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討論のために                    かけはし2003.5.26号より

東京都知事選--樋口恵子候補への投票呼びかけについて

現実の運動の中から左翼的オルタナティブを構想するために



 今回の東京都知事選において、私は本紙上で「反石原の票を樋口恵子候補へ」と呼びかけた(本紙4月7日号、平井論文)。この方針に対してはすでに本紙4月14日号「読者からの通信」の反対意見をふくめて同志・読者から賛否両論が寄せられている。
 東京都知事選は、石原慎太郎現知事が七割以上の得票で圧勝するという結果となった。石原が獲得した三百八万票に対して、民主・社民・生活者ネットなどが支持した樋口恵子候補は八十一万七千票、共産党公認の若林義春候補は三十六万四千票という完敗に終わった。ここで改めて、樋口恵子候補への投票方針について私の見解を簡単に述べておきたい。

過去2回の都知事選の方針

 従来、われわれが東京都知事選挙で呼びかけてきた投票方針はどうだったか。社共を中心とした「革新統一候補」の構造が崩壊した後、われわれは基本的に共産党推薦候補への投票を呼びかけてきた。
 一九九五年の都知事選は、四期続いた鈴木都政の後継者としての石原信雄前官房副長官(自民・社会・公明推薦)、前出雲市長の岩国哲人、「平成維新の会」の大前研一、前社会党衆院議員の上田哲、前参院議員(二院クラブ)の青島幸夫、そして共産党推薦の黒木三郎の間での乱戦となった。われわれは「石原、大前、石原、岩国らのブルジョア保守候補と対決し、労働者・市民運動の反撃の力を主体的に作り出す闘いと結びつけた形での投票を呼びかけることはできない」が「ボイコットを訴えることはできない」。したがって「共産党推薦の黒木候補への投票」を、と訴えた(「世界革命」95年4月3日号、平井論文)。
 もう一人の「革新」候補である上田哲については、彼が一方では「護憲」派を自称しながら、前言をひるがえして「このたたかいは護憲という堅い言葉を使う場ではないし、憲法論争など不要である」などと述べ、右翼・一水会の鈴木邦男らの支持を得ていることを批判した。
 結果は周知のように、マスコミなどが煽り立てた「無党派」ムードの中で、青島候補が圧勝した。共産党推薦の黒木は三十万票も取れずに惨敗した。
 都知事選方針についての前掲論文は、青島についてその議員活動を肯定的に評価しつつ「しかし彼の活動は、マスコミを使う以外の選挙運動をやらないことを売り物にしていることに示されるように、労働者・市民の運動に働きかけ、訴えようとする立場を完全に欠落させている」と批判した。
 青島都知事が二月になって突然再選不出馬を表明した一九九九年の都知事選も、石原慎太郎、自民・公明推薦の元国連事務次長・明石康、前自民党衆院議員の柿沢弘治、評論家の舛添洋一、民主党副代表(当時)の鳩山邦夫、そして共産党推薦の三上真が立候補する乱戦となった。われわれは三上というゴリゴリの共産党候補(前全労連議長)を擁立した共産党のセクト主義を批判しつつ、石原、明石、鳩山、舛添ら保守反動候補の当選を阻止するという立場から、三上候補への投票を訴えた(本紙99年3月22日号、平井論文)。結果は石原慎太郎が他候補を大きく引き離して勝利した。

独立的な運動との結合の可能性

 以上、前二回の立場に見るように、われわれの都知事選についての方針は、労働者・市民運動の新たな再構築と結びついた候補が不在であるという状況の中で、共産党のセクト主義的な候補者選びを批判しつつ、保守・反動候補の当選を阻止するために共産党への投票を呼びかける、というものであった。そうした観点からする時、今回の樋口候補への投票方針は、前二回の立場とは異なっている。
 私は「確かに石原都政に対決する最も鮮明な対決軸を示しているのは共産党の若林氏である」と評価しながらも、「現状において『石原対若林』、『石原対共産党』という形で対立が集約されることは、石原都政に対する危機感を持つ広範な市民を『棄権』に追いやり、結果として石原の『圧倒的勝利』に追いやる可能性が大きい」と述べた。すなわち、若林氏の選挙運動が広範な人びとの参加を促すものではない、と分析したのである。
 私は、女性たちを中心とする市民グループの要請に応えた樋口氏の出馬が、石原都政に対する批判の裾野を広げる可能性を持っていると評価した。その上で私は、樋口氏の立場が「平和」の問題についても「福祉」の問題についてもきわめてあいまいであり、彼女が「福祉」に関しては、むしろ新自由主義的な公共サービスの民営化論に立って「福祉切り捨て」を促進してきたと批判した。しかし私は、こうした批判を明確にしつつ、「反石原」の樋口候補の支持者とともに「戦争反対、福祉切り捨て反対」の共同の行動を呼びかけ、「反石原」の主体的政治意識を強化する可能性を重視した。
 前二回の都知事選での共産党推薦候補以外の他候補と樋口氏との違いは、その選挙運動が女性や労働者・市民の批判的・自立的な運動と結びついて作りだされる可能性を持っていたことである。選挙運動の現実は、われわれのそうした期待とはかなりかけ離れたものだったことは確かである。しかし、「反石原」候補としての樋口候補は若林氏の二倍以上の票を獲得した。かりに樋口候補が立候補しなかった場合、結果はより惨めなものになっていただろう。樋口氏の立候補は、「反石原」票を一定程度掘り起こすことに貢献したということはできるだろう。

