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05年の政治情勢の展望と課題              かけはし2005.1.24号

民衆政治の失踪を警戒し支配階級の動態を注視せよ


改革勢力と保守勢力の大妥協

 韓国とドイツの親善サッカー競技で韓国が3対1で勝利すると、イ・ブヨン開かれたウリ党議長は、4対3で勝てば申し分ないが、3対1でも良い、と語った。勝てない相手とばかり考えていたドイツなのに、わが庭に呼んできて3対1のスコアで勝ったのだから、いい気にもなる。同じ思いから、4大改革法案はすべて通過させたいが、国保法(国家保安法)は譲歩し、残りの3大改革法案だけを合意して処理しても大勝利、という話だ。
 12月21日、開かれたウリ党とハンナラ党の4人の代表はb30日の本会議で予算案と派遣延長同意案の処理b4大争点法案の会期内合意処理の原則b国保法とその他の争点法案は4人の代表会談などで論議b常任委での処理法案の法司委での即時処理などを合意した。これまでの綱引きの過程から推してみると、これは与野党の大妥協と言っても言いすぎではない。
 総選挙直後の04年5月3日、チョン・ドンヨン開かれたウリ党議長とパク・クネ・ハンナラ党代表が会談を開き「新しい政治と経済発展のための与野代表協約」、いわゆる相生の政治協約の締結以降で最大の政治的妥協だ。
 5月3日の妥協がb民生優先・経済優先b腐敗政治との完全絶縁b経済再生と働き口創出へのまい進b政経ゆ着と腐敗政治の根絶b仕事をする国会b韓(朝鮮)半島の平和の定着と共同発展b大韓民国の未来を準備する国会など5大課題で抽象的かつ包括的な妥協をしたとするならば、12月21日の妥協は具体的な法制化の懸案をめぐってなされた妥協だという点において、著しい違いがある。
 保守勢力と改革勢力間の争いが一刻たりとも止む日のなかったのは極めて当然のことだ。弾劾、総選挙、経済危機論争、4大改革立法の論難など事案の事件は、とどまることなく続いた。
 時には支配分派間の綱引きは、対立が破局に見えもするけれども、真実はそうではない。国会での暴挙やもみ合い、あるいは場外闘争の演出などは、新自由主義支配連合というルールを破ることと関係がない。国会の塀を越えるにしても新自由主義支配連合の枠から脱線しはしない、というわけだ。
 今日、新自由主義の政治危機が常に存在しており、その危機が深化するのは必然だ。ところで、これは被支配階級の抵抗の大きさに、何よりもまず規定される。
 政治危機においては支配階級内部の対立に伴う危機は副次的、かつ従属的に作用する。支配階級全体の利害から離れた支配分派間の政治的対立へと飛び火するケースを見出しがたいのも、そのせいだ。したがって新自由主義の政治危機を論じるとき、新自由主義支配連合が危機に常時的にさらされているものの、同時に絶えず危機管理能力を拡張するという点も、ともに把握しなければならない。

