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 辺野古での連日阻止行動に外洋三カ所のみで潜水調査終了宣言   かけはし2004.11.08号

沖縄に米軍基地はいらない

基地をなくそう!沖縄から日本から全国集会


 十月二十六日、東京・日比谷野外音楽堂で「基地をなくそう! 沖縄から日本から10・26全国集会」が行われ、千五百人が集まった。この集会の主催者は、戦争反対、有事をつくるな!市民緊急行動、辺野古への海上基地建設・ボーリング調査を許さない実行委員会、フォーラム平和・人権・環境などが呼びかけ団体の実行委員会で「米軍普天間基地の返還 ・辺野古への移設反対 ・都市型戦闘訓練施設の建設中止 ・地位協定の改定」のスローガンを掲げた。
 那覇防衛施設局は、辺野古への米軍新基地建設に反対するおじぃ、おばぁたちを先頭とした百九十一日にわたる座り込みによってボーリング調査ができない状態だった。だが、九月九日、キャンプ・シュワブを基点に海上からの潜水調査を強行した。それ以降、反対派は、小型船とカヌーの三〜四隻で阻止行動を果敢に展開してきた。九月二十八日、防衛施設局は潜水調査終了と発表したが、その実態は外洋の三カ所にすぎず、リーフ内ではできなかった。このような辺野古現地の闘いに対して支援と連帯を強化していくためにこの集会が取り組まれた。
 集会は、主催者あいさつに続いて、斉藤勁参議院議員(民主党)、福島瑞穂社民党党首から決意表明が行われた。
 糸数慶子参院議員(無所属)は、「国会議員として、沖縄から米軍基地はいらないという人々の訴えを政府関係機関に訴え続けてきた。基地が日本からなくなるまで、勝利をかちとるまで、ともに頑張っていきましょう」と力強くアピールした。
 沖縄からの発言として、喜納正春さん(沖縄平和運動センター副議長)は、「私は、沖縄社会大衆党委員長、糸数さんは副委員長です。沖縄・那覇市で反自公の政治をうち立てようということで、高里鈴代さん(市会議員)が市長選に立候補しています。応援をお願いします。昨日から政府、防衛庁、外務省などに抗議行動をしてきました。沖縄に基地はいらないという流れを強化し、小泉政権と稲嶺県政を追い込んでいこう」とアピールした。
 次に、山内徳信さん(基地の県内移設に反対する県民会議共同代表)は、辺野古の座り込み闘争とボーリング調査阻止の闘いを紹介し、抗議船チャーターに向けた会場カンパを訴えた。
 ピースボートの中原大弐さんは、辺野古・海上ヘリポート基地建設反対!「平和の『船』を贈ろうキャンペーン」への賛同を呼びかけた。
 最後にザ・琉球ネシアンズの演奏が行われ、参加者全体で「沖縄に基地はいらないぞ!日本から基地をなくそう!」とシュプレヒコールを行った。 (Y)


「沖縄は日本に返還されたのに」
米軍基地被害と日米地位協定シンポジウムin関西

 【大阪】十月二十三日、大阪住まい情報センターで、八月の沖縄米軍ヘリ墜落事故やそれを通して明らかになった日米地位協定のことについての報告・意見発表が行われ、二百人が集まった。
 主催者を代表して、「米軍人・軍属による事件被害者の会」の共同代表である海老原大祐さんが登壇。「今年は息子を米軍の交通事故でなくしてから九年目。地位協定の問題を訴えてきたがその場にあまり若者はいなかった。韓国で米軍の装甲車に女子中学生が轢殺された事故被害者の人にもあった。韓国では十万人の抗議デモが行われた、それが若者中心であったことに感銘した」と語った。
 始めに、池宮城紀夫さん(沖縄弁護士会)が講演をした。「沖縄国際大に墜落した米軍ヘリ事故で、沖縄県知事が要請に行ってもオリンピックにうつつを抜かして会おうとしない小泉首相、交通事故ぐらいにしか扱わない日本のマスコミ、日本国民に愛想がつきた」。
 「安保の地位協定では米軍基地の運営は米国が自前ですることになっているが、実は年間四千億円の思いやり予算がつけられている。日本政府は地位協定を改定しようとしない。米軍人が引き起こした事故の被害者は賠償も雀の涙ほどの額で泣き寝入りしてきた。公務以外での事故の場合、被害者に相当の賠償が支払われるよう特別法をつくるよう要求している。安全とか平和は軍隊では守れない。沖縄の人間はみんなこのことを忘れてはいない」。

