の答え。
メキシコの人口は一億一千万人。一五%が先住民人口。五十二の先住民言語がある(52のグループがあるわけではない)。四〇%の国民が極貧状態だ。残りの六〇%の中で二〇%が貧しい。二〇%が中間層、二〇%が富裕層だ。百家族が富の大部分を握っている。政権が交代しても、上位の者のみが政治をやっている。
チアパス州は人口三百万。年率三・五%と人口増加率が最も高い。面積は七万四千平方キロメートルで、熱帯雨林で山岳部が多く、川も多く豊かな土地だ。人口の三〇%がマヤ系(4つの主なグループがある)・ソケ系の先住民だ。宗教は、六五%がカトリック、二七%が新興プロテスタント、残りが宗教を持たない。
サパティスタが取り組んでいること
――サパティスタ運動はどんな問題を抱えているか。
ブランカ・イサベル・マルティネス・ブストスさん(カトリック、バルトロメ・デ・ラスカサス修道士人権センター理事長)の答え。
八月に、新しい自治を実現していくマニフェストを提案した。政府側は独自の権利を認めない立場をとっている。だから、国家の支援を受けることができない。紛争そのものはなくなっていない。サパティスタは自分たちの要求だけでなく、先住民族全体の権利が広がるように考えている。
人権の問題ひとつをとっても、サパティスタの考えている法律は現行の司法制度とぶつかってしまう。これをどうするかが問題だ。サパティスタが犯した人権じゅうりんもある。人権センターとしては、たとえ、どんな統治機構であってもモニターしていく。
エステラ・バルコさん(カトリック・メキシコ先住民族社会経済開発プログラム理事)の答え。
八月八日から十日にチアパスでサパティスタは「よき統治の評議会」を開催した。サンアンドレス協定の内実をどう埋めてゆくのかという段階である。民衆の要求を聞きながら統治することだ。自分たちの尊厳を明け渡さないために、政府からの援助を受けないと決めている。いままで、外からの援助物資に対して公平に分配してきたわけではない。これからはみんなに平等に分けることが目標だ。
次のようなことをやろうとしている。@生産活動の改善。化学肥料を使わず有機農業に代えてゆく。これは意識の改革も含まれているA作ったものをどのように流通させているのか。公平な市場に流すメカニズムの構築であるB医療・保険の改善。指導員の育成C教育。共同体に根づいた教員の育成。固有の文化と言語を尊重する教育の実現。
日常生活は、自分の生活・農耕の他に、四つのプログラムを軸にそれぞれ役割を果たすことだ。軍も存在するが一歩わきに下がって、こうした協同組合などに代われるように見守っている。
教会の役割、ルラ政権への評価など
――教会の役割は?
パブロ・ロモ・モダノさん(ドミニコ会司祭、サンクリストバル管区オコシンゴ教区主任司祭)の答え。
「紛争はサパティスタと政府で起こっている。教会は仲裁する役割をしている」と思われるかもしれないが、そんな単純なものではない。不正義をなくすようすることが正義だ。先住民の近い所に教会はいる。
――ルラ政権についての評価は?
