欧州議会選挙 「かけはし」1999.7.5号より

LCR-LO(革命派ブロック)5名が当選

ピエール・フランスソワ
『ルージュ』(1833号、1999年6月17日)

 【6月13日に行われた欧州議会選挙で、フランスの革命派が5・2%の票を獲得して、5%の壁を突破し、革命派としてはじめてフランスの全国選挙で5名の当選を勝ち取った。すでに本紙で何度かにわたって紹介してきたように、今回の欧州議会選挙に向けて、フランスの2つのトロツキスト組織、労働者の闘争派とLCR(革命的共産主義者同盟、第四インターナショナル・フランス支部)が革命派としてブロックを形成し、共同候補者を擁立して闘ってきた。それは、公務員労働組合の闘いや運輸労働者のストライキ、失業者の闘い、移民の闘い、ホームレスの闘い、女性の闘い、教育問題をめぐる大学生と高校生と教育労働者の闘い、NATO空爆に反対する闘いといった現に展開されている社会運動を政治の舞台において実現していく重要な闘いであった。それは同時に、LCRをはじめとする革命派が重要な役割を果たしている現実の社会運動とそれに背を向けている現政府(社共、緑)との実際の力関係を政治の場でも実現していく闘いでもあった。今回の革命派の当選は、左翼の中の左翼を形成する闘いの重要な第1歩が築かれたことを意味してる】。
 90万人以上の有権者がわれわれへの支持を表明した。この票は、労働者の闘争派とLCRが獲得した1995年以来の好調な選挙結果である。そこからいっさいの教訓を引き出しこの票の構造を深く研究するにはまだあまりにも早すぎる。だが、地域圏、県、地方のレベルで重要な選挙結果を調べてみるのはとりわけ興味深い。

重大な意味をもつ選挙結果

 共同候補者名簿の得票率は、ロレーヌ、オート・ノルマンジー、ピカルディー、ノール・パ・ド・カレで6%を越えた。さらにセーヌ・サン・ドニとパ・ド・カレでは7%を越え、セーヌ・マリティムとオワーズでほとんど7%であった。多くの大都市圏では、得票率は高く、共産党の得票率を上回った。こうした地域圏の主要都市にはパリ、リヨン、ストラスブール、ツールーズ、ボルドー、クレルモン、リールなどがある。
 他方、多くの労働者都市では、すなわち1般に工業都市の「赤いベルト地帯」を構成した共産党支配下の自治体では、得票率はさらに高くなっている。たとえば、首都圏では、サン・ドニやオーベルヴィリエでは9・7%、ナンテールで7%、バニューで7・3%、アルジャンタイユで8・57%が実現された。これらの投票結果は、世論の1部が投票では多数派である多元的左翼(社共、緑)に忠実であり続けているけれども、われわれの候補者名簿を、経営者や右翼への警告であるだけでなく同時に与党としての左翼への明白な警告であるとみなしたことを意味する。それは、失業や貧困をもたらす政策を拒否する行為、経営者の支配を見直し、資本主義の至上命令に従うことを拒否する別の道の追求なのである。選挙で出現したこの勢力は、週35時間労働、サンパピエへの正規の権利の付与、退職制度の見直し、人員整理と民営化計画、われわれの食生活に有害な影響を与えている農業関連産業の生産性優先の思想などをめぐる、将来の闘争と決着のためのてこの支点である。われわれの選挙キャンペーンの基軸もそうである。これらは、周知のように、大衆動員のテーマになるだろうし、現政府と人民大衆の願望との間の矛盾をよりいっそう促進するだろう。

