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『検証内ゲバ PART2』刊行記念シンポ       かけはし2003.4.28号より

内ゲバ主義一掃の闘いと現在



左翼運動再生へ避けて通れない課題

 今年一月に社会批評社から『検証内ゲバ PART2』(いいだもも・蔵田計成/編著)が刊行された。一昨年十一月に刊行された『検証内ゲバ』(いいだもも、生田あい、栗木安延、来栖宗孝、小西誠)の続編である。
 本紙は『検証内ゲバ』について、蝉丸氏の投稿(01年12月17日号)や、同書の意義と限界を指摘した論文(02年2月4日号、高島義一「日本の大衆運動を破壊した『内ゲバ戦争』の主体的要因は解明されたか」)を掲載するとともに、昨年二月、同書の刊行を記念したシンポジウムにも参加し、「内ゲバ主義」を克服するために闘ってきたわれわれ自身の闘いの意味について積極的に主張した。
 また『検証内ゲバ』に掲載された論文の筆者らを中心にして昨年一年間をかけて行われた第二期「『検証内ゲバ』共同研究会」の中で、私は、自分自身の体験もふくめて第四インター派が取り組んできた内ゲバ主義克服のための闘いの意味について報告した。同研究会の諸報告をまとめて今回刊行された『検証内ゲバ PART2』の中には、その時のレポートをもとにした私の文章も入っている(国富建治「第四インター派の『内ゲバ』主義との闘い」)。
 四月六日には、東京・中野勤労福祉会館で『検証内ゲバ PART2』刊行記念シンポジウムが開催され、約七十人が参加した。同書に文章を掲載した関係上、私もパネリストの一人としてこの日のシンポジウムに参加した。
 「内ゲバはすでに過去のもの」という意識が一部に存在する一方、日本の大衆運動の低迷状況は、内ゲバが重大な要因の一つであるという認識も次第に広がりつつある。とりわけ昨年十二月に、中核派を批判してきた元中核派の活動家である白井朗氏、角田富夫氏がテロ襲撃を受けるという事件が起こったことは、改めて「内ゲバ主義の一掃」が日本の左翼運動の再生にとって絶対に避けて通れない課題であるということを浮き彫りにした(白井、角田両氏への襲撃糾弾については本紙03年1月20日号参照)。
 さらに米英のイラク侵略戦争に反対する運動が日本でも若い人びとを中心にして拡大している状況だからこそ、改めて「内ゲバ主義」という負の遺産をえぐりだし、その克服を今日的テーマにしていくことが必要であるということも、同シンポ実行委員会の共通の確認事項であった。

パネリストの主張と問題提起から

 シンポジウムは編著者の一人である蔵田計成氏の開会あいさつから始まった。蔵田氏は「現実にはさまざまな暴力が存在する中で『内ゲバ廃絶』の論理を作り上げ、内ゲバの実践的克服に向けた論議を開始するスタートラインを築こう」と訴えた。
 パネリストは小西誠(軍事・社会批評)、渡辺一衛(「思想の科学」研究会)、足立正生(映画監督)、私、樋口篤三(日本労働ペンクラブ)の五人。小西氏は「暴力」を「手段」以上のものにまで「発展」させ、階級闘争を「絶対戦争」の論理にまで「飛躍」させた中核派・本多延嘉の「暴力論」「戦争論」を批判するとともに、今日の先進資本主義国の革命論を構想する場合、権力に対しても「暴力の行使」をきわめて厳格な「正当防衛権の行使」に限定しないかぎり社会運動は大衆に対する説得力を持ちえない、と主張した。
 渡辺氏は故春日庄次郎氏などの「現代民主主義研究会」を中心にした「内ゲバ問題懇談会」の一九七〇年代初頭の活動を紹介するとともに、「内ゲバを止めることの困難さ」を強調し、日本の新左翼が国際的なつながりにおいて「自立」していた分だけ、「外」からの批判を受け入れにくい体質を持っていたのではないか、と提起した。
 足立氏は「日本赤軍を立ち上げた一人」としての立場から、パレスチナにおいて大規模に展開された解放闘争勢力内部の「内ゲバ」について言及し、「革命戦争路線」が人民を巻き込んだ「対立勢力の抹殺」にまで行き着く論理を持っていた、と語った。
 私は、フィリピンにおけるスターリニスト共産党(シソン派)の批判勢力に対する「暗殺」テロが今日のフィリピン左翼にとってきわめて困難な状況を作りだしていることを述べて、「内ゲバ」が今日においても深刻な国際的問題であることを訴えるとともに、第四インターが日本で展開した内ゲバ主義の克服・一掃に向けた闘いの意味や、内ゲバ党派を大衆的共同行動の対象としない原則を確認し、彼らを大衆運動の中で包囲していくことの必要性について強調した。
 樋口氏は、自らの共産党体験、六〇年代後半の反戦青年委員会の闘いの中で中核派が持っていた大衆的「権威」が「内ゲバ」を通して急速に失われていったこと、昨年のフランス大統領選でトロツキスト二派が一〇%強を獲得し、スターリニスト共産党の三倍以上の得票で彼らの深刻な危機を作りだしたことなどを紹介するとともに、スターリニストとは区別されたキューバ革命の今日的意義についても訴えた。
 討論の中では、「内ゲバ犠牲者の遺族」の悲しみに触れることをぬきにした政治的主張には限界があるのではないか、という意見や、「内ゲバの問題は左翼の宿弊であり、無謬論に立つ独善的な左翼の体質では内ゲバはなくならない」という意見も出た。私は「内ゲバは決して左翼党派の宿命ということはできない。一九一七年までのロシア革命運動の中でボルシェビキとメンシェビキの対立・闘争にもかかわらず、党派闘争における肉体的・物理的暴力の行使は存在しなかった。内ゲバ主義の問題はスターリニズム支配との関連でとらえなければならない」と訴えた。

