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秋本陽子さん(ATTACジャパン運営委員)に聞く   かけはし2004.10.18号

ベイルート国際戦略会議の切り開いた地平


 9月17日から19日まで、レバノンの首都ベイルートで「反戦反グローバリゼーション国際戦略会議」が54カ国から活動家が参加して行われた(本紙前号参照)。この会議に参加したATTACジャパン運営委員の秋本陽子さんに、同会議の経過・歴史的位置・成果について聞いた。全世界の反戦・反グローバリゼーション運動とアラブ・中東地域の反占領、レジスタンス運動が、真剣な討論をかわした貴重な経験を、今後の運動の中でどう発展させていくかが問われている。

ジャカルタ会議からベイルートまで

――九月十七日から十九日まで、レバノンのベイルートで反戦反グローバリゼーション国際戦略会議(本紙前号参照)が開催されました。秋本さんはこの会議に参加されましたが、最初に、このベイルート会議にいたる経過や、その意味についてお聞かせください。

 日本人としてはATTACジャパンの私、APPF(アジア太平洋平和フォーラム)の大塚照代さん、APA(アジア平和連合)ジャパンの笠原光さん、ほっかいどうピースネットの越田清和さん、JVC(日本国際ボランティアセンター)イラク担当の原文次郎さん、そしてグローバル・ウォッチのコリン・コバヤシさんの六人が、ベイルート会議に参加しました。いずれもWORLD PEACE NOWの運動や、四月に起こったイラクでの日本人「人質」解放の運動に関わりを持ってきた人たちです。
 ベイルート会議は、昨年五月に開催されたジャカルタ会議の延長上に構想されました。昨年のジャカルタ会議は、イラクへのアメリカの軍事介入を国際市民社会の力で止めようという世界社会フォーラム(WSF)社会運動団体会議のイニシアティブで作りだされた昨年二、三月の反戦運動の後、米軍によるイラク占領という事態の中でどのように世界的反戦運動を継続するかという問題意識で開催されたものです。日本からはAPAジャパンの武藤一羊さんが参加しています。
 このジャカルタ会議では、イラク占領監視センターの設置、イラク戦争国際民衆法廷、イラクへの国際調査団の派遣などが確認されました。重要なことはこの会議にイラク民主化国民潮流(CONDI)のアル・リカービさんも参加したことです。リカービさんたちは、ここに表現された国際的な流れとともにイラクの民主的再建をめざすというアイデアを構想したのだと思います。
 昨年十一月にパリで開かれた欧州社会フォーラムで発言したリカービさんは、ジャカルタ会議に言及しつつイラクの憲法制定国民会議を呼びかけるコミュニケを発表しています。リカービさんたちは、ジャカルタ会議を通じて、国際市民社会の力に依拠しつつイラクと中東の平和をめざすという位置づけを行ったのです。今年の一月にムンバイで開催された第四回世界社会フォーラムのオープニング集会のスピーチでも、リカービさんはジャカルタ会議について語っていました(編集部注:「ジャカルタ国際平和会議」宣言、欧州社会フォーラムでのコミュニケ、ムンバイ世界社会フォーラムでのリカービ発言については、いずれもグローバル・ウォッチ編『日本政府よ!嘘をつくな!――自衛隊派兵、イラク日本人拉致事件の情報操作を暴く』作品社刊に掲載)。
 ムンバイの世界社会フォーラムが終わってから、今年の三月頃に「第二回ジャカルタ会議」を開こう、国際監視団を派遣しようという呼びかけがウォールデン・ベローなどからありました。ここでは今までのアメリカの戦争、たとえばニカラグアに仕掛けられた戦争とイラク戦争とはどのように違うかの検証などが提案されていました。そして、当初は六月ソウル行動(世界経済フォーラム対抗ソウル行動)の前にソウルで開こうという計画がありましたが、パレスチナでイスラエルが建設している「隔離壁」の問題などが重大化し、イラクとパレスチナの占領を統一してとらえ、中東の地で会議を開催することの必要性が次第に煮詰まっていきました。こういうプロセスがとても重要だったのだと思います。

