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「北朝鮮の軍事的脅威」は存在するのか――      かけはし2003.4.14号より

金正日体制の「生き残り戦略」とアメリカ帝国主義のねらい



小泉政権のデマゴギーを暴け

 小泉政権は、国際法を乱暴に踏みにじる無法なブッシュ政権のイラク侵略戦争に対する支持を無理やり正当化するために、「北朝鮮の軍事的脅威」なるものを持ち出している。小泉の論法は「日本には北朝鮮の軍事的脅威があるためにアメリカから日米同盟で軍事的に守ってもらわなければならず、決定的に重要なこの日米同盟を堅持するためにも、イラクに対する戦争を支持しなければならない」というものである。
 「サピオ」や「週刊新潮」「夕刊フジ」などの右翼反動メディアも、明日にも「テポドン」が日本に向かって飛んでくるかのような扇情的記事で「北朝鮮の軍事的脅威」をあおっている。そしてこのようなキャンペーンは、「拉致事件」のような無法で非人道的な行為や、テレビで繰り返し放映されるミサイル発射実験や、ピョンヤンでの戦車やミサイルを連ねた軍事パレードなどで作り出される北朝鮮の軍事強国的イメージ、好戦的イメージと結びついて、一定の現実感を持って受け取られ、日米安保体制の強化や有事立法制定を押し進める社会的基盤を作り出している。
小泉政権や右派メディアの叫び立てるこのような「北朝鮮の軍事的脅威」なるものが、全くの虚構であることを暴露しなければならない。存亡の危機に陥った金正日体制は、アメリカ帝国主義に自らの体制的存続を承認してもらい、日本から経済支援を引き出すことに全力を上げているのであり、実際に戦争をすることなど考えてもいないのである。

恒常的飢餓状態という現実

 金正日専制支配体制は、ソ連・東欧崩壊による経済的打撃と破滅的経済政策の積み重ねによって、体制崩壊の瀬戸際と言っていい状態にある。食糧も燃料も、貿易ではなく外国からの大量の無償援助に頼らなければ、社会の存続や民衆の生存のための最低限の量の確保すらできなくなっている。それは右翼の宣伝ではなく、厳然たる事実である。
 北朝鮮が初めて食糧危機の事実を公表し、世界に救援を訴えたのは九五年である。訴えに応えてこの年、日本から五十万トン、韓国から十五万トン、タイや中国から三十万トンなど、百万トンの食糧援助が行われた。北朝鮮の一日一人当たりの食糧配給量は、重労働の鉱山労働者などから子どもまで平均すると五百グラムで、年間百八十二キロ。百万トンあれば、六百万人近くが普通に食事ができる量である。このような大量の食糧援助を受けているにもかかわらず、九五年から九七年にかけておびただしい餓死者が発生した。
 九七年九月から九八年の一年間かけて、韓国の民族助け合い仏教運動本部が、脱北難民千六百九十四人に面接して餓死者の実態を詳細に調査した。その聞き取り調査をもとにさまざまなデータを総合した結果は、餓死者総数三百五十万人という恐るべき数字であった。WFP(世界食糧計画)やユニセフ(国連児童基金)は毎年、「食糧援助が滞れば四百万人が飢餓に直面する」というような警告を繰り返し、各国に協力を呼びかけている。
 このような状態がすでに八年も続いている。百万トンから二百万トンもの無償の食糧援助を毎年受け続けなければ、おびただしい餓死者が出るということは、自立した社会システムとしてはすでに崩壊状態に入っているということである。
 激烈な韓国民主化闘争が生み出した民衆のメディアである「ハンギョレ新聞」の週刊誌「ハンギョレ21」(02年4月18日号)は、「食える人だけが生き残った」という北朝鮮の食糧事情を伝える衝撃的な記事を掲載した(本紙02年4月29日号)。それによればこの間、北朝鮮の食糧事情は改善しているという。だがその理由は、金正日政府が配給を拡大したからではなく、厳しい食糧事情を経て、ヤミ経済に関わって生存を確保することができない人や弱い人が、すべて餓死してしまったからだという。
この中で「ハンギョレ21」は、金正日体制が事実上、住民への食糧配給政策を放棄し、農村市場などの小規模ヤミ経済に依拠した住民の生き残りのための「自力更生」を容認しており、それはそのような小規模市場経済まで阻んだら不満が暴走して体制維持ができなくなることを認めたからだ、という分析を紹介していた。
この分析が正しかったことは、それから二カ月余り後の七月一日、配給制の廃止と賃銀・物価の大幅引き上げ(一般労働者の賃銀は十五倍から二十倍に、コメは五百五十倍に、トウモロコシは四百七十一倍に、など)を柱とする市場経済化政策が発表され、ヤミ経済が公認されたことで実証された。金正日専制支配体制は民衆に食糧を供給する能力を失い、その責任を放棄したのである。