「危うさ」を自覚したうえで

 本紙4月14日号の「読者からの通信」でK氏は、樋口恵子氏が「民主党まるがかえの候補」であり、「石原与党の民主党に樋口候補が支援要請をした段階で、樋口候補に反石原を語る資格はない」と批判している。実際、かなりの数の都議会民主党議員は、まさに「石原与党」として樋口候補の支援を拒否し、公然と石原を支援した。
 しかし逆に、石原を批判して立候補した樋口氏を支援したことにより、民主党中央は「反石原」の主張に一定の責任を持たなければならないことを強制されたのではないだろうか。これは、少なくとも石原都政の評価について、民主党内に亀裂を生じさせたと言いうるのであり、この点をわれわれは過小評価すべきではないと思う。そしてそれは、石原都政に反対する労働者・市民の運動を広げていく上で、積極的効果を持ちうるのではないだろうか。
 われわれは、石原都政に対する闘いを発展させていく上で、現実に存在する傾向が「リベラル民主主義」的な要素を包含するものであったとしても、それに最後通牒的な批判を行うべきではない。とりわけ社会民主主義的な政治基盤がきわめて弱体な日本では、石原の強権的国家主義、差別的エリート主義に対する批判は、平和主義的色彩を帯びた「リベラル民主主義」として表現される傾向にある。
 全体としての反資本主義的オルタナティブに向かう主体的条件がきわめて未成熟な段階にある今日、左派の側は自らが「リベラル民主主義」に同化することなく、そこから独立した立場を堅持した上で、「リベラル民主主義」的意識から出発する運動との共同の戦線を築いていく必要がある。
 共産党候補(共産党単独推薦の無所属候補をふくめて)への投票方針は、ともすれば「左翼」としての原則的自己確認に終わりがちである。それでは平和主義的な「リベラル民主主義」の感覚からする石原への批判的意識に十分に切り込めない。その場合、もちろんそうした「リベラル民主主義」的傾向もふくめて、共産党、社民党などと独立左派をふくむ非政党の市民運動が共同の候補を擁立する努力が必要となる。
 しかしそれが成立せず、分裂選挙になった場合、われわれは難しい選択をしなければならない。今回の都知事選がそうした例であった。社民、新社会、生活者ネットといった議会勢力や、非政党の市民運動の多くは樋口候補の支援にまわった。私は、こうした主体的情勢の中での選択として「樋口候補への投票」方針を提起したのである。
 それがきわめて困難な、「危うさ」を内包した方針であることは言うまでもない。しかし、現実の運動の中から左翼的オルタナティブを構想していくためには、そうした「危うさ」を避けて通ることはできないと思うのだ。 (5月5日 平井純一)        


