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                                かけはし2004.09.27号

WTOは農民を殺す!

韓国農民イ・ギョンヘさん抗議自死1周年シンポジウム


 昨年のメキシコ・カンクンWTO閣僚会議決裂から一周年、当時世界中から訪れた三万人近くの労働者農民による抗議行動が繰り広げられた中、会議場を防衛するフェンスの上で抗議自死した韓国農民李京海(イ・ギョンヘ)さんに想いを馳せ、「グローバリゼーションは食とくらしをつぶす、自由貿易から公正な貿易へ!」と題するシンポジウムが九月十日文京区民センターで開催され四十人が参加した。主催は脱WTO草の根キャンペーン実行委員会と「異議あり!「日韓自由貿易協定」キャンペーン。
 まず、『キロメートル・ゼロ』と題された韓国民衆WTO闘争団制作のビデオが上映された。韓国はじめ世界中の労働者農民が決死の思いでメキシコ・カンクンに結集し、デモや抗議行動を繰り広げ、その中で李京海さんが「WTOは農民を殺す!」と抗議自殺を行ったシーン、毎晩繰り広げられたキロメートル・ゼロ(閣僚会議会場と抗議行動の場所を分断するバリケードが置かれていた)地点での追悼集会の模様、WTOとメキシコ当局が張り巡らしたバリケードを抗議行動の中でズタズタにしていくシーンなど、シンポ参加者にもWTOへの怒りの共感を与えるものであった。
 主催者あいさつは、韓国農民運動の中で闘ってきた李さんの言葉を引用し「払いきれなくなった借金を抱えた農民のもとを訪れた時、彼らの嗚咽を聞く以外何もできなかった」と訴えた。文字通りWTOは農民を殺すものととらえて世界の民衆は闘ってきた。
 またこの六月社会経済フォーラム東アジア会議対抗行動の中で、開催されたアジア社会運動・民衆運動総会で確認された決議を履行するものとして、WTO一般理事会大枠合意への対抗行動と共に9・10集会も位置付けられ、9・11にはソウルで「食糧主権死守、WTO/DDA(ドーハ開発アジェンダ)阻止のための民衆大会」が一万人規模で開催されることなどを指摘した。

先進国の要求が
通るFTA交渉

 集会第一部は「アジア経済とグローバリゼーション、その問題点と課題」というテーマで小林尚朗さん(明大助教授)が講演を行った。
 小林さんは、八〇年代以降のアジア経済成長を輸出主導型成長とし、IMFなどによる緊縮財政や規制緩和・民営化を進めたその他の第三世界における経済停滞とを対比させ、冷戦下における地政学的なアジアの位置がワシントン・コンセンサスからの乖離を許された結果と説明した。したがって、タイにおける通貨危機の前までは、資本の完全な自由化へのベクトルは弱かった。
 その後、アジア経済危機を経て、アジア域内での地域主義(米国依存からの脱却)=アジア地域自由貿易ブームとなり、APECからASEAN+3へと転換した。一方で、今行われているFTAは先進国と第三世界との間のものが多く、強国の要求が通りやすい交渉になっていると指摘した。
 続く第二部は、「グローバリゼーションにどう立ち向かうか」。各分野の闘争現場からそれぞれ問題提起。
 まず農業の現場から、柳川秀夫さん(三里塚)が口火を切った。
 「十八歳の時に三里塚空港建設問題が発生し、以来百姓しながら空港に反対してきた。ビデオで見たようにメキシコでの反WTOの闘いには、熱い怒りとエネルギーがあった。日本の百姓にそういうエネルギーがあるのか。これが本質的なことだ。かつて三里塚闘争にもものすごいパワーがあった。実力で国家権力と対峙してきた」。
 「一九七三年から有機農業を開始したが、当時は変人扱いされた。しかし、国家権力が力で空港建設を進めている中で、国の農業政策に依拠して闘えるのかと疑問を抱いた。その時高度経済成長の中、日本の農民は化学薬品をどんどん使っていった。近代化の波に乗れなかった農民は兼業化せざるを得なかった。私たちは空港反対闘争のために有機農業が位置付けられたが、有機農業の現状は、その経済的メリットから導入しているところも多い。消費者・農協との結びつきが強く、今のままで自由貿易・市場経済主義を進めるWTOと対抗できるのか、疑問だ。運動の理念にしっかりしたものがないと長い物に巻かれるだけになってしまう。日本の運動がおとなしくなり、怒りがなくなっている。ここをどうするか」と述べた。

