| 「団結の自由」という妖怪が徘徊している
―銀川市タクシーの集団ストライキをめぐって |
資本主義へのソフトランディングを模索する中国では、労働争議がかつてなく多発している。国有企業の私有化にともなう失業に抗議する国有企業労働者、賃金不払いや過酷な労働条件、劣悪な労働安全衛生に抗議する出稼ぎ労働者たちがその中心である。しかし組織的抵抗は容赦なく弾圧される。その中国において「団結の自由」という妖怪が姿を現しつつある。その政治的背景と中国の進歩的労働者はいかに闘うべきかを明らかにした論文を掲載する。香港を拠点に活動する革命的社会主義グループ「先駆社」のウェブサイトより。
勝利したタクシー運転手のスト
二〇〇四年七月二十八日、寧夏回族自治区の県庁所在地の銀川市政府はタクシー管理法を公布した。主要な内容は次の通りである。
「都市の旅客用タクシー営業権は有償使用を実施し、その期限は五年から十年とする。営業権を有するものは一万八千元の営業権購入金を一括で支払う。五年以内にタクシー車両を更新しなければならない。この管理法は八月一日より発効する」。
七月二十九日、一部のタクシー運転手が現地のメディアと政府機関に対して要請行動を行いデモをかけ、納得のいく説明を求めた(04年8月6日『人民日報』「銀川タクシー集団ストをめぐって」など報道多数)。七月三十日、全市六千台以上のタクシーが集団ストをおこない、市の中心で大規模な「牛歩」行進を組織して交通を麻痺させた。
一部の運転手はその後もデモを続けた。七月三十一日にはストに参加していた一部の運転手が、営業を続けていたタクシーを損壊させた。八月一日、銀川警察は「集団で交通を妨害し、交通秩序を乱した」という容疑で四人を逮捕した。八月二日、市政府は新しいタクシー管理法の発効を停止することを宣言し、八月三日以降はストライキは解除された。
規模、持続性、衝突の激しさから見て、今回のストライキは大事件といえるだろう。かちとった成果も大方満足できるものである。
この銀川ストライキと中国資本主義の立憲政治運動との間の微妙な関係、国家装置が「国際社会とつながり」階級矛盾を調整するという最新の努力が見られたことなど、銀川争議に反映されたこれらの動向に対して、進歩的労働者と進歩的青年は詳細に観察して一定の結論を引き出す責任がある。
年間労働日が五百八十五日?
二〇〇三年初め、全国のタクシー車両総数は七十八万台にのぼり、実際に業務に従事している人数は百万人をこえる。これには何百万もの無許可タクシーと二輪タクシーの運転手は含まれていない。
市場化経済の初期(一九八〇年代)には、新興のタクシー産業は計画経済の初歩的瓦解の風穴を空け、高収入を実現したこともあった。資本主義の全面的復活と政財界の癒着の普遍化によって、タクシー産業の利潤というパイが新興有力者たちによって(寡頭化と営業権の売買を通じて)切り取られ、残ったわずかのクズをタクシー運転手らに奪い合いをさせている。
教育、医療、住宅の商品化、産業化にともない、失業した五千万の国有企業労働者と土地を失った四千万の農民をはじめとする労働者農民たちの暮らしが日々苦しくなり雇用の奪い合いがこれまでになく厳しくなっていく中で、相対的に高収入だったタクシー業界も大きな打撃を受けている。
人口六十万人の銀川市には一万人以上がタクシー営業で生活をしており、新たに運転手になった人の多くは土地を失った農民とレイオフされた労働者たちであり、一台の車が一家全員を養うという現象がそこかしこで見られる。
ある日突然、苦しい労働者から「投資家、ビジネスマン、経営者」に転身するというプチブル幻想が存在し、地域経済の格差によって高収入の「中産階級の運転手」(衣食住に不自由しないというだけのものなのだが)が誕生していることも事実である。しかし大多数の運転手は、二億にのぼる産業労働者の兄弟姉妹と運命をともにしているのであり、長時間労働、低賃金、労災職業病による満身創痍の「標準労働者待遇」をともに享受している。