読書案内 『季刊 Shelter-less 』No16-路上から現代社会を問う-
発行・新宿ホームレス支援機構 800円

ホームレス自立支援法下での闘い
国の基本方針策定に向けて

 昨年七月の「ホームレスの自立の支援に関する特別措置法」(支援法)制定によって国は、地方公共団体の協力を得て「ホームレスの実態に関する全国調査」を行い、対策に向けた基本方針を策定しなければならないことになった。その全国調査を厚生労働省は、今年一月から二月にかけて行い、その結果を三月二十六日に明らかにした。
 調査は、@全国の野宿者数が二万五千二百九十六人(七百四十九人が女性)\一番多いのが大阪府七千七百五十七人、次が東京都で六千三百六十一人。すべての都道府県で野宿者を確認したA野宿になった理由として仕事減少、倒産・失業B直前の雇用形態が常勤職員・従業員(正社員)が四〇%C平均年齢五十五・九歳という深刻な現状が明らかになった。
 調査方法は、日中の目視確認だったが、夜から深夜なども含めて行えばもっと人数はカウントされたはずである。野宿者運動では五万人以上の野宿者がいることを明らかにしている。今後は国が、ただちに基本方針を都道府県・市区町村に提示し、具体的な実施計画を明らかにしていかなければならないことになっている。
 このような国・行政の対策方針策定に対して全国の野宿者運動団体は、「屋根と仕事をよこせ」を合言葉に、野宿者のための計画を作らせようと行政交渉などさまざまな取り組みを行いながら介入しようとしている。この運動過程のポイントを本号は「特集 冬の陣 国の基本方針策定に向けて」と題して、各運動団体がこれまでの活動経験を集約しながら発言している。
 松本裕文さん(釜ケ崎就労・生活保障制度実現をめざす連絡会)は、長年、釜ケ崎の地で「おれたちは労働者だ!仕事をよこせ!」「おれたちも社会の一員だ!野宿の仲間を排除するな!」を柱にした運動の蓄積を基盤に運動に取り組んできた。その上で、支援法の施行を受けて「路上にとどく対策をやれ!全国五万人の仲間が野宿から脱出できる施策をやれ!」というスローガンを掲げて展開してきた。〇二年九月二十八日から大阪府庁前野営闘争をはじめとする越冬など諸闘争について元気よく報告している。
 野営闘争は、野宿者の要求に誠実に応えない当局に対して連日にわたるマイク攻撃とシュプレヒコール、座り込み、カンパ活動、要求ゼッケンをつけたボランティア清掃など、創意工夫にあふれた取り組みとして果敢に展開された。そして〇二年年末、〇二年度大阪府緊急予算の中で「特別就労一日二十人の拡大」という、ささやかではあるが重要な勝利を実力でもぎとった。
 続いて闘いは、「九〇年代の初頭に逆戻り」している大阪市に向かう。そして、二月、三月は、国の来年度予算編成に合わせて集中要求行動を行政に行った。こういった闘争を行った連絡会は、「かつての失業対策事業になりかねないと二の足をふむ国」のサボタージュを許さず突き動かすために闘いを準備している。
 笠井和明さん(新宿連絡会)は、死んでいった仲間たちの想いを見つめ直し、ともに切望していた支援法の制定の成果を確認しつつ、だが今日、仲間たちが「法律の実効性については懐疑的なものが大半を占めている」と報告している。五月一日の野宿者メーデーにおいても「(支援法が成立したが)新年度に入っても、何をどうやるのか、どの点を重点的に支援してくれるのか、まださっぱりと分からない」と厳しく批判していた。
 しかし新宿連は、すでに四月三十日に二百人の仲間が都庁前で諸要求座り込み行動を行っている。国の対策方針策定に対して注視し、介入するという観点から五月二十二日、厚生労働省前座り込み行動、全国交渉団による政府交渉を行う。さらに六月十三日〜十四日には、日雇全協が呼びかける「俺たちは労働者だ!国は仕事を出せ!国へ攻め上る全国行動」が取り組まれる。この春季闘争の攻防環に対して全国的な支援・連帯が求められている。
 野宿者運動は、支援法をめぐって推進派・慎重派・反対派と立場が別れた。その最大の争点であったのが第十一条の「適正化」条項という野宿者強制排除の問題だった。この問題に対して、高沢幸男さん(神奈川全県夜回り・パトロール交流会コーディネーター)の「通行の妨げにはなっていなかった」、渡辺つむぎさんの「墨田区の無策を撃つ」、水嶋陽さん(川崎水曜パトロールの会)の「川崎市の市民協議会の動向」、笹沼弘志さん(静岡大学)の「ホームレス自立支援法のいかし方 地方からの視点」が野宿者のためのパトロール活動を通した経験から具体的な批判と今後の課題を提起している。
 野宿者運動の現状を本書を通して学習し、五・二二「自立支援事業を拡充し、国は野宿者向けの仕事を出せ!」春季集中行動、日雇全協が呼びかける六・一三〜一四「俺たちは労働者だ!国は仕事を出せ!国へ攻め上る全国行動」への支援・連帯を強めていこう。
          (Y)


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