悔い改めることができない人々

 ところでこの討論の中で、もう一つのテーマとなったのはブント(SENKI派)の内ゲバ主義の問題についてであった。これは『検証内ゲバPART2』の中で、元戦旗・共産同の小林義也氏が「市民運動を装うSENKI派にも息づく内ゲバ主義」と題する文章を寄せたことに対し、その内容に関してSENKI派の前田浩喜氏が編著者に向けた「公開質問状」を出して批判したことに関わっている。シンポジウムでは、数名のSENKI派の中心的活動家が参加して、小林氏などとの論争になった。
 SENKI派の主張は、「内ゲバ主義というレッテル貼りの不当性」を強調するものであったが、ここではかつての生田あい氏への「内ゲバ襲撃」(この件については『検証内ゲバ』の生田氏の文章参照)をふくめて自らの行動と、その結果責任に対する総括がSENKI派に欠けていることは明白ではないか。
 また彼らは発言の中で、当時の戦旗派が一九八三年の中核派の三里塚一坪共有化運動に対する不当きわまるセクト的介入と「内ゲバ宣言」に対して、彼らも強力に主張していた一坪共有化運動の推進を放棄したことを「内ゲバ回避」という名目で改めて正当化した。 ここであらためて繰り返す必要もないが、「内ゲバ党派」の暴力的恫喝に対して自らの主張を引っ込めることは、「内ゲバ主義反対」に全面的に対立する「内ゲバ主義への屈服」にほかならない。この点もふくめて、ぜひ考え直してほしいものである。
 かつてわれわれの「内ゲバ主義反対」の立場は、日本の新左翼運動の中でまったく孤立した「右翼日和見主義」と見られていた。今日、大衆運動の中「内ゲバ」が果たす否定的役割は明白なものとなっており、「内ゲバ」党派は自らの姿を隠すことに躍起となっている。しかしそのことは「内ゲバ主義」の害悪が決して過去の話となったことを意味しない。その思想的・運動的な総括と克服は、今後の大衆運動の展望を切り開く上で不可欠の課題であり続けている。それは日々の共同行動の中で具体的に問題となっている。
 シンポジウムは最後に「内ゲバ廃絶のための私たちの提案」を提起した。「内ゲバ反対」を言葉の上では承認しながらも、現実には「内ゲバ」を容認する考え方もいまだに根強いものがある。スターリニズムに抗してプロレタリア民主主義の思想を防衛してきたトロツキーの闘いを継承しようとしてきたわれわれは、「内ゲバ主義の一掃」を思想的にも運動的にもつらぬいていくためのいっそうの積極的貢献を果たしていく必要がある。
  (4月13日 国富建治)                                     


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