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争議権を含む労働3権を闘いとろう!          かけはし2004.11.22号

組合否認と対決しゼネストを準備する公務員労働者


政府との大血戦
が迫っている

 新自由主義グローバリゼーションの旗を掲げた資本と、これを阻止するための労働の大血戦は次第に近づいている。政府の労働法改悪に対する阻止闘争と公務員の労働3権争取闘争が、その中心に立つものと見られる。
 11月の対政府闘争の最先頭に立つものと見られる公務員労組の労働3権争取および労働条件改善7大課題の争取闘争は現在、ストライキ基金百億ウォンの達成と組合員2万人の上京・拠点ゼネスト闘争を勝利に導くために、中央と職場が共に力を集中している。
 現在まで公務員労組に対する政府の態度は公務員労組の発足以来、いかなる変化もない。240の支部、14万人の組合員が活動している実体を認めないのはもちろんのこと、不法団体だとして対話にも応じてはいない。
 このような中でノ・ムヒョン政府は一方的な公務員労組法の立法推進とともに、公権力を動員して公務員労組のゼネストを早期に遮断するために手段や方法を選ばず動いている。いまや政府と交渉を通じた公務員労組法の立法は不可能に思われる。政府の一方的な公務員労組特別法の推進と、これに抵抗する公務員労組のゼネスト闘争があるだけだ。公務員労組は向こう10年を見通す覚悟で労働3権争取闘争に乗り出すだろう。

公務員労組全
国化に至る闘い

 01年2月3日、全国公務員職場協議会発展研究会(以下、全公研)全国懇談会(国会憲法記念館)が開催され、全国公務員職場協議会総連合(以下、全公連)規約案を通過させ、3月24日にソウル大で地域別、職能別150団体の5万余人の会員が参加する、90万公務員労働者の自主的結社体として全公連を発足させた。
 全公連の発足は、政府の職場協議会法の施行令を通した公務員連合会設立の提案の法律的限界を団結と闘争とによって打ち破り、実質的な全国組織を建設したものであり、公務員労働組合へと発展する最初の踏み石を置いたのだった。また、公務員も労働者として明示したものであり、地域および職能別の連合と単位職場協議会へと実現される組織の体系を整え、代議員制度を通じた民主的な意思決定の体系を構築した。
 一方、実定法内の職協活動にのみとどまろうとしていた一部の広域単位の職協残留者たちは現在、政府(行政自治部=省)の特別な待遇を受ける公務員労働組合総連盟(公労総)へと継承されてきた。

広範な連帯勢力
の結集と構築

 全公連は発足以後、労働基本法の回復を主要な目的として掲げ、労働3権争取闘争を共に担うことのできる「公職社会の改革と公務員の労働基本権回復のための共同対策委」(以下、共対委)を構成した。
 共対委は01年5月7日、民主労総を中心に韓国労総、公共連盟、全教組、全国教授労組(準)、民弁、経実連、全国民衆連帯、カトリック労働司牧全国協議会など49団体が参加する中で広範な連帯勢力を構築した。
 共対委は以降、全公連の公務員労組へと発展するうえでの支えとなり、公務員労組を認めない政府に対して共同で闘い、公務員労働者たちを擁護、支援した。

6・9公務員労
組の推進宣言

 01年6月9日、慶尚南道昌原市で全国の公務員7千余人が集まり大規模な全国公務員大会を開催し、「公職社会の改革と公務員の労働基本権回復」を社会的に要求した。
 6・9昌原集会は公務員の最初の大規模集会であり、街頭デモも力強く展開して公務員の労働組合建設に対する国民的世論を作りあげる契機となった。また6・9昌原大会を通して公務員労組を発足させることを公式に宣言した。
 全公連の公務員労組発足の推進に対して政府は本格的な弾圧に乗り出し始めた。6・9昌原大会の主導者として全公連委員長をはじめとする全公連の幹部4人に対する逮捕令状を発布した。全公連は、このような政府の弾圧に抗議し、公務員労組についての正当性を主張するために、7月9日から明洞聖堂など全国4地域で籠城闘争に突入した。籠城闘争は地域連合職協の引きも切らない支持訪問や集団年休闘争、抗議の一人デモなど地域、現場とともに歩む闘いへと発展した。6・9昌原大会は公務員労組の推進宣言とともに7月28日、釜山駅前広場での第2次全国公務員決起大会(1万余人参加)、11月4日のソウル・ポラメ公園での第3次全国公務員決起大会へと続けられて公務員労組発足の重要な転換点となった。

