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                          かけはし2003.4.14号より

イラク戦争支持でノ・ムヒョン政権は何を得、何を失ったか


 イラク戦争は将来ノ・ムヒョン大統領の「政治会計帳簿」に損失として記録されるのか、利得として残るのか。米国のイラク侵攻に対するノ大統領の明確な支持は対北送金問題での特検法の受容に続き、長きにわたって彼の政治、外交力を評価する主要な物差しとなるようだ。国の内外で沸き立っている反戦の世論が並大抵のものではないからだ。

 対米自主外交路線を強調していたノ大統領は3月13日、ブッシュ米国大統領との通話を前後して米国の立場に対する全幅の支持へと迅速に舵を切った。ホワイトハウスの公式の開戦声明が出てから1時間後、国家安全保障会議を招集し、工兵団と野戦医務部隊の派兵規模まで議決した。翌日には臨時国務会議(閣議)を開き国軍部隊のイラク派遣同意案を通過させ、与野の指導者を青瓦台(大統領府)に招請して超党派的に協力する体裁も整えた。いささかのためらいもなかった。
 けれどもノ大統領を確固として支持してきた改革国民政党のキム・ウォヌン代表でさえ「なぜそれほどに急いでやっているのか分からない」と言い、素早い戦争支持に対して異議を唱えた。ノ大統領としては、どうせ米国の手を挙げてやらなければならないのなら、ためらうことなく派手に支持することによって恩を売ろうとしたのかも知れないが、反論は激しい勢いだ。
 米国のイラク侵攻への支持がノ大統領にいかなる政治的余波をもたらすのだろうか。米国との関係が以前よりも良くなることは改めて言うまでもない。ノ大統領は国軍派兵の同意案を議決した3月13日の臨時国務会議で「経済状況や北韓(北朝鮮。朝鮮民主主義人民共和国)の核問題など、さまざまな懸案をかき分けていくために米国と篤厚な関係を維持する必要がある」と説明した。
 ノ大統領の対米自主外交路線に疑問符をつけてきた米国との関係改善は、彼にとってさまざまな意味で得となるだろう。当面5月ごろに予定されている韓米首脳会談には心おきなく臨めるようになった。何よりも北韓の核問題を平和的に解決する端緒を準備するという点が、大きな利得となるだろう。3月13日、ブッシュ大統領はノ大統領との通話で「米国の政策基調は平和を維持するためにあらゆる手段を強く求めるだろう」と語った。
 ナ・ジョンイル国家安保補佐官は「平和を維持するために戦争をすることはできないのではないのか。米国がイラク戦争の問題で苦心しているさなか、ノ大統領が支持宣言をしたから交換をした」のだと説明した。「ギブ・アンド・テイク外交」だったことを否定できない。青瓦台の高位関係者も「根拠を明らかにするのは困るが、イラク戦争が終われば米国は柔軟に出てくるだろう」と語り、米国側から、ある種のメッセージがあったことを暗示した。経済的にも米国の信用評価機関が国家信用等級を下向調整させる「脅迫」において、ひと息つけることになった。
 国内政治においても手にしたものは少なくない。保守層は少なくとも当分の間はノ大統領に貼りつけた「危なっかしくて不安な人物」というレッテルをはがさざるを得なくなった。保守層を代弁するハンナラ党、自民連、ハナロ国民連合などの政党は「時宜に適った対応」だとし、いっせいに歓迎を示したことは保守層のこのような気分を裏づけている。ノ大統領を攻撃してきたマス・メディアでさえ「国益論争有害論」を主張し、イラク戦に対するノ大統領の立場を取り入れる様相だ。ハンナラ党の関係者は、「ノ大統領が嶺南(釜山・大邱を含む韓国南東部、慶尚南北道)中心の保守階層への攻略を本格化したようだ。こうして保守政党のよって立つ場が次第に減ることになるのかも知れない」と語った。このような構図は嶺南地域の民心に食い入り来年の総選挙で勝負をかけるというノ大統領の政局運営の青写真とも一致する。
 「私の頭の中は、まるっきり2つのことで覆われている。1つは韓(朝鮮)半島での戦争を阻むことであり、2つめは来年の総選挙で勝利することだ」。ノ大統領は過般、民主党チョン・デチョル代表にこう語ったと伝えられる。この発言を通じてノ大統領の最近の動きを判断することができるだろう。イラク侵攻に対する米国の立場を速やかに支持することによって北韓の核問題に対する米国の平和的解決が保障され、同時に国内の保守層にもさらに一歩近づくことによって自己の基盤を広げ、それこそ「二兎(と)」を一挙に手にする、というわけだ。
