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アルゼンチン                    かけはし2002.3.11号より

左翼勢力の前に大きなチャンスが存在している(上)

左翼統一の過程のスピードアップを

 二〇〇一年十二月、アルゼンチン政府は大衆的抗議行動によって打倒された。ブルジョア支配体制は全面的機能不全に陥っており、左翼諸勢力にとって例外的に有利な状況が生まれている。以下のクラウディオ論文は政権崩壊の前に書かれ、左翼が問われる課題を提起している。次号には政権崩壊過程についての分析を掲載。      


 二〇〇一年十月十四日のアルゼンチン選挙における左翼の前進、大学選挙での新しい成功、そして危機に対する共同プログラムを掲げた最初の統一デモンストレーションが実現したことは、左翼が提携することによって、現在の危機のオルタナティブの中心として形を取りはじめたことをおそらく確認するものである。
 この新しい提携の意味するものは何か。これまでとは何が違い、他の諸国の匹敵する過程と何が似ているか。広範な人民運動を構築するために、アルゼンチン左翼の中でどんな戦略が議論されているのか。
 一般的には「左翼」と「右翼」という用語は漠然としているが、われわれが政治的構図を明確にするには不可欠である。これらの用語によって、歴史的文脈の中で、抑圧的体制に反対している種々の潮流を区別することができる。君主制に対して最初に闘った民主主義者は左翼に立っていたし、最初に労働者運動を組織した社会主義者、ロシア革命を広げ、後にスターリニストの専制からロシア革命を防衛した共産主義者は左翼であった。実際、資本主義の不正義と悲惨に対して闘い、この搾取のシステムを克服するために闘っているすべての人々は左翼であるとみなすことができる。
 今日のアルゼンチンでは、「左翼」は、抵抗に立ち上がり急進化した社会のあらゆるセクターにわたっている。労働組合、道路を封鎖しているピケット参加者、学生、民主主義者、そして社会主義の伝統と綱領を体現している種々の政党、共産党(PC)、トロツキスト(MST、MAS、PO、OTS、AL)、旧毛沢東主義者(PTP)、PSAの種々の社会主義潮流などの諸組織が含まれる。さらには人道主義者(人道主義党PH)まであるが、これを含めることについては一部の人々には異論がある。
 現在左翼の前にはチャンスが存在している。それは、労働者階級を引きつける極として、真のオプションとして、自己を明確にするチャンスである。このチャンスは主として、国を歴史上最悪の社会的荒廃に導いた支配階級の三大政党であるペロン党、急進党および中道左派の権威失墜によってもたらされたものである。
 今日では、アルゼンチンの日刊紙はときには種々の闘争組織や社会主義グループの名前を挙げて左翼の前進を取り上げている。この新しいオルタナティブの極は誕生の過程にあるが、左翼が労働者階級の中に根を張っていないという問題を解決できなければ、失敗に終わるかもしれない。この障害を、彼らの敵は何十年もかけて克服してきたのである。形を取り始めたばかりの左翼統一の過程をスピードアップすることは至上命令である。左翼にとって現在存在する規模と影響力の一大飛躍のチャンスは、現在の局面の中で無限に続くわけではないからである。

 左翼の一部の同志たちはこの種の結集を「無益」、「不可能」あるいは「不都合」とさえ言っているが、大多数は左翼の調整された行動に方向を与える戦略に関する討論に向かい始めている。十一月十六日には、左翼は共同宣言の三つの基本点に関する合意に達した。
 (1)「カバロとデラルアは出て行け!、IMFにノーを!」のスローガンを掲げて政府と対決する政治的プログラムの必要性。
 (2)政府の経済的支出に関する提案、すなわち「負債の支払い拒否」。
 (3)人民の大衆動員を推進する方向性、すなわち「労働者人民のすべての闘争の支持」。
 負債の支払い拒否の要求のようなポピュラーなスローガンを広めることは、左翼が大衆運動への浸透を拡大することを可能にする。
 左翼の共同宣言における最小限の一致は、もちろん現在の危機に対して完全に答えるものではないが、何かを構築する基礎を提供するものである。左翼の統一した行動と人民の抵抗の結合のみが、目前に選挙と憲法制定会議を控え、人民権力の直接的な形態の発展という現象が存在する現在の政治状況の中で、左翼が適切な戦術的対応を決定することを可能にする。
 これらの一致が人民の意識の進化に対応するオプションであるかどうかを決定するには、解放の過程を導くことができる力の建設を支えることが必要である。左翼の統一は、「社会主義への道」に関する抽象的教条主義的論争を現実の政治的経験に転換させることを可能にする。それは労働者の政府に至る道は何かについての概念を説明する最も望ましい解決を自然に生じる形で作り出す。この過程を実現可能にする「戦線」の形成を推し進めるのに有効でなければ、この種の結論に関する必要性を繰り返したり、もっと明確にする方法を考えることはまったく無益である。
 左翼の統一した装置を建設することが全員一致や既存の政党の解消を意味しないことは明白である。現在の危機の中に共同作業の大きなチャンスがあるという意識が必要であり、それは後の段階で発展する可能性がある正常な差異を乗り越えるのに役立つであろう。「左翼の統一」が、統一左翼の統一行動やデモや会議のすべての参加者の意見の一致を意味すると考えるのは無邪気すぎる。そのような不一致は統一の過程に有害でないばかりでなく、違いを非妥協主義的に解消しようとする試みは不満をもたらすであろう。
 左翼、全アルゼンチンの左翼を統一して、新しい政治的アイデンティティを作り上げることは、社会主義的プロジェクトにとって、現在の時点で最も望ましいイニシアティブである。「左翼」という言葉を宣伝することは、中道左派の「進歩」やペロン党の「ナショナリズム」との違いを説得力をもって確立するのに役立つ。この社会的アイデンティティ、労働者、倫理的闘争や資本主義の知的批判が、反資本主義的意識の飛躍を表現するために闘うことが必要である。

