かけはし重要記事

frame01b.html

もどる

                          かけはし2003.1.20号より

ヨーロッパ左翼運動の再生と新たな前進(下)

ダニエル・ベンサイドの報告から


――労働者を取巻く厳しい状況の中では労働者はむしろ自身の利益、自分の問題に閉じこもりがちだが、フランスの場合、SUD系組合のように、自分たち以外の労働者階級の部分、たとえば移民や失業者やホームレスの問題に、また国際的な問題に労働組合が取り組むことができるようになっているのはなぜか。

 これから言うことはあくまでも私自身の仮説にすぎないのだが、そこにはひとつには歴史的にフランス労働組合運動の伝統的な特性というものが存在するように思う。フランスでは労働組合運動というのは常に労働者の中の少数派の運動であった。ヨーロッパの北部の諸国では、労働組合組織率は九〇%位だが、フランスはいまや約一〇%位にすぎない。だから、労働組合というのはある種の社会的前衛である。
 それに、フランスの労働組合運動の近代における起源は非常に革命的なもので、それがアナルコサンディカリストによって、次には共産党によって継承されていった。それは常に非常に政治化されており、ほとんどすべての労働組合の規約が、「世界を変える」とか「搾取の廃止」とかを唱っている。
 この伝統に新しい要素が加わって来ていると言わなければならない。第二次大戦後、労働組合運動は職場や経営との交渉に、より閉じこもるようになってきた。ところが、すでに述べたような一九八〇年代の危機とともに、従来の基幹産業の衰退、合理化、既得権の喪失、失業の増大、住宅問題などの新しい問題に直面する中で、労働組合運動は、新しい考え方を採用し、新しい層を獲得しなければならなくなってきたのだ。
 これら二つの要因によって、フランス独特の労働組合運動が成立している。フランス労働組合運動のこの特徴は、政治的意識という面ではひとつの強みだが、他方では依然として少数派運動であるという弱点を同時に持っていると思う。特に労働者の多数派を結集しているドイツの労働組合と比べるとその弱点は明白である。

――緑の党の現状についてど考えるか。

 私自身は緑の党に対しては少し「セクト主義」である。より具体的に言うと、エコロジー問題というのは余りにも重要過ぎるのであって、緑の党にとってさえ取り組みきれないのだと思う。
 緑の党が大きな影響力をもっているのは、ドイツ、フランスと、デンマークなど北欧である。今日、ドイツでは緑の党は五年間政府にとどまっている。その間、緑の党はバルカンに対するNATOの空爆を支持した。軍需産業というのは決してエコロジー的ではないと思うのだが。同時に、彼らの社会民主主義化が進行している。だが、緑の党は、ドイツにおいては、伝統的な社会運動に深く根を降ろしてきた。
 しかし、フランスの緑の党はそれよりもはるかに表面的、皮相的なものにすぎない。フランスの緑の党は、エコロジスト運動そのものとは異なる。この国に存在するさまざまなエコロジー運動の一部を代表しているにすぎない。フランスにおける緑の党の発展は、実際のエコロジー運動の発展の結果であるというよりも、むしろ既成政党に対するある種の抗議の表現である。
 フランスの緑の党は、基本的に選挙機構である。社会的基盤は弱体であり、イデオロギー的にも弱体である。エコロジー問題自身についてさえそうである。彼らよりもわれわれの方がエコロジー問題についての理論的成果も多い。大統領選挙でも、われわれトロツキストよりも得票は少なかった。革命派とのブロックか、それとも社会民主主義とのブロック化という選択に関しては、緑の党は間違いなく社会民主主義とのブロックを選ぶ。
 デンマークでは情勢は異なる。エコロジーに関する文化的な伝統がフランスとは違うからである。デンマークでは、「赤緑連合」が存在しており、この連合の候補としてわれわれの同志が国会議員に当選している。南欧では、イタリアやスペインでは緑の党は弱い。
 私は政治組織を構成メンバーの社会的出自から規定するということを余り好まないのだが、フランスの緑の党は、典型的な中産階級の党であると言わざるを得ない。にもかかわらず、今日、われわれは緑の党とともに反戦運動を展開している。なぜなら、ジョスパンの左翼連合政府が選挙で敗北し、緑の党はもはや与党ではなく、反戦の立場に転換したからである。
――ヨーロッパ規模での労働者の連帯とインターナショナルな運動の状況について話してほしい。