公表されているシステムの崩壊

 公表されている北朝鮮の九四年度の国家予算は四百十五億ウォン、それが九五年には百九十七億ウォンと半分以下に激減した。それ以降、毎年二百億ウォン前後に半減したままである。GDPに占める国家予算の比率が極度に高い北朝鮮のような中央集権指令経済システムの社会で、国家予算が半減したということの意味は極めて深刻である。
 公表されている銑鉄生産高は、八〇年には五百四十万トンであった。それが年を追ってすさまじい勢いで減少し、九〇年には三百十二万トン、九七年には最盛時の十分の一以下の五十万トン、九九年には二十分の一以下の二十五万トンと、ほとんど消滅寸前にまで激減した。二十五万トンとは、二千三百三十二万トン(99年)の韓国の百分の一、七千四百五十万トン(同)の日本の三百分の一である。製造業の基礎である製鉄が事実上、壊滅状態にあるということは、工業全体がほとんど崩壊しているということを意味している。
「ハンギョレ21」(02年10月31日号)に、韓日両国などの出資でKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)が北朝鮮に建設中の原発二基が完成したら、そこで発電される電力の全量ないし相当量を韓国が料金を払って輸入すべきだと提案する論文が掲載されている(本紙02年11月11日号)。
 韓日両国の全面的な経済・技術援助で原発を建設したとしても、そこで発電した電力を必要なところへ配電することさえできないほど、北朝鮮の送電システムは深刻な崩壊状態に陥っている。その送電システムを立て直すためには数億ドルを要する。したがって当面はその電力を韓国が輸入し、代金を北朝鮮に支払うという方式にせざるを得ないという提案である。
 二月十六日は、北朝鮮の三大祝日の一つである金正日の誕生日であり、ピョンヤンではイルミネーションが輝き、祝いの華やかな大イベントが繰り広げられた。しかし郊外に並ぶ二十階建て、三十階建ての大アパート群の大部分は夜になっても真っ暗で、何棟かにひとつだけ明かりがついているという状況だった。
 北朝鮮は、「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」の三つの階層がさらに五十一種類に細かく分けられた「出身成分表」にもとづく厳格な身分社会である。ピョンヤンは、最高身分の「核心階層」のうちでも上層のエリートしか住むことが許されない、他の都市や地方とは比較にならないほど条件の良いショーウィンドー都市である。そのピョンヤンでさえ、金正日の誕生日という国家あげての祝日にも、電気は一日数時間ずつ順番にしか供給することができない状態になっているのである。
北朝鮮の原油輸入量は、公式統計では年間約六十万トンである。これは、スーパータンカーわずか二隻分程度の量に過ぎず、これに米国から無償供与される重油五十万トンが加わったとしても、人口二千二百万人の国家の需要をまかなえる量にはほど遠い。
 この原油輸入量からは、ガソリンやジェット燃料、軽油などの石油製品を二十万トンしか生産できない。全体の半分を軍事用に回しているとされているが、十万トンではとうてい戦争を継続できる量ではなく、軍事訓練もおぼつかない。日本の原油輸入量は二億二千五百万トン(97年)で、自衛隊が一年間に使用する石油製品が百五十万トンである。
金正日専制支配のもと、北朝鮮の社会システムは事実上、ほとんど破綻しており、機能しているのはいまや軍と治安弾圧機関と、外貨稼ぎのためのミサイル開発・製造など、民生とは無関係のごく一部の限られた国家的暴力装置を中心とする分野だけと言っていい状態にある。食糧も、軍隊の使う乏しい燃料さえもアメリカなど外国の無償援助を仰いでいる。このような状態で戦争を開始すれば、体制の崩壊しかもたらされないことはもはや説明を要しない。