パレスチナ難民キャンプ連帯訪問


――ベイルート会議にはどのような人びとが参加したのでしょうか。

 参加者は五十四カ国から約二百七十人。開催国のレバノンからの出席がもちろん一番多いのですが、イラクから二十六人、うち女性が四、五人、パレスチナからも二十三人が出席しています。イラクの代表は、バグダッド、バスラ、ファルージャ、ナシーリヤ、サマワなどからですが、みんな世俗的な、地域で草の根運動にたずさわっている人たちでした。女性の参加者は、占領軍による女性への性暴力を批判し、女性囚の釈放を訴えていました。
 会議初日の九月十七日に、一九八二年に大虐殺のあったサブラ、シャティーラからの難民キャンプを連帯訪問しました。市長もスピーチを行い、キャンプの人びとは口々に「帰還の権利」を強く訴えていました。各大陸からの代表もそれぞれスピーチしましたが、南アフリカの人はアパルトヘイト支配の時代とパレスチナの現状を結びつけて語り、ブラジルの代表は難民キャンプの現実とブラジルの都市スラム問題とを重ね合わせて発言していました。またカナダの代表は、「カナダは人権に配慮した民主主義国家と思われているが、パレスチナ難民の強制送還が行われている」と自国政府を批判し、パレスチナの年配の女性は夫と息子が逮捕され、拷問を受けたことを訴えていました。

これからのイラク反戦の課題

――ワークショップでの討論はどうだったのでしょうか。

 ワークショップは「イラク反戦」、「ミリタリズムとグローバリゼーション」、「パレスチナ」の三つが行われました。私は「ミリタリズムとグローバリゼーション」のワークショップに出たのですが、「対テロ戦争」下での米軍基地の国際的再配置(トランスフォーメーション)も大きなテーマとなっており、そのためのワークショップを別に設けるか、ということも論議されました。しかし、特に中南米(ニカラグア、ブラジル、アルゼンチン)の参加者から「米軍基地の問題もグローバル経済と切り離して論議できない。私たちは米軍基地とグローバリゼーションは同じレベルで考えている」ということになり、結論的には切り離さずいっしょに論議することになりました。
 各ワークショップからの行動計画の提案の中でパレスチナについては全会一致で採択されました。それは「イスラエルのアパルトヘイト政策に反対する国際的運動の開始。効果的なボイコット、制裁などによるアパルトヘイト国家イスラエルに対する経済的・文化的・政治的・外交的孤立化の促進。アパルトヘイトの壁に反対する国際週間の一環として、二〇〇四年十一月九日〜十六日の国際的動員と二〇〇五年五月十五日の行動。これらの活動を調整する国際ワーキンググループの設立」などです。
 ただしイラク問題と、ミリタリズムとグローバリゼーションのワークショップに関しては、時間の制約もあり包括的な合意を全体でかちとるにはいたりませんでした。しかし、その後、参加者間でメール等のやりとりを経て討論し、各課題ごとに賛同を集める形になりました。
 たとえばイラクに関しては「占領に反対する統一した国民戦線を建設するイラクの人びとの活動への支援。イラクに医薬品や食料を送るグローバルキャンペーンの発足。イラクの囚人、とりわけ女性や子どもを守る国際法律家委員会の設立。自由な言論や集会の権利を訴え、ジャーナリストや活動家を防衛するために、イラクでの市民的自由を防衛する国際キャンペーンの開始。戦争で利益を得ている者をターゲットにしたキャンペーン。国際占領監視センターやイラク戦争国際法廷の活動への支援。イラクでの平和行進を行う可能性の追求。十月十三日〜十四日に東京で行われる『イラク復興支援国会議』に反対する動員。『ブッシュ構想反対、イラク占領やめろ、米外交政策反対』を掲げた十月三十、三十一日のデモ。NATO首脳会議反対の動員。イラク開戦二周年の二〇〇五年三月二十日の動員」が課題としてあげられました。

レジスタンスの評価をめぐって


――ベイルート会議を全体としてどのように評価されますか。

 中東の人びとと世界の反戦運動が具体的に出会った機会として、非常に重要な成果があったと思います。イラク国内からも二十六人が参加しましたが、とりわけ女性たちの参加に勇気づけられました。パレスチナの参加者は約半数が女性でした。
 イラクの民主化という場合、どのような人びとといっしょにやっていこうとするのかの一端が分かったような気がします。さらにレバノンからヒズボラの人びとも参加しました。ヒズボラというと西側のメディアではネガティブな印象が与えられてきたのですが、ヒズボラがレバノン社会の中で非常に重要な役割を果たしていることを実感しました。ヒズボラは来年のポルトアレグレでの世界社会フォーラムにも参加するそうです。
 今回、世界社会フォーラムを担ってきた運動がアラブの抵抗運動と討論を行ったことは貴重な経験です。たとえば「自爆テロ」戦術に否定的な人びとが参加者の中には多いのですが、そうした人びとがパレスチナ支援の運動にかかわっていることは、パレスチナの人びとにとっても自分たちは孤立しているわけではない、という印象を強めたのではないか、と希望しています。
 イラクのレジスタンスに対しては「無条件支持」という人びとが多かったのですが、ここには「抵抗権の無条件支持」という概念や「レジスタンス」の定義にかかわる違いがあり、もっと討論が必要だと思います。ATTACジャパンをはじめWORLD PEACE NOWは、基本的に占領を認めない人々の抵抗する権利を支持する立場をとりますが、では、そのためのあらゆる手段を支持できるか、というと、そうではありません。
 リカービさんたちのグループも多数参加していました。リカービさんは八月末にベイルートで行われた国民会議準備会議を受けて、次はバグダッドで会議を行い、そこに合わせて国際的な支援会議を開催するというプランを提起したのですが、それにはベイルート会議全体としての合意が得られませんでした。しかし私は、占領に反対する民主主義的主権国家建設のプロセスを考えたとき、リカービさんたちの潮流に一番期待感を持っています。私たちATTACジャパンは世界社会フォーラムへの参加を通じて、リカービさんたちと知り合い、そして、それが具体的に国際平和に向けた足がかりになっているんだということを実感しています。(10月2日)


