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                            かけはし2005.8.29号

小泉政権の大増税攻撃を許すな


政府税調が発表した「論点整理」

労働者人民を直撃する11・3兆円の所得課税の増税

 六月、政府の税制調査会の基礎問題小委員会は、「個人所得課税に関する論点整理」を発表した。これを受けて政府税調の石会長が記者会見を行い、「論点整理」の主旨が二〇〇八年を目途とした「大増税」であることを示唆した。それ以降「大増税」はあたかも既成事実のように動き出している。ここでは「大増税」を提案している「論点整理」にしぼって、なにが問題かを整理してみたい。

「財政危機」を利用した増税


 政府税制調査会はいわずもがな首相官邸と財務省も含んだ政府の諮問機関(御用機関)である。その政府税調が大増税の大義名分にしているのが「国家の財政危機」である。
 彼らのいう危機とは次のようなものである。「国と地方の借金」は九百五十二兆円にも達し、額面ではGDP(国内総生産)の二倍にもなり、税収もピーク時(1995年度)の六十兆円から現在(05年度)は四十五兆円に激減している。
 この結果、公債残高もこの十五年間に百六十六兆円から五百三十八兆円に膨らんでいる。さらに高齢化の進展によって二〇〇〇年度の社会保障給付費(年金、医療、介護、福祉)は七十八兆円であったが、二〇二五年度には二倍の百五十二兆円になる。
 それを克服するためには「増税」以外にはないと結論付け、その理由を次のように指摘している。
 「日本の租税負担率(対国民所得比)は二一・五%で、世界的にみても低い。スウェーデンの四九・三%は別格としても、英国、フランスなども四〇%に近い水準だ。とりわけ、個人所得課税と消費税の負担率が低い。日本の個人所得課税の負担率は六%、英国・ドイツの約半分である」「消費税率も五%で主要各国のなかでも最も低い。ノルウェイ、スウェーデンといった北欧諸国は二五%、アジアでは中国が一七%、韓国、フィリピン、インドネシアが一〇%である」。
 税調は当面個人所得課税の増税で十一・三兆円の税収を増やし、将来は消費税を一〇%に上げることによって九・五兆円の税収を増やし、二〇一〇年代初頭には一般会計のプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化を目標にするというねらいなのである。みごとな官僚の「作文」である。
 税調の「論点整理」で出されている数字だけをみると「なる程ごもっとも」で「増税は仕方なし」というふうに見えるが、彼らは「作文」のために都合のいい「数字」だけを拾い、組み合せてロジックとして成立させているに過ぎない。
 いくつかの問題を取り上げてみればそれはすぐに明らかになる。国の借金は七百三十兆円(地方も合わせて952兆円)であるが、日本政府は米国の国債とか銀行への貸付などを含めて四百八十兆円の金融資産を持っている。つまり純債務は二百五十兆円で、「純債務/GDP比率」は六〇%でドイツなどと同じで、アメリカなどよりははるかに「健全財政」なのである。また租税負担率や消費税負担率でも、各国の社会保障費との関係や国民一人一人に対する還元率は出されていない。日本は医療費も教育費、さらに公共サービス全般にわたって前記された国々より高いのである。
 さらに一例をあげると、失業保険はドイツ・フランスと比較すると約六割しか出ていないし、期間も半分以下である。そしてなによりもひどいのが、給付条件の厳しさである。日本では失業保険(雇用保険)はできるだけ給付しないようにシステム化されているのである。
 すべてが意図的に所得税の増税で十一・三兆円、消費税を一〇%に上げることによって九・五兆円、合わせて二十兆円を増税によって得るための官僚の「作文」である。あろうことかここまで財政を悪化させた原因も責任も全くふれられていない。