 その出発点は非常に困難で、厳しい状況から始めなければならない。なぜなら、大部分の労働運動、労働組合は基本的に民族国家の枠内で組織されているからである。第二次大戦後に三十年間続いた福祉国家の期間を通じて、労働運動と各国のブルジョア国家との間の提携関係が確立されてきた。労働組合運動はいま、それを乗り越え始めたばかりの段階である。
 その点でわれわれ自身少し驚いていることがある。「トロツキストは農民を過小評価している」という批判がわれわれに対して歴史的に投げかけられてきた。もちろんそれは歪曲された評価である。ところで、今日、ある種のインターナショナルを建設するという点では、農民が最も進んでいると言わなければならない。
 私が言いたいのは、「ヴィア・カンペシーナ」(農民の道)という農民の国際的な組織のことである。この運動のイニシアティブを取ったのは、ラテンアメリカの解放の神学の立場に立つ人々であり、この農民の国際的組織には、インドの農民、MST(ブラジルの土地なき農村労働者の運動)、中米の農民、そしてジョゼ・ボベのフランス農民連盟などが加盟して、国際的に緊密な協力関係を打ち立てている。五十カ国の農民組織が加盟している。
 なぜこのようなことが成立しているのか。それは単にお互いの友好を深めるということでなくて、農民たちが全世界的レベルで共通の敵をもっているからである。すなわち、ノヴァルティス社やモンサント社などのアグリビジネス(多国籍農業企業)に農民たちは直面しているのである。
 ところで、私自身はブラジルを何度も訪問しているが、そこには興味深い運動がある。それはブラジルのMSTの運動であり、これは農村の村落共同体的な伝統とブラジル労働者運動の伝統との混合を表現している。
 労働者運動の国際的なつながりの現状はそれとは少し異なっている。第一に、国際自由労連のような労働組合の国際的な機構は深く官僚化している。他方では、ポルトアレグレのような国際的な会議への労働者の参加が増大している。
 次のポルトアレグレでの第三回世界社会フォーラムは、左翼労働組合運動と労働官僚との対立の場となるだろう。たとえば、ポルトアレグレに参加してくるアメリカとかヨーロッパの労働組合運動の中には、「社会条項」の問題を第三世界に対して自国市場を守る保護主義的観点から提起してくる組合があるかもしれない。
 しかし、労働者の国際的な連帯は、諸困難にもかかわらず、若干の前進を見せている。具体的にヨーロッパ・レベルにおいては、われわれは、ヨーロッパ大陸レベルでの緊密な協力のもとでの鉄道ストライキや空港ストライキが行われ始めている。より一般的に言えば、こうした新しいインターナショナリズムは、労働組合運動のレベルにおいてさえ、グローバリゼーションに対する機械的とは言わないが、論理的な結果なのである。
 第一インターナショナルの創設は、十九世紀におけるグローバリゼーションの結果なのである。当時、第一インターナショナルの結成の前に、大陸の活動家とイギリスの活動家が最初に接触したのは、ロンドンでの万国博覧会のときであった。今日のグローバリゼーションはそれよりもはるかに深いものがある。そして、ポルトアレグレはその当時の万国博よりもはるかに広範である。そして、もうひとつ有利な点は、ポルトアレグレの町というのはわれわれトロツキスト潮流のシンボルであるということである。
――大統領選挙キャンペーンとその後の反ル・ペン闘争でLCRに入党を希望した千人とはどのような人々なのか。