6万4千人で
公務員労組発足

 01年の全公連の熱い闘いの熱気は、ついに02年度3月23日、警察の源泉封鎖(集会や行動が予定されている場所を警察部隊などが封鎖し、立ち入りを阻むこと)を突き破ってソウル・高麗大での歴史的な公務員労組出帆式を打ちぬき、自主的で民主的な公務員労働組合を建設した。
 公務員労組の発足後、各地域と職能は4月、5月に従って本部へと転換し、単位職協は支部へと転換して組織体系と構成を終えるとともに、発足当時6万4千人の組合員が行動を共にした。「公務員も労働者だ」というスローガンを叫びつつ発足した公務員労組は「上命下服の50年の屈従の歴史」にピリオドを打ち、はじめて下位職公務員らが不合理な命令や組織に対する組織的抵抗権を持つ歴史的なことだった。発足当時6万4千人の組合員はいまや240支部、14万組合員へと拡大した。

最初の公務員労
組の年休スト

 公務員労組の発足後、政府は主要な指導部に対する拘束・手配などを通した公務員労組弾圧に熱を上げたものの、公務員労組も指導部の籠城闘争によって抵抗し、公務員労組を死守するための闘争を展開した。
 このような中で02年5月26日に開催された全国幹部決起大会でチャ・ボンチョン委員長は「今年中に公務員の労働3権保障のための具体的な論議や約束などが可視化されない場合、ストライキ闘争を展開する」とのスト宣言を行うとともに公務員の労働基本権問題が社会的議題として浮上した。
 だが政府は公務員労働者の基本的団結権さえ否定する公務員組合法の立法を予告し、公務員労組の抵抗を呼び起こさせた。公務員労組は政府に「公務員組合法の立法を中断し、公務員の労働3権を完全保障せよ」との要求を掲げ、全国的な闘争に突入するとともに、行政自治部(省)長官室占拠籠城、幹部決起大会、争議行為の賛反闘争を経て11月4日〜5日、初めての公務員労組の年休ストに突入した。
 公務員労組の年休ストは公務員の労働基本権の論議を呼び起こすとともに、社会的世論を主導した。年休スト3万人、中央上京闘争5千人が参加する中で2日間展開された公務員労組の年休スト闘争はキム・デジュン政府の「公務員組合法」立法の試図を闘いによって阻止しぬいた。

一層露骨な公務
員労組への弾圧

 02年12月、大統領に当選したノ・ムヒョン当選者は引受委(大統領職引き継ぎ委員会)の活動において「公務員の労働基本権の保障を全教組のレベルとするイ・ホウン議員の発議案を受けいれよ」との注文を公務員に伝達した。公務員労組は団体行動権が保障されていないばかりか、人事、予算、条例などが団体交渉の対象となっておらず、公務員労働者の現実問題を解決するうえで何の力にもならない、と反論するとともに、「一般法による労働3権が保障されなければならない」との立場を繰り返し確認した。
 以後、立法の主管部署を行政自治部から労働部に移管されるとともに労働部が公務員労組法の立法を推進したものの、公務員労組の強力な阻止闘争に「公務員労組が反対するのなら立法を保留せよ」とするノ・ムヒョン大統領の指示にそって03年は立法が保留された。
 04年、政府は国際社会の圧力や労使関係のロード・マップにしたがって公務員労組法を再推進しているものの、公務員労組とのただ1回の協議もなしに一般的に推進している。主管部署の責任者である労働部長官は「公務員労組法には何の問題もない」として公務員労組の指導部との面談の場を蹴って出ていくという常識以下の行動を示すとともに、公務員労組の上京闘争について行政自治部長官と警察庁長が記者会見を開き「集会を強行するなら全員連行して司法処理する」と露骨に脅迫している。
 ノ・ムヒョン政府が発足して以降、公務員労組の集会の源泉封鎖、暴力的連行、拘束、手配など、どれひとつ取っても変化したものはない。むしろ公務員労組法を一層改悪し、露骨な公務員労組への弾圧だけが気炎をあげているばかりだ。

組織の非民主
的運営の問題

 04年5月22日〜23日、「公務員労働3権保障のための争議行為賛反投票」が進められた。争議行為の賛反投票はノ・ムヒョン政府に対して労働3権の保障要求をストライキという背水の陣を敷いて攻勢的に要求し、闘争して行こうとしたのだった。だが争議行為の賛反投票は公務員の労組の弱い環を突いてくる政府の弾圧を乗り越えられず、在籍組合員の過半数の賛成とはならずに否決された。
 争議行為賛反投票の否決によって委員長と事務総長は責任をとって辞退し、首席副委員長の権限代行体制に転換して組織を整備した。賛反投票否決の事態は首都圏に対する政府の集中的な投票妨害などの弾圧が決定的な役割を果たしたとは言うものの、会計問題、独断的組織運営の非民主性を指摘する内部の声が高まったのを考えるとき、組織の円滑な意思疎通、民主的組織運営がいかに重要であるかを改めて確認させる契機となった。

