| 香港、民主党に対する民意バブルの終焉 かけはし2004.12.13号 |
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9.12立法会選挙とプロレタリア民主派の課題(上) |
九月十二日、返還後三回目の立法会選挙が行われた。「民主派有利」という当初の予想をくつがえし、親中国派、自由派が議席の過半数を制した。特徴的なのはこれまで民主派の主流派であった民主党の衰退である。新自由主義にあえぐ香港市民は、市場原理を信奉する民主党を支持しなかった。その一方でこれまで民主化運動などで過激な言動とトレードマークのゲバラTシャツで注目を集めてきた梁国雄が高得票で初当選を果たした。梁はかつて香港のトロツキストグループ革命的マルクス主義者同盟に在籍し、現在もトロツキストを自認している。以下は、香港で活動する社会主義グループ「先駆社」の劉宇凡同志による今回の選挙および香港民衆の闘争の方向性を考察した論考である。劉同志は民主派内部の左右の分岐が始まっていると分析し、当選した梁国雄を含む左派に対して社会主義を目指す長期的な闘いを訴えている。
今回の立法会選挙の結果は民主建設香港連盟(民建連)など中国派の大勝である、という意見がある。一部の民主派もそのように言っている。もし獲得議席数だけを見るならば、そのような結論が導き出されることは容易に想像がつくだろう。しかし直接選挙枠の各党の得票率を見てみると、一九九八年、二〇〇〇年から今年の選挙まで、民主派全体の得票率はすべて六割を超えているが、親中派の民建連の得票率は三割を超えたことはなかった。しかも今年のかれらの得票率は前回に比べ四ポイントしたまわるものであった。現行の財界に有利な選挙制度に加え民主派のあいだでの競合によって、民主派全体の直接選挙枠の得票率が議席数に反映されず、過半数の議席を占めることができなかったのである。
投票率はこれまでの記録を更新した。これは民主主義意識の一層の浸透を表している。一九九一年に初めて行われた直接選挙では投票率は四割に達せず(三九・一五%)、一九九五年にはそれをさらに数ポイント下回った。一九九八年の選挙では、投票率は五三・二九%に急上昇し、そして今年は五五・六%に達した。九七年の返還以来、中国共産党の広報担当者は投票率の低さを理由に直接選挙に反対することができなくなった。人口の増加を考慮すれば、民主派を支持し親中派に反対する有権者は絶対数でも増加した。
今回の選挙で最も注目に値する変化は、民主派の左右への分岐が始まり、内部的に再編成が行われたことだろう。民主党はすでに長期的な衰退の下り坂を歩み始めている。民主党の得票率は、九八年の四二%から徐々に低下し今回は二四%にまで下がった。二〇〇〇年に行われた選挙では、民主党代表の李柱銘は「われわれには民建連のように宴会や接待を行う豊富な資金源などない」と恨めし気に語っていた。では今回はどうなのか。当選した梁国雄も同じように資金源も、そして支持地盤もないにもかかわらず、なぜ彼は高得票率で当選できたのか。
この十年来、民主党は自らの重大な保守性、ひいては反動性を露呈し続けてきた。政治的にはその弱々しい民主主義的立場、時には偽りの民主的立場が日々明らかにされてきた。経済的には、民主党は一貫して失業保険と最低賃金制の制定に反対の立場を取り続けて来た。その立場は財界と同じく保守反動的なものである。かつての高度経済成長が貧富の格差の矛盾を覆い隠してきたこと、そして中国共産党の反民主性が香港市民の危機感をあおったこと、それによって民主党は「民主主義」というコートを纏うだけで有権者の支持を集めることができた。
アジア通貨危機の爆発は成長のバブルをはじけさせただけでなく、民主党に対する民意のバブルをもはじけさせた。失業率はこの数年の間に三倍以上に拡大した。多くの労働者の賃金が三割ほど低下した。同時期、大企業の利潤は拡大し続け、香港特別区政府は富を貧しい者から富める者に移動させてきた。
労働者民衆は政治的にも経済的にも、中国共産党にも財界にも不満を持っている。一部には変化を求める心理も芽生えはじめている。情勢はますます明確な立場を議員に対して求めている。一層明確に保守的立場に立つのか、それともさらに急進的な立場に立つのか。中国共産党や董建華(香港特別行政区長官)に反感を持ち、民主党にも失望した有権者が、知名度が高く急進的イメージを持った民主派の候補者に投票することは容易に想像できる。その候補者が民主党のような中産階級を獲得対象としたものではなく、下層の市民を獲得対象とした民主派候補であればなおのことである。