 たしかにわれわれは選挙戦後、約千人の新規メンバーを獲得した。これほどの大量の獲得は、一九七〇年代以来のものである。どのような人が入党して来たのか。あらゆる種類の人々である。社会的にも青年から労働者まであらゆる階層からであり、労働者は主として公共部門の労働者である。全体の中では少数だが、かつてランベール派だったりパブロ派だったり、何らかの革命派の組織に属していた活動家、それに元LCRのメンバーも戻ってきた。第二に少数だが無視できない数の人々が共産党からもやって来た。
 だが、圧倒的多数の人々は政治的にまったく新しい人々であり、これは同時にわれわれに新しい問題を提起した。過去において、われわれが新しいメンバーを獲得した場合に、それらの新入メンバーは政治的経歴として、他の革命派グループであったり、共産党であったり、社会的な運動の経験といったものをもっていた。だが、今回の場合、新入メンバーの約七百人ほどは、過去にそうした政治的経歴をもたない政治的にまったく新しい人々であった。
 これらの人々は、ル・ペン反対であり、グローバリゼーション反対、戦争反対である。そして、われわれの若い郵便集配労働者で大統領候補になったオリヴィエ・ブザンスノー支持である。たとえば、私自身が属するLCRの地区支部組織は、かつて二十人のメンバーであったが、いまでは六十人のメンバーになった。
 だから、そこでは、社会主義とは何か、なぜわれわれは社会主義を支持するのかについて討論しなければならない。そして、討論の中ではスターリニズム化された社会主義とわれわれの社会主義が混同されて述べられることも起こる。また、われわれはなぜ労働組合のメンバーにならなればならないのかについても説明しなければならない。まさにゼロからの教育である。
――青年の組織化の現状と問題点をどのように考えているか。

 青年の問題は鍵となる問題である。この点についてはクリストフ・アギトンの方が直接、現場で接触しているので、私よりもよく知っているが、私も新しい世代が登場しつつあるということは確信している。
 そこには一つ逆説的な現象がある。この新しい世代は、イタリア、スペイン、イギリスの方がフランスよりもはるかに強力であるということである。たとえば、スペインの場合、フランコ体制が終わって一九八〇年代に入ると、青年は完全に非政治化してしまった。ところが、今日、反グローバリゼーションの二十万人のデモがバルセロナで行われるようになっている。そこには多くの青年が参加している。また、われわれは毎年夏に、ヨーロッパ青年キャンプを開催しているが、今年初めてのことだが、スペインから五十人、六十人のまったく新たな青年グループが政治を求めてやって来た。
 フランスはスペインやイタリアに比べて、青年の急進化は弱いのだが、われわれは大統領選挙に当たって若い郵便労働者を候補に立てるという選択を行った。なぜなら、政治というのは六八年五月世代の独占物ではないからである。
 オリヴィエ・ブザンスノーを候補に立てた選挙戦が成功した理由の一つはこの点にあった。多くの青年がブザンスノーを自分たちの代表であると感じた。ブザンスノーが自分たちと同じ言葉を語るからである。これは世代間の関係の変化を意味する。
――新しい急進的な運動の中でのムードとして、アナーキスト的な傾向があるようだが。

 これは、潮流ではなく、ムードとして存在している、これは重要である。急進的な新しい青年の運動の中では、スターリニズムに対する、官僚主義に対する反発の感覚が存在するために、ある種のアナーキズム的なものを受け入れる傾向が存在している。歴史的な起源をもつ伝統的なアナーキズム組織は弱体である。
 本当に強力なのは、社会運動の中に存在する政治と政治組織に距離を置こうとする気分や態度である。もちろん、これらの人々こそわれわれにとって大部分の社会運動におけるわれわれの必然的な同盟者であることは明白である。だが同時に、われわれはこれらの人々と討論しなければならない。もちろん、セクト主義的ではない形でである。
 私が編集している『コントル・タン』(時代に抗して)誌の次号の特集は「新しい共産主義と新しいアナーキズム」である。なぜなら、必ずしもアナーキズムというわけではないが、トニー・ネグリのような人々とわれわれの間にはこの点で意見の相違があるからである。また、たとえば、最近、英語で出されたメキシコのサパティスタに関する本の題名は、『権力を取らずに世界を変える』というものだった。ことによると、これは過去二十年間存在しなかった戦略的な論争の始まりかもしれない。国家権力を忘れようとすることはできるかもしれないが、国家権力の方はあなたを忘れてくれないのである。

