| 戦時作戦統制権の移管問題をめぐる保革の葛藤 かけはし2006.10.2号 |
返還をめぐる動向
7月13日に行われた韓米安保構想会議で米国が2010年以前の戦時作戦統制権(以下、作統権)の返還を提案して以降、来る10月の韓米年例安保協議会(SCM)で韓米両国間の協議を土台として戦時作統権の移管の時期を規定したロードマップの合意が完了することが明らかになった。
この発表を起点として戦時作統権の移管をめぐって、支配勢力内部の論難が可視化している。「移管VS単独行使」という根本的視角の違いについての争点よりは、「移管時期の適切性」についての論難、「安保の危機・韓米同盟の亀裂VS韓米同盟の強固化」という主張まで、さまざまなレベルの論争が繰り広げられている。
朝(朝鮮日報)、中(中央日報)、東(東亜日報)と表現される代表的保守日刊紙らの作統権移管に伴った「ノ・ムヒョン政権揺さぶり」、「移管時期の留保および延期」の動きは、退役将校らの集まりである星友会や陸士、空士、海士総同窓会、国民行動本部などの大衆行動(?)へと続いている。
移管の流れと経過
作戦統制権(Operational Control)は「作戦計画や策定命令状に明示された特定業務や課業を遂行するために指揮官に委任された権限で、一般に指揮権や作戦指揮権と混用して使われるが、実際にはそれらよりは狭い概念だ。作戦計画や作戦命令に関連することに極限化されることによって、行政、軍需、人士、軍紀、内部編成、部隊訓練などについての責任や権限は抜けている。そうは言うものの、作戦統制権の抜け落ちた指揮権は形式的権限にすぎないという点において、軍事主権の必須の要素だ。
韓国(朝鮮)戦争勃発直後の1950年7月14日、韓国軍の作統権は国連軍司令部(司令官マッカーサー)へ移譲された。そして1978年11月7日、国連軍司令部は新たに創設された韓米連合軍司令部に作戦統制権を委任した。
1987年から作統権移管(単独行使)についての韓米間の論議が始まり、89年のSCMで両国間の共同研究が始まった。89年に米国議会で米軍の支援の役割を強調した「ナン・ウォーナー法案」が通過すると、米国は91年1月1日付で平時の作統権を委ねるとの意思を表明したりもしたが、当時の韓国軍は作統権の早期移管は戦争の抑制力を弱めるし単独行使の準備時間が充分ではないことなどあげて、その延期を要請した。
90年の合同参謀本部や91年の国防部の研究を通じて作戦統制権の移管時期についての研究評価報告書が提出された。この報告書には93年に平時の作統権、95年に戦時統制権の移管が適切だとの意見が盛り込まれていた。このような韓米間の論議や研究に基づいて94年12月1日に平時の作統権は韓国軍に移管された。
暫時、中断されていた作統権移管問題は2003年、参与政府によって再び提起され、05年9月の韓米安保政策構想会議(SPI)で韓国政府が戦時作統権の移管を公式提案し、10月に韓米国防長官が作統権協議の加速化について合意し現在に至っている。
支配政治勢力内部の攻防
最近の作統権に対する支配政治勢力内部の論難は8月2日、ユン・グワンウン国防長官が歴代の国防長官を招いて懸案の説明懇談会を開くとともにあらわになり始めた。
国防長官の歴任者が「韓米が共同行使している戦時作統権を韓国軍が単独行使しようとすれば情報戦力など一定の能力を備えていなければならないし、作統権の移管は場合によっては駐韓米軍の撤収へと結びつきかねない」との論理で憂慮を表明したからだ。
これに対して8月3日、ユン・グワンウン国防長官は予定にはなかったブリーフィングを行い、戦時統制権の韓国軍への移管(単独行使)のためのロードマップの一部を公開することによって、自主的な戦争抑制および遂行能力の基盤拡充を目標とする国防中期計画(07〜11年)が完了する12年に戦時作統権の単独行使を示唆した。
