ピースボート呼びかけ緊急行動
一切の責任は戦争を進めるブッシュと小泉にある
イラクで「人質」となっていた香田証生さんの遺体が発見されたという悲しい知らせが入った翌日の十一月一日、ピースボートの呼びかけで、午後六時から首相官邸前に二百五十人の仲間が集まって、香田さんを悼み、自衛隊の撤退を求める行動が行われた。
ロウソクに火をともして黙祷を行った後、ピースボートの吉岡達也さんは、香田さんが「人質」とされ「四十八時間以内に自衛隊が撤退しないかぎり殺す」との犯行組織の声明が出されたとき、小泉首相がただちに「自衛隊は撤退しない。テロには屈しない」と冷たく言い放ったことを厳しく批判した。
「犯人グループのやったことは間違いだし、許せないことだ。しかし小泉首相の言葉は香田さんを見捨てることになってしまった。最大の責任はブッシュの不法な戦争を支持し、自衛隊を送り込んだ小泉首相にある。十二月十四日で自衛隊派兵一年の期限が切れる。これ以上の死者を出さないために、この日をもって自衛隊を撤退させよう」。
WORLD PEACE NOW実行委員会の高田健さんも訴えた。
「サマワの自衛隊駐屯地内にロケット弾が打ち込まれてコンテナを貫通したという。イラク特措法によっても、自衛隊は引き上げなければならない。サマワが『非戦闘地域』だなどというウソは、もう通用しない。すでに十万人以上のイラクの人びとが殺され、死者は増え続けている。WORLD PEACE NOWは十二月十四日に、日比谷野音で自衛隊撤退を求める集会を行う。ぜひ集まろう」。
ピースボートの若者たちも次々に発言した。首相官邸前は、悲しみと怒りの中で、戦争と占領をただちにやめさせる市民の思いが満ちていた。 (K)
自民党大阪府連に抗議申し入れ
香田さん殺害事件での小泉発言を糾弾
【大阪】十月二十七日にイラクで「イラクアルカイダ機構」を名乗る武装グループに拘束された香田証生さんのことで、小泉首相と日本政府の対応に対し抗議し、解放に向けて、自衛隊の即時撤退と香田さんの解放のための取り組みを要請する行動を行った「しないさせない戦争協力関西ネットワーク」は、十一月一日に、香田さんの殺害に関して自民党大阪府連合への抗議申し入れを行った。
午後六時前、夕暮れせまる大坂城大手門そばの遊歩道に、抗議の人たちが三々五々集まり、六時十五分頃、約五十人が集まったところで「しないさせない戦争協力関西ネットワーク」代表の中北隆太郎さんが、小泉首相と日本政府に怒りを込めて行動の意義を提起し、全員でシュプレヒコールをを行った。その後全体で自民党府連合事務所がある近鉄大手前ビル前に移動、そこに直接駆けつけていた人たちと合流した。その数およそ八十人くらい。
小泉首相への抗議文を全港湾大阪支部委員長の格洋八郎さんが読み上げ、代表団がそれを自民党に届けることにしたが、その場にいた党職員らしく振る舞う人物が「裏から来てくれ」と代表団を誘導する。
残った部分は、その場で自民党、日本政府、小泉首相などへの怒りの表明、自衛隊の即時撤退、イラク占領の即時停止などを求める発言を続けた。関西共同行動、全労協、婦人民主クラブ、護憲大阪、関西沖縄連絡会など市民団体、労働組合などの発言が続いた。
発言の途中で、代表団の黒田さんから「裏から来てくれというのは、抗議・要請文を裏のポストとに入れてくれということだった」と自民党側の不誠実な態度に怒りを表明し、「こうしたこととイラク戦争に突き進む自民党・日本政府の姿勢には一つながりで、許せないことだ」と抗議した。
最後のシュプレヒコールをする頃には、参加者は百人を超えた。今後のイラク反戦の取り組みの強化と、十一月二十三日の「基地いらん!戦争あかん!関西のつどい」への取り組みを確認して抗議申し入れ行動は終わった。 (H)
米軍ヘリ事故抗議集会とデモ
名古屋市民に「戻れ自衛隊」とアピール
【名古屋】名古屋市の白川公園で、「米軍ヘリ墜落事故抗議!普天間基地撤去!戻れ自衛隊!10・23集会」が開催された。九月四日以降有事法制反対ピースアクションの集会としては三回目、約七十人が参加した。
共同代表である、水田洋さんのあいさつから集会が始まった。平和委員会の井上さんからは、十一月三日に開催される「憲法9条を守ろう県民のつどい」への参加が呼びかけられた。