――今日の帝国主義はレーニンの時代の帝国主義と違っているのか。

 日本でどうなっているか知らないが、アメリカやヨーロッパでは帝国主義の問題をめぐって大きな論争が行われている。非常に広範な左翼の間で、この二十年間、帝国主義という概念が消えてしまった。ソ連邦が崩壊するとともに、それと同時に帝国主義という考えも消えてしまった。
 このことは結果として深刻な事態を生み出している。たとえば、バルカンに対するNATOの空爆や今日のアフガニスタンへの戦争の場合に、左翼の人々は判断の基準を完全に失ってしまい、人道主義の名においてこれらの戦争を支持するようになってしまった。
 もちろん、イラクのフセインもユーゴのミロシェビッチもビン・ラディンも人類の解放を支持しているわけでもないし、われわれのチャンピオンでもないことは明白である。しかし、帝国主義のこれらの機構は、こうした連中と闘うということを口実にして、世界的な規模での軍事介入の正当性を獲得している。これこそが主要問題であり、その結末をわれわれは今後見ることになるだろう。
 もちろん、今日の帝国主義をレーニンの時代の帝国主義のまま変っていないということは出来ない。だが、かつての帝国主義と共通するいくつかの点も存在する。新自由主義的グローバリゼーションの支持者たちは、資本のグローバル化によって、より均質的な世界が、支配も従属もないより均質的な市場ができると言っている。しかしながら、われわれは不均等・複合発展の法則がいぜんとして貫徹し、機能していると考えている。
 これは今日、かつてよりもより発展しており、不均衡はよりひどくなっている。富の集中、情報伝達手段の集中、兵器の集中が存在する。たとえば、アメリカの軍事予算はイラク軍事予算の予算の三百八十倍に達している。そして、これは、ヨーロッパ最大の軍事予算をもつイギリスの軍事予算の十一倍である。知識の集中もまたそうである。特許権の登録では、アメリカとヨーロッパと日本で九五%を占めている。したがって、これは新しい帝国主義であるが、帝国主義であることに変わりはない。
 この点は重要である。たとえば、九月十一日の後の反応として、われわれに対して「お前たちはもともと反米主義なのだ」という非難が浴びせられたが、われわれは、われわれは「いやそうではない。われわれは多くの良いアメリカ人の友人をもっている。われわれは反帝国主義なのだ。われわれの政治的カテゴリーは民族的なものではない」と答えた。もちろん、帝国主義はアメリカだけではない、ヨーロッパにも存在している。ヨーロッパ帝国主義はアメリカよりも弱体であるが、それでもやはり帝国主義であることに変りはない。
 レーニンの帝国主義に関する分析の箇所については、今日再解釈しなければならないところはある。だが、今日なお有効なものは存在する。たとえば、銀行資本と産業資本の融合による金融資本の成立、資本の輸出、原料資源の支配などはそうである。
 より具体的に軍国主義と戦争の問題に関してはどうか。なぜ私が新しい軍国主義ということを言ったのかと言えば、ソ連邦が崩壊した後、ブッシュの父は当時、いまやわれわれは平和の時代に入ったと語った。だが、それから十二年間、戦争がたえず続いてきた。これは論理的に必然である。なぜなら、ソ連邦の崩壊は、世界の力の配分の始まりを意味するからである。
 この力の新たな配分は、交渉によって達成されるものではなく、暴力と戦争を通じて実現される。われわれはこの世界を内乱に転化することができるのだろうか。それにだれにも答えられない。この問題について議論はまだ始まったばかりである。
 トニー・ネグリとマイケル・ハートの『帝国』が日本で翻訳出版されているかどうか知らないが、彼らは国民国家の果たす役割はいまや第二義的なものになっているので、国民国家において権力を変えることができないと主張している。また一部の議論によれば、九月十一日以後のブッシュの発言は、国民国家内の内戦ではなくて、世界的規模の内戦の始まりを意味するとされている。
 もちろんトロツキストは、一国で権力を取ってそれをそのまま長期にわたって維持し続けることができるなどとは考えない。それは現代になればなるほどますますそうである。しかし、国民国家の枠組みは、現実の力関係の形成においていぜんとして中心的役割を果たし続けている。たとえば、アルゼンチン人民に対して、われわれは諸君たちの闘いは、IMFの支配やアメリカ経済によるドル化に反対する民族的に遅れた闘いだなどと言うことはできない。
 今日、実践的に問われているのは、国民国家内で展開されている闘争と大陸規模の国際的闘争を結びつけることである。たとえば、フランス国内の社会保障や公共サービスを防衛する闘いをヨーロッパ規模での公共サービスを防衛する闘いと結合していくことが重要である。
 二十一世紀のわれわれの軍事戦略がどうなるのか、どうすべきかについては、いま打ち出すにはまだ早すぎる。そのためには、われわれの経験の蓄積が必要である。
――フィレンツェで開かれるヨーロッパ社会フォーラムの意義は何でしょうか。