北京のタクシー運転手の平均的な「年間労働日は(一日八時間労働で計算して)五百八十五労働日になり、職業病も蔓延している(一般のホワイトカラーの年間労働日は二百二十日)」(02年6月15日「中国経済時報」)。銀川では、「運転手が懇願するような目で道行く人に『乗りませんか』と聞いているのをよく見かける。それに昼夜流し続けている『夫婦タクシー』(夫婦で交代しながらの営業)でも収入の増加はほんのわずかである」(04年8月5日『人民日報』「銀川」タクシー新規定はなぜ争議を引き起こしたのか」)。とは言え、大多数の運転手は苦境にあえぎながら営業を続けている。なぜなら「営業しないと生活できないからさ!」(03年3月26日『中國經濟時報』「温州タクシー運転手の幸せな生活」)
九〇年代のはじめから、タクシー運転手の集団的争議が増加し始めた。かれらを行動に追いやる主な理由は、管理会社の止むことなき収奪と一方的に契約を破棄する行政機関の独断的行為があげられる。銀川事件も例外ではない。
容認される穏健な改良
一九九〇年代の中国資本主義発展史は、国家の役割の変遷史でもあった。国家は一見、相矛盾した二重の役割を演じた。社会の各階層(特に新興ブルジョアジー)の個人的自由を拡大する一方で、公然と市場化の過程に介入した。それはさまざまな行政的特権を用いて官僚層とその経済界の代表たちに最も前途ある地位をあたえ、最も良質な資源を分配し、最大の利益を提供してきた。
これらの利潤構造の形成は、資本主義復活を主導した政治・軍事グループの願望(官僚独占のブルジョアジーへの転換)を大いに満足させたが、他のすべての階層の当面の、そして根本的な利益に大きな打撃を与えた。そして堪え忍ぶこと数年の後、徐々に発展してきた私的資本がついに動き出した。
所有権と個人保護の原則を確立し、国家機構の中で極端に資本主義の発展を阻害する積年の弊害を除去するために奔走し、政権に参加してさらなる資源と金融資源を享受しようとしてきた。それは立憲政治運動と呼ばれる。
さまざまな現象から、当局も上層有産階級の利益を主要な目標とする穏健的な政治的改良を容認している。
端的に言ってしまえば、私的資本も官僚独占資本もすべて「上から下への改革」に賛成で、そしてそれはすでに若干の進展を見せつつある(私的所有権の憲法明記、許認可制から申告制への転換の端緒である「行政許可法」の実施等)。そこでは労働者農民大衆はどのように位置づけられるのか。ともに発展の道を歩むのか、それとも逆に再び上層権力の再編成におけるスケープゴートにされてしまうのか。次に、当局が「民衆を基礎とする」のか「資本を基礎とするのか」を、タクシー業界を例にして考察してみよう。
暴騰する営業権の市場価格
前述したように、九〇年代後半の行政部門と結託した私的ブルジョアジーはタクシー経営市場を独占(あるいはほぼ独占)した。彼らは極めて低コストな登録会社制度を推し進め、一枚の許可証で「羊をおりで囲む」がごとく多数の運転手から収入の半分を巻き上げた(保証金、保険料などの名目で)。
タクシー営業の管理業務を行っていた銀川タクシー会社の主要な「業務」は集金である。「基本的にすべて『ペーパー会社』で、代理徴収と政府関連部門の通知の伝達のみに責任を負っている」(04年8月6日『北京青年報』)。
銀川だけでなく北京や上海なども例外ではない。九〇年代以降、北京市政府はタクシーの営業権に対して「最も厳格な行政許認可審査制度を実施し」、大部分の営業権許可を「形だけの集団所有性企業にどんどん与え」(中国社会科学院工業経済研究所の余教授)、全くコストをかけずに毎年三十億元もの暴利を稼がせていた。
近年流行しているタクシー営業権の競売は、各地の自治体とそれにつながる資本家に新たなビジネスチャンスを提供した。数に枠のある営業権は売れば売るほど高騰した。山東省青島市では、一九九六年の営業権の価格は十三万元(十年の営業権)だったのが、一九九八年には二十八万元にも達した。一九九九年、浙江省温州市では営業許可証を持つタクシーの市場取引き価格は八十万元にも達している。