これとともに戦時統制権の移管が韓米同盟の亀裂や駐韓米軍の撤収へと結びつくとする憂慮に対して反論し、「韓米相互防衛条約によって駐韓米軍の駐屯は持続されるとともに、有事の際は圧倒的な米軍の増員戦力を投入することが韓米間合意の前提条件」であることを明らかにし、「米国が新たな防衛体制(MD)に転換しても毎年、韓米安保年例協議会、両国合同参謀本部議長による軍事委員会のような高位級安保協議体制が存続すること」を根拠としてあげた。
「韓米に意見の違いなし」
以後、朝・中・東などの保守日刊各紙は作統権移管問題を一斉に1面で扱いつつ、「作戦権の『移管』という表現は国民を欺く政治扇動」、「戦時作戦統制権移管の論議自体を延期せよ」、「作戦権の葛藤、駐韓米軍の削減へ拡大か」、「目の前の現実として迫り来る駐韓米軍の撤収」などの社説を一斉に書きたてて作統権問題を争点化するために新聞紙面を埋め尽くし始めた。
8月9日、ノ・ムヒョン大統領は連合ニュースとの特別会見を通じて戦時作統権の移管についての立場を明らかにし、ノ・テウ政府の時期に決定された作統権移管という事案に対して反対論を繰り広げている歴代国防長官らや「時期尚早」を主張している野党ハンナラ党に対して、「政治的揺さぶりではないのか」と強く反論し、「ハンナラ党が言えば自主国防、第2の創軍となり、参与政府が言えば安保の危機や韓米の葛藤となるのか」と攻撃することによって、事案は一層増幅された。
このような支配勢力間の意見の違いや衝突は、ある側面では与野間の「国会同意の有無」についての論争、あるいは「国民投票の検討」云々に至るまで、終わりなき平行線をたどるかのように続けられるがごとくだった。
だが作統権問題の当事者である米国のバッシバウ駐韓大使が8月14日にハンナラ党カン・ジェソプ代表に会い、「戦時統制権問題について韓国と米国の間に意見の違いはなく、韓米の連合防衛能力や軍事抑止能力は、むしろ強化される」と強調することによって、「反対」を一貫して主張していたハンナラ党が「国益」、「実利」、「経済的費用」などへと焦点を転換することが予想され、結局は一定のレベルで縫合される可能性がうかがえる。
軍事同盟の再編強化
戦時作統権の移管をめぐる支配政治勢力内部の和解不可能に見える論争は結局、韓米軍事同盟の強化に寄与するだけだという点で、その限界は明らかだ。
保守・親米派を代弁するハンナラ党や保守右翼勢力だけではなく、対米関係の従属性を克服し相対的に「自主」を強調しているかのような新自由主義改革分派もまた、この側面においては同一線上に立っている。
米国の戦時作統権移譲の問題は結局、全世界的軍事再配置戦略に伴った米国の利害関係の中で提起されたものだ。「駐韓米軍の戦略的柔軟性」に対する「合意」と、それに伴った駐韓米軍の再配置は、その延長線上に置かれている。
活動範囲が韓国に制限された防御的性格の地上軍中心の「釘づけの軍隊」をアジア、太平洋地域全体を活動範囲とする海・空軍中心の先端機動軍化することにおいて、韓米軍事体制と米日軍事体制に違いがあれば、米軍の東北アジアの作戦体系樹立構想である韓国軍、日本軍の東北アジア司令部の編入にとって障害だ。「作統権移管」は米国の東北アジア作戦体系に沿った韓国軍編成のための方途の一環なのだ。
またこのような論争は必然的に韓国軍の作統権移管(独自行使)が可能な3大前提条件である「監視・偵察能力」、「指揮統制・通信能力」、「精密打撃能力」を備えるためのおびただしい国防費増額の問題をひき起こすだろう。
結局、作統権移管の問題は韓(朝鮮)半島・東北アジアの平和体制構築や北韓(北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国)問題による東北アジアの政治的、軍事的緊張を解消するための根本的処方とは程遠い、支配階級内部の論争であるにすぎない。(「労働者の力」第109号、06年8月25日付、ソン・ジヌ/政策局長)
民主労組運動の革新
闘いのない運動は官僚主義と腐敗が増大