ウリ党とハンナラ党の共通分母


 開かれたウリ党とハンナラ党は、その支配分派の政治的組織的表現物であり、両党の総務会談や代表会談のごときものは、その危機管理システムの最高の形式、というわけだ。
 開かれたウリ党とハンナラ党は大きな共通分母を持っている。ところで今日、進歩勢力を自称している多くの人々が、この共通分母を見ることに二の足を踏んでいる。保守勢力に対する、何でそんなことをするのか分からないという気持ちが大きいからだ。
 長い民主化運動の歴史的脈絡に起因することもあり、改革のイデオロギーに露出された要素もあるが、この位置から一歩退いてみようとはしない。だから共通分母が、いっこうに目に入っては来ないのだ。市民運動の多数や進歩勢力の一部がそう言っているので、便宜上、親改革勢力と言っておこう。
 共通分母と言うのは、こうだ。米帝国主義と固い同盟を維持し、虐殺戦争に軍人を送り、超国籍資本に労働柔軟化の血の祭物を捧げ、資本のための経済自由区域と企業都市建設に拍車を加え、農業、医療、教育、文化などすべての領域で市場化、開放化を煽り、社会的貧困によって結局、4歳の子どもを洋服ダンスの中で飢え死にさせる……この重大な諸事件は、いささかの常識で見ても共通分母が見えるというのに、そもそもこれを見ようとはしない。ひとつひとつが人民の暮らしを侵犯し、生存を脅やかしている犯罪行為であり、その犯罪者は開かれたウリ党とハンナラ党なのだが、この事実を受けいれない。
 問題は、見ようとせず、受けいれようとしないこと自体ばかりではない。保守勢力と闘うのが民主主義であり進歩だと考える信念や、その信念にしたがった行動をやり続けるということに深刻性がある。これは民衆運動を撹乱することにとどまらず、状況によっては支配階級の利益に奉仕する事態へと広がる。実に不快なことこのうえない。
 今年(04年)の代表的例は上半期の弾劾局面での「民主守護、弾劾反対」運動、キム・ソニル氏の死を前後した時期の「派兵反対、米国反対」運動、そして下半期の国家保安法廃止を含む「4大改革立法争取」運動だ。
 3月12日、国会で弾劾訴追案が可決されると民主労総の親改革勢力は即刻「弾劾無効」、「ノ・ムヒョン支持」の内容を盛り込んだ最初の声明を出したものの、批判が高まると「保守腐敗政治の清算」と「ノ・ムヒョン政権の審判」へと改めて発表するというハプニングを繰り広げた。
 弾劾無効と弾劾に賛成した守旧腐敗政党を総選挙で審判しようという「汎国民行動」の活動は、結果的に開かれたウリ党に票を結集させることに、この上なく寄与した。親改革勢力が内心で望んでいたことを実現したのではないかという思いもする。
 キム・ソニル氏の死以後、改革勢力を支持、連帯、けん引すべきだとの考えをもった進歩勢力の思考と行動は常軌を逸していた。派兵の局面で、その中味をそっくりさらけ出してみせた。キム・ソニル氏を死に追いやり、ブッシュと全く同じ語り口でテロに言及したノ・ムション大統領に、「糾弾」と「謝罪」を要求することから一歩たりとも進まなかった。
 ノ・ムヒョンのせいを官僚のせい、米国のせいへと回すのに、きゅうきゅうだった。「退陣」の話を持ち出そうものなら嵐に身震いする白楊もかくやとばかりの人もいたのだから、何をか言わんや、だ。
 4大改革立法争取の活動に乗り出した親改革勢力の姿においても不幸は続けられた。開かれたウリ党とハンナラ党が綱引きする過程で最初の趣旨がボロボロになってしまった4大改革立法、それにしがみついている間に共通分母に該当する諸法案は続々と通過したり、また通過を目前にしている。
 企業都市法と経済自由区域法の改正、公務員法などはすでに通過し、非正規(職)法案は通過したも同然と見るべきで、自由貿易協定はスピード・アップされており、派兵延長同意案、新自由主義の投資関連3法などは出番を待っている。おしなべて民衆の暮らしに直接的、かつ致命的な影響を及ぼす諸法案なのに、もともと関心を持っていないかのようだ。
 政治地形は変わり続ける。政治勢力間の力関係は制度圏であると非制度圏であるとを分かたず形成される。とは言うものの、04年を総じて見ると、ハンナラ党は変化への身もだえ、開かれたウリ党の統治主導権の強化、親改革勢力の発言と影響力の拡張、民衆政治の矮小化と自救策の苦心などに圧縮される。
 ニュー・ライトの出現は偶然はないが、保守勢力自らが合理性や自由主義を自省する中で変身を図るだろうし、改革勢力は新自由主義の政治危機を管理するためのさまざまな方法を動員するだろう。そして親改革勢力は改革勢力と民衆運動の間でシーソーをしながら撹乱要因として活躍するだろう。
 ところで集中し、かつ緊張しつつ探って見るべきは、むしろ民衆政治の矮小化問題だ。民衆政治の矮小化は、この数年の流れや傾向に対しては格別の診断と処方が必要だ、そうでなければ早晩、「政治の失踪」の危機にぶち当たり、にっちもさっちも行かなくなりかねないだろうからだ。