銀川では二〇〇三年の時点で、タクシー専用のナンバープレートの市場取引き価格は十二万元にまで値上がりしており、現地のタクシー会社がナンバープレートの取引きをコントロールして中間費用を搾取していた。また各種政府機関もタクシー運転手に対して「徴収、割り当て、罰金の乱発」、車検で難癖をつけるなどして、ポンプで吸い上げるように各種費用を徴収していた。
銀川のタクシー運転手たちは「まるで騙し取られているようだ」と語っているが、役人たちはそれでもまだ吸い足りないと感じている。各タクシー会社が政府の黙認の下、ナンバープレートの取引き市場でたっぷり儲けた後に、市当局は「新管理法」を打ち出すことで、運転手からさらに「何億元もの財政収入」を絞り取ろうと考えた(04年8月7日『経済観察報』)。
だが、今回は官僚たちは計算を誤った。
資本家が地方官僚に圧力
銀川タクシー運転手達は四日にわたる断固たる闘争を展開したが、争議の勝利の理由は多岐にわたる。周知の如く、私有化に反対する国有企業の労働者の闘いでは、多くのケースにおいて銀川の運転手達よりもさらに勇敢で、闘争規模も大きく、長期にわたる闘争があるにもかかわらず、敗北し続けてきたか部分的勝利にのみ終わってきた。また当局はこれまで争議の発生自体を認めてこなかったが(〇三年一月福州市のタクシー運転手三千人のストライキなど)、銀川事件においてはまったく逆に、『人民日報』などの主要メディアにおいて詳細な報道と議論を行わせた。それは一体どうしてなのか。
国内の主流リベラル派の解釈によると、立憲政治の最大の意義は行政権力に対する「分権」と「制限」にある。この基準に照らしあわせると、銀川市政府のタクシー営業権に関する新規定がまったくでたらめ極まりないものであった。
営業権の「有償使用を行政許可に変更」したが、それは国務院の関連規定にも違反している。営業許可証を毎年審査するとしているが、それは「行政許可法」に違反する。新規定が実施前に「一般的に公表されず、公聴会も行われなかった」。また三十日の準備期間を設けなかったことも「行政許可法」に違反していた(寧夏回族自治区人民政府法律室主任の高民の記者会見)。また建設省が要求していた上級機関(自治区政府、財政省、国家計画委員会)への報告および許可を受けていなかった。
銀川市政府は争議を処理する過程において、「極少数の破壊分子」「法律に関する教育と思想政治工作を広範かつ詳細に行う」(「中国ニュースウェブ」)「党員の前衛的模範作用を発揮する」(『銀川晩報』)などの古くさい官僚的言い回しを何度も使用した。このような無為無策の官僚装置は、資本主義社会における日常的な階級衝突に対する効果的措置をとることができなかった。かれらは早急に情勢に順応しなければならないだろう。一言で言えば、銀川当局の間の抜けた醜態が、立憲政治の照明にさらされたことで、私的資本が国家に対して圧力をかける絶好の理由を与えたということだ。
主要メディアは言う。現地政府当局は教訓を汲み取る責任があり「真っ先に問題としなければならないことは公聴過程の尊重であり」「公聴を通じて、双方の受益主体が妥協と共通認識に達し、公共管理の危険の短所を解決することで、いっそう容易に公共管理の効率を高めることができる」(04年8月5日『中国経済時報』)。
リベラル派の政治評論家たちは、当局が「行政業務の怠慢」(銀川市共産党委員会宣伝部新聞科科長の劉福祥)によって受動的にらないよう、誤りを認め、「各受益者がともに尊重され、妥協が協力を作り出す」(同紙)という原則を承認するよう求めた。
労働運動のコントロール
主要メディアは、政府がもうひとつの教訓を汲み取るべきだと考えている。それは「受益関係者からなる業界の協会を設立し、協調作用を十分に発揮し」「それによって政府と特定業界の間に効果的な対話メカニズムを構築する」(〇四年八月六日『新京報』)という教訓である。対話システムとは即ち階級協調メカニズムのことである。