 だが名分のない戦争を支持することによってノ大統領が支払わなければならない代価も少なくない。彼の最大の資産は原則と名分、そして堂々としていることなどだった。国民世論の81%が反対しているイラク侵攻戦争に対する支持は彼のこのようなイメージを損なわせた。大統領として彼がおかれた政治的状況の微妙さとは別個に「イラクの大量殺傷武器(大量破壊兵器)を除去するために不可避の戦争」という言葉は、何はさておき名分を重視してきた彼に傷を被らせた。反戦論者たちは「ノ大統領が明らかにした戦争支持の理由を韓半島に適用すれば、北の核武器を除去するための戦争であるならば韓米同盟体制において北韓に対する先制攻撃も不可避なのではないのか」という反論を提起している状況だ。
 ノ大統領は02年12月31日の記者との懇談会で「米国の意見に従わないなら、まるで大変なことが起こるかのように決めつける国内の一部の政治的主張を、もどかしく思う」とし、対米自主外交路線を強調した。それからわずか3カ月にもならない今日、彼は「米国との篤厚な関係」を力を込めて主張する。
 もちろん、その時と今とでは状況の違いがある。けれども彼を熱烈に支持したネッティズン(ネットとシチズンの合成語、インターネット愛好者たち)たちは怒りの声をぶちまける。昨年の選挙期間中、ノ候補の公式の支持演説者として立った歌手シン・ヘチョル氏が青瓦台の前で反戦を訴えて一人デモを展開したシーンは象徴的だ。
 ノ大統領の支持基盤の核心は湖南(光州を中心とする全羅道)の民心と改革勢力という2つの軸だ。彼は対北送金特別法を電撃的に受け入れることによって湖南の民心の弛緩を甘受するかのような動きを示した。イラク戦争に対する彼の態度は状況展開のいかんによって改革勢力の離脱を招くかも知れない。
 昨年の競選において勝利した直後、YS(キム・ヨンサムのこと)を訪れ「ヨンサムへの気配り」を示して、支持率が急落した理由も「ノ・ムヒョンらしさ」の喪失、つまり原則と名分の損ないのせいだった。ノ大統領の核心的支持勢力である改革国民政党の関係者は「党員たちが極めて混乱ぎみだ。直ちに支持を撤回しはしないけれども当分はノ大統領のやり方を注視していく」と、その雰囲気を伝えた。少なくとも支持の度合いは弱まった、というわけだ。
 青瓦台も国内外の反戦の世論がなまなかなものではないことに対して少なからず苦悩している様子だ。ナ・ジョンイル補佐官は「国民世論と外交政策遂行の過程は必ずしも一致するとは限らない。これは外交を担う者の苦悩であり、背負わなければならない責務でもある。いささか大げさに言えば十字架を背負っているとも言える」と語った。青瓦台の関係者は「大統領として逆の選択は可能なのか。どのみち鞭は覚悟しなければならない。戦争が早く終結することを望むばかりだ」と苦悩の一端をほのめかした。
 与野政治圏の反戦の声も中途半端なものではない。民主党でもイム・チェジョン、イ・ヘチャン、キム・チョンジェ、イ・ミギョン議員らノ大統領を激烈に支持していた議員らが反戦の声をひときわ高く挙げている。これに加えハンナラ党の改革派の一部、民主労働党、改革国民政党など汎改革陣営が声を一つにして反戦を叫んでいる。
 反面、ノ大統領と思考の枠組みの異なるものと見なされていたハンナラ党の保守派や自民連、ハナロ国民連合などの汎保守陣営がノ大統領を、よくやった、と称讃するという奇妙な状況が起きている。反戦を主張するのか、さもなければ沈黙するのか、政治人たちの理念的、政策的アイデンティティを区別づける試金石となっているのだ。
 一部では、このような「矛盾」が政治圏の再編を触発する火種となるのではないのかとの観測も出ている。キム・ソンホ議員は「ノ大統領が今回の戦争に対する確固たる支持を通じて短期的には国内保守層の不安感をぬぐいされるだろうが、長期的には歴史意識などに対する疑問が提起され、伝統的支持層の離脱を招きかねない」と分析した。
 対北送金特検法の受容は実利よりも名分を選択したものだった。米国のイラク侵攻に対する確固たる支持は名分よりも実利を選んだものだ。ノ大統領は、このような選択によって保守層の一部の支持を手にしたが伝統的支持層の一部の根本的な批判に直面した。(「ハンギョレ21」第452号、03年4月3日付、イム・ソッキュ記者)



