| ノ・ムヒョン政権退陣闘争へと上昇させよう! かけはし2006.1.16号 |
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農民の「コメ開放反対」闘争と労働者の「非正規悪法反対」が合流 |
1年が暮れ行く厳しい寒さの中でも労働者・民衆の闘争は続けられている。国会前の籠城テントの隊伍は現在の状況の緊急性を赤裸々にさらけ出している。反民衆性を露骨化しているノ・ムヒョン政権に対する労働者・農民・貧民などは怒りをたぎらせている。
露骨化する反民衆性
民主改革を目指している参与政府(ノ・ムヒョン政権)は民衆を敵として宣告した。11月23日、与党・開かれたウリ党と野党・ハンナラ党は合作して「コメ関税化猶予交渉に対する批准同意案」を強行処理した。票決参席議員223人のうち賛成139、反対61、棄権23票で批准同意案を通過させた。
執権与党である開かれたウリ党は偽りの涙を見せつつ国益を語り、ハンナラ党は「農民の心境を思いやらなければならない」として反対の意思を表明したものの、結局はどのみち通過する手順を前に、一部が反対票を投じるというギマン的な民心収拾用の政治ショーを進めた。
コメ関税化猶予交渉に対する批准同意案が通過するものと伝えられるやいなや、11月11日の深夜12時ごろ、全羅南道・潭陽のチョン・ヨンプムさんは「農業をしめ殺す政策」を批判して自ら首をくくり、14日には星州の女性農民オ・チュオクさんが「コメ開放反対」の遺書を残して服毒自殺を試み、結局、17日に死亡した。だが政権や資本は、これらを一顧だにすることなく結局、コメ交渉案を通過させた。
また11月15日のコメ交渉反対集会で警察は想像を絶する暴力・暴行の限りを尽くし、この過程で数多くの農民たちが負傷させられた。そして、この日警察のほしいままになされた暴力によってチョン・ヨンチョルさんは死線をさまよい、24日に死亡した。また慶尚南道・宜寧、慶尚北道・九尾、忠清南道・舒川でも抗議集会の途中で焼身する農民たちが相次いでいる。
それにもかかわらず警察はチョン・ヨンチョル農民に対して「故人は家の前で倒れて負傷したのであり、平素から持病があった」式の妄言をろうし、非難の世論が激しくなると28日に至ってやっと、集会で生じた不祥事だと認めた。
それでもなお「解剖の結果などを総合的に見るとき、現在のところ警察が直接加撃してはいないものと思われる」と語り、責任を回避した。そうこうしているうちに12月14日に至って警察庁は故チョン・ヨンチョル農民の死亡に関連して、暴力鎮圧の責任を問い、イ・ジョンウ・ソウル警察庁機動団長を職位解除、懲戒にすると発表した。
現政権はコメ批准同意案の通過を通して農民の生存権圧殺を強行する一方、これに抵抗する農民たちを暴力的に弾圧している。そればかりか、自ら命を絶った農民たちもまた事実上、政権による政治的他殺にほかならない。現政権は文字どおり殺農政権、殺農民政権だ。
そればかりか、ノ・ムヒョン政権の弾圧の刃は労働者階級にも向かっている。事実上、労働者階級全体を非正規職化する非正規職改悪立法の今回の通常国会での今期内強行を示唆し、このための全方位的工作の手綱を引き締めている。そしてまた大韓航空の操縦士たちの正当なストライキに対しては緊急調整権を発動した。
まだある。ノ・ムヒョン政権の弾圧に抵抗している労働者・民衆のデモ隊に対して、険しい気候にかかわらず無差別に放水攻撃を乱射し、暴力的弾圧をいささかもためらってはいない。またこの過程で数多くの負傷者が続出し、数百人にのぼる労働者たちを無差別に連行するという公権力の乱用が日々、繰り返されているのが現状だ。
弾圧を突破し闘いは続く
ノ・ムヒョン政権に対する怒りは11月15日の全国農民大会で爆発、相次いだ警察の暴力をきっかけに農民闘争の水位は一層、高まった。また非正規職改悪立法の攻勢に直面した労働者闘争もまた11月21〜22日の民主労総非対委、ソウル共同闘争本部、非正規職撤廃現場闘争団など、闘争の隊伍の中心に位置した「天幕連帯」が国会前を占拠した。