「自衛隊派兵は憲法違反」

自衛隊イラク派兵差し止め訴訟第一回口頭弁論開かれる

 【静岡】十月一日、静岡地裁で、自衛隊のイラク派兵は憲法九条に違反し、憲法が保障する平和的生存権の侵害に当たるとして、県内外の二百十七人が国を相手に自衛隊の派兵差し止めと撤退、原告一人につき一万円の慰謝料の支払いを求める訴訟(5月26日提訴)の第一回口頭弁論が開かれた。口頭弁論には、七十余人の原告がかけつけ、入廷人数の規制を抽選で行う地裁に対して、憲法が保障する裁判を受ける権利を掲げて全員の原告が入廷できるようにねばり強い努力が開廷後も続けられ、四十六人の原告が入廷することができた。

請求却下を策す国を許すな

 原告側冒頭陳述では、三人の弁護人が訴状の趣旨を述べたが、最初に立った福地弁護士は、小泉が憲法前文の国際協調と平和主義をすりかえ主張したことに対して、驚くべき厚顔無恥と言わざるを得ず、またイラク戦争の「大義」がマヤカシであることが明白となっており、イラク侵攻は歴史的暴挙であると述べた。小泉内閣のもとで憲法を無視して進められる事態に多くの国民が憂慮しており、この訴訟において裁判所が憲法判断に慎重(回避)であることを改めるよう求めた。
 続いて望月弁護士は、イラク派兵の違憲・違法性について陳述し、憲法九条が定める戦争と武力による威嚇又は行使の放棄、戦力の不保持、国の交戦権の放棄や、憲法違反のイラク特措法(2条第3項 現に戦闘が行われておらず、かつ活動の期間を通じて戦争行為が行われることがないと認められる)に照らしても違反であること、イラク戦争が国連憲章が規定する例外的武力行使にも反するいわゆる「侵略」戦争であることを述べた。
 中村弁護士からは、イラク派兵が憲法前文や十三条がうたう「平和のうち生存する権利」、「幸福追求の権利」、あるいは戦争をしない日本に住むこと、被害者にも、なによりも加害者にもならない人格権としての平和的生存権を侵害するものである、と述べた。これに対して国は、「平和的生存権は抽象的な権利で、裁判上の救済が得られる具体的権利ではない。原告の訴えは不適法」として請求の却下を求める答弁書を提出してきた。

名古屋、仙台、岡山でも提訴

 閉廷後、弁護士会館で入廷できなかった原告も交えて報告会がもたれ、おおまかな法廷での陳述内容や今後の方針が提起された。塩澤弁護士からは「単なるパフォーマンスや怒りだけで裁判をしたくない、可能な限り勝つためにやる」、「専守防衛を国是」としてきた日本がイラクへ行くのに反対して裁判を始めた元郵政大臣の箕輪さんに続いて全国で始まったこの裁判、まもなく仙台や岡山でも提訴されることが報告された。
 次回の口頭弁論では原告の五人が陳述を行うことになっており、この日出席した四人から決意表明が行われた。
 名古屋訴訟団(三千四十五人)の仲間からは、国は訴訟そのものが不適法だとして争いになっており、ここを突破する闘いが極めて重要であることを訴えた。今後の裁判については、毎回二人から三人の原告による陳述を行っていくこと、全原告が陳述書を用意し提出すること、さらに第二次原告団を募集すること、引き続き裁判時の入廷人数の拡大のために努力することなどを確認して報告会を終了した。
 次回口頭弁論は12月10日午前10時半より。(M)


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