 左翼の今日の成長は、一九九〇年代後半のメネム主義の衰退、アルゼンチンにおける政府の新自由主義的イデオロギーの優位性の全般的消失、そしてソビエト連邦の崩壊によって左翼が受けた傷がいえたことによって始まった。左翼は、一九八〇年代半ばに特に旧MASが達成した大衆運動への浸透のレベルにこれから到達しなければならないし、ニカラグア革命やブラジルのPT誕生の時期の爆発的な熱気も発生していない。しかしそれにもかかわらず、左翼の今日の前進は、ラテンアメリカ全体で一般化している選挙における成長の展望の中で、特にブラジルの土地なき人々の運動、メキシコのサパチスタ運動の決起と成功、コロンビアのFARCの行動の、よく知られた積極的影響の下で発生している。
 さらに、チャモロの目覚しい復帰に示されるように、左翼が十年前に発展させた技量は人民の記憶から完全に消し去られたわけではない。左翼の失敗としてではなく、左翼の経験を理解する観点からこれを見ることは、一九八〇年代と現在の政治潮流の連続性を認識する上で、またその成果のバランスシートを描く上で、重要である。
 成果とは主としてその成長であるが、そこには困難も存在している。特に、つい最近経験したメディア崇拝の問題がある。また、この基準は、外部の過程を評価する必要は認めるが自己の限界に目を向けない人々や、「こんなことがなかったら……、別のことが起こっていたら」というような仮定の思考で自分を慰める人々には、いっそうよく当てはまる。
 今日の状況の特異性は、左翼とその歴史的敵対者、すなわちペロン主義者や中道左派との間の溝が深まっていることである。これらの勢力に対して正しい政策を発展させることに関する左翼内の違いは実質的に減少している。現在、左翼内には、一九八三年および一九八九年のように「公平」プログラムへの賛成投票を提案する政党や、一九九〇年代にあったように祖国連帯戦線(ペロン党反メネム派)との連合を提案する政党はない。現在、最近の選挙で多数の無効投票が出た現象の解釈をめぐって不一致が存在するが、以前のような解決不能な違いというほどの重要性はほとんどない。
 過去と今日で変化したのは、いくつかの戦略的不一致の軸であり、主要な問題は、民族ブルジョアジーに反対して左翼が取るべき立場に関する問題である。今日、土着資本家との同盟の必要性または不適切性に関する論争は、土着資本家の社会的セクターの明白な政治的後退に直面して、その重要性を失う傾向にある。
 今日、帝国主義に完全に順応し、通貨切り下げを推進している民営化されたアルゼンチン産業連盟を、一九七〇年代のゲルバルドのような潜在的同盟者と見る者は、左翼の中にはもはやいない。アルゼンチンの国家的資本主義的プロジェクトの正当化を明言する者は、主としてアルゼンチン労働センター(CTA)の指導部に残っている。この立場の支持は左翼の多数派の中では減少し続けているが、集会や行動の呼びかけの対象としてだれに呼びかけるのか、どんな行動を取るのか、というような多くの戦術的論争の背景としてはこの問題は残っている。しかし、いまや、IU(統一左翼。共産党とトロツキストの社会主義労働者運動《MST》の連合)の存在を維持すべきであるというような問題は、連合を維持する上で左翼の不一致点ではなくなっているようである。今日、大衆運動を引きつける、より完全な極の建設を考えることが可能である。それは、同時に、より先鋭な左翼的特徴を持ったものになるであろう。
 また、アルゼンチンにおける左翼統一戦線のこのような融合を後押ししているのは、国際的左翼から報告される重要な変化である。明らかにこれまでとは違って、ソ連や毛沢東主義中国が直面している状況によってそれぞれの左翼潮流がだれと同盟し、だれと同盟しないかが決まることはもはやなくなった。一般に、左翼は自発的に自然に、キューバ革命防衛や北米帝国主義の拒否のような行動に結集する。最近、一部の左翼の間にオサマ・ビン・ラディンの性格づけをめぐるあれこれの論争が存在するが、もしこの議論がアルゼンチンにおける統一した社会主義勢力の構築という政治的プロジェクトの伸展に結びつくようなものだったら、左翼にとってはるかに重要な意味を持ったことだろう。
 他の諸国に比べて、現在のアルゼンチンの左翼は一部のヨーロッパ諸国のいわゆる「極左」に近く、その点ではアルゼンチンは社会民主主義と対決しているヨーロッパと同一線上にある。イタリアの共産主義再建党、イギリスの社会主義連盟、フランスのLCRと「労働者の闘争」派のブロック、ポルトガルの左翼ブロックと類似点がある。
 アルゼンチンの左翼は未だ組織の敷居を越えたことはなく、これらの連合が収めた成功を成し遂げてもいないが、国の中ではヨーロッパに比較し得る、いや恐らくそれ以上の、政治的影響力をすでに確立している。ウルグアイのフレンテ・アンプリオやブラジルのPTは、ある種の社会民主主義のヘゲモニーの下にあり、左翼は自らの立場のためにはそれらの組織の内部または外部から戦術的に闘わなければならないが、それとは異なり、アルゼンチンでは革命的展望を持つ左翼統一を構築する条件が熟している。(つづく)


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