一方、民主労総非対委は11月28日、ゼネスト賛否投票の結果(64・2%)と闘争方針を発表した後、指導部の削髪によって決意を固め、12・1ゼネストに突入した。11月30日にストに突入したダンプ連帯は12月1日、与野党占拠籠城に突入し、全非連所属の非正規職労働者20余人も「非正規職拡散立法に対する非正規職の怒り」を表現する国会奇襲デモを展開し、全員連行された。
12月4日、大学路で開かれた「民族農業死守! 非正規権利保障立法争取! 汎国民大会」に参加した2万人余の隊伍は光化門に進出し激烈な街頭戦を展開した。「殺人暴力の真相究明、責任者を処罰せよ!」「ゼネスト闘争によって権利保障立法を闘いとろう!」というシュプレヒコールによって連帯闘争を決意した。
民主労総は12月5〜7日の2泊3日間、国会前と汝矣島文化の広場、経総、全経連前などで「非正規悪法の国会通過阻止および非正規立法争取のための民主労総上京闘争」に突入した。12月6日には午前8時から国会前で「非正規職権利保障立法争取」のために1人デモを行うとしていた上京闘争団全員が警察に連行された。
12月8日のゼネストには全国的に6万5千人が参加し、国会前で開かれたゼネスト決起大会に参加した3千余人の労働者の隊伍は警察の放水攻撃に立ち向かい激烈な闘争を展開した。
12月9日、非正規職関連法案の臨時国会送りが予想される状況の中で、民主労総と全農などは宗廟公園で「非正規権利保障立法争取全国労働者大会」と「民族農業死守・非正規権利保障立法争取第2次汎国民大会」を立て続けに開催した。集会を終えた参加者たちは光化門まで1時間余りを行進し、チョン・ヨンチョル烈士追悼キャンドル集会を行った。
一方、大韓航空操縦士労組が12月8日に全面ストに突入すると社側は執行部30人を告訴・告発し、政府はスト4日目の11日に電撃的に緊急調整権を発動し、大韓航空労組の正当な闘争を圧殺した。また移住労働者たちは国家人権委のアノワール陳情事件への判決に抗議して12月5日、国家人権委で占拠籠城を展開している。
そのほかにも11月の釜山でのAPEC闘争に続き、12月11日には平澤米軍基地拡張移転阻止闘争、12月12日以後には香港WTO閣僚会議阻止闘争など、反帝・反戦・反グローバル化運動の領域でも労働者・民衆闘争は持続的に続けられている。
蠢動する撹乱勢力
ノ・ムヒョン政権は対労働工作戦を通じて社会的合意主義を貫徹させようとした。この下半期にも政権の工作ラインは、その能力を遺憾なく発揮している。
11月30日、韓国労総は記者会見を通して事実上、非正規職化を受け入れる最終案を提出した。さらには12月2日に、開かれたウリ党は韓国労総案の受け入れの意思を明らかにしたのをきっかけに、ハンナラ党と民主労働党に決断を求めた(?)ばかりか、民主労総に対しては「組織の内部や一部政派の反発を考慮して韓国労総を非難し、無責任な一部の主張の陰に隠れるならば、持続的な共助は難しいだろう」という妄言もどきの脅迫さえ、ためらわなかった。
また11月30日午後、参与連帯、YMCA、韓国女性連合、環境運動連合、民言連などは「社会両極化解消国民連帯」の名の下で国会内で行った記者会見で、「非正規立法の年内制定が座礁する状況に至ったので、非正規職労働者たちの生存に影響を及ぼす非正規職立法処理の責任がある国会は決断すべきだ」と主張し、韓国労総の最終案とほとんど瓜ふたつの修正案を提示した。
政府や資本側の頑強な妥協拒否路線を追求する中で、労働界の一つの軸である韓国労総と、民主労総と民衆連帯が――内部の強力な反発にもかかわらず――参加している社会両極化解消国民連帯の主要市民運動諸団体は、ノ・ムヒョン政権の第2中隊として、この時期に闘争戦線を撹乱する政治ショーの出演者として登場した。これは下半期の民主労総が失敗した社会的合意主義のプロジェクトを、民主労総や韓国労総などの労働運動を超えて市民社会の全領域に拡張し、社会両極化国民連帯を通して具現しようとする現政権の社会統合戦略の工作政治が光を発揮した瞬間だった。
