| 非正規職撤廃にむけて忠北地域労働者が連帯 かけはし2005.6.27号 |
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政府・資本の分断、警察による暴力をはね返し地域ゼネストへ |
ゼネストにむけ
た現段階の実践
同志たち! ときが来たら「本当に地域ゼネストは、ちゃんとやれるのか」との懐疑感もあるだろう。実際に現場を組織することは、決してたやすいことではない。だが政権や資本は、はたして地域ゼネストができるのか注目している。
われわれが資本に脅威となるゼネストをキチンと打ち抜くことができるならば、ハイニクス闘争は決して敗北しはしない。2005年各単社の主要闘争要求である非正規差別撤廃―正規職化要求は決して死文化されないだろう。そして、このような正規職・非正規職共同闘争の経験は全国に広がっていくだろう。
1人で悩まず、活動家たちが共に集まり、ハイニクス闘争勝利のための忠北地域労働者連帯スト勝利の道を開拓しよう。われわれの経験を集め、知恵を寄せ合い、決意を結合する(仮称)非正規職撤廃、忠北地域労働者連帯スト貫徹のための忠北地域現場活動家大会を作り出そう。
そして再び、労働者の連帯と団結の気風を作り出し、具体的な現場での実践を決意しぬこう。
――非正規職撤廃、忠北地域労働者連帯スト貫徹のための「忠北地域現場活動家決意大会」提案書より。
力を後退させて
いる民主労総
民主労組運動の最大の力は全国ゼネストによって発揮される。政権や資本は、この真実をあまりにもよく承知しているがゆえに、手段や方法を選ばず全国ゼネストを撹乱させてきた。96〜97年の全国ゼネスト以後、威力あるゼネストは事実上なかったといっても過言ではない。政権や資本の階級分裂政策や弾圧が巧妙になったことが大きな理由であろうが、民主労組運動がある程度、改良化され体制内化されたことも無視できない理由だろう。
いつの間にか、民主労総の「ゼネストの指針」は、あの羊飼いの少年の叫びとなり、揚げ句のはてに民主労総の現指導部は「ゼネストの指針」を適当に繰り返すという状況にまで至っている。階級的民主労組陣営にあってはそれぞれ躍進はしてきたものの、全般的な無気力を阻みきれなかった。
一方、ノ・ムヒョン政権の新自由主義の労働政策は労働者階級の血を涸らしており、その結果としてこれまで注目されていなかった新たな闘争の主体たちが相次いで起ち上がっている。彼らは悪法でさえも適用されない、労働法の死角地帯にいる非正規職の労働者たちだ。非正規職労働者は組織化が難しく、まして闘争は一層困難であるがゆえに、彼らの闘争は「見てくれの妥協的闘争」ではなく、「命を賭けた闘争」とならざるをえない。
それにもかかわらず民主労総は、非正規職労働者たちの個別闘争に対して全国的戦線を形成する実力や意志がとてつもなく欠如しており、守られもしない「保護立法を闘いとる」ために労使政委員会にしがみついている状況なのだ。
現場・地域の下
からの大衆闘争
切迫した立場と境遇の間柄のせいか、以心伝心、清州のハイニクス・メグナチップ社内下請労組と蔚山の建設プラント労組の闘争は、地域闘争以上に発展した。ここで、地域を基盤とした現場活動家たちの、連帯闘争としての地域ゼネストの意味に注目する必要がある。
今日まで総連盟の指針を基準として各連盟や地域を経て単位の現場で組織されるという形式の民主労総のゼネスト戦術が全般的に力あるものにはならないという結果だったのに反して、現在、作り出されている地域ゼネストは単位現場の切実さを基準に、現場活動家たちの連帯を通じて地域闘争へと広がっており、地域本部と各連盟を経て総連盟を闘争へと引っぱり出すという、実際に力ある闘争の雰囲気を作り出している。
民主労総のゼネスト戦術は、しばしば官僚的な形式で組織され、揚げ句にはそれさえも回避する傾向が高まっている間に、階級運動陣営もまたゼネスト戦術を強調するにもかかわらず実質的闘争の組織化に踏み出せないという一種のマンネリズムに陥ったりもした。けれども現場から開始されている闘争の切実な連帯の必要性が、階級運動陣営の任務を再び規定し始めたのだ。実際に蔚山と忠北で繰り広げられている現在の地域ゼネストの流れは、口で言うほどに簡単に説明できたり、何かのはずみでそうなったというものではなく、現場活動家たちのたゆむことのない大衆的な闘争の組織化を通じて実現されたものだ。
重層的に組織さ
れた連帯闘争