目的は金正日体制生き残り

  金正日にとって唯一最大の目的は、自らの専制支配体制と自らの命の「護持」である。八九年東欧革命の衝撃、とりわけルーマニアの残虐な独裁者チャウシェスクが民衆蜂起の中で処刑されたことは、自分たちにも同様の運命が待ち構えているのではないかとして、金日成と金正日を恐怖させた。また、中東最強を誇るイラク軍が、九一年湾岸戦争で米軍のハイテク兵器で赤子の手をひねるように粉砕されたことも、金正日と軍中枢に巨大な衝撃を与えた。
ソ連崩壊から十三年、経済システム全体が崩壊状態に陥る中で北朝鮮の軍事力は大きく低下し、老朽化し、空軍も陸軍も二世代前の水準となってハイテク化の進行から決定的に取り残されてしまった。そして鉄鋼生産の崩壊が象徴する工業生産力の瓦解のなかで部品の更新もおぼつかない状況に陥っている。燃料不足で軍の日常的訓練もままならない。金正日体制には、戦争をしかける意思も能力もない。
金正日の戦略的柱は、「不可侵条約の締結」要求が象徴するように、アメリカの軍事的攻撃を回避することに置かれている。
 金正日は昨年十月、ブッシュ政権に指摘された核兵器開発計画の存在を自認し、十二月には「核施設の再稼働」を発表し、寧辺の核施設の封印を撤去し、IAEA(国際原子力機関)の査察官を国外退去させた。今年一月にはNPT(核拡散防止条約)からの脱退を宣言した。
 このようなこれ見よがしの核開発推進の姿勢や、短距離ミサイル・シルクワームの発射実験などはすべて、だれもが指摘するようにアメリカを交渉に引き出し、国家としての承認をかちとり、不可侵条約を結んで「体制護持」の保証を獲得することを目標にした、ミエミエの瀬戸際外交にほかならない。
イラク侵略戦争に手一杯のブッシュ政権がこのような誘いにまともに応じようとしない中で、金正日の行動はますますエスカレートせざるを得ず、「テポドン」の発射実験も近々行われるだろうと見られている。しかしその目的は、あくまでも金正日専制支配の「体制護持」のための交渉のテーブルにアメリカをつかせることである。
そしてその行動が、有事法制の整備と憲法改悪を柱とした「戦争のできる国家体制」の確立をめざす小泉政権と右翼勢力に「北朝鮮の軍事的脅威キャンペーン」として全面的に活用され、イラク侵略戦争支持の正当化に活用されているのである。
 「国家財政がいかに困難であっても、国防力の強化は少しも譲歩できない」「人民が食事もろくに取れず、他の国民のように安楽な生活をできないことを知ってはいたが、国家と民族の尊厳と運命を守るために、人工衛星(98年8月に打ち上げられたテポドンのこと)発射に資金を投入した」。〇〇年八月の南北首脳会談直後、韓国のマスコミ社長団と会見した金正日はこのように語った。
 金正日体制は、自国民衆を飢餓地獄に追い込みながら国力の大半を核開発やミサイル開発に注ぎ込み、それを交渉カードに使って延命しようとしている。それは、北朝鮮民衆の生存権を奪う行為であると同時に、小泉政権と日本の右翼勢力を政治的に支える反動的役割を果たしているのである。
 小泉政権と右翼マスメディアによる「北朝鮮の軍事的脅威」キャンペーンの虚構性を徹底的に暴露しなければならない。金正日体制が韓国あるいは日本に戦争をしかけるということは、自らの生き残りを最終的に放棄するということである。生き残りをめざして生き残りを放棄する道を選択するというのは、成立しない論理矛盾なのである。