公務員労働者の
政治的自由宣言

 04年4月15日、総選挙に対応して「公務員法」と「公選法」にある公務員の政治活動禁止規定や特定政党の支持および後援禁止規定に真っ向から挑戦し、政治的自由を保障することを要求した。
 公務員労働者は02年、労働組合の建設を通じて「労働者宣言」をするとともに、04年には民主労働党への支持宣言を通じて「政治的自由を宣言」した。すなわち、公務員労働者に対する実定法上の基本権制限規定を、闘争を通じての実践によって撤廃するとの意志の表現だった。
 去る01年、「職場協議会設立および運営に関する法律と施行令」にそった連合会の設立禁止規定を「全国公務員職場協議会総連合」の建設を通じて克服したし、「公務員法」による、労働運動などその他の公務以外の集団行動禁止規定を公務員労組の発足と数多くの集会を通じて突破してきた。
 民主労働党支持宣言は、公務員労働者の政治的基本権を獲得していく過程であるが、実定法違反として指導部は手配、逮捕され拘束されており、裁判では大部分が禁固以上の刑(執行猶予)を受けていて解雇者が大幅に増える予定だ。

公務員労組の
闘争要求と課題

 公務員労組は労働3権争取を核心として公職社会の改革、不正腐敗一掃のためにさまざまな事業を配置した。労働3権の争取闘争は一人デモから年休ストまで組織の全力量を投じて推進してきたし、これとともに公職社会の改革、不正腐敗一掃の闘争を内部の自浄努力から始まって対国民宣伝戦に至るまで幅広く進められた。
 実際的に公務員労組の要求が整理され政府と各機関に要求し、これを中心として闘争を組織したのは02年の公職社会改革、制度改善、労働条件改善の3大核心課題を中心として支部別組合員の要求を集約して03年の団体協約要求案(60余項)として整理したのが始まりだ。
 03年5月から対政府団体交渉を推進したが、政府の公務員労組不認定による交渉の不可、5月22日〜23日の争議行為賛反投票の否決などによって力強く推進することはできなかった。
 04年には労働条件改善7大課題として労働3権の保障を含め要求した。だが政府は責任者の面談さえも回避するなど、不法団体たる公務員労組と交渉はできない、との立場ばかりを繰り返し続けた。
 現在、労働条件改善7大課題は労働3権の保障要求とともにゼネストの要求として提起されており、下半期のゼネスト闘争の勝利の中で現実化することができるだろう。

ゼネストで労働
3権の争取を

 公務員職場協議会として始めてから、すでに5年目だ。よしんば初めは全教組の闘争や民主労組運動の成果を受けて根を下ろしていくという公務員労組ではあったけれども、これからは公務員労働者自らが主体的に闘い社会的に成長、発展していかなければならない。この国で労働解放のために闘い尊い命を捧げた数多くの労働烈士たちから学び、人間らしく生きるために闘っている非正規職労働者、移住労働者、農民、貧民の同志たちとともに固く連帯して踏み出さなければならない。
 公務員労組は民主労組と言うには未だ多くの点で不充分だ。現在は民主労組として発展するための過程にあるのであって、闘争を通じて作り出しているところだ。04年下半期の労働3権争取闘争は、この5年間、民主労組へと突き進むためにわれわれ自らが作り出してきた「闘争の原則を守り抜くことができるのか否か」の重大な岐路に立っている。
 政府は公務員労組の武装解体を要求している。そうであるがゆえにゼネストという背水の陣を敷いて闘うほかはない。巨大なゼネスト闘争の怒涛の中で「労働3権を争取」し、向こう10年を見通す、勝利する闘いを作り出していこう! いざ闘いへ!(「労働者の力」第65号、04年10月22日付、イ・ソンホ/公務員労組組合員)


ポルノ・買春問題研究会設立5周年記念シンポジウム
「ポルノ・売買春問題の現在(いま)」


 このたび、ポルノ・買春問題研究会(APP研)は一九九九年十月に結成されてから今年で丸五年を迎えることになりました。その間、暴力アダルトビデオの視聴分析、ポルノ被害の実態アンケート調査、インターネットにおける暴力ポルノの調査研究などの諸活動を行なってきました。まだまだその活動はまったく初歩的なものですが、今後とも現代社会におけるこの重大問題について地道にとりくんでいくつもりです。
 さて今回、非力ながら五周年を迎えたことを記念して、シンポジウムを開催することにしました。これまでの活動を振り返りつつ、過去からずっと継続しているポルノ・売買春の問題に加えて、新しい形態の被害をも視野に入れて、多様な視点で「ポルノ・売買春問題の現在」を紹介分析し、皆さんとともに考え議論していきたいと思っています。ぜひご参加ください。なお、当日、最新号の『論文・資料集』第5号を販売する予定です。
日時 11月28日(日)午後1時半〜5時
場所 文京区民センター3C
参加・資料費 500円
講師とテーマ
1. 中里見博「これまでのAPPの活動と今後の展望」
2.藤野豊「観光政策としての売買春――渡鹿野島を中心に」
3.清末愛砂「戦時性暴力とポルノグラフィ」
4.山本有紀乃「インターネット時代の暴力ポルノ」


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