新自由主義の政治危機管理


 04年を振り返ってみると、支配階級がどのように生存しているのか、どのように再生産されているのかが見える。支配勢力は自ら変化し、すべての事案ごとに能動的に対処する中で支配秩序を維持する。03年10月の再信任国民投票以後、支配勢力は政治資金法を含む政治関係法の波動を経験するとともに、支配秩序内部の浄化の過程を歩んだ。
 保守勢力は、それに続いた弾劾のしっぺ返しで総選挙の敗北という結果に甘んじなければならなかった。一般民主主義の拡大であり、新自由主義政治改革の過程の脈絡だと言えるが、改革勢力はこれを経過しつつ主流支配階級へと、安着したのは結局、偶然ではない。
 だが新自由主義の政治危機は支配勢力の内外に常に存在する。支配勢力は政治危機を実体として感じており、したがった多様な法制度的対処や現実の介入を通じて危機を管理する。支配勢力全体は蓄積する危機の深化と、これに伴う社会的貧困の広がりおよび社会の不安定性の増幅が支配秩序を脅やかす最も深刻な問題だということを認知している。
 したがって新自由主義のグローバリゼーションに伴った国家間、資本間の競争の激化、慢性的不況、常態的失業と雇用不安、労働柔軟化の強化による社会の不安定性の増幅に緊張が抜けない。社会安定網を維持し、民衆の抵抗を管理することに没頭するというわけだが、04年中に推進されたさまざまな法制度化も、この脈絡の延長におかれている。
 非正規(職)法改悪案の推進、企業都市法、経済自由区域法の改正、自由貿易協定の推進などは労働の柔軟化を根幹とする。労働者の反発を予測しながらも、労働柔軟化の強化、市場化、開放化政策を繰り広げざるをえないのは、今日の資本の危機の程度や、その危機の責任をどんなやり方で、だれに押しつけるのかを見せつけている。
 また公正取引法、新自由主義投資3法(基金管理基本法、民間投資法、国民年金法)改正案などは新自由主義的経済政策の一時的処方であり、経済危機に対する政治的処方でもある。年基金の株式投資について「原則許容、例外禁止」に変え、民間企業が建設―移転―賃貸(BTL)方式で社会間接資本(SOC)に投資するようにするものだが、これは公共基盤の弱化へと結びつくばかりでなく、株式および不動産投資の雇用など、年基金を投資市場に露出させる危険千万な諸法案と言わざるをえない。
 開かれたウリ党とハンナラ党は実行上の利害において一定の違いがあるだけで、急いで処理して硬直した資本運動の息の根を断つべきということでは、目くそ鼻くそほどの違いもない。
 これに加えて、開かれたウリ党による刑法での代替、またはハンナラ党の国家安全保障法案へと値踏み中の国家保安法、そして今回の本会議では処理されはしないものの、すでに上程されているテロ防止法などは今後、被支配階級の抵抗や行動を法制度的に管理していくとの意図を内包している。公務員法も広い意味で、このような流れにかみ合っている。
 支配勢力の政治危機管理は法制化のレベルにとどまらず、現場にまで及ぶ。04年、ノ・ムヒョン政権は労働者民衆の抵抗や闘争を効率的に管理するための多様な戦術を展開してきた。特に労働者の抵抗に対して制度内外のさまざまな装置を稼動、優勢を維持した。
 大まかに言えば、労使政委員会の再稼働の試みと非正規法案推進の強行など労働関連の最大の諸懸案を一体的に調律する中で、労働運動を分割、けん引、打撃を加えたし、各論では市場化、開放化の必然性の誇張、産業平和の論理の強調、損賠仮差し押さえと職権仲裁、大工場労働者の賃金論と社会貢献基金の政治的受容、スト前後のマスコミを動員したイデオロギー攻勢、労使政のチャンネルの適切な稼働など該当局面、ヤマ場ごとに適切な戦術の配置によって労働運動を総体的に圧迫した。

民衆政治の長期企画の準備を


 現在の政治地形と民衆政治の危機を判断するに、民衆政治が当分の間、対資本、対政権との闘いにあって優位に立つのは難しいだろう。支配勢力は強く、撹乱要因が余りにも多いからだ。
 04年もさまざまな攻撃があったが、05年には、さらに多くの攻撃があるだろう。社会的合意主義、社会的交渉、労使平和、社会貢献基金、産業共同化、職権仲裁、マスコミの動員、公権力(警察部隊の動員)……新自由主義のグローバリゼーションが階級的に刻印された支配勢力の動態に一瞬たりとも目をそらさず、攻撃と対決しながら体得する戦術の苦悩もしなければならないだろう。時代を超越して、戦略や戦術なしに、闘い勝利した事例というのは、とりわけてなかったのだから。
 05年には民衆政治の長期企画を準備する年に、労働運動と社会運動のしゃくし定規の区分や粗っぽい組み合わせではなく、民衆運動の全社会的な議題と代案を大衆的に提示し、疎通する活動に集中する必要がある。ただ、代案の全社会的議題の形成は現存する組織の枠組み内でではなく、ぜひともその境界を突き破る実践の過程を伴わなければならないが、これはその企画の主体形成の前提条件でなければならない。(「労働者の力」第69号、04年12月24日付、ユ・ヨンジュ/会員)


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