マルティン・ロドルフォ・エルナンデスさん(カトリック、ロメロ大司教国際連帯運動事務局、サムエル・ルイス司教事務局)の答え。
ラテンアメリカは文化・言語など多くのものを共有している。先住民も同じような構造にあるアメリカ大陸全体を考えているし、世界観を共有している。
ブラジル・ルラ政権はラテンアメリカの長い歴史を引きずって、体制に立ち向かっている。大統領が代わったからといって体制は変わらない。ルラは左の方に進めたいが、馬は右に走っている。そううまくはいかない。
ラテンアメリカはアメリカに従属している。世界経済に依存している。市場の論理にあらがって新しい経済を作りだすのはきわめて難しい。MSTのようにルラの政策に反対している人たちも出ている。土地改革や富の公平な分配、だれでも職業につけるなど、これはすぐに実現していない。しかし、中・長期的に構造を変えてゆかなければならない。
しかし、ルラは希望である。ラテンアメリカ全体の希望だ。ルラは社会運動や民衆の気持ちを知っている。ルラは、政策が実現できないければ、ボリビアのように政権から引きずり下ろされることを知っている。
――サパティスタの運動の意義について。
ミゲル・アルバレス・ガンダラ(カトリック、「中央アメリカの平和」委員長)の答え。
サパティスタは政府と対話・合意に入る条件がない。アメリカが新自由主義政策を進めているので、イラクやパレスチナなどで平和と対話できない。いま必要なことは新自由主義と闘う主体を確立することだ。「もうこんな社会はいやだ、変えてゆきたい」「別の世界は可能だ」という世界的な社会運動の再生・抵抗が始まっている。これが重要だ。
こうした運動が常に参考にしてきたのはサパティスタ運動だ。こうした運動はお手本として先住民の闘いを見ている。サパティスタのことが新聞に出なくなったが、これはサパティスタが倒れたことを意味しない。チアパスの自治の中で確固として実現していく。そこに運動の深化を見てほしい。紛争は新しい局面に入った。まったくこれまでとは違う戦略・戦術をとるようになった。連帯のありかたも違った方法が必要だ。新しい共同行動の時限にきた。メキシコのいろんな勢力といかに連携していくのか、世界の運動ともそうだ。ブッシュの言いなりにならない反戦運動や日本での憲法9条を守る闘いの重要性を知っている。全体としてともに進んでいくことが重要だ。
(発言要旨、文責編集部)
アメリカ民主党内大統領候補選びの最新動向
米・カリフォルニア州サンノゼ J・Z
来年のアメリカ大統領選挙の民主党候補を選ぶ党内予備選に向けた闘いは激しさを増している。先週、フロリダ州選出のグレアム上院議員は予備選からの撤退と政界からの引退を表明したが、なお九人が争っている。あまり関心がないアメリカの大多数の人びとは、まだその九人の名前を覚えていないが、九人の政策の相違を知る人はさらに少ない。
その中で最も右翼にいるリーバーマンは、前回の大統領選でゴアの副大統領候補となって知名度が高く、最初は二割の票を獲得したと報じられた。実はリーバーマンの政策はゴアよりブッシュに近い。中東政策などの面では、彼自身がユダヤ出身のため、ブッシュよりイスラエルを代弁している。今年夏、Move
On (www.moveon.org)が実施したオンライン投票では、彼は三%の得票も得られなかった。
次に右翼にいる退役将軍クラークは、出馬表明時に主流マスコミに高く持ち上げられたが、彼には選挙で選ばれた経験がなく、政策もない。前大統領クリントンに抜てきされて推薦も得られたと伝えられたが、クラーク本人は実は前回の大統領選でブッシュに投票した。リーバーマンとクラークは、勝ち目がないため、ともにアイオワ州での予備選に参加しないといち早く表明した。早晩、予備選で落ちると予測される。クラークはディーンの副大統領候補になるのでは、と噂されている。
言うまでもなく主流マスコミは、すでにディーンを大統領候補と扱っている。それには一定の理由がある。ディーンの政策は必ずしも明確ではないが、リベラルなイメージを明快に先行させている。例えば「イラク侵攻は、わが偉大なアメリカの終焉の始まりである。私は大統領となってそれを阻止できる」と。Move
On のオンライン投票でも半数近くの票を獲得し、献金額もほかの民主党候補よりはるかに多い。
実は今、彼は連邦補助金を受け取らないと、以前の声明を転換した。連邦補助金はウォーターゲート事件で設定され、一人の献金額を二千ドルを上限として、最高一人二百五十ドルを補助する。その目的は、小額の個人献金を奨励し、大口の企業献金や金持ちの過度の介入を阻止することにある。ディーンの態度転換は企業献金や金持ちの支持を受け入れるため、ブッシュと同じ土俵に立つことで、多くの民主党支持者を裏切るものである。実は、今日一日で百人の民主党員がオンラインを通じてディーン支持からクシニッチ支持にまわった。
