| 『教師力』朝日新聞教育取材班 朝日文庫 560円+税 かけはし2004.11.01号 |
急激に解体され
る日本の公教育
近年、仕事を「やめたい」という教員が急増しているという。教員の自主退職や病気退職、自殺も年々増えている。仕事の多忙さや学級崩壊、管理職との確執などが原因と言われているが、それは現在の教育改革の動きとも決して無関係ではない。
現在、日本の公教育は大きな転機を迎えている。今までの文科省の方針はすべての子どもに同じ質の教育を受けさせることで、国の将来を担う画一的で良質な労働者予備軍を育てるというものであった。しかし、すでに国は多国籍企業中心の経済に移行するにあたり新卒採用、終身雇用という「日本型雇用」を縮小する政策を打ち出している。
それにあわせて新しい雇用形態に向けて教育の方針をも転換する必要が生じた。つまり多国籍企業型の少数の上層労働者を育成することが教育に求められる課題となったということである。学校選択や学校の企業化、公教育の縮小などの急激な動きはその端的な表れだと言える。
授業評価制度に
よるストレス
本書は、そのような状況のなかで現場の教員や生徒、保護者などに対して行ったアンケートや取材の結果を中心に構成されている。もちろん、数多い回答のなかには今までの教育を批判する立場から教育改革を支持するものもある。しかし、多くの率直な意見の中からは「ゆとり教育」、「総合的学習」の導入、そして「教員評価制度」と「指導力不足教員認定制度」などの教育政策という形をとって表れる教育の転換が現場にもたらした混乱と問題の大きさが読みとれるのである。
第一部『教師力』では冒頭に、「授業評価」が導入されてから子どもたちを授業に集中させるためのアイデアを休日まで考えるようになったという足立区の若い教諭の声が載せられている。彼女は「マイナス評価が数字で出るから心にずしりとくる。プラス評価を減らしたくないという意識も高まる。数字の力は大きい」と語る。
東京都をはじめ、全国でいくつもの地域が評価制度の導入と同時に、その結果を人事、給与に反映させることを決定した。評価するのは校長や教頭などの管理職である。教員たちの多くはこの制度に疑問を抱きながらも、今までの教育制度が教員に甘すぎたのだという批判を正面から受けて、徐々に評価制度を受け入れはじめている。
また、「ゆとり教育」による生徒の学力低下も多くの教員の頭を悩ませている。山形県の中学校教諭は「豪雪地帯だというのに、検定教科書だけでは、なぜ雪が降るのかすら教えられない。教科書はカラー写真と図が増え、理屈が抜け落ちている」と、現在の学習指導要領に則った検定教科書に対して憤りを隠さない。
最近の国立天文台の調査でも、小学校四、五年生で太陽は地球のまわりを回っていると信じているのは約四割、というショッキングな結果が報道された。公教育が保障する範囲がここまで縮小されていることに一番危機感を抱いているのは子どもの保護者である。
本書のなかで、小学校四年生の子どもを持つ、ある母親は言う。「指導要領がころころ変わっても、子どもが出会う教科書は一年に一度だけ。子どもはモルモットではないんです」。
日本だけでない
教育の市場化
第四部『国家と教育』は、教育基本法改正や日の丸・君が代の強制に見られる国家主義イデオロギーの再浮上や、教職員組合が処分を恐れて組合員の式での不起立などを支援しないという現状、そして市場主義、新自由主義の視点から見た現在の教育改革の内容である。
また、この章では教育についての各国の状況も報告されている。教育の市場化や子どもの学力格差の拡大は日本だけの傾向ではないということ、日本以外の国が教育をどのように利用しようとしているかということが窺えて興味深い。
教育の問題というと、私たちはつい入学式と卒業式、年二回の日の丸・君が代攻防や愛国心強制のみに目を向けがちだが、教育現場での闘いはそれだけではない。それらにほとんど関心を抱かない、ごく普通の教員ですら、子どもたちを差別・選別するための道具として利用され、それを拒否する者は「評価」や「指導力不足」の名で排除されようとしている。
本書は必ずしも小泉政権と文科省による教育改革に反対という立場をとっているわけではないが、教育改革によって何が変わろうとしているのかということを、教員の、保護者の、子どもたちの声から実感できる貴重な資料であると言える。 (深沢瑞江)
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