野宿者と連帯し
排除攻撃阻止へ

 荒木剛さん(日雇全協・山谷争議団)は、野宿者運動の現場から次のように語った。
 「グローバリゼーションとの闘いは、メキシコ・サパティスタの闘いを知ることから始まった。反・排除をキーワードにアジアとの連帯を実行し、第二回世界社会フォーラムの期間には、『NO VOX(声なき者たち)』の声に連帯するフォーラムに合流し、フランスや中南米の野宿者運動に連帯した。また、十数年続く炊き出し活動の中で、長野・新潟の農民との結合も作り出し、農作物提供へのカンパとして援農や物品販売も行ってきた。先ほど『怒りが薄らいでいる』との指摘があったが、野宿者への狩り出し攻撃も強まり、公園から排除することが行われてきたが、野宿する原因を作ってきた違法な斡旋やピンハネには行政は何もしてこなかった。もっと怒るときに来ている」。

「ビジネス環境整
備」の意味とは

 最後に、日韓自由貿易協定(FTA)は何をもたらすかと題し、「異議あり!日韓自由貿易」キャンペーンの土松克典さんが提起した。
 「二〇〇〇年WTOシアトル会議決裂を受けて、日本政府・財界はWTOを補完するものとして、二国間・地域間のFTAを位置付け、すでにその年の十月に『自由貿易協定と日本の選択』シンポジウムを開催し、次の三大原則を確認している。@二国間で合意した事項をWTO交渉に持ち込み、WTOの新しい規則を作る。A双方の国の構造改革を進めさせる道具として使う。B排他的にならずに、多重・多層的な対外関係を築く」。
 その上で、この間進められているFTA交渉の問題点に触れ、「日韓では、韓国労働運動自身が非関税措置として取り上げられ、労働運動対策として協定化されようとしている。メキシコとのFTAでは、北部地域の労働賃金を下げる方策として『ビジネス環境整備』条項が盛り込まれようとしており、この条項はマレーシア、フィリピン、タイとのFTA交渉でも取り上げられている。また、FTA共同研究会には、産官学の代表のみメンバーとし、労働団体や社会市民団体を排除しつつ、その報告書は日本側にしか公開していない。一方で、財界の肝いりで国民運動化を図る『日本活性化のための経済連携を推進する国民会議』(アグネス・チャン代表)を今年三月に発足させている。日本政府は、シアトルで粉砕されたMAI(多国間投資協定)やWTOで進まない課題を二国間FTAで次々と実施していく姿勢が明確となっている」と断言した。そして十一月一日から三日まで日本で開催される第六回日韓FTA政府交渉反対行動のため、民主労総・KoPA(FTA・WTO反対韓国国民行動)中心に七十人が東京遠征闘争団を派遣する予定であり、日本側の連帯行動の取り組みを訴えた。

日韓FTA交渉
反対11月行動へ

 シンポでは、会場の全日農の組合員から、「政府のコメ政策の転換が進められ、今年はコメの不作でありながら消費を減らさない名目で意識的に米価の値下げが画策され、政府備蓄米を売却しなじめている。そして、コメ政策は野菜と同じ方策となり、高齢化と共に耕作放棄地・不作地の増大につながっている。来れに対する新しい農政が見えない」との報告があった。
 労働現場からの声として、電通労組の組合員からは、「NTT十一万人合理化による五十歳退職、再雇用・出向、賃下げ攻撃が昨年から強行され、拒否した労働者には東北から東京へ広域配転という報復攻撃がなされたが、NTTというグローバル企業をNTT労組という企業内組合が第二労務として支えている構造を突破する闘いが問われている」と報告を結んだ。
 今回はグローバリゼーションに立ち向かう多くの分野からの提起がありながら、それをつないで共通の敵との闘いに向かうための討論までには、時間の制約もあり至らなかった。今後、日韓FTAに反対する十一月日韓共同行動の中で、より一層日本の民衆の闘いのグローバル化と「怒り」を目に見える形にする闘いが求められている。(北野はじめ)