成功、だが躍進ではない

 以上の結果が2つの組織のかつてない動員によって達成されたことを、われわれは知っている。60回以上の共同集会、全国150箇所近くでのLCRの集会、ポスター貼りとビラ配り、最後の2週間には不均等だったが実際のマスコミへの登場と宣伝、が行われた。また、公式の選挙戦として許されている2分間の電話キャンペーンが展開された。
 こうして、われわれの集会には合わせて35000人が参加した。にもかかわらず、われわれは、世論のきわめて多くの部分による欧州議会選挙への無関心と記録的な棄権をもたらした選挙戦全体の傾向を覆すことはできなかった。この棄権は、通常の選挙よりもさらに進み、世論の中の最も穏健な層を捉えていた。こうした人々は、実質的な権力を欠いていて、「生活を変える」のに向いていない欧州議会選挙に自分たちの要求を向ける気にならなかった。選挙への人民のこの参加の低さは、選挙戦の中で社会問題を提起しようと試みたわれわれの共同候補者名簿にも影響を及ぼした。
 したがって、今回の選挙結果とそれまでの大統領選や総選挙や地方選の結果と比較するのは困難である。また、1998年3月の地方選とは違って、今回、多元的左翼(社共、緑)は、統一候補ではなく、各党独自の候補者名簿を擁立して選挙戦を展開した。そのために、一部の批判票は、巧妙にも政府から一定の距離を取っているかのように見せかけた緑の党の候補者や「ヨーロッパを動かそう」(共産党系)の候補者に流れた。
 最後に、バルカン半島における戦争は、選挙キャンペーン全体を打ち砕いてしまった。雇用、マーストリヒト条約、ジョスパン政府などそれ以外の問題を相対化させることになった。この問題をマスコミが余り取り上げなかったことも、NATOの戦争だけでなくミロセヴィッチの民族浄化をも弾劾するわれわれの立場をより困難なものにした。これによって、さまざまなマヌーバー的で、欺瞞的な彼らの作戦が可能になった。
 われわれは、5%の障壁を突破したが、われわれが期待していたほど左翼内の力関係を覆すことには成功しなかった。しかし、この選挙選で得られた資本とわれわれの議員を活用して、われわれは今後、必ずや出現するであろう何度かにわたる対決のときに向けて、登場し、備えていくだろう。


左翼内の変動
フランソワ・オリヴィエ

 今回の選挙の後で、フランスの伝統的右翼が新たな地震を経験することになったのに対して、多元的左翼(社共、緑)は、フランス政治情勢の安定性の中心として確固としているように見える。だが、事態はもっと複雑である。
 欧州議会選挙で後退した、政権党としてのドイツ、イギリス、さらにはイタリアにおける社会民主主義諸組織とは違って、フランスの社会民主主義はその立場を維持したという点が、確かに強調されなければならない。この具体的な状況を2つの根本的理由から説明できる。まず第1に、フランスでは、伝統的右翼が分解し、3つの潮流に分裂するとともに、極右勢力が重大な後退を喫したことである。こうした諸要素は、ジョスパン政府に一定のマヌーバーの余地を与えることとなった。第2に、イギリス労働党のトニー・ブレアやドイツ社会民主党のシュレーダーとは異なって、フランス社会党の発言の政治的、イデオロギー的みせかけが、社会自由主義の波に反対し続けることになっているからである。中道左派をほめそやすトニー・ブレアに対して、フランス社会党は伝統的な社会民主主義を主張している。