「サラリーマン」がターゲット


 六月二十一日の記者会見で税調の石会長は次のように発言している。多少長いが今回の「大増税」の性格と本質が出ているので引用する。とくに今回の大増税が「サラリーマン大増税」と言われることのねらいが明らかである。
 「国民がこの国をどう支えるかという議論からいうと、サラリーマンが核にならなければ絶対にできませんよ。五千数百万人のサラリーマンがいて、そのうち四千万人を超す人が納税者になっている。それに比べて自営業者とか事業者というのは、百八十万人しか納税者はいないんですよ。農業に至っては十四万人。十四万人、百八十万人、四千万人といったら、誰にやってもらうかといえばサラリーマンに頑張ってもらうほかないじゃないですか」。
 日本における税収の構造は、所得税と法人税の二本柱で成立している。それぞれが総税収入の四分の一を占め、この二つの税だけで総税収入の半分に達する。残りの半分のうち消費税と国定資産税が四分の一を占め、全体の中では八分の一ずつの比率である。そして残りの四分の一はガソリン税、酒税、相続税、タバコ税などである。
 横道にそれるが酒税の税収入は、総税収入の三%を占める。焼酎や発泡酒などが増えるとそれに対する課税率を上げ、三%を維持することが、財務省の基本的考え方になっているという。
 繰り返しになるが、税調の発言をより正確にすると、全就業人口六千四百万人のうち給与所得者は五千五百万人で所得税を納税している者は四千二百三十五万人である。給与所得者でも二割がなんらかの理由で所得税を納入していない。
 自営業などの事業者は一千万人弱であるが、納税者は百八十万人で現実に八割の自営業者が納税しないですんでいる。
 かつて業種間の不公平を指す言葉として「クロヨン」とか「トーゴーサン」が有名であるが、これはサラリーマン、自営業者、農家の「所得捕捉率」が、「九割、六割、四割」とか「十割、五割、三割」だという意味である。裏返してみるといかに自営業者などは所得をごまかしているかということでもある。
 税調によってサラリーマンと規定された労働者は納税率においても、所得捕捉率においても、一番徹底的に税金をとられているのに、この旧来からの構造に一切メスを入れないばかりか、さらに十一・三兆円を押し付けられようとしているのである。
 消費税のアップは、収入の少ない高齢者などに負担率は大きくなるから、労働者だけが「冷遇」ではないというが、労働者の約七割は年収が八百万円以下であるから、二重に負担が大きくなる。
 税調によって「形」だけサラリーマンとなっている二〜三割の高収入「労働者」と自営業者などが、ほとんど負担が増えないということが、今回の「大増税」の本質なのである。

収奪のための「控除」廃止

 税調の「論点整理」が出されて以降、多くの専門紙や雑誌は一斉に「論点整理」のねらいと節税対策を発表している。しかし「論点整理」は具体的な増税策や率、額が出ているわけではないので、それぞれの専門紙が持っているデータに基づくシミュレーションと計算である。それにもかかわらず専門紙各紙は、今回の税調の「論点整理」は、年収六百万〜七百万円の標準家族(会社員の夫、妻は専業主婦、高校生と小学生の4人家族)をターゲットにしていると共通の認識を示している。これは税調が今回日本の圧倒的多数を占める労働者家族(サラリーマン)を収奪の対象にしていることを明らかにするものである。
 年収六百万円の家族の場合、最大二十六万円の負担増となり、手取りの一カ月分が飛ぶ計算になるという。年収七百万円の場合では、旧来年間三十九万円であったものが、一挙に五十万円も負担増になると試算している専門紙もある。
 「論点整理」では実に微に入り細に入り、旧来は税金の対象から一定はずされていた「控除」を全面的に取り払う方向になっている。
 主要な点を取り上げてみる。第一は、一九八九年の消費税の導入に際して、教育費がかさむ十六歳〜二十三歳未満の子どもを持つ家庭のためにつくられた「特定扶養控除」の廃止である。子どもが中学校を出て就職した場合と、大学卒で就職する場合では、「明らかに不公平がある」からなくすというのである。高校生や大学生を持つ親にとって、最大三十八万円の控除は大きいのはあたりまえである。カネがないなら高校や大学に行くなということなのである。
 第二は、「配偶者控除」の廃止の方向である。「配偶者の存在が納税者本人の担税力を減殺させているとの従来の考え方は、夫婦のあり方や配偶者の家事労働の経済的価値もあること等を改めて検討する必要がある」としている。旧来「妻がパートやアルバイトで年収百三万円以下なら、自ら基礎控除が適用され、課税されず、夫も配偶者控除を受けられていた」が、これをなくそうというのである。家事労働も税金の対象とするだけではなく、家に居ようが外で働こうが税金を取ると「論点整理」は言い出しているのである。
 第三は、「給与所得控除」である。「論点整理」によると「給与所得控除」は実際必要とする経費と大きな差があり、「必要な経費は今後定額ベースでとらえていく」となっている。専門紙では、年収七百万円の労働者は現在百九十万円の所得控除があるが、実際には五十万〜六十万円しか必要ない。したがって百三十万〜百四十万円を「得をしている」から控除を取り外すというのである。専門紙は「サラリーマンは月三万円の小遣い、背広は年一着、革靴も一足でいいらしい」と皮肉っている。
 さらに二〇〇七年から始まる団塊の世代の退職を射程に入れて、退職所得控除の枠組みの改正までも指摘している。退職金は給料の後払いであるから、旧来の勤続年数に二分の一では優遇され過ぎなので、二分の一を取り払うというのである。単純計算しただけでも、退職金から引かれる税金は倍以上になる。
 さらに追い討ちをかけるのは、二〇〇六年で現在の「定率減税」をなくすとこれだけは明言されている。「定率減税」は、今の税金システムの中で、唯一といえる「上に厚く、下に薄い」制度であるが、これを一挙に「廃止」するというのである。
 その他にも「住民税の生命保険料控除」「同損害保険料控除」の廃止、逆に一挙に倍の増税となる「住民税の均等割」など、微に入り細に入り、十一・三兆円を労働者から新たに取り上げるための方法が明記されている。