しない! させない! 戦争協力関西ネット

アフガニスタン・イラク
から世界を捉え返す集会


 【大阪】九・一一から三周年の九月十一日、「アフガニスタン・イラクから九・一一をとらえ返す集会」(「しないさせない!戦争協力」関西ネットワーク主催)が、エルおおさかで開かれた。冒頭、辺野古の座り込みに九月九・十の両日でのべ七百人が参加、那覇防衛施設局は沖合に船でやってきて、ボウリング調査用のブイを三個ほど落として帰っただけだった、との報告があった。主催者あいさつは代表の中北龍太郎さん。「ならず者国家は米国だ、小泉首相はその米国と運命を共にしようと危険な動きをしている、テロと戦争の悪循環を断ち切るために闘おう」と訴えた。
 青木孝嗣さん(難民支援活動をしている「RAFIC」共同代表)が現地で撮影したビデオを上映しながら、「アフガニスタンの今」と題した報告を行った。
 青木さんは九・一一後アフガンを訪問。最初に訪問したのはパシュトゥン人の多いカンダハール。そこではタリバン時代はよかったという民衆の声を聞いた。アフガンから帰って、入管局のアフガン人を訪問。彼らはハザラ人だった。タリバンから逃げ日本にきて亡命申請していた彼らは、九・一一後入管局に集められ、タリバンや武器の情報提供を求められ、そして収容された。日本政府はタリバン政権が倒れたことを理由に彼らを難民として認定せず、帰国を勧めていた。青木さんは、その後二〇〇三年には米軍の空爆による被害調査のためカブールを訪問。そこのタジク人はタリバンを悪く言ったが、カルザイについても懐疑的だった。そして今年六月、ハザラ人の調査で三度目のイラク訪問。ハザラ人の副大統領は、ハザラ人が帰国できる状況にないことを証言してくれた。
 難民申請のイラク人に対する日本政府の態度は間違っている、と青木さんは言う。ビデオには、その他地雷の被害者の映像、クラスター爆弾、蜂の巣のようになり廃墟と化したビル、そこに住みつく人々、国際治安支援部隊の戦車、夫を亡くし物乞いをして生活している女性の姿、廃墟と化し人影がほとんど見あたらない所にぽつんと立つ日の丸のついたバス停や日の丸のついたバスの映像など、現在のアフガンの姿があった。
 報告の後、日本の援助で送られたバスのこと、タリバン政権後の女性のこと、戦闘について質問があった。
 「運賃が高いので現地の人はバスにはほとんど乗れない、テレビ局も日本のODAでつくっているから、日本にとって都合のいいところしか報道しない。悲しいが日本の評判はとてもいい。女性の環境が地域によってはよくなった部分もあるが、そんなにかわったとは思えない。南部は戦闘があり、危険で行けない」、との応答だった。青木さんは最後に、西欧の民主主義的な政治システムの押しつけではなく、ロヤ・ジルガのような合意形成のやり方でないとうまくいかないと述べた。
 続いて、吹田市役所勤務をしながら、「イラクの子どもたちを救う会」をつくり、募金で薬や医療器具をイラクに送る活動をしている西谷文和さんが報告した。西谷さんは、高遠さんらが人質になる二日前にもイラクを訪問。十一月にもまた薬などを持って行くそうである。
 西谷さんは、劣化ウラン弾被害の実態や四月の人質事件の際の政府やマスコミの対応を批判した後、国際貢献について次のように述べた。
 「国際貢献では、丸腰の人道支援こそが人々を救う道だ。イラクでは被爆した日本ほど出番がきている国はない。アフガンでは、医師でも男性は女性の患者にはさわれない。タリバン政権の頃女性は教育を受けることができなかったから、いま女性の医師が決定的に不足している。日本は、平和で豊かで医療技術が高いから、女学生を日本で受け入れ、大阪大学で医学を学ばせアフガンに返せばとても尊敬される。日本は広島長崎を経験しているから、白血病の医療技術が世界でも最も高い。イラクの劣化ウラン弾の被害者の治療をすればとても尊敬される」。
 西谷さんは最後に、「きしむ車は油がもらえる」というたとえ話を紹介し、困ったときは声を上げよう、そして憲法9条を守ろうと訴えた。
 9条の会の大阪講演会への参加の呼びかけの後、「人質事件が示したことにわれわれの進むべき道がある、米帝国がつくりだした世界や9条を変えろと圧力をかける米政府高官のことを見据えながら、これからの闘いを進めていこう」とのまとめと、改憲阻止・イラク反戦・沖縄での秋の取り組みの提起があった。(T・T)



 公判後、八王子労政会館で報告集会が立川・反戦ビラ弾圧救援会の主催で行われた。救援会の開催あいさつに続いて、弁護側証人の箕輪さんが弁護団の一人である内田雅敏弁護士とともに裁判の感想などを発言した。箕輪さんは、「自衛隊のイラク派兵は、憲法九条違反だ。少年時代、戦争体験をした。あの当時の権力は、国民の声を一切聞かなかった。無駄な戦争をしてしまった。また、同じようなことをしようとしている。立川反戦ビラのような声を聞いていれば、間違った道に進まない。しかし、再び危険な道に入ってしまった。ともに頑張っていこう」と激励した。
 次に、弁護団の栗山れい子弁護士、山本志都弁護士から第五回公判の解説と今後の方針について提起が行われた。
 さらに発言は、九・一四反弾圧集会実行委、テント村から九・一二立川市防災訓練情宣、救援会から「立川・反戦ビラ弾圧裁判での無罪判決を求める署名」の取り組みが呼びかけられた。最後に、大沢ゆたか(立川市議)救援会代表からアピールがあった。十月三十日、立川・反戦ビラ入れ裁判の無罪判決を求める集会(国分寺労政会館、午後一時)が開催される。無罪署名の取り組みを行おう。十・三○集会へ!(Y)

【訂正】 本紙前号の6面記事中、「野口孝行さんの帰国報告会を行った」とあるのは誤りで、この集いはアムネスティ川崎グループが北朝鮮難民救援基金を招いた報告会であり、野口さんの発言はその報告の一部です。以上、訂正します。


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