2枚舌の政治

 その政治的真意は別のところにある。なぜなら、ジョスパン政府の行動の基本は社会自由主義の枠内にとどまっているからである。イギリスの『エコノミスト』誌は、この点を強調して、「ジョスパン政府は、欧州連合の中でもこの2年間。最も民営化を遂行してきた政府である」としている。オブリー法は、結局のところ、労働の「フレキシビリティ」(労働者保護のための従来の労働条件を取り除いて不安定な雇用・労働条件を導入する勤務形態)を促進するためのより恐るべき武器であることが明らかになった。
 日曜日には社会主義的な言辞をろうしながらその一方でブルジョアの事務管理を務めるというこの種の2枚舌的政策で社会民主主義が本領を発揮するのは、今回が最初ではない。だが、国際経済情勢の進展と政治的局面の発展からすると、この釣合いをまだまだ維持できるだろうか? 多元的左翼のこの均衡は、特に退職制度や年金基金の取組みをめぐる金融市場の要求とどのように折り合っていけるだろうか?
 今回の選挙の顕著な特徴の1つは、コーン・バンディの候補者名簿(フランスの緑の党系の候補者名簿)の躍進である。この名簿の躍進は、(投票日直前にベルギー・フランスで急浮上した農産物の)ダイオキシン汚染問題やコソボでの戦争の今回のような結末に助けられたものであるが、それだけにとどまらず、全有権者、とりわけ若者の間での、移民問題、原発問題、社会的価値観の問題などに見られる社会党の一連の立場に対する不満を表現するものであった。だが同時に、緑の党に投票したした人々は、政府の政策を罰することを拒否したのである。コーン・バンディは自由ヨーロッパを支持し、NATOが展開する戦争を支持した。そのために、この候補者名簿への支持票は、ひとつの判断基準として、社会的価値観をめぐって政府には批判的だが、経済問題や社会問題を問題にせず、自由主義に反対する闘争を問題にしない票となったのである。そして、まさにこの点においてこの数年間、緑の党の基本的立場との間に相違が生じているのである。
 また、たとえ今日、フランス社会党が「多元的左翼」政府の政治的定式の軌道をそのまま維持し、中道派との同盟という誘惑に駆られていないように見えるとしても、社会党の地位の現状維持、緑の党の躍進、共産党の後退という事態がまた、社会民主主義とエコロジスト派との同盟を主軸にした新たな政治的舞台を設定することになるかもしれない。こうなった場合には、当面の取り組むべき課題に応じて、ある場合には共産党との協定が、また別の場合には中道派との協定が結ばれることになるかもしれない。

共産党――転換の失敗

 最後に、今回の選挙は、フランス共産党の疑う余地のない衰退を確認した。この選挙結果は、この党の停滞だけでなく、後退さえ示すものであった。この党の選挙結果は、緑の党をはるかに下回り、LO−LCRの共同候補者名簿に追い上げられている。LO−LCRの名簿は、1連の労働者的な地方自治体や町で、共産党候補者名簿を上回りさえした。共産党系の「ヨーロッパを動かそう」候補者名簿は、ユー全国書記が説明したように共産党を再び活性化させるどころか、同党の危機を深めた。その提案と候補者の構成の分かりにくさ、そしてまたヨーロッパ建設およびNATO空爆問題をめぐるその議会主義的立場が、この党の選挙キャンペーンから次第にその内実を奪い去っていった。
 今回の選挙運動だけにとどまらず、共産党は現在、社会民主主義が社会自由主義の圧力を受けている中で、社会民主主義との同盟という戦略的選択に囚われている。この党の衰退は、結局のところ、自ら共産主義の名称を掲げるすべての勢力が、特にスペインとイタリアで後退するというヨーロッパ規模の動向の一環をなすものである。選挙を経て、ロベール・ヒュー全国書記の転換は破産した。来るべきフランス党大会は、公然たる危機の大会になりかねない。共産党活動家との共同行動と同志的討論が、来るべき時期に決定的に重要である。
 今回の選挙はおそらく、社会自由主義を強固にしただろうが、それはあとどれくらいの期間もつのだろうか? 労働者運動全体にとって、特にフランス共産党にとって、根本的路線をめぐる大きな討論が今や始まらなければならない。すなわち、社会自由主義路線を追求し、ジョスパン政府の選択を支持するのか、それともこの政策と手を切って失業と貧困に対する根本的手段のために闘うのか、と。LO−LCR共同候補者名簿によってわれわれが防衛し、緊急の討論に向けて提起しているのは、まさに後者の選択なのである。

     得票率              (%)議席
(左翼) LO−LCR
共産党系
社会党系
緑の党
(5.2)5
(6.7)6
(21.95)22
(9.72)9
(右翼) RPF(フランスのための連合)(パスクワ)RPR(共和国連合)/自由民主主義
UDF(フランス民主主義連合)
(13.05)13
(12.82)12
(9.28)9
(極右) 国民戦線=国民運動(ル・ペン)
CPNT(狩猟、魚釣り、自然、伝統)
(5.69)5
(6.77)6