民主労働党の修正案騒動
12月8日、タン・ビョンホ議員が環労委・法案審査小委に提出した修正案は、もう1つの撹乱要因として作用した。この修正案は、期間制使用事由の4つに、さらに6つを追加した案で、この計10項目が適用されれば実質的な事由制限は廃止されるのだ。形式的文言上は「事由制限」があったとしても内容上において事由制限を廃止したのは、民主労働党が非正規職拡張の先兵となるということを自任するものと見るほかはない。
しかも民主労働党の修正案が法制化される可能性が極めて低いという状況にあって、修正によって要求の水準を低めることは、以降の非正規闘争において拡大提案された内容が1つの基準となり、労働界全体の要求案となりかねない致命的な、陣地を自ら狭める策だ。
民主労働党クォン・ヨンギル臨時代表と2大労総委員長との会談を経て調整(?)されたこの修正案は、事由制限に執着した民主労働党の自己防衛策であったが事実上、非正規職の量産を許容する譲歩案であることは、あまりにも赤裸々だった。このような騒ぎの中で開かれた民主労総闘争本会議は、事由制限に対する修正案の問題点を確認する一方、既存の原案を再確認した。
今回の騒動は、民主労働党に対する排他的支持を宣言した民主労総の政治方針が、民主労総の足を引っ張るブーメランとして帰ってきた1つの事例だ。民主労働党は社会的合意主義論争やイ・スホ執行部事態の波動など、民主労総の重大事案に対してはいかなる立場表明もできないままに、民主労総の主要要求を立法実現をするとしつつ、自らの立場と政治的利害に有利となるように内密の工作をしてきている。
ひいては、かつて労働運動の大指導部であったことさえ疑わしめるクォン・ヨンギル議員の発言があった。彼は月刊「マール」誌(12月号)とのインタビューで、「民主労働党も民主労総をキチンと立てて強化することを重要な課題として設定しなければならない」と語りつつ、民主労総の組合員たちには「創立時の精神に立ち帰るべきだと訴えたい」と語る。だがはたして労働者階級の観点からするとき、過去を革新し変化しなければならないのは、いったい民主労総だけなのか。今日、危機に直面している民主労働党が、いったい民主労総の革新を云々できる立場なのか?
かつて「国民と共に歩む労働運動」路線のドライブ・マークだった「社会改革闘争」すなわち制度改善闘争は現実的実現の可能性が全くないにもかかわらず「立法争取闘争」として再包装され、すべての政治的要求のブラック・ホールとして機能している。これらは現在レベルの妥協がもたらす実質的影響については大勢論にもたれて無視したまま、開かれたウリ党との政治的取り引きを通じてもたらされる反射利益や制度政党としての名分に執着する。
事実、非正規職改悪案に命運を賭しているのは執権与党である開かれたウリ党だ。彼らは民主改革の名の下に新自由主義路線を忠実に堅持することによって、独占資本との政治的同盟を強化しようとする。
だが資本の場合、すでに非正規職の使用は法や制度を無力化させる水準に達しており、ささやかな金額の罰金を費用として処理すれば事実上、非正規職の無制限的使用が可能なのが昨今の現実だ。そのような意味で、法制度の上に君臨する資本の側は、開かれたウリ党の政治的ジェスチャーに冷淡な態度で一貫している。
反面、資本の側を排他的に代表しているハンナラ党との競争の中で、ノ・ムヒョン政権と開かれたウリ党は全労働者階級の抵抗や反対を押し切って、韓国労総案レベルの折衷案を通じて労働市場の柔軟化を完成するというギマン的大妥協の構図を推進しているのであり、民主労働党は今回の修正案を通じて巨大な政治ショーにおいて、いたらいたでどうということもないが、いないと何となく座りの悪いそういう脇役を演じようというわけだ。