すでに一年以上も前に、学術界では「団結の自由」の名誉回復の呼びかけがなされていた。タクシー業界についていえば、学者たちは「運転手と会社の契約は不平等条約である」、なぜなら「運転手の交渉地位とタクシー会社の経営者の交渉能力は平等ではないから」(北京天則経済研究所執行理事の盛洪)であり、それゆえ「タクシー運転手が自ら労働組合を結成することは非常に差し迫った、そして必要なことである」(社会科学院の余教授)。
こうして、長期にわたって当局が恐れ警戒してきた「団結の自由」という妖怪が、ついに地の底から顔を現した。この現象の背後には何が隠されているのだろうか。
ストライキが発生して、銀川当局が真っ先に心配したことは、ストライキが「外からの投資と観光業に大きな不便をもたらす」(04年8月4日『銀川晩報』)、すなわち投資環境を損なうということであった。地方官僚たちがどれほど尊大に振る舞おうと、彼らは結局はブルジョアジーに奉仕しているのであり、「資本の利益は至高に限りがない」という国家の真理を深く理解しているのだ。
投資家の利益のためなら機動隊を出動させることも厭わず、また懐柔的政策をもとる。資本主義復活から約十年がたった今、政府は労使紛争が個別的な個人的行為というレベルから普遍的に集団化し大規模化していることを認めざるをえなくなっている。「主要な理由は労働者の権利意識の増大にある」(同紙)。極めて悪質な賃金未払い問題が、大量の争議と暴力的衝突を招いている。極貧状態の都市貧困層による官僚と資本に対する個人的報復は日々増加している(最新の事例は、羅賢漢事件である)。
団結とストライキは依然として非合法とされているが、労働者自身の闘いによって、市民の間で無数の人権擁護活動家が誕生してきた。
※羅賢漢事件:今年六月十日、湖南省衡陽市の羅賢漢が、車椅子で運転できる三輪タクシーの営業許可を取り消され生活困難に陥り、報復として行政の管轄者であった副区長を道連れにガソリン焼身自殺をした事件。
ブルジョアジーと学界におけるスポークスパーソンは九〇年代中頃には「何世代かの労働者の犠牲による現代化を」などと叫んでいたが、いまでは労働者農民の要求を無視することができなくなっていることを認識しはじめており、「労使双方の均衡的能力の育成をしなければならない」(03年12月4日『南方週末』)などと言いはじめている。一部の官僚も資本家が鞭の威力ばかりを強調しないよう提言している。「安定した労使関係は企業の発展に有利である」(広東省労働社会保障庁労働争議仲裁室主任弁護士の朱徳良)。
多くの事例(総工会十四回大会における出稼ぎ労働者労組結成を支援するという発言およびその後のいくつかの実例)でも明らかなように、中国ブルジョアジーの(少なくともその一部)は、国際的な先達たちの経験を参考にすることに興味を示しており、百七十一万企業の労働組合の膨大なネットワークを通じて組織的に労働運動を規範化し、思想的に統制し、階級闘争の気運を解体するために、いま発展しつつあるストライキを含む労働者運動をコントロールし、多数の改良主義的活動家を育成しようとしている。
本当の妖怪――階級闘争
だが無視することができないのは、多くの官僚と経営者がストライキ運動に対して抱く本能的な恐怖感と敵視である。銀川のストライキでは、官僚たちは「現行憲法では公民の基本的権利と義務の規定において、公民のストライキ権は規定されていない」(自治区政府法律室主任の任高民)という主張で運転手達を恫喝した。しかし先見の明のあるブルジョアジーの参謀たちは「労働組合にストライキ権がないとすれば、団体交渉の保証もなく、団結権も単なる名前だけのものになってしまう」(中国人民大学労働人事学院の常凱教授)ということを見抜いている。