「朝鮮侵略戦争切迫説」の虚構

 同時に、新左翼諸グループによって言いふらされている「朝鮮侵略戦争切迫説」を批判しておかなければならない。ブッシュ政権は、フセインが核査察に応じIAEAによる核施設の解体に応じてきたにもかかわらずイラクに全面的侵略戦争をしかける一方で、金正日が自分たちは核開発を行っているといくら主張しても「交渉による解決」という態度を崩さず、経済(人道)支援を継続する姿勢をとっている。この「ダブル・スタンダード」の理由は単純である。イラクには石油があり、北朝鮮には石油がないというのももちろんだが、それだけではない。
三八度線からソウルまでは、長距離砲や短距離ミサイルが届く距離である。金正日を自暴自棄の状態にまで追いつめ、あるいはアメリカの先制攻撃によって戦争になった場合、「ソウル火の海」を避けることができない。金正日体制には戦争を継続する能力はないが、米軍の攻撃で自らが崩壊するまでの間に、二千万人が集中するソウル首都圏を焦土と化す能力は保持しているからである。
 そうなったら、数百万の犠牲者が出るのは不可避である。韓国が戦争によるおびただしい犠牲を覚悟し、それを容認しない限り、アメリカは北朝鮮に戦争をしかけることはできない。そして韓国はそんな重大な犠牲を受け入れない。したがって、アメリカは戦争をしかけることができないのである。また、ソウル首都圏が戦火で破壊されれば韓国経済は崩壊し、それは深刻な経済危機下にある世界経済に重大な打撃を与えることになる。
アメリカが恐れているのは、北朝鮮・金正日体制の核武装が、「潜在的核超大国」である日本の対抗的核武装に連動し、アジアの軍事力バランスを激変させ、唯一の超大国アメリカによる世界支配の安定を揺るがせかねないということである。
 言うまでもなく日本は、北朝鮮が抽出したのではないかと疑われている「数キログラム」どころか、何千発の核爆弾を製造できる「数十トン」のプルトニウムを保有している。偵察衛星を打ち上げたH2Aロケットは、「テポドン」の何倍もの重量を軌道に打ち上げることができ、いつでも大陸間弾道ミサイルに転用可能である。この「潜在的核超大国」が「顕在化」するようなことがあれば、アジアと世界の軍事力バランスが激変し、中国やロシアとの関係も含め、深刻な政治的不安定化をもたらしかねない。中国もロシアも、核軍事力の一層の強化に走るだろう。
 だからこそアメリカは原発の建設や重油供給などの経済援助と引き替えに北朝鮮の核開発を断念させることに全力をあげてきたのである。この間、ブッシュの与党内から、「北朝鮮が核武装したら日本も核武装すべきだ」という意見が出され始めているが、もちろんこれは「日本を核武装させてしまっていいのか」という金正日に対する脅しである。
中国江沢民・胡錦濤体制は、アジアの軍事力バランスを激変させかねない金正日の核開発のもてあそびに、ブッシュ政権以上に強い不快感を示しており、この二月には重油の供給を一時停止するなどの圧力をかけている。
 北朝鮮の現状と金正日体制の意図、そしてアメリカ帝国主義の意図を冷静にとらえなければならない。日本に対する「北朝鮮の軍事的脅威」は存在しない。アメリカ帝国主義がいまにも朝鮮侵略戦争を開始しようとしているかのような新左翼諸グループの危機アジリも、全く的はずれである。
 「北朝鮮の軍事的脅威」を唯一の口実に有事立法の制定と憲法改悪による「戦争のできる国家体制」の確立に走る小泉政権と対決し、イラク戦争をやめさせる反戦闘争をさらに拡大しなければならない。(3月30日 高島義一)


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