 続いて、田村順玄さん(岩国市議)が登壇。「岩国は普天間基地と並び米海兵隊が海外で唯一駐留する戦闘機部隊の拠点基地で、約五千人の兵士や家族が生活している。航空機事故は七十余回。空母艦載機の夜間離発着訓練による騒音公害。米兵の犯罪。今基地沖合に拡張工事が進められている。在外米軍基地拡張工事はおそらく世界で唯一ではないか」。
 「沖縄国際大に墜落したヘリは、9・11後岩国に配置されたもの。同型のものが、岩国からイラクにも行った。米軍人が私用で使う特権を持ったYナンバーの自家用車(岩国には千八百十二台)の問題が、岩国にもある」。
 ここで一部が終わり、二部は若者の意見発表。最初は三人の中学生。
 「ヘリ事故では、日本人が知る必要があるのになぜ撤去したのか。米国には広い国土があるのだから、訓練は米本国でやってほしい。基地があるため、日本は米国に利用されてるみたい」。
 続いて二人の高校生。「地位協定は見直すべきだ。来年米国に留学する。沖縄は日本に返還されたのに、戦争に負けた代償を未だに払わなければいけないのか。同じことをされたら米国人だって黙っていないはずだ。米国人は事実を知らないのではないか。米国に行ったら直接事実をおしえることから始めたい」。
 次に登壇した池田紘子さん(沖縄国際大学の学生)は、「米軍は、操縦士の腕がよかったからここに落ちたと言うが、冗談じゃない。けが人が出なかったことが奇跡だ。小池大臣や町村外相が視察にきたがほんの十分程度。事故のことなんか無視したいだろうが、行動することでメディアも取り上げ、無視できなくさせたい」と述べた。
 最後は沖縄生まれの下地敏史さん(那覇市教委非常勤職員)。「ドキュメンタリー映画づくりで、監督をしている。映画を撮ることで辺野古に行ったが、行かなければ知らなかった。将来自分が何になるかを考え、今何をしたらいいかを考えていきたい。事実を知ってもらう仕事をしたい」。
 第三部は会場からの質問に答えるパネルディスカッション。池宮城さんは「復帰の時独立論もあったが、平和憲法へ復帰するという強い流れで復帰した。確かに社会基盤はよくなったが、金で沖縄は買い取られた。地方分権の流れをもう一歩進めて、自治州としてやるべきだという運動もある。わたしはひそかに独立の夢を持っている」と答えた。
 米軍被害で、なぜ日本国家が賠償しなければいけないのか。海老原さんは「公務外の場合、米国側に見舞金制度があるが、普通の賠償額の一〇%ぐらいだ。復帰後公務外事故で裁判になったのは一件だけ。ほとんど泣き寝入りだ。申告される数だけでも年間二千件もある。日本を守ってもらっているのだから、多少の不利益は我慢すべきだという考えが多い。公務外の事故では裁判権は日本の側にあるが、裁判になっても米兵は出廷せず欠席裁判。判決後は本国に転勤。彼らは全く損害補償をしない」と答えた。
 最後に、都裕史さんが若者の意見発表についての感想を述べた後、特別法は議員立法なので、議員を動かすために是非協力してほしいとの提起があった。(T・T)


コラム

トロツキー生誕125年

 十一月七日は、トロツキー生誕一二五年の日である。この日は、当時のロシア暦では十月二六日、つまり八七年前に労働者兵士評議会がペテログラードの権力を握り、歴史上初の労働者国家を樹ち立てた十月革命の日でもある。
 日本語で読むことのできるトロツキー最初の著作は『われわれの政治的課題』(一九〇四年)であろう。この本は、レーニン批判の激しさをもって知られているが、そうした評価の仕方はレーニンの側からの読み方だ、と思う。むしろ、私が注目するのは、「階級の化身」とも言うべき終生一貫したトロツキーの姿が、二五歳のこの時にすでにはっきりと現れているところである。
 つまり、ロシアはもとより世界中に登場しつつあった新しい労働者階級を、民主主義を実現し国際的なプロレタリア革命を担うことのできる階級としてとらえていたということである。やがて十月革命をなしとげ、共産主義インターナショナルに結集することになるこの階級の実像を、トロツキーはすでにとらえていた。それだけに、「何をもたもたしているのだ」という苛立ちを、レーニンに対して必要以上に執拗にぶつけていたように思われる。
 この永久革命を担う階級の化身という太い流れは、一九〇五年革命の直後に書かれた『結果と展望』の中ではもっと明白なものになり、さらに時をへた第四インターナショナルの建設を含めて一貫していた。スターリニズムがなんとしても押しつぶそうとしたのは、この階級であった。そしてこの階級がなしとげた最後の最後の革命が、ベトナム革命だったと思う。
 ところで、第一インターは国際労働者協会であり、第二インターは第二次国際労働者協会あるいは社会主義インターであり、第三インターは共産主義インターナショナル(コミンテルン)である。それぞれ、歴史的な一時代を代表する階級の結集体であり、それに対応する名称をもっていた。
 ところが、第四インターナショナルには順番をあらわす数字があるだけである。もちろん、その前身がコミンテルン左翼反対派であったことからすれば、「第二次コミンテルン運動」という性格をもって始まったことは間違いない。トロツキーが体現した階級の成果は、いまでは第四インターナショナルの運動の中にかろうじて保持されていると言うこともできる。だが、それはコミンテルンに結集した階級が消滅して以降も、また労働者国家が崩壊して以降も生きつづけている。「第二次コミンテルン運動」の枠をはずれて第四インターナショナルは存在していることになる。
 階級と党=インターナショナルは、どんな恣意も許さない歴史的な存在である。そのため、現実の第四インターナショナルは、その出発の経過を清算したとたんに自らの階級的基盤を失い、根なし草になることは確実である。だが一方、「第二次コミンテルン運動」の枠からどんどん遠ざかるしかないその前途に関しては、いかなる約束もされていないという意味で「壮大な保留」だと言わざるをえない。われわれは、この「壮大な保留」の中にさまようことなく、さまざまな道をたどって形成されるであろう新しい階級運動にむかって、現実の運動とよりそいながら進む以外にない。
 トロツキー生誕一二五年とロシア十月革命八七周年をむかえ、あらためてそんな想いを強くした。       (岩)


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