かけはし重要記事

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樋口篤三著--第三書館発行『めしと魂と相互扶助』 2500円                                かけはし2002.3.18号より

不正・不平等への怒りと優しさと

革命モラルと対抗対案戦略の確立のために

 樋口篤三氏の著作『めしと魂と相互扶助=革命モラルと対抗対案戦略の確立のために』が第三書館から出版された。
 彼は一昨年末に食道がんの手術を受け、現在も病院に通っている。この時期に約三百六十ページの半分にも及ぶ長さの原稿を書き下ろすという強い意志に感服する。彼とともに闘ってきた人や接したことがある人はだれでも知っていることだが、彼の話し方や文章には、言葉よりも心・魂が先に飛び出して来るような迫力を感ずる。闘病中であるにもかかわらずそれが全く衰えていないどころか、逆に以前にも増してその「樋口節」は健在なのである。
 著作は三部構成で、第一部は「めしと魂と相互扶助」、第二部は「革命モラルと対抗対案戦略」、第三部は、「キューバ革命の可能性」となっている。第一部は彼が戦後どのように革命運動に参加し、共産党の中でどのような活動をしたのかという自伝的構成を縦軸とし、「かけはし」にも連載された増山太助著「戦後左翼人士群像」への書評も含めた戦後の共産党のあり方、そこで出会った人々を中心にした樋口版『戦後左翼運動史』が横軸となっている。
 ここで注目すべきは「戦後左翼運動史」という体裁を取りながらも、彼が共産党を二度も除名になり、さらに共産党と決別し、反戦青年委・べ平連運動の時代は共労党の中心的メンバーとして、七〇年代後半以降は「労働情報」の編集人として闘い続けてきた原点が垣間見えることである。つまり「樋口節」がどのように形成されたが手に取るように理解できる。
 彼は自分の闘いの原点を次のように述べている。長くなるが引用する。「わが兄姉は八人。男六人だが上の三人は徴兵制で陸軍。四・五男は四一年五月に十五歳、十七歳で同時に海軍少年航空兵として土浦航空隊に入隊。……私もつづいて土浦へ。……復員してまもなく、五男の戦死の報。……つづいて四男は前年のサイパン島で、三男は中国で。……母は泪をながさずに激しくなげいた。沼津市は一カ月前に空襲で全滅。しかし母と兄嫁二人で六発の焼夷爆弾を消し止めたくらい気丈であったが、私の目の前で深く悲しむのをみて、戦争の悲惨さをはじめて痛感した。私の戦後は、この母の子への愛と悲しみが原点となった」。
 彼はこの戦争体験を出発点として活動と闘いの中で類いまれな三つの資質を発展させていったように思う。第一は不正・不平等に対する怒りである。この正義感は、文中でも共産党の宮本や袴田など官僚のごう慢さに対する怒りとなって現われる。第二はこの対極に位置する人々に対する優しさである。それは時に「感激屋」的ともいえる形で表現される。その優しさは朝鮮人・沖縄人同志についての語り方、義兄吉見春雄や松本一三の死に触れる時にいかんなく表現されている。
 したがって樋口版「戦後左翼運動史」は彼自身が持っている優しさと怒りという相異なる二側面から歴史をとらえているから、散見される「裏切り史観」とは違って、すこ振る人間臭く一つ一つの事件がドラマを見るように理解できる。五十年前のできごとが五年、十年前のことように読めるのはそのためであろう。タイトルの「めしと魂」はこの相異なる二側面をつなぐものになっている。
 そして第三は、文中にも時々顔を出す旺盛な好奇心である。この好奇心の強さが活動家としての間口の広さを与え、新しい課題への挑戦を可能にしている。第三部の「キューバ革命の可能性」はその成果である。若者たちとピースボートで世界をめぐり、この十年の間にキューバに五回も渡っている。さらにそのキューバで「社会主義と協同組合」の可能性を探ろうとする姿勢こそ好奇心の真髄といえるだろう。後輩のわれわれがもっとも学ばなければならない点である。
 第二部の「革命モラルと対抗対案戦略」は、六〇年代後半以降ともに闘いぬいてきた樋口氏の新左翼運動に対する総括であり、新たな運動とそのイニシアチブを実現していくためのわれわれに対する提言である。したがって共同討論のための課題という性格を強く持っている。
 彼は新左翼運動の限界を次のように断定している。「新左翼は、日本革命運動のこの負の遺産に学ぶことなく、労働者階級の多数者獲得を社会主義革命の戦略的組織的課題として路線化し得なかった。`過去に学ばないものは、おなじ誤りをくり返すa前者の誤りをくり返したのである」。共産党員として二度も除名を経験した人の言葉だから重みがある。
 その上で彼は多くの点を指摘している。紙面の関係で全部を取り上げることができないが、若干拾ってみる。
 ひとつは、新左翼が大衆運動の自立的発展を支え、それを保証する力を持ちえなかった事実をべ平連―反戦青年委―全共闘―狭山―三里塚に至る運動の中で具体的に検証している点である。それは新左翼が党派と大衆運動(団体)の関係について、共産党の誤りを克服できなかったばかりか同じ誤りを繰り返し、理論的にも整理しえなかった結果であると指摘している。
 同時に労働組合問題でもスターリニズムの伝導ベルト論を克服できず、ジグザグした経過を動労と革マル派の例などによって実証している。革命のための党と大衆の関係、あり方、つまり党と統一戦線、労働組合などマルクス主義の根幹に関する問題がまだ未解決のまま残っていると指摘しているのである。
 ふたつめは、社会革命の戦略の不在のまま、極左的急進主義を繰り返し、大衆運動の衰退期にはセクト主義を顕在化させ、内ゲバ主義を生み、テロリズムに走った経過を検証している。「七〇年代初めに新左翼の信頼が、広範な社会と人びとから、一挙におちていった最大の問題は`内ゲバaであった。……革共同両派、そして革労協が『革命と反革命』などと位置付け、どう理論化しようとも、それは当事者のみに通用するものであった。……この内ゲバの思想的政治的根源には、日共マルクス主義いらいのマルクス・レーニン主義のあり方、思想を日本化しえないことと結びついた革命道徳のあり方がある」と断罪している。
 われわれはトロツキズムを学ぶことによって、内ゲバ主義と一線を画してきたが、女性差別事件を起こし、われわれ自身の思想的限界を露呈させた。彼が指摘するように、革命モラルは単なる戦術ではなく、日本の市民社会、政治社会で手きびしく拒否された新左翼が、敗北を自己批判し社会主義の再生にむけて新たに立ち向かう闘いの中で構築されるのである。近頃、新左翼運動の中で`内ゲバaをとらえ直そうという気運が広がっている。本著はその討論の材料として有効な役割を持っていると断言できる。
 彼は次にやりたい仕事を次のように提案している。「『グローバル資本主義の危機』といわれるくらい、資本主義世界は矛盾を深めている」「もう一つの大命題は、長きにわたる『冬の時代』の労働組合運動のラディカル(根源的)な再建と新生である。……労働組合運動の革命的改革は、社会革命復権に不可欠な大命題である。……労働組合と生活・生産協同組合(人権、エコロジー、フェミニズムの重視)の両輪と新たな社会主義の結合によって市民社会と日本を変えていく道、協同労働・相互扶助の協同社会形成が二一世紀の課題である」と。新たな闘いに心から拍手を送るとともに、これからもともに闘っていきたいと思う。(松原雄二)

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