クシニッチは民主党の中で最も左翼で進歩的な立場に立っている。彼の政策は、実は社会主義的で、すべての左翼組織(緑の党、労働党など)の政策アピール(雇用確保、反戦、医療保険の全国民化、高等教育の無料化、人道的移民政策など)を包括している(www.kucinich.us
)。Move On のオンライン投票で第二位の二四%の得票を得たが、主流マスコミには意識的に無視されている。彼への献金は平均七十ドルで、支持者は少なくないが献金総額は多くない。
私は二度、彼の講演会に出席して短く意見を交換した。実は私は、彼の選挙宣言を中国語に訳し、それは彼のウェブサイトに掲載される予定だが、なかなかプロセスが遅い。中国にいる友人は「そんなアメリカ政治家がいるの?」と信じない。
クシニッチの状況は一九三四年のカリフォルニア州知事選挙とよく似ている。社会主義者シンクレアは民主党の予備選に大勝して、多くの無関心層を民主党に引き入れたが、彼は支配階級の政治的恐慌を引き起こし、共和党、財界と民主党上層部の連合によって選挙に敗北した。しかしアメリカの支配階級はシンクレアの訴え、政策を無視できず、いわゆるニューディールを開始した。現実にクシニッチの当選可能性は大きくないが、彼への投票数はアメリカの政治変動に大きく影響する。さらに彼に投票する多くの人は民主党を支持しないため、クシニッチを中心に来年の大統領選挙をきっかけに、アメリカ第三党の期待も持たれている。(二〇〇三年十一月八日)
映画「ここに、幸あり」を見て
神奈川 S・M
十月に、シネ・アミューズ(渋谷)のイーストで「ここに、幸あり」(けんもち聡監督作品)を見た。
ストーリーを紹介したい。加藤幸(高瀬ラタ)は売れない「ダメ役者」だ。幸(さち)はある日、マネージャーの高木(田中要次)の命令で、九州の離島に暮らす浪人生・吉田邦(須田邦裕)に演技トレーニングを教えに行くハメになる。彼は悩む。「これって仕事なんだろうか」。死んだ母に代わって民宿の切り盛りをする邦(くに)は演技科志望の動機を幸に語る。そんな夜、季節外れの水着撮影に島を訪れた、モデルの渋谷成美(竹谷佳織)が、邦の民宿へふらっと泊まりにやってきた。翌日から演技トレーニングが始まるが、邦はトレーニングに全然ついていけない。幸は、そんな邦にイライラする。いっぽう成美の撮影も、予想外の出来事でうまくいかず、カメラマンはイライラする。成美は、どうしていいか分からない。そして、ついに幸の怒りが爆発する……。
この映画は、とても良かった。邦は全然「ダメ」だ。笑ったり、少しイライラしたりしながら、はじめのうちは、ぼくは、そう思っていた。だが、途中から、本当に幸が正しいんだろうか。もしかしたら邦の方が正しいんではないか。少なくとも、邦が「ダメ」だという考えは間違っているんではないか。ぼくには、そう思えてきた。
山田やよいさん(ライター)は、この映画のパンフレットの中で、こう述べている。「競い合うことが当たり前の東京からきた人が、母親の教えを忠実に守り通す受験生邦の言葉にうろたえ、少しずつ変わってゆくところの見せ方は、素晴らしい」。「なんといっても、心に余裕を取り戻した幸の笑顔が良い。『あいつホント馬鹿だな』とつぶやいた時の馬鹿には色々な意味が込もっている」「久久に、素直な優しい気持ちにさせられる映画に出会うことができた」。山田洋次さん(映画監督)は同じパンフレットの中で『ここに、幸あり』はとてもよい映画です。監督の感性の高さをぼくは買います」とコメントしている。竹中直人さん(俳優)は同じパンフレットの中で「大好きな映画です」とコメントしている。
「現代のチャップリン賞」というようなものがあって、ぼくがその賞の審査委員だったら、この映画を推薦するかもしれない。おカネと時間があったら姫島(この映画の舞台となった島)に旅行に行きたい。ぼくは、そう思った。アッ、エッ、イッ、ウッ、エッ、オッ、アッ、オッ。
この映画のパンフレットは、大きすぎるし、シナリオも載っていないが、値段(三〇〇円)は良心的で写真も良い。
「ここに、幸あり」/二〇〇三年/日本映画。
英題 Be in Happiness HP:http://www.sachiari.com
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