人権防衛のスローガンを
フィリピンとのFTAの締結に伴い、将来フィリピンから看護師・介護士を受け入れることになった。それぞれ百人くらいらしいなど、実態についてはまだはっきりしたことがわかっていない。
「かけはし」紙上では馬場からの問題提起がなされた(11月29日号)。馬場は「将来的には外国人看護師・介護士の受け入れは不可避」であるから「同一労働同一賃金」を防衛することが核心であると提起した。フィリピン人看護師・介護士受け入れ問題に対しては、「同一労働同一賃金」を超えた、使い捨ての圧力にさらされている日比医療・介護労働者の人権を防衛するスローガンを掲げなくてはいけない。
日本はODAを使い日本向けのフィリピン人看護師・介護士を養成するようである。現在フィリピンでは国外への看護師流出により深刻な看護師不足が生じている。私たちがまず要求すべきは、日本でもフィリピンでも看護師・介護士(介護士は日本独自の資格)が働き続けることが出来る賃金と労働環境を整備すべきということである。日本政府はフィリピン人看護師がフィリピン国内で安心・安全に働き続けることが出来る医療体制を構築するためにODAを行うべきである。
フィリピン人看護師・介護士受け入れ問題が私たちに問いかけるのは、これからの日本とフィリピンの医療・介護はどうあるべきなのかという問題である。
市場化と使い捨ての圧力
交渉の経過を見ていると今回の受け入れは、フィリピン政府の要求によるもので日本側が積極的に門戸を開いたわけではないように見える。しかし実態はそうではない。外国人看護師・介護士受け入れは、「少子高齢化」を射程に入れた支配層の医療「規制改革」の中に組み込まれおり、今まで着実に受け入れに向けた地ならしがされてきたのである。
フィリピン人看護師の受け入れは、馬場が懸念していたように派遣になることが確実である。すでに日本の派遣会社が名乗りをあげフィリピンの送り出し企業と契約した。医療業務に派遣が解禁されていなければ、今回のフィリピン人看護師の受け入れはなかっただろう。しかし今年の三月まで医療業務への派遣は解禁されていなかったのである。
派遣解禁の背後には、医療を市場化したい支配層の思惑があり、それは外国人医療労働者の受け入れに象徴される医療労働者の雇用流動化、混合診療・株式会社の医療への参入へと一貫している。
医療業務は一九九九年に派遣が原則自由になっても政令で規制されていたが、「総合規制改革会議」の策動により二〇〇四年より紹介派遣(一定の雇用期間の後派遣先に直接雇用される)にかぎり解禁された。
「総合規制改革会議」は、〇四年度から「規制改革・民間開放推進会議」へと改組した。改組にあたり「総合規制改革会議」のメンバーが「規制改革・民間開放推進会議」へと積み残した課題を整理した資料(安居委員提出資料、安居祥策帝人会長取締役)が発表されている。安居は医療規制改革の大枠を株式会社参入、外国人の労働規制緩和とし、以下三点にポイントを整理している。「
1.少子高齢化が急速に進む中、高いレベルのサービスとリーズナブルなコストを実現するためには、外国人看護師・介護士の導入が必要。2.他方、日本語を話せる外国人看護師・介護士の養成には時間もかかり、円滑な導入のための取り組みを開始することは喫緊の課題。3.多様化する日本の消費者の嗜好に対応するとともに、日本人のヘルスケアのため、外国人マッサージ師に関する市場開放を進めることを検討すべき」。
安居は引き続き「規制改革・民間開放推進会議」でも委員に名を連ねている。そして最近「混合診療」問題で世間を騒がしているのが宮内義彦(オリックスCEO)が議長を勤める「規制改革・民間開放推進会議」なのである。
多国籍企業の利益を代弁する「規制改革・民間開放推進会議」は、医療への株式会社の参入を実現するために着々と条件づくりを進めてきた。なぜなら、現在の保健医療体制では株式会社が参入しても利益を上げることはむずかしいからだ。
株式会社が医療に参入して利益を上げるためには二つの条件が必要である。第一は混合診療の導入であり、二点目は人件費の切り下げである。人件費の中でも病院職員の半数近くを占める看護師の賃金切り下げは大きなメリットを株式会社にもたらす。派遣による外国人看護師の受け入れは、日本人看護師の雇用の不安定化と賃金の切り下げに重大な圧力として働くだろう。なぜなら看護師の賃金は現行の診療報酬体系の下では常に下落圧力がかかり続けているからである。