イラク戦争派兵決定への悲しみ
ベトナム侵略戦争参戦への謝罪は何だったのか


 アナン国連事務総長は米国がイラクを侵攻した3月20日を「国連と国際社会にとって悲しむべき日」だと語りました。
 韓国では悲しみがさらに2回も続いています。21日の臨時国務会議は待っていたかのように工兵隊と医療兵派遣を決議します。与野の指導部は、議員らの条理ある反対が存在しているにもかかわらず、やはり待ってましたとばかりに派兵同意案の処理に合意します。(注)
 米国のイラク侵攻はあらゆる分析や展望の言説が無意味です。「アルジャジーラ」TVを通じて放送される戦争の真実は100対1の戦費によって武装した戦争大王の一方的侵略戦争です。砂漠の中に点々とある主要都市を四方八方から無差別に爆撃する大量殺傷劇です。都市は燃えあがり、子どもの頭は割られ、普通の人々の足や手が切断されます。
 精密な武器によって民間人の被害を最少化するというのは薄っぺらな宣伝の手にすぎません。もちろん最先端兵器を実戦で思いっきり実験します。だがそれよりは在来式の爆弾の在庫を処理するのに忙しいのです。武器をあまりにもたくさん飲みこみすぎて消化不良に陥った巨大な戦争ロボットが、とうとう排泄の場を求めて下に垂れ流し、上に吐き出しているかのようです。
 ラムズフェルド米国国防長官は全く新しい戦争だと言うけれども、戦場の様子は米軍がしでかしてきた名分のない戦争と変わるところはありません。大量殺傷を「付随的被害」として伴う侵略戦争なのです。
 特に30余年前に侵したベトナム戦争と同じです。米国は「ベトコンはいない。したがってどこにでもいる」と言って第2次世界大戦時の2倍にも及ぶ爆弾を投下しました。ベトコンの秘密ルートにして隠れ家であるジャングルに集中した爆撃が、人口500万人の都市に集中しているという違いがあるだけです。「習慣化した爆撃」は、いつからか西欧人の頭の中の奥深くに打ちこまれた非西欧人に対する軽蔑感、すなわち白人優越主義が生んだ野蛮というスベン・リンドゥクビストの分析を思い起こさせます。
 米国が善悪の審判者であり、懲罰者としてふるまいつつ、実際には覇権を追求するという点も同じです。覇権の追求は前後を分かたない絶対権の追求によって大胆なものになりました。だが武力によって目的を完全に達成した前例はないばかりか米国は結局、激しい反戦の逆風に直面しています。
 反戦平和運動の高まりは米国の一方主義を制御する実質的力として登場しました。けれども、わが政府も国会も新たな流れに乗ることができず物陰に隠れました。派兵が一層悲しいのはベトナム戦争をしでかしながら、またも過ちを繰り返しているということにあります。韓国はベトナム戦への派兵によってビタ銭程度の実利を手にしたかも知れないが、数多くの生命をその対価として捧げました。そして何よりも拭い去ることのできない侵略の汚辱を残しました。
 よしんば戦闘兵の派遣ではないとは言うものの、間違いの前轍をあまりにも簡単に踏んでいます。それもベトナムに対して遅まきながらも、すみませんと謝罪してからいくらも経っておらず、しかもわれわれにいかなる害をも被らせていない人々と敵となろうとするのであれば、韓国はこの30年間、国際社会の一員として改めたことは何なのか、自らに問うしかありません。(「ハンギョレ21」第452号、03年4月3日付、チョン・ヨンム編集長)
 注 「朝日新聞」4月3日付によれば、韓国国会(定数273、欠員3)は2日、政府が求めていたイラク戦争への派兵案を採決し、賛成多数で可決した。反戦世論の高まりの中で採決はこれまで2度にわたって見送られてきていた。採決に加わった256人のうち賛成179、反対68、棄権6。与党民主党の43人、野党ハンナラ党の22人などが反対した。

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