ストライキのできない労働組合は最終的には労働者(とくに闘争精神の高い労働者)に唾棄され、その後の運動の推移を予測することは難しい。参謀たちは心配げにこう報告する。「自発的なストライキあるいはその他の自発的な集団的行動は、突発性と制御不可能な力があり」、もし適切な対応ができなければ、さらに発展して「労働者と政府の矛盾に転化し、社会全体の問題に拡大し、政治性を有することになる」(同上)。ストライキ運動の政治化、イニシアチブが階級闘争の主張を堅持する革命的労働者の手に握られること――これはブルジョアジーたちにとって悪夢以上の悪夢である。
階級的協調を築くという観点からすれば、国際ブルジョアジーとその政治的代理人が、改良主義的労働運動に対して「スタイルをもう少し力強く、さらに大胆に、主張をもっとはっきりと」し、階級的妥協の技術をみがくことを許容し、それを世界的に普遍的に拡大しようとしていることがわかるだろう。そして後発の中国資本主義は、その学術界のラッパ吹きたちも、「一定の成果があればすぐに解除される」厳格にコントロールされたストライキ活動が、「バランスの取れた労使の協調関係、経済と社会の安定した発展を促すことに積極的な意義をもたらす」(同上)ことを認め出しており、早急に司法の領域で労働組合のストライキ権を確立することを呼びかけている。
もちろん、ブルジョアジーによる「ストライキの自由」の恩賜の本質的な目的は、未来永劫「搾取の自由」を保証することであるので、「政治的ストライキを明確に禁止し、ストライキを一定の規模と範囲内にとどめなければならない」(同上)というわけだ。
労働者の自主的組織化を
労働者の日常的闘争の直接の目的は被害の具体的で、部分的利益を回復することにある。
実際、日常闘争において、労働者はふつう「公認」のブルジョア社会の政治的な符号に依拠しようと努め、それを通じて支配者の許しと理解に代えようという幻想を持ち、さらに多くの人々はブルジョア国家(政府、メディア、政治家)のいわゆる「公正誠実」に強固な幻想を抱いている。その一方で、二十世紀の改良主義的労働運動はすでに多くの経験を蓄積し、無数の老練なスペシャリストと専従者を養成し、そのネットワークは地球を覆い、膨大な資金源を有している。それは変化自在で、精力的に刻一刻と最も効果的な方法を選択しており、まるで(彼らを育成してきた資本主義と同じように)打ち負かされることがないかのようである。しかしそれも結局は見せかけだけのものだ。
一般の労働者がブルジョアジーおよび労働運動界におけるその代理人に対して幻想を抱いていたとしても、自らが「もう耐えられない」と感じ、集団的な直接行動で資本と対抗することができさえすれば、かれらは改良主義的思想と組織の統制を突破することが可能になるだろう。
二十一世紀初めのヨーロッパの労働者はストライキと交通マヒで新自由主義に抵抗し、「福祉国家」を衰退と崩壊から救い出すために闘い走り続けている。われわれ中国の労働者は将来的に工場占拠と市街戦を通じて、資本とその国家装置に対して広範な譲歩を迫らなければならないだろう。
草の根の自主的組織の成長を最優先課題として、労働者がストライキと他の集団的行動を通じて日常の利益を勝ち取ることを推し進め組織し、できうる限り早急に、そしてブルジョア社会に対する労働者の幻想(裁判ですべて解決する、中央官僚が問題を解決してくれる、主流メディアや外国メディアは公正であるなど)を公然と解体すること、これが進歩的労働者と青年がとるべき労働運動の道である。(04年8月17日)
〈インドネシアの友人からのメール〉
大統領選の結果と強まる弾圧
ユドヨノの当選は「新秩序」体制の復活
インドネシア大統領選挙の公式投票結果ではスシロ・バンバン・ユドヨノとユスフ・カラの正副大統領候補が六〇・六二%を得票したのに対し、メガワティ(現大統領)とKH・ハシム・ムサディのコンビは三九・三八%にとどまりました。しかし今回の大統領選で有権者の二五%は投票に参加しませんでした。私たちは彼らをゴルプット(白色グループ)と呼んでいます。
二〇〇四年十月二十日に新大統領が決定され、法的地位を得ることになっていますが、私たちは、新国民代表会議とインドネシアの新大統領は、「新秩序」体制(スハルト時代の政治体制)とグローバル資本主義の復帰にはずみをつけるものだと見なしています(さらに地方議会では前「新秩序体制」すら見られます)。