イラク派兵差し止め訴訟の会からは、池住さんが発言。原告をさらに募集し、訴訟に徹底的に取り組む決意が述べられた。訴訟の闘いが全国に広がりつつあることも報告され、十一月五日の第三回口頭弁論への結集も呼びかけられた。
十月十四日、七月に三菱岡崎工場閉鎖問題で看板を掲示し、岡崎市公安条例違反・軽犯罪法違反の容疑で愛知県警公安三課・岡崎署に逮捕された、田中九思雄さんを救援する会からは、「三菱岡崎工場閉鎖問題やフィリピントヨタの闘いで中心的に担ってきた田中さんを、三カ月後事後逮捕することは、市民運動や労働運のへの弾圧である」と指摘があった。そして田中さんは、二十二日に釈放されたことが報告された。
民主党の近藤昭一さんは、「リベラルの会を作った。平和憲法を守ってゆきたい」と表明した。
最後に集会アピールの確認。今後の行動提起。辺野古へのカンパが要請された。
集会後、名古屋の中心地栄一帯をデモ行進。レインボーフラッグは、名古屋市民に「戻れ自衛隊!」を大きくアピールした。
十月三十日、香田さんの安否情報が錯綜する中、ピースアクションのイラクから自衛隊撤退を求める申し入れ行動が、航空自衛隊小牧基地、陸上自衛隊第10師団守山本部に対して行われた。それぞれ、基地指令、師団長に対して、イラクからの撤退、首相、防衛庁長官への意見具申を求めた。守山では、地域で基地問題を取り組むグループの参加もあった。来年に予定されている、陸上自衛隊10師団の「派遣」をとめるべく、愛知での闘いはさらに続く。 (K)
横須賀三笠公園でピースフェスティバル
反基地五十年史に感動原子力空母の母港化阻止!
【神奈川】十月十七日、横須賀・三笠公園でピースフェステバルが行われた。同じ日に市民行事「みこしパレード」が開催され、隣の米海軍基地三笠ゲートは自衛隊も含めた警備が物々しく、パレードの参加者でごった返している。このパレードは地域のみこし上げだが、隊列の先頭はなぜか米海軍のブラスバンドなのだ。
三笠公園は明治の元帥東郷平八郎の銅像、そして戦艦三笠が展示されている。今日はこの戦争礼賛者にとって「由緒正しい」この公園に、数多くの展示と模擬店が立ち並び、ステージ上では賑々しくイベントが企画されている。
別の集会会場で見覚えのある原子力空母の危険性を告発する展示パネルなどがおいてある場所を通り過ぎて、出店を眺める。およそ30団体が賛同しているが、子ども平和クイズ、爆音体験ゾーンなど工夫を凝らした店が並ぶ。奥のほうに地酒、泡盛などを売る店があり、それは国労各支部、高教組の人たちが売っている。北海道の国労闘争団から届いたという珍味は品揃えが豊富だ。中でもマッコルリを打っている売り子さんはとにかく元気だ。地元の市職労や病院労組の人たちは古着、古本などを売り、ODAの行方を告発しているブースもあった。
ステージ上では私が行ったときは月例デモなどで有名なよろずピースバンドが演奏しており、やがて横須賀市職労のエイサー隊が登場してステージの周りには人がだんだん集まってきた。
この日最も印象に残ったのは展示パネルのわかりやすさだった。反基地運動に熱心にかかわっている人ならば当たり前に目にしているパネルの数々なのだろうが、立ち止まって見ていると発見は多い。沖縄のヘリ基地墜落、横須賀港の米艦船のイラクでの所業、横須賀市長が原子力空母の母港化を阻むためにできる5項目、池子住宅増設問題の解説など地域の中からどのように戦争国家化と対峙するかのヒントは多く隠されている。中でも横須賀反基地運動五十年史に心を動かされた。戦争後さまざまに接収地を拡大強化しようとする米軍に対する農漁民の抵抗、朝鮮戦争への弾薬輸送を在日朝鮮人の青年の座り込み闘争、一九五〇年代後半よりエリコン陸揚げ阻止闘争、ミサイル基地(ナイキジャックス)反対闘争、原潜スヌーク入港にたいするたたかいがあり、ベトナム戦争が開始される。
この中でミッドウエイ母港化阻止闘争なども戦われるが、その当時の集会会場の高揚した写真の数々を静まり返った横須賀港の前で見ることには特別な感慨がある。ミッドウエイでは米兵五十人の乗艦拒否闘争もあった。米兵反戦グループの機関紙、帰還兵の会横須賀支部の活動も紹介されている。戦争報道が当時と比べて大きく制限され、前線の現実を想像させないメデアに囲まれたいま、広範な広がりを感じさせる反戦運動をどのように展望できるのだろうか。
