| 寄稿 「非核平和条例を考える全国集会inにいがた」開催 かけはし2004.10.18号 |
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米軍のイージス艦日本海配備反対「自治体の平和力」を運動の武器に |
軍事的緊張増す新潟での開催
去る九月十八―十九日の二日間に渡って、「非核平和条例を考える全国集会inにいがた」が新潟市で開催されました。
新潟集会は県平和センターなどが呼びかけ、これに市民派の文化人・学者が加わって共同代表となり、私たち「緑・にいがた」(旧「市民新党にいがた」)や新社会党、平和運動市民グループ、宗教者なども加わり、準備が重ねられました。
第五回の全国集会が日本海側では初めて新潟で行なわれることになったひとつの理由は、集会宣言(別掲)において謳うように、新潟が「古くから環日本海(東海)の拠点として、北東アジアの国々や地域と積極的に交流」してきた地域であり、「韓国・北朝鮮・中国・ロシアをはじめ、海外からの多くの人々が地域の中に生き、活動し」「今も日本と北朝鮮を結ぶ唯一の貨客船・万景峰号も往来して」いる場所であるからです。そして、しかしだからこそ、と言うべきか、新潟は、皮肉にも北朝鮮による「拉致事件」の主要な舞台ともなった地域でもあります。
また、この全国集会の資料集で私も書いているように、新潟港は旧来より商業港であったにも関わらず、先の戦争末期、本土決戦に備えた日本海側の物資集積地としての重要性が高まり、その結果、米軍の執拗な攻撃に晒され、多くの市民が犠牲になり、原爆の投下目標地のひとつともなった歴史があります。そして今、今度は北朝鮮の脅威に備えるとして、米軍がイージス艦の日本海常駐配備方針を本年三月に明らかにし、その出撃基地の候補地として浮上するなど、軍事的緊張の焦点ともなっている場所でもあります。
新潟集会は、このような歴史と日本海をめぐる緊張の中で準備されました。
入港をめぐる新潟港での攻防
そして集会準備のさなか、こうした軍事的緊張の高まりを象徴するように、八月十二日、米軍がイージス艦「カウペンス」を新潟港に入港させる予定であることを、マスコミが一斉に報道しました。
私たち「緑・にいがた」(旧「市民新党にいがた」)は新潟県に対し、旧来の革新平和勢力のような「入港を認めるな」という抽象論だけではなく、入港拒否の選択肢を追求しつつ、たとえ入港を許可せざるを得なくとも、「歓迎できない」という基本的立場を明確化することをはじめ、現行法令・規則を活用した具体的な制限等を求める申し入れを行ないました。県平和センター・社民党なども申し入れを行い、県職労や平和センターなどの調べによれば、その他百二十件を超える要請FAXなども県内外から届いたとのことです。
これらの動きに突き動かされる形で、新潟県は、入港を許可したものの、「市民団体からの反発も根強いため、県としては滞在中も慎重に対応」と明言するとともに、艦長による知事への表敬訪問を断りました。それも一因となってか、カウペンスは表向きは台風を理由に入港を中止。続いて十月に予定された次のイージス艦の入港に対しても、県は「埠頭の混雑」を理由に入港を拒否、新潟港の軍事利用をめぐって攻防が繰り広げられています。
横須賀など闘いの経験を報告
そうした中、全国集会の一日目は全体会が市内の県ユニゾンプラザで開催されました。
開会にあたり、七月の参院選で新潟選挙区(定数2)で野党共闘によりトップ当選を果たした近藤正道氏も駆けつけ、「アメリカの侵略戦争をアナン事務総長も国連憲章に違反する行為だと断罪した。情勢は厳しいが、確信を持ってがんばっていこう」と力強く挨拶。続いて、米軍ヘリ落下事故からまだ間もない宜野湾市の伊波洋一市長、地元の篠田昭・新潟市長、菊田真紀子・衆議院議員、西村智奈美・衆議院議員などから連帯のメッセージが読み上げられ、この集会が広い枠組みによって支えられていることが示されることになりました。
記念講演では、上原公子・国立市長が「地域から平和をつくる」と題して講演。少数与党のため、助役・収入役人事が否決され続け、孤独な市政運営を強いられている中、自衛隊募集業務をおこなっていないほとんど唯一の首長とのことで、有事法制問題でも度々国と渡り合ってきた経験を報告、また、その中で法制度の成り立ちや根拠などを詳細に検討することによりその弱点を見つけ出す重要性も提起しました。事態の深刻さを認識しつつ、厳しい市政運営の中で半ばあっけらかんと国の戦争政策と対決している上原さんの姿勢は、参加者に勇気を与えてくれたと思います。