民主労総指導部にゼネストの主導的な組織化を望みえない状況にあっては、彼らをけん引し抜く方法は大衆的な闘争の拡大以外にはない。個別化した単位現場の諸闘争、特に非正規職労働者たちの闘争は実際には新自由主義の労働政策の結果として作られている全階級的な問題であり、政治的な問題と連結するがゆえに、階級的現場活動家たちはこの点に注目し、この個別化した闘争を正規職・非正規職の連帯闘争へ、地域の連帯闘争へ、全大衆的な闘争へと拡大しなければならない。
それを可能にする大衆闘争の戦術として地域ゼネストは極めて重要な意味を持つ。また地域で組織された建設プラント労組の業種同盟が実現されている。再び労働者が連帯と団結の気風を作り出し、具体的な現場実践を通じて重層的に組み立てられる連帯闘争が、ゼネストを一層強力に結束させ、政権や資本をぶるぶると震えさせることになるだろう。
いまだ地域ゼネストの流れは弱いがゆえに、ハイニクス闘争と、建設プラント闘争の結果は充分に明るいとは言いきれない。当面、この2つの地域ゼネスト闘争がさらに緊密に連結され、不正派遣闘争などの非正規職の懸案の闘争が互いに結束することになれば、闘争の勝利は一層、手に届くものとなるだろう。
今、単位の現場と地域の現場活動家たちが地域ゼネストを直接、掘り起こしたとするならば、その地域ゼネストの連結と拡大は、これを放棄している総連盟の指導部だけが望むものではなく、闘争の各主体がより積極的に自身の重要な任務として地域間の連帯を拡張することも可能となるだろう。
再び戦列を整え
ゼネストの旗を
今、5月27日の蔚山での全国労働者大会が目前に迫ってきた。そして6月闘争が続くだろう。だが地域ゼネストの流れは、民主労組運動の危機を突破する新たな何か、ではない。この間、体制内化し、改良化した民主労組運動が失ってしまったか、あるいは忘れていたものにすぎないだけだ。
運動の危機は、いつも上層指導部の堕落と裏切りによって生じるものであり、闘う労働者が作り出したものではなかった。労働者の階級的闘争こそが民主労組運動の危機を突破し、自浄する役割をはたしてきた。再び戦列を整え、ゼネストの旗じるしをキチンと掲げる時だ。そうして今1度、勝利の歴史を記録すべきではないのか? (「労働者の力」第79号、05年5月27日付、ホ・ソンホ/編集局長)
5・20清州、中部圏労働者大会
地域・職種を超えてゼネストを準備する闘いを実現
カバンに石を準備
までする機動隊
ハイニクス130余人の組合員たちの闘争が150日を超えた。そしてその期間中、忠北地域本部や、そのほとんどが正規職である地域の現場活動家たちの連帯闘争は、メーデー闘争を通じて全国的な関心を集め始めた。20日の地域ゼネストの準備のために5月7日、100余人の現場活動家大会が開かれ、これを土台として各現場で具体的な闘争を組織し、忠北地域を超えて忠南、大田、京畿、ソウル、江原地域の現場活動家たちを組織した結果として5月20日、中部圏労働者大会をハイニクス・メグナチップ工場前で力強く開催した。
労働者大会が開かれる前日、ハイニクス会社側はコンテナ・ボックスで工場の周囲にバリケードを築き、当日は5千人の警察部隊が配置され、労働者大会に参加する各地の労働者たちを検問、検索した。蔚山建設プラント労組、現代自動車社内下請け支会など闘争中の事業場の労働者たちが連帯し、各地から労働者たちが2千余人も集まった。本大会を終えて代表者らが交渉要求のためのハイニクスへの抗議闘争のさなかに、警察は代表者であると組合員であるとを分かたず暴行を働いた。
以後、市内に行進する過程でも警察は絶えず暴力的挑発を行った。甚だしくは、あらかじめカバンに石を準備してきた戦警(機動隊)たちさえいた。サチャン交差点で総括集会を始めるときまで、警察による流血の鎮圧は、ひどさの度合いを重ねていった。その過程で数多くの労働者らが楯で裂かれ、鎮圧棒で割られ、石に当たるという被害を受けた。特に1機動隊の楯の下部は刃のように不法改造したものだったのに、鎮圧の過程で殺害される労働者が発生しなかったのは、千に1つ、万に1つの幸いだったと言うほかはなかった。
今回の中部圏労働者大会で特別に笑えない、だが笑わせる2つのハプニングがあった。1つは他の用務で来ていた民主労総イ・スホ委員長に忠北本部がチャムコリを買って行き「ご苦労さまです」とだけ言い、労働者大会に来いということもなく、そのまま戻ってきたという。これに対し、ばつが悪くなったイ・スホ委員長は直ちに大会場にやってきて顔見せ興行をした。だが大会が始まりもしないうちに、公共連盟の研修会に行くとの理由で大会場を後にし、全国から集まった労働者たちがまゆをひそめた。