これは労働者民衆に民主主義的意識が浸透しているというだけでなく、一部ではその意識がレベルアップしているということを表している。今回の選挙で支持を失ったのは民主党のような中途半端で臆病な政党だけではない。梁耀忠や李卓人など、労働界出身の議員も同じような理由で多くの支持を失ったと考えられるからだ。
梁国雄や鄭経翰などは左の側から民主党の票を奪い取ったが、「四十五条を監視するネットワーク」の三人の著名弁護士は今回初めて直接選挙に立候補し、右の側から民主党と票を争い、民主党の「第二次候補者」の票を完全に奪い去った。これら弁護士の立候補と当選それ自体が重要な変化を反映している。
これまでこれらの弁護士は高貴で温和であることを自認し、闘争、特に大衆的闘争を避けてきた。彼らはまた直接選挙への立候補もいさぎよしとしてこなかった。一体何が彼らリベラル派エリートを世俗的な政治空間に駆り立てたのだろうか。それは疑いなく中国共産党による基本法二十三条(治安法)の制定に固執する立場が、これら穏健で甚だしいエリートたちを運動に駆り立てたのである。
彼らは、一国二制度の安定した局面が終わってしまうという恐怖に強い不安を感じていたのだ。彼らが制度圏へ政治的参加することによって、中国共産党と本当に対抗できるとは考えられないが、親中派政党のような従順さを示すこともないだろう。彼らの参加は、これまで以上に民主党にとって脅威となるだろう。
民主党は、かつては現状に強い不満を持つ大衆的プレッシャーもなく、リベラル派による競合のプレッシャーもなく、容易に票を集めることができた。しかし現在ではどちらの側の状況も変化した。もし民主党が弁護士たちと同じように穏健な立場をとるのであれば、有権者は民主党よりもより高貴な弁護士たちに一票をいれるほうが良いと考えるだろう。
総じて言えば、中国共産党の頑迷な独裁政権と資本主義経済の不況および貧富の格差の拡大によって、香港人の政治的分岐はさらに進んだ。当初は民主党と親中国派という二分法であったが、現在は民主派陣営全体に新しい分岐と統合が出現している。右翼民主派は依然として最大の勢力であるが、その内部派閥はいまだ不安定であり、これまでイニシアチブを持っていた民主党が、さらに有能で社会的地位の高い右翼民主派のエリートたちに取って代わられつつある。
現状について強い不満を持っている有権者は急進的な候補者に一票を投じる。これらの人々の人数とその主張はいまのところ極めて少数で渾然としているが、しかしそれはすでに出現しており、親中国派を不安にし、右翼民主派も無視できなくなっている。
同じような情勢は保守派陣営(民建連と自由党など)にも変化をもたらした。
自由党は中国共産党の二十三条立法に固執する態度とそれに反発する民衆を巧みに利用し、多くの政治的支持を集めた。同党は、これまで直接選挙に立候補する勇気がなかったが、今回は直接選挙枠で二議席を確保した(直接選挙枠で議席を獲得したのは初めて)。
自由党がこの勢力を維持拡大することができるか否かは、今のところ予測は難しい。しかし二つの要素をこの可能性から排除することはできない。一つは、政治が引き続き分岐していく中で、以前は政治には冷淡だった比較的多くの中間層の有権者、たとえば小店主などは、安定を求める強い要望から保守派を支持したいが、中国共産党が一国二制度を守らないかもしれないという恐怖感もあり、親中派である民建連を支持することはできない。このような有権者は自由党を支持するかもしれないということだ。
二つ目に、自由党党首の田北俊による昨年の政治的パフォーマンス(二十三条立法化に賛成する立場から反対する立場へ移行したことで議会内で立法に反対する議員が多数派となった)から、彼らブルジョアジーの政客たちがいまだ民衆をペテンにかける手法を有していることが明らかになったことだ。田のこの手法が際立って賢明だったのではなく、民主派のリーダーたちが際立って愚かであったことから、田への支持が急上昇したのである。
当時の民主派の一部の中心人物は田北俊の偽りの投降(反二十三条陣営への投降)を小躍りして歓迎したが、実際には敵を助ける結果となり、自由党の勢力は拡大し、それまでは民主党に投票していた有権者を自由党に奪われた。敵が強すぎたのではなく、自分が弱すぎたのである。
(つづく)
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