続いて元泉南市議の小山広明さんが無防備都市宣言運動について、「非核市民運動・ヨコスカ」の新倉裕史さんが横須賀での経験を報告。小山さんは、市民や自治体が担うことのできる、国際法上明記された権限を活用する新しい平和運動の夢と魅力を語り、新倉さんは、横須賀で港湾管理権をめぐる運動の中から「自治体の平和力」を発見した経験を報告し、その観点から全国の自治体を舞台にした平和を巡る攻防の動きと、新潟集会の意義を強調してくれました。
集会宣言も採択され、全体会は成功のうちに終えました。
二日目は分科会がそれぞれ(1)「北東アジアの非核・平和の確立を―環日本海の自治体外交の現状と課題―」(2)「市民・自治体の平和力で『有事体制』拒否を―地域・職場でどう戦うか―」
(3) 「新潟でも全国でも非核・平和条例の制定を―非核・平和条例の取り組みと課題―」と題して開催されました。
私は急きょ第三分科会で地元の報告者としてパネラーの一人として討論に参加することになりました。紙面の都合上、詳細については後日報告集が発行されることになっているのでここでは省くこととします。報告集の問い合わせは、この記事の末尾の連絡先へお願いします。
運動の力で「自治体の平和力」発揮を
この集会を通して得たこと、感じたことをいくつか。今回の集会は、県平和センターの専従の献身的な活動に支えられ、社民党以外の私たちのような地域政党などにも広く呼びかけられ、私自身、中心メンバーの一人として関わることができました。これは今後の運動の展開の中で、双方にとって信頼関係と共闘の経験と基盤を残すことになりました。
さらに、この集会に参加した各地の何人かの地方議員らと、超党派で「非核平和(条例)推進議員連盟(仮称)」のようなものをつくり、いわゆる制度圏における「自治体の平和力」を強め、市民運動と政治を結びつけ、有事体制に抗する力をつくっていきたい、という話が浮上しました。いずれ正式に全国に呼びかけていきたいと思います。
沖縄での少女暴行事件を契機に高まった、自治体を主戦場にした平和をめぐる攻防の高まりのあと、日米一体となった攻勢がかけられ、総体として平和運動は大きな後退を強いられ、この集会のテーマのひとつである「自治体の平和力」という概念についても、平和運動の内部でも少し影が薄くなっているかもしれません。特に東京都の石原都政など非常に危険な要素などを考えれば、「どこに平和力などあるものか」と考えるのも無理はありません。
しかし、それでも、自治体をはじめとした「制度圏」での闘いを軽視することはできません。前述の資料集でも書きましたが、先の大戦末期、広島・長崎での原爆投下のあと、次の投下予定地が新潟であることが判明し、当事の県幹部は職員を広島現地や内務省に派遣、対応を緊急に協議して深夜に及ぶ激論が交わされました。そして、内務省が新潟市の疎開に反対の意向であったにも関わらず、その意向には反する形で、「緊急かつ徹底的な疎開」が決定され、実行に移された経緯が新潟にはあります。あの戦時下、統制的な政治体制のもとでも、そして戦争末期、政治や経済が大混乱している中にあってもなお、住民に直接の基盤と責任を有する「自治体」には、当時においても「平和力」が発揮されたという事実を、われわれはこのエピソードの中に発見することができます。
ましてや、先人たちの血のにじむような努力の末、たとえ形骸化しているとはいえ、かつてと比べればはるかに進歩した民主主義的諸制度を手にしている現代にあって、深刻な状況を嘆きアピールするだけでなく、私たちは制度上の、そして運動的分野の、さらにひとりひとりの市民の意識に依拠した、ありとあらゆる可能性を考え行動を広げていかなければならないと考えています。
さて、十月一日、米海軍は複数のイージス艦を日本海に配備しパトロールを開始したと明言しました。新潟港へのイージス艦の入港の打診も執拗に繰り返されてます(これまで数度にわたり入港の打診があったが、一回目は台風を理由に中止、二回目・三回目は埠頭の混雑を理由に県が拒否、十月五日の報道によれば、ようやく四度目の申請を、県は許可する方向とのことです)。
