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                          かけはし2003.4.14号より

姜尚中とトロツキズム


 三月二十一日午後六時半から八時まで、ワールド・ピース・ナウが行ったアメリカ大使館抗議行動の現場に駆けつけた政治学者のダグラス・ラミスさんが、「今夜のNEWS23に呼ばれているので、こう言えと注文があったら言ってください」と呼びかけていた。
 帰ってテレビをつけると、筑紫哲也が司会で姜尚中(東大教員)、ダグラス・ラミス、嶌信彦(ジャーナリスト)の三人がコメンテーターになった、イラク戦争の特集番組が始まった。そのなかで姜尚中が、びっくりするような意見を開陳した。
 彼はいつもの謹厳な顔で、「ブッシュを戦争に駆り立てているネオコン(ネオ・コンサバティブ=新保守主義派)の思想的背景には、トロツキズムの世界同時革命論がある」と述べたのである。
 言うまでもなくトロツキズムは、帝国主義と資本の支配を打倒し世界社会主義革命をめざす闘いの理論であり、したがって帝国主義の侵略戦争を阻止しようとする闘いの指針である。姜尚中はこのトロツキズムを、アメリカの武力によって「自由市場」「自由貿易」などの新自由主義的な資本の支配を世界化しようとするネオコンの帝国主義的侵略戦争の、思想的背景だとして全く正反対に描き出したのである。
 東京新聞(3月11日)の「こちら特報部」は、姜尚中と同様の「ネオコン=トロツキスト」というとんでもない主張を展開している。姜尚中のこのトンデモ発言が、この記事の受け売りなのかどうかはわからない。しかしとにかくこの記事によれば、チェイニー、アーミテージ、ラムズフェルドらブッシュ政権の首脳が結集するネオコンのシンクタンクPNAC(新しいアメリカの世紀プロジェクト)の議長クリストルが、『トロツキストの思い出』という著書の中で、一九四〇年に大学を卒業するまで、YSA(青年社会主義者連盟)のメンバーだったと語っているのだという。
 そしてこの記事は、「その過去を踏まえれば彼らの過激な政策も納得がいく」として、武力によるアメリカの世界支配という現在のネオコンのウルトラ帝国主義的な思想が、六十数年前にクリストルが信奉していたという「トロツキズム」と、あたかも直接の連続性があるかのように描き出しているのである。
 YSAは、第四インターナショナルと連携するトロツキスト組織であったSWP(社会主義労働者党)の青年組織であった。クリストルが六十年数前、本当に「トロツキスト」だったかどうかはいまや知る由もない。しかしかりにはるか昔、彼がYSAに所属していたことがあったとしても、ネオコン=トロツキストとするにはいささか無理がある。
 左翼活動家が思想転向し、右翼あるいは極右になった例は古今東西、文字通り掃いて捨てるほどある。たとえばファシストの代表的人物であるムッソリーニは、イタリア社会党の機関紙「アバンティ」の編集長まで務めた社会主義革命をめざす左翼活動家であった。日本でも戦前・戦後を通じて、同様の例は数え切れない。
 戦後政治の黒幕の一人として暗躍した極右政治屋田中清玄は、戦前の一時期、共産党委員長だったことがある。ファシスト漫画家小林よしのりの盟友である極右イデオローグの代表的人物の一人西部邁や、自民党総裁候補であり続けて汚職で議員辞職に追い込まれた加藤紘一は、新左翼のブント(共産主義者同盟)のメンバーであった。
 戦後の日本経済を取りしきった大資本家のなかには、「昔はマルクス・ボーイだった」と懐かしげに語る人物もたくさんいた。すでに八十歳をはるかに過ぎた老極右活動家としてのクリストルが、左翼活動家であった青年時代を懐かしむのは、それほど奇異なことではない。「若気の至り」で一時かぶれた左翼思想を捨てたからこそ、あるいは大資本家として労働組合を弾圧する側に回り、あるいは極右イデオローグになったのである。
 日本共産党は、極右政治屋に転向した後の田中清玄の思想と行動に責任を負うことはできない。それと同様に、六十数年前にトロツキズム運動から離脱し転向したネオコン指導者の今日の帝国主義的侵略戦争の思想に、帝国主義支配の打倒をめざすトロツキズムは責任を負うことはできないのである。
 姜尚中の「トロツキストの世界同時革命論」という発言にもびっくりする。「世界同時革命論」とは、日本共産党から分裂して作られた新左翼グループ共産主義者同盟(ブント)が、青年エンゲルスが『共産党宣言』の草案として起草した『共産主義の原理』の一節にヒントを得て打ち出した、底の浅い党派コマーシャル「理論」にすぎない。したがってそれはトロツキズムの国際主義的な「永続革命論」とは何の関係もないし、トロツキーの膨大な著作や国際トロツキズム運動のあらゆる文献を調べても、「世界同時革命論」なる「理論」は一回たりとも出てこない。
 まさか姜尚中は、六十数年前にYSAをやめたというクリストルが、それから二十年近く経って結成された日本のブントから学んだなどという奇怪な主張をしているわけではないだろう。いずれにせよ、姜尚中のトロツキズムに関する知識は『知恵蔵』や『現代用語の基礎知識』以下の水準であるようだ。
 もちろん『トロツキー著作集』や『トロツキー研究』のバックナンバーを全部読めとは言わない。エルネスト・マンデルの『トロツキーの思想』一冊でいいから読めとも言わない。しかしテレビ番組という「公共空間」で「トロツキズム」について発言するのである。『知恵蔵』以下の「知識」では、政治学の研究者としてはあまりにも恥ずかしいし、無責任のそしりを免れることはできないだろう。
 姜尚中は、反戦運動や憲法改悪との闘いをはじめとする市民運動の周辺で発言する知識人の中で、最も良心的な人物の一人である。市民運動の中での彼の影響力は大きい。だからこそ、今回のような無責任な発言は許されない。どんな媒体を通じてでもいいからちゃんと訂正し、彼に誹謗中傷された「トロツキスト」に対してというよりも、彼を信用している市民運動に対して、無責任な発言をしたことを謝罪すべきだろう。(義)

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