私たちのこの見解は、メガワティ政権の期間中に起こった幾つかの事実にもとづいています。政府による土地の没収に対するララントゥカの人びととヌサ・トゥンガラ・チムール州マンガライの農民の抵抗闘争で、警察の弾圧によって約十人の農民が殺されたこと、多数の民主化活動家や学生・労働者がその活動によって逮捕されていること、スラウェシ島のミナハサ、ロンボク島のマタラムでの多国籍企業ニューモント社による環境破壊、激しい雇用削減、「スラムのない都市」政策による都市貧民地域の住居の破壊などです。
さらにアチェやパプアでの軍事作戦によって、いっそう多くの民衆が犠牲になっています。メガワティ政権によってTNI(インドネシア国軍)によるアチェでの軍事作戦の実行が正当化されたため、こうした行動への統制が行われなくなり、アチェでは民衆や活動家たちへの誘拐、レイプ、殺害が横行しています。
この背景にもとづいて、私たちはスシロ・バンバン・ユドヨノとユスフ・カラの政権を「新秩序」体制の復帰と結論づけるのです。それはグローバル資本主義の支配でもあります。(04年10月5日)
再生機構は何を救済するのか
ダイエーの興亡
創業からこれまで「主婦の店」、「生活者の立場に立つ流通革命」を合言葉に操業していたダイエーは、最盛期には、驚異の売り上げと多くの顧客をひきつけていた。従業員の多くもこの企業理念に沿って統合されていた。二〇一〇年までには、「物価を半分にする」という目標を掲げてもいた。
この巨大流通産業の要求に応えてきた各メーカーも生産性を高める合理化投資の動機を産業資本の努力によってではなく、商業資本、つまりダイエーのここでいう流通側の働きかけである「物価を半分にする」ための設備更新、技術革新に向けた体制を継続させてきた。
一九九〇年代後半には、全国に食品加工工場の拠点をつくり海外からの野菜や食品を海路交通で運び込み、食品を加工し、パッケージにして、陸路でダイエー系店舗に搬送する仕組みを形成していた。これは、鉄鋼メーカーなどが旧来、行ってきた海路交通の比較的安価なシステムにダイエーの経営陣が、着目し実行していたものだ。
しかし、他の流通産業界のイーオンやイトーヨーカドーとは、店舗戦略にその大きな違いがあった。ダイエーの店舗戦略は、出店した店を担保に別の店を展開し、さらにその店をまた担保に出店するという方法であり、一度つまずくと連鎖的危機につながる体制でもあった。
先にも述べた海外の農業生産物も、そうした日本市場向けの生産体制を敷かれることで地域経済がいびつになる。それに加えて、ここ数年は、出店はおろか自らの店舗の設備更新もままならない現状となっていった。全国にある約一〇〇〇店舗ある規模の優位性を超えて、先にも述べた比較優位の見地からの他の流通産業のライバル店との競争力も低下していった。また、この巨大流通産業に組みしていた各メーカーや関連産業が、こうした影響を多大に受けたことは言うまでもない。
主力銀行のUFJ自体も危機に瀕し、またスポンサーに名乗りをあげた投資銀行・ファンドに十月十八日の締め切りである入札を取りやめる通告をした。
そして十月十四日、ダイエーは、自ら再生機構へ委ねる道を選択した。続いて翌十五日には、社長である高木は、取締役会の席で辞任を表明した。
再生機構は、ダイエーの分割を行い、債権引き受けの相手を入札により模索することになる。その最大有力社が、米国最大流通産業のウォールマートである。先にフランスの流通産業大手カルフールも幕張に進出するなど、ここにも国際的資本の進出、浸透と言われる状況がある。
現在の再生機構が志向する救済措置は、ウォールマート進出の道を開くことになり、それは、最悪の道をたどるだろう。現在、小売商品の購買が伸び悩み、営業力の回復が債権機構の指標となると言われている。しかし、それが回復基調に上らなければ、ダイエーの抱える従業員やパート労働者はもとより、関連会社の従業員のリストラを債権者側は、選択するだろう。