直選制実施の
受け入れを発表
「労働者の力」は第108号の特集で民主労総の代議員大会で提起される諸般の争点や憂慮される点を扱った経過がある。ところで、幸いというべきか不幸にもと言うべきか、チョ・ジュノ執行部は8月22日の中央委員会で元来の立場を電撃的に修正し、下半期の闘争時期の調整、執行部選出についての直選制実施の受け入れ、代議員の直選および縮小案の撤回などを含む転換した立場を明らかにした。
これは表面的にであれ潜在的にであれ、続いている民主労組運動の総体的危機を解決するための基本的な糸口がたぐりよせられたという点において歓迎すべきことだ。
イ・スホ前執行部が陰険にも近いこだわりをもって社会的合意主義を押し付けることにより総連盟の組織自体を官僚主義や宗派主義の危機に追い込んだ先例に照らせば段違いの措置と言うほかはない。
依然として国庫
補助金を方針化
それにもかかわらず、チョ・ジュノ執行部の案には幾つかの限界が露呈している。特に組織革新案の中で、政府補助金問題は依然として解消されていない。義務金(負担金の)引き上げを含む財政革新案は総体的に各級組織の役割や再編、それにふさわしい再分配計画に基づいて提出されなければならない。
だが現在、執行部が提出している革新案には具体的な根拠や統計は、ほとんどない。しかも「国庫補助金の受領範囲を拡大」しようという項目は、民主労組運動の自主性を深刻に損なう極めて危険な発想だ。
国庫補助金の拡大は、すでに労働NGO化している総連盟を、現場の組合員からさらに一層、孤立化させるだろう。また意識的、無意識的に広がっている官僚主義の物質的土台として作用するだろう。また国庫補助金の使用拡大は政府部署との対話や交渉を超え、ロビーや物乞いが指導部の能力を判断する試金石となるだろう。
これは西欧労働組合運動の没落が示している貴重な教訓であり、極めて露骨な階級協調主義労働組合でないのならば、多少妥協的労働組合であっても慎重にも慎重に判断を下さなければならない決定だ。
相次いで発生した労組の不正事件は民主労組運動の社会的位置を著しく失墜させた。それにもかかわらず組織革新案は、このような不正を根本的に一掃するための制度的装置を準備できていない。非理、不正の勢力が存在している限り、自主性の欠如した労組民主主義は、むしろ不正勢力に民主主義の衣を被って、その中で生存する土壌を提供するばかりだ。
民主性と自主性
は分離できない
2005年10月、カン・スンギュ不正事件以後、民主労組運動は痛切な自己反省が不足していること、この上ない。
この2月の補欠執行部の選出によってすべての問題が一段落したかのように考える雰囲気が広がっている。徹底した自己批判と反省、骨身を削るべき革新の努力は、各種の会議の体系の中で議題としてのみ、おざなりの制度的装置としてのみの問題として扱われてきた。
現執行部の直選制受け入れは政派の論理から自由であるとは言えないにしても、民主労組運動の大義と原則のための決断であることには間違いがない。だが自主性のない民主制は中味のない貝殻にも等しい。直選制は民主主義の主要な装置であるけれども、自主性の損なわれた労働組合にあって直選制は労働者階級の民主主義を実現するものであったり民主的訓練の場であったりするのではなく、資本や政権の扇動が乱舞する、もうひとつのブルジョア選挙の場へと転落するだろう。
民主労組運動の革新は総体的でなければならない。民主主義のない自主性は指導者の個人崇拝や官僚主義を生むだろうし、自主性のない民主主義は階級妥協主義に労組の門を開いてやる自殺行為となるばかりだ。自主性や民主性があつたとしても階級性がないならば労働組合は彼らだけの、正規職だけのクラブにすぎない。また闘いのない革新は官僚同士の取り引きの場にすぎない。3度目の世紀を迎えている世界の労働運動の歴史が、このすべてをしっかりと物語っている。(「労働者の力」第109号、06年8月25日付、イ・ヨンジェ/会員)
|