 ヨーロッパだけでなく、アフリカ、アジアなどでも大陸規模で社会フォーラムが開かれる予定であり、これは各大陸の反グローバリゼーションの運動を強化し、各地域、各国での運動の基盤を深め、強化するための試みの一環である。なぜなら、全世界の多くの人々がはるばるポルトアレグレまで行けるわけではないからである。そうでないと官僚だけしか行けないという危険が生まれることになってしまう。出来るだけ多くの人々の参加を保障するために、大陸規模での社会フォーラムを開く必要があるのだ。
 フィレンツェで開かれるヨーロッパ社会フォーラムは、デモだけではなくてフォーラムだから、同時に多くの討論や会議が予定されているが、イタリアの情勢から考えて、かつてのジェノバでの大規模なデモよりもさらに大規模な動員となるだろう。そして、反グローバリゼーションの運動と反戦運動の結びつきが強まっている。
 共産主義再建党内にいるわれわれのイタリアの同志たちは、この準備過程において大きな役割を果たしている。今後、次回のフランスでのヨーロッパ社会フォーラムに向けてわれわれはより明確な政治勢力として登場しようとするだろう。なぜなら、いまのところポルト・アレグレでもフィレンツェでもそれはあくまでも社会フォーラムであって、政治勢力や政党は周辺的位置にあるからである。
 反グローバリゼーションの転換点においては、政治的討論が必要である。そこで、われわれは、フランス、イタリア、スペイン、イギリスで、帝国主義と戦争と青年という三つのテーマにもとづく雑誌のネットワークを作ろうと考えている。この展望の中では、第四インターナショナルとイギリスのSWP潮流との協力関係が中心的問題になってくる。
 現在、われわれとイギリスのSWP潮流が革命派の中の主要な国際的組織である。もちろん、ラテンアメリカなどに国際的なグループが存在するが、世界的なレベルではこの二つの潮流しか存在しない。もちろん、われわれとこの潮流との間には相違が存在する。だが、われわれれは協力関係、共同の活動を始めており、これは、新しい歴史の一章の始まりである。
 ソ連邦の階級的性格をめぐる過去における論争は理論的なレベルにおいていまだ未解決である。だがこのことは、今日ともに共同で活動するための重大な前提条件ではない。われわれは、この新しい情勢に、現在の課題にもとづいて他のグループと協力し、統一するという意志をもって、入っていかなければならない。
 もしわれわれが潮流間のこのような協力関係をより強固なものにうち固めることに成功するならば、われわれは世界のはるかに多くのグループや潮流を引きつけることができるようになるだろう。そうすることによって、われわれは、真に開かれた革命的左翼の世界会議のための条件を作り出すことができる。第四インターナショナルの来るべき来年の世界大会は、こうしたものとして開かれたものにならなければならないし、こうした問題が討論され、こうした方向に向う第一歩とならなければならない。


もどる

Back