しかし、再生機構が行わなければならないものは、ダイエーそのものの救済措置ではない。ダイエーの危機こそ「物価を半分にする」ことで行ってきたより安価な商品の海外からの買い付け、いわゆるグローバリゼーションの帰結でもある。
再生機構が本来、行わなければならないものは、ダイエーの従業員の雇用保障である。さらに大店舗法といわれる法整備が敷かれ、各地域でのこうした大型店舗出店への批判が渦巻いてきた。小商店や地域の産業にも影響する大型店の出店は、地域経済の破壊にもつながりかねないからだ。
したがって大型店の進出で影響を受ける近隣の商店こそ救済されるべき根拠がある。ウォールマート進出の道を開くことは、こうしたダイエーの抱えてきた矛盾を何ら解決することもなく、国際競争力で優位に立つ海外の流通産業を利するだけである。(浜本清志)
コラム「この属国を創る」
来月二日の米大統領選を控え、連日その行方をめぐってマスコミ報道がまことにかまびすしい。先日まで共和党ブッシュ優勢と報道されていたが、三回のテレビ討論をへて両者肩を並べたと言われ始めている。ブッシュにとって大量兵器などどうでもよく、イラク攻撃のための口実でしかなかった。だが一方の民主党ケリーもフセインは米国にとっては脅威といい、イラク戦争の是非には言及せず、せいぜいブッシュの戦争のやり方が悪いと言っているに過ぎない。こうなるとどっちが勝とうと米国のイラク政策は変わらないことは明らかである。
朝日新聞によると、英国、日本、韓国などの新聞社の共同世論調査では、それでもケリー当選を望む声は各国で圧倒的に多く、ブッシュの当選を望む声が多数を占めたのは、イスラエルとロシアの二国だけで、七〜八割の人々はイラク戦争は誤りだったと述べている。英国、日本、韓国では世論調査で出ている数字=声と政府の政策は明らかに対立している。とくに永田町と小泉内閣はブッシュの「再選」をひたすら願い、自衛隊のイラク派兵の継続を決めているからなにをかいわんやである。
自民党は参議院選挙に「この国を想い、この国を創る」というスローガンを掲げ、「あの国を想い、この属国をつくる」とパロディ化されたが、これが笑いごとではなく実に的を射たものであることが、日々鮮明になってきている。それはあらゆる分野に及んでいる。
今年一月、日本政府はわずか一カ月間に約七兆円もの「円売りドル買い」を行った。連日財務省は「輸出企業の円高を是正する」と弁明的記者会見を行ったが、それは入口で出口は米国のイラク攻撃支援であった。実際に七兆円をつぎ込んで買ったドルは、そのまま米国債の購入に充当されている。日本が現在保有する米国債の額はすでに七十兆円を超えて世界第一位で、第二位の中国の四倍をはるかに超えている。さらに保有額の推移をみてみると昨年三月の米軍のイラク攻撃が始まってから一年半で米国債の保有額は一挙に倍に増加しているのである。
つまり日本政府は米国債の拡大という形で、ブッシュの戦争を支援し続けてきたのである。日本政府がドンドン米国債を買うことで米国の金利の上昇を抑え、アメリカの景気を下支えしてきたのである。この結果が国家予算に匹敵する米国債の保有額になったのである。
小泉はブッシュを「盟友」と印象付けようと必死であるが、ここに現われている現実はどうみても「属国」という関係である。沖縄で米軍ヘリが墜落した時の、住民や消防隊員を排除する米兵の姿、改憲なしに日本の国連常任理事国入りはないというアーミテージ発言、さらには毎年十月米国より日本に出される「年次改革要望書」の性格は、「米国の利益のための外圧要望書」とでもいわれるほどで、規制緩和の諸政策もこれに基づいてなされた。そしてBSE問題に端を発した牛検査と輸入問題の結末。学者によっては「属国」というより「新植民地」というのも理解できる。政治が国民ではなく米国を向いていることの結果である。 (武)
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