現行の診療報酬制度では、経験を積んだ技量の高い看護師を配置しても、新人を配置しても病院に支払われる報酬は同額である。看護師が長期に渡り勤務すると賃金を上げざるをえないので病院の収入は減少する。したがって病院経営者には経験をつんだ看護師を雇用しようとする積極的な理由はない。
したがって女性が大部分を占める職場であっても、出産・育児に関わる環境を整備せず数年で退職してくれたほうが経営上は好都合なのである。したがって看護師の給与体系は、勤続しても上昇が低く抑えてある。新自由主義政策がすでに適応された保育では、「高」賃金の経験年数の長い保育士に退職圧力がかかり解雇されるなどの事態が発生している。株式会社の医療への参入が解禁されれば、同様の事態が看護師を巡って発生するだろう。その結果日本人看護師の労働条件切り下げによる「同一労働同一賃金」が達成される危険性がある。
外国人看護師の受け入れは、新自由主義的医療「規制改革」による医療労働者の雇用の不安定化を象徴するものである。したがって混合診療を許さず株式会社の参入を阻止することが出来れば、FTAが成立してもリスクを伴うフィリピン人看護師を受け容れる理由は「病院経営者」にはなくなる。フィリピン人看護師受け入れ問題は、どこまでも医療の市場化と一体不可分なのである。
介護では介護保険によりすでに市場化が行われてしまっている。介護士への使い捨て圧力は今後ますます強まることは確実である。
米国の90年代と医療荒廃
医療に市場原理を導入し株式会社が参入できるようにすれば、医療の質が上がりコストも下がると「規制改革・民間開放推進会議」は主張する。この主張には何の根拠もないばかりか全くの嘘であることを米国医療の現状が証明している。市場という「神の手」は米国の医療を荒廃させ、深刻な看護師不足を引き起こした。
九〇年代に米国医療に市場原理が持ち込まれた。コスト削減のためにほとんどの病院がリストラに取り組んだ。なかでも病院内で最大の人員を抱える看護組織は真っ先に人員削減の対象となった。コスト削減のために看護師配置数は「極限」まで減らされた。過酷で危険(忙しさからミスを犯した場合高額な賠償を請求される可能性がある)な環境が原因で膨大な離職者が発生した。ストライキなどによる社会的抵抗も試みられたが、多くの看護師は個人的抵抗を選択し離職が続出した。
二〇〇〇年には米国全土で約八万六千人の外国人看護師が就労していたが、それでも十一万千人が不足だった。アメリカではその後も離職する看護師は増え続け、看護学校への入学者数は減り続けている。ペンシルバニア州で約四万人の看護師を対象に行われた調査では、22%の看護師が看護職を辞めたいと答えている。このままでは、二〇二〇年までには八十万人以上の看護師が不足すると予測されている。
米国では今までに何回か深刻な看護師不足が発生して来た。しかし今回の看護師不足が今までの看護師不足と決定的に異なるのは、その規模の深刻さもさることながら、病院経営のリストラに引き続いて発生したことである。
九〇年代に利益偏重の株式会社の病院経営により看護組織のリストラが米国のほとんどすべての病院で行われた。なぜなら市場原理の下では、他の病院がリストラによるコスト削減を行い、より「安価」な医療サービスを提供した場合、市場で競合する他の病院もリストラを行わないと生き残れないからである。このようにリストラ競争により連鎖的に医療水準が低下することを、吸血鬼に血を吸われた者が吸血鬼になってしまうことにたとえて「バンパイア効果」という。
リストラにより人為的に引き起こされた看護師不足は、米国医療の荒廃を象徴している。ベッドサイドの看護師が不足すると、どのような結果を招くのか?このような研究結果がある。「(看護師の)受け持ち患者数が一人増えるごとに、@患者の死亡率が七%上昇する、A看護師のバーンアウトが二三%上昇する、B看護師の職務不満足度が一五%上昇する」。この研究結果は「あまりにも忙しくて医療事故を起こしそうで、恐ろしくて米国の病院では働けない」と離職していく看護師の実感を裏付けるものとなっている。
「(入院中に)看護師を捉まえられたことは一度もなかった。ナースコールをいくら鳴らしてもだれも来やしなかった。私はBIDMCの代表番号に電話してナースステーションにつないでもらわなくてはいけなかった」。これは、米国の有名病院BIDMC(べス・イスラエル・ディーコネス医療センター)で行われた患者アンケートの結果である。
米国の現実は、「足りなければ外国からリクルートしてこればいい」という発想が根本的に間違っていることを証明している。看護師が安心して働ける環境を整えることこそが、根本的解決策であり真っ先に取り組むべきことである。