ここで少し問題意識を述べれば、同じ新潟港には北朝鮮の「万景峰号」が繰り返し入港しており、この「入港規制に反対」する勢力が、ほぼそのままイージス艦の「入港を拒否」せよと訴えており、そこを貫く論理的一貫性がなければ、市民への説得力には欠けるといわざるを得ない、と私自身は考えています。
このあたりについては、旧来の平和勢力にはほとんど問題意識はありません。北朝鮮の軍事的冒険主義とも言える立場への批判を避けたまま、「日本海を平和の海に」と訴えても、市民の理解は得られないでしょう。左翼・平和勢力の多くの部分の中にある「作風」も、問い直されるべきであり、その上で、運動を構築し直さなければなりませんまた、米軍の「洋上核」が撤去されていることがほぼ確実な中、非核証明を求める「神戸方式」の今後の実効性についても、再検証されなければなりません。
新倉さんらは、「非核」に代わる新しい根拠を、小樽市長が言っている「市民感情への配慮」に求めようとしていますが、この点については私には少し異論があり、突っ込んだ議論が必要だと思っています。これらの課題は、今回の経験を基礎に、さらに広く議論を深めたいと思っています。
追記‥新潟県知事は米軍イージス艦の四度目の申請で、入港を許可した。十月十一日、米軍イージス艦「レイクエリー」は反対を押し切って新潟港に入港した。当日、抗議行動が行われた。
b当日用資料集(実行委員会での新倉さんの講演録なども収録)、集会報告集などに関する問い合わせは下記へ 〒950-0965 新潟県新潟市新光町6-2勤労福祉会館内 新潟県平和センター TEL 025(281)8100 kenheiwa@arion.ocn.ne.jp
集会アピール
有事法制を空洞化させ、地域から平和を
二十一世紀―私たちは『和解と共生の世紀に』と、大きく期待を膨らませました。
しかし、米国のブッシュ政権は「9・11」を契機に単独行動主義を強め、国際的な合意や大義のないままアフガニスタンやイラクを攻撃し、多くの罪のない市民を殺戮し続けています。そしてこれに追随する小泉内閣は、イラクに自衛隊を派兵し、昨年六月に有事三法を、今年六月に関連七法案を、それぞれ十分な国会審議もないまま成立させ、昨日ついに「国民保護法制」を施行しました。
わが国は今、「戦争放棄、軍備と交戦権否認」の憲法九条を持ちながら、海外に重装備した自衛隊を送り出すとともに、「戦争のできる国」づくりを進めるという大きな転換点にさしかかっています。
その中で、私たちは「地域から平和をつくる」をテーマに、全国から新潟に集まりました。新潟は古くから環日本海(東海)の拠点として、北東アジアの国々や地域と積極的に交流してきました。韓国・北朝鮮・中国・ロシアをはじめ、海外からの多くの人々が地域の中に生き、活動しています。今も日本と北朝鮮を結ぶ唯一の貨客船・万景峰号も往来しています。それだけに、新潟と新潟港は平和な街、平和な港であることが求められています。
ところが、米軍は「北朝鮮の脅威」に備えるとして、横須賀配備のイージス艦三隻を近く日本海に配備する方針を明らかにし、これに対して北朝鮮も反発を強めています。
その中で、去る八月から、米海軍イージス艦の新潟港への入港が二度にわたって試みられました。新潟県は一隻目を受け入れる方針を明らかにしたものの、艦長による船内招待や表敬訪問を断り、結局台風が理由となって入港が中止となり、二隻目については埠頭の混雑を理由に入港そのものを拒否しました。
この一連の経過の中で、県内外の市民・団体から新潟県に対するさまざまな働きかけや申し入れに示された「平和」への強い意志が、こうした県の対応の背景にあった、と私たちは信じています。市民が心から願う「平和」を実現するために、自治体はその力を発揮することができるのです。
この日本海を舞台にして、「戦争の危険」と「平和への力」が、せめぎあっています。その中で、私たちは、市民・自治体の「平和力」を発展させ、非核・平和条例をひとつの手がかりにしながら、平和憲法の理念を地域・職場で具体的に活かすことによって、「有事法制」を空洞化させ、「地域から平和をつくる」を実現したいと思います。
そのために、この二日間、知恵や工夫、想いを出し合い、共有し、この新潟から、全国から、海を超えてアジアや全世界に向けて平和を発信し広げていくことを誓い合って、本集会のアピールとします。
04年9月18日
「第五回非核・平和条例を考える全国集会inにいがた」参加者一同
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