「ベトナム戦争」のパネルの中では相模原の戦車のように、「止める」という活動が横須賀ではなかった。目は原潜の入港などいかに入れさせないかということに注がれていた、と記されているが、こうした振り返り方は原子力空母のことを考えるうえでも示唆に富んでいる。
ベトナム戦争が終わると、米軍人個人課税訴訟、反トマホーク入港差し止め署名運動、自衛隊員のアスベスト塵肺被害の告発など「市民運動」的取り組みが脚光を浴びてくる。中でも一九七六年に始まった月例デモは三十年の風雪を経て現在の反基地運動のシンボル的存在である。九五年に作られたパネルだが県内の反基地運動の歴史に無知な私にとって大きな意味があった。
前日には横浜市による池子増設受け入れに抗議する集会が横浜市金沢区で行われ、他に戦争反対・平和の白いリボン神奈川行動実行委と、すべての基地に「NO」を!ファイト神奈川、の共催で同様の集会も企画されている。池子増設が兵士の家族の生活確保という意味で米軍再編の柱であることを考えると九四年に結ばれた国・米政府・逗子市の三者合意を巧妙に反故にした計画を撤廃させるたたかいは重要である。
イラクの人々にクラスター爆弾の雨を売らせ、パレスチナにおいて無法を繰り返すイスラエル軍を後方支援し、飢餓にもがく北朝鮮の動静を監視する米軍艦の数々。地道な活動を継続できない現状に忸怩たる感を持ちつつも、いつの日か暴虐をほしいままにする米軍基地に対する圧倒的な民衆の立ち上がりを心に抱きつつ、決意を新たに三笠公園を後にした。 (M)
10・21大阪国際反戦デー
労働組合の枠を超える闘いを
【大阪】大阪では、全労連系が大阪中之島剣先公園で、平和人権センター・連合系が扇町公園で、そして全労協・関西共同行動などが大阪市役所横の女神像前で集会をした。
過去三年間に何回か、平和人権センターと「しないさせない戦争協力」関西ネットワークの共催によるアフガン・イラク反戦集会が開かれてきたが、今年の10・21ではそれが実現しなかった。「しないさせない戦争協力」関西ネットワークに参加しているおおさかユニオンネットワークの構成団体のうち、全日建連帯労組・関西生コン支部や全港湾関西地本大阪支部は、平和人権センターにも加盟している関係で扇町公園の集会に参加し、大阪全労協は独自集会をもったので、おおさかユニオンネットワークとしてともに闘ってきた仲間たちが二つの会場に分かれる結果となった。
今年の10・21の国際反戦デーは、少数でも毎年10・21の集会とデモを行ってきた「だまっとら連」に大阪全労協がよびかけることで実現した。「沖縄と共に基地撤去をめざす関西連絡会」の竹内さんが、辺野古での闘いを報告した。SACO合意に基づく辺野古の基地建設は、今までは現地の住民の気迫に押され思うようにはいかなかったが、普天間でのヘリ墜落事故を逆手にとって、ボウリング調査を強行。座り込みしていた人も、海上に出て、食事も船の上で朝九時から夕方五時までぶっ通しで阻止行動をしている。阻止行動に使う船が一隻しかなく、後はカヌーを使ってやっているので船を送りたいと、その資金二百万円カンパへの協力を訴えた。
アメリ民主党海外支部副代表スレン・セラノさんのメッセージが代読された。日本には四万八千人の米国人と四万五千人の米軍兵士がいる。ブッシュの行ったことは米国ではよく知られている。ブッシュ政権によって単独行動主義に走っている米国を、ケリー大統領の実現により国際社会と協調し、武力ではなく外交によって目的を達成する路線に戻したいと訴え、ケリーが当選したら、沖縄の米軍基地を撤去するよう民主党に要求する署名運動を始めたいと決意表明した。
最後に大阪全労協の前田さんがあいさつ。労働運動が社会の中で価値を持ってると考えられていた時代につくられた10・21だった。残念ながら今は憲法を破っても平気な内閣総理大臣、職場でリストラがあってもそれに抵抗しない労働組合が当たり前、その中で競争社会ではなく共生社会をめざす労働組合を強めたい、労働組合の枠を超えて共に闘えるような運動を構築していきたい。伊丹の自衛隊がイラクに派遣される時は、労働組合の枠を超えて共に闘えるようになるにはどうしたらいいか、この問題をこれから追求していきたいと述べた。
集会後、大阪中郵まで元気にデモ行進をした。(T・T)
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