もう1つは、各地域から集められてきた戦闘警察が、3日前の蔚山での戦闘での凄惨な敗北を忠北地域の労働者たちに腹いせしたことだ。特に1001、1002、1003機動隊は素手の労働者たちに、老若男女を問わず無慈悲に流血の鎮圧をしたが、上部の命令に服しない鎮圧であったことから直ちに、労働者・市民らが見ているその現場で上官から制止(?)され、不法鎮圧は「鎮圧」された。蔚山の戦闘がプラント労働者たちの力によって作り出された無政府状態であったとするならば、清州では警察が自ら無政府状態を演出したのだ。
警察と対決する
蔚山プラント労組
蔚山プラント労組がスト61日目を迎えていた5月17日に予定された「嶺南圏労働者大会」は、開始前から緊張した雰囲気だった。5月6日のSK正門進出の試みの過程で街頭闘争を展開し、公権力の暴力を退けたことによるためだった。
その日、これまで公権力の侵奪に一方的に追い込まれていた蔚山プラントの組合員は自らを保護するために武装し、ごう慢に暴力をふるっていた警察を追い払ったのだった。
「腹が立った警察が、おとなしくしてはいないだろう」、「きょうは激しくならざるをえない」など、集会がスムーズには進められないだろうとの予想がうわさが流れていた。これを証明するかのように警察は集会場所に入って来るすべての車両の検問・検索を行い、車両にあるガラスびんはもちろん飲料水のびんまで押収した。そしてSK精油工場わきの交差点の道路に27個中隊の警察部隊が配置されていた。
重々しい雰囲気の中でも全国建設産業連盟所属の労働者を中心に、連帯の隊伍は集会開始前から蔚山石油化学工業団地内の外国人工業団地の敷地に到着し、連帯の力を蓄えていた。警察の検問・検索によって、予定されていた時間よりも遅い午後3時30分ころに約3500人の隊伍が集まる中で「嶺南労働者大会」が始まった。民主労総の代表者たちの演説が続き、本集会はスピード感をもって進められた。
本集会が早々に切り上げられると舞台から「街頭行進の準備を10分以内で素早く終えよう」との指示が下された。この号令とともに蔚山プラントの組合員らは一潟千里で動き、街頭闘争を準備した。ストの隊伍全員が、武装した死守隊となったのだ。まだ5時になっていない。隊伍の整備を終えて、集会の参加者たちはSK正門に行くために問題の交差点を目指して前進した。
だが警察は、すべての進路を阻んでいた。SK正門方面への側面道路はコンテナ・ボックスを利用して工場の塀で阻み、2つの道路前面は警察部隊を配置して、集会の隊伍がそれ以上は進めないようにしたのだ。警察部隊の後ろには警察の放水車が3台、消防車1台、SK精油工場内には高架はしごを利用して設置した放水機1台が設置されていた。
SK正門進出路にある2つの道路に配置されている警察部隊と蔚山プラント組合員が対峙し、側面道路は連帯の隊伍を中心に陣を敷いた。SK正門進出路にいた蔚山プラント組合員は警察の阻止線を突破するために突進したが、5台の放水車が同時に水を噴射し、容易に近づけなかった。
「ドカン、ドカン、ドカン」。何かが崩れるすさまじい側面の隊伍が放水車の攻撃を破って3つのコンテナ・ボックスをロープで縛り次々と引き倒したのだ。気勢があがった集会の隊伍は正面を突破し始めた。警察は放水で阻止したが、蔚山プラント組合員は激烈に抵抗し、たちまちのうちに警察は後ろに引き下がらざるをえなかった。
警察の前進を阻止した集会の隊伍は息を整え、「あくまで闘い団協(団体協約)をかちとろう」とシュプレヒコールをあげた。集会の隊伍と警察は若干の距離をおいて対峙し続けた。午後6時ころ、蔚山プラント組合員らは隊伍を密集させつつ徐々に動き始めた。するとSK工場内に設置された大型放水機から、かび臭い匂いのする白い泡の消火液が容赦なく噴出された。ものすごい水圧によって集会の隊伍の多くの人々が倒れ、道路は白い消火液であふれかえった。
約10分間、噴出されていた消火液が切れると、警察は集会の隊伍を押し出すつもりで集会の隊伍の奥深くまでやってきはじめた。激しい肉弾戦が展開され、5分と経たないうちに警察部隊の列が乱れ始めた。集会の隊伍が前進を始めると警察の阻止線は約300メートル後ろまで力なく引き下がり始めた。集会の隊伍はさらに前進することはできたが、多くの警察部隊によって生じる危険の負担が大きく、肉迫戦は小康状態でしめくくられた。
午後7時ころ、集会の隊伍は総括集会のために本集会が開かれた場所に移動した。簡単に総括集会を終えて解散しようとしたが、警察が蔚山プラント組合員の全員検挙のために検問・検索をするとのうわさが伝えられた。しばらくの間、集会場から離れられず、午後9時を過ぎてやっと蔚山プラントの組合員は連帯の隊伍とともに三々五々、抜け出すことができた。(「労働者の力」第79号、05年5月27日 チョン・ムギョ/会員)
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