依然として大企業優遇措置


 バブル崩壊以降、日本資本主義と日本社会は、あらゆる犠牲を労働者人民と「弱者」に押しつけることによって生き延びてきた。名目賃金だけではなく、実質賃金までも一〇%を超えて引き下げられてきた。大量リストラや首切りが行われ、毎年十万人の単位で職場と仕事を追われ、ようやく仕事につけても非正規職種という不安定雇用が強制され、若者は明日のないフリーターやニートに追いやられている。
 政府は巨額の資金を注ぎ込み銀行を救う一方で、銀行は貸し渋りで中小企業を全国的に倒産させ、低利息によって高齢者の生活を破壊する役割を担った。医療を始めとする社会福祉は切り捨てられる一方で、年金などの社会保障費の負担はどんどん値上げされた。
 資本と政府だけを救済するための新自由主義的「改革のつけ」は、一方的に労働者に押しつけ、その犠牲の上にトヨタ・日産・NTTをはじめとする企業は、空前の利益を上げるに至っている。その上法人税の見直しは一切ないばかりか、逆に優遇され続け「多国籍企業」として「財政・金融」を側面から援助する仕組みや法律まで準備されている。
 「生産」と「生活」と関係のないところで、金融投機が繰り返され、「対テロ」を口実とする戦争が全世界に広がり、腐敗を深める新自由主義のグローバリゼーションが乱舞している。人民の生活、所得の格差はますます広がり完全に二極化している。
 この二極化の構造を維持し、一層広げていくための資金こそ、今回の税調が出している大増税のための「論点整理」に他ならない。
 「論点整理」は財政悪化の責任を一切明らかにせず、会計検査院の調査で二〇〇四年度だけで中央省庁の税金のムダ使い・徴収漏れは四百三十億円にものぼっているのになんの改善策や対策も指摘していない。さらに談合・裏金づくりなどは氷山の一角であるが一切メスを入れない。一方で大増税によって税収入の拡大をはかりながら、財政支出については完全に沈黙している。
 税調は政府の縦割り行政を利用して、「家族」「ジェンダー」「社会」などは、憲法の「論点整理」と矛盾しても、収奪可能な分野では都合のいい「理由」を持ち出してきている。その意味で税調の「論点整理」は一層の労働者人民の収奪で新自由主義的「国家」の延命を策すという一点で貫徹されているといえる。
 「大増税」問題は専門紙がいうように「節税対策」ではなく、依然として「国家」と労働者階級の闘い、対決を問うものとして浮上したのである。(松原雄二)



「第2次世界大戦」についてのマンデルの評価と私の考え 
                           S・M 

 「かけはし」第1890号(05年8月8日)6〜7ページの故エルネスト・マンデルさんによる第2次世界大戦に対する分析と「ルット・ウーブリエ」に対する批判を面白く読みました。「エルネスト・マンデルさんは、とても正しい」と思いました。
 でも、一つだけ疑問を感じました。エルネスト・マンデルさんは「第2次世界大戦は、5つの異なった戦争の結合でもあった」「第一の戦争は、ドイツ・イタリア・日本と英米仏の帝国主義間戦争だった」という意味のことを主張しています。確かに「第2次世界大戦は民主主義の国とファシストの国の戦争だった」と考えるならば、アメリカによる原爆投下や東京大空襲などの無差別テロ(戦争犯罪)を理解することが出来なくなってしまいます。「アメリカは解放軍だった」などと規定する誤りを犯すことになってしまいます。しかし「ドイツ・イタリア・日本と英米仏の戦争は帝国主義間戦争だった」と考えるなら、日本の民主化(憲法9条を含む)やドイツ(旧西ドイツ)の民主化などをどのように理解すれば良いのでしょうか。「第2次世界大戦後の世界は、英米仏が勝ってもドイツ・イタリア・日本が勝っても、どっちでも良かった」のでしょうか。
 ぼくは、「第1と第5の戦争は、民主主義とファシズムの戦争であった(民主主義の国とファシズムの国の戦争ではない)。ただし、民主主義派内の力関係の違いによって、戦争の結果は異なるものとなった」というようにまとめて考える方が良いのではないか、と考えます。「日米戦争はファシズムと民主主義の戦争だったが、アメリカでは民主主義派内で優位にたっていたのが帝国主義派であったため、また日本ではユーゴユラビアで起こったような蜂起が起こらなかったため、プロレタリア革命は起こらなかった」とぼくは考えています。
 このような考えは、間違っているでしょうか。(8月7日)       


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