民衆連帯闘争の復元を
この数年間に露呈した民主労組運動の危機の一側面は民衆運動との連帯よりも市民運動との連帯を通じた社会的妥協体制への漸進的接近だった。今回の非正規職改悪阻止闘争の局面においても、戦線を決定的に撹乱させることによって労働者階級全体を驚愕させた「社会両極化解消国民連帯」には民主労総、韓国労総、さらには民衆運動の戦線体とされる民衆連帯が所属しているという事実に、それは克明にあらわになった。
新自由主義改革政権の反民衆的本質は大衆的に暴露されているにもかかわらず、労働運動や民衆陣営は強固な全国的闘争戦線を構築するということに失敗し続けた。
その核心点には、現政権の性格についての不徹底な認識が、どっかと座っている。ノ・ムヒョン政権の新自由主義的本質に同意しながらも、ハンナラ党の守旧保守勢力に対する総体的進歩性や民主性を理由として一定の政治的妥協を追求する勢力が労働運動や民主運動内に布陣しているからだ。
労働者・民衆の政治的代表を自任している民主労働党の場合も制度政治の枠にとらわれて、ノ・ムヒョン政権や開かれたウリ党の政治工作にやすやすと人質になることは必定であり、さらには民主労働党内外の改良主義のしもべ勢力は民族ブルジョアジーとの政治的同盟という奇怪な詭弁によって、開かれたウリ党との政治合作を理論化するという、とんでもない状況も発生している。
激動の一年が暮れゆくこの時点にも、反民衆的新自由主義改革政権に対する労働者・民衆の闘争が力の限りに展開されている。政権との闘争によっても生存権を保障されない農民闘争団は香港に渡りWTO閣僚会議を打激するために闘争に乗り出しもした。現時点は、農民たちのコメ闘争とともに、労働者階級の非正規職法案改悪阻止闘争が全国的戦線の中心軸として立っている。
これまで形骸化し、イベント化した労働者階級と農民の間の本当の民衆連帯が、連帯組織の会議席上でではなく、シベリアからの寒気が押し寄せた街頭で繰り広げられている。農民の闘争は労働者たちの闘争であり、労働者の闘いは農民の闘いだ。
12月9日、宗廟公園で開かれた第2次汎国民大会でオ・ジョンニョル全国連合常任代表は集会場周辺の老人たち、市民たちを相手に訴える形の演説で、「ご年配の皆さん、農民たちがみんな死んで農業がなくなっていき、みなさんの息子・娘たち、孫たちが非正規職となって暮らしがたちゆかなくなりますが、どうなさいますか?」と訴えた。
だが、このような情勢の中の闘争でもノ・ムヒョン政権退陣、暴力政権退陣の要求は、12月4日の光化門を解放区にした集会で自然発生的に湧き起こった「暴力政権ノ・ムヒョン政権を粉砕しよう!」、「青瓦台(大統領府)に向かって進もう!」という怒りの声にとどまっているばかりで、ノ・ムヒョンをそれなりに糾弾した闘争指導部(?)には届かなかった。
現時局は実に厳しい。骨身にこたえる寒さに劣らず厳しい。数多くの農民は生存を奪われ、数百万の労働者たちを非正規職化する新自由主義改革政権は、自殺という形態の政治的他殺だけではなく、遂には警察の暴力を通じて物理的他殺さえ、ためらわなかった。そうして、たかだか警察幹部1人の職位解除によって事態の幕引きをしようとする。
ノ・ムヒョン政権の反民衆的新自由主義政策と殺人暴力によって誘発された現情勢の中で、労働者・民衆の強力な連帯闘争がソウルの街頭を占領している。
相次ぐ闘争の中で累積した疲労や刺すような厳冬の風にもかかわらず、全国の労働者階級と全民衆の怒りの声を込めて、強固な労農民衆連帯闘争に基盤を置いて新自由主義殺人政権の退陣のための全国的闘争戦線を構築することは、この時期の労働者・民衆運動の緊急な政治的課題だ。(「労働者の力」第92号、05年12月16日付、ウォン・ヨンス/編集委員長)
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