しかし、医療供給を市場原理にゆだねている限り抜本的解決策は取れない。なぜなら株式会社が目指すものは利益であり、患者の安全や看護師の職務満足ではないからだ。
フィリピンの看護師不足
現在フィリピンでは労働者を海外に送り出し外貨を獲得することが国策となっている。海外労働者からの送金額は〇二年度で五十四億米ドル、GNPの約七%を占める。
フィリピン海外雇用庁(POEA)によると〇二年だけで海外就労者数は、百九十ヶ国八十九万人。現在全世界で七百万から八百万人が就労していると言われている。職種で最も多いのが専門職・技術職(三五%)、ついでサービス業(三四%)である。受入国で最も多いのがサウジアラビア(三四%)、ついで香港(一八%)、アラブ首長国連邦、日本は第六位の受入国である。
看護師は専門・技術職に分類され〇二年だけで、約一万三千人が海外で就労している。受け入れ先は、サウジアラビア(五〇%)、英国(二六%)で四分の三を占めている、米国は三%で第七位である。
フィリピンから大量の看護師が国外に流出するのはなぜか。POEAによると三十万人のフィリピン人看護師が国外で就労している。フィリピン医療体制があまりにも貧困だからである。
その結果ますますフィリピン国内では看護師不足が深刻化している。患者百人当たり看護師一人という極めて危険な水準である。医師も含めて医療関係者は低賃金で劣悪な労働環境におかれている。そのため医師の中には、米国の看護師資格を所得して看護師として働くケースまで出現している。
日本政府はODAを通じて日本向けの看護師・介護士を養成しようとしている。本来ODAは、フィリピン人医療労働者が自国民に対し安全な医療を提供でき、十分生活できる賃金が保証される医療体制を構築するために使われるべきである。フィリピンの乳児死亡率は日本の十倍であり、結核患者が六十万人にも達している。これはフィリピンの公衆衛生、医療体制が極めて不十分であることをあらわしている。
日本政府のODAは、フィリピン人看護師が、自国内で働き続けられるための医療体制作りに使われるべきである。看護師不足の国から、金の力で看護師を引き抜くのは倫理的にも許されることではない。
労働者の国際連帯めざし
今回の日比FTAによる看護師・介護士受け入れは、日本における新自由主義政策を通じた医療・福祉政策の後退による公的社会保障政策の後退と密接に関連している。グローバリゼーションは資本の移動の自由を確立したが、人の移動の自由にはきびしい規制を行っている。日本は移民を認めてはいないし、EUも「ダブリン条約」により移民から「要塞ヨーロッパ」を防衛している。各国が外国人労働者の滞在条件を厳しくすることにより人の移動の自由は制限されている。
しかしこのような条件下で女性の移民だけが急増している。原因は西側諸国や新興国における家事・育児・介護・看護などが公的福祉政策の後退により市場化が進行しているからである。日比FTAによる看護師・介護士受け入れも、この流れに位置づけられる。したがって「人の動きは自由である」という原則的立場からフィリピン人看護師・介護士の受け入れれに反対すべきではないという主張は、極めて不十分なものである。
まず問題にされなければいけないのは、フィリピン人看護師が国外に就職先を求めなくてはならない劣悪なフィリピンの医療・公衆衛生体制にある。繰り返すが日本のODAはフィリピンの医療体制を拡充されるために使われるべきであることを訴えなければいけない。そして私たちはフィリピンの医療体制を早急に確立する闘いのために、フィリピン医療労働者との連帯を模索する必要がある。
フィリピン人看護師・介護士受け入れは日本の医療・介護の市場化と一体の問題である。医療・介護を市場化しようとする支配層の狙いを暴露し公的福祉政策の後退を許さない闘いを始めよう!すべての国の看護師が自国で働き続けることが出来る労働環境を、看護師のインターナショナルな闘いで勝ち取ろう!
医療への株式会社の参入反対!混合診療反対!有効な治療を速やかにすべて保険適用せよ医療への紹介派遣を止めろ!公的社会福祉制度を拡充せよ!保険ではなく介護は自治体が保障せよ!看護師・介護士が働き続けることが出来る労働条件を整備せよ!
フィリピン医療・介護労働者との連帯を!ともに使い捨てにされないために!(矢野薫)
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