| ノ・ムヒョン大統領の「対国民新年演説」の低視聴率 かけはし2006.3.6号 |
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「2極化問題」のツケも責任も労働者階級に押しつける政府 |
テレビで全国民
的責任を訴える
1月19日、ノ・ムヒョン大統領が新年の演説を行った。その主要内容は「2極化問題」の診断と解決法についてのもので、このために全国民的責任を訴えた。
けれども、新年演説は異例にも午後10時から空中波3放送(KBS、MBC、SBS)とケーブル放送のYTN、MBNなど5社を通じて同時生中継され、「チャンネル選択権の侵害」、「一方通行の国政広報」などの論難を引き起こしたにもかかわらず、大衆の反応は冷淡だった。
同時間帯に唯一、正規放送されたKBS2の水木ドラマ「金のりんご」は20・3%と自己最高の視聴率を記録する栄光(?)をつかんだのに反して、ノ大統領の「新年演説」はKBS8・8%、MBC6・3%、SBS5・9%にすぎなかった。このような冷淡な大衆の反応は、ノ・ムヒョン政権の政局運営の失敗と、もはや新自由主義改革の言葉のもてあそびによって大衆を取り込むことはできないということを反証するものと言えるだろう。
「2極化問題」は
経済危機が原因
ノ・ムヒョン大統領は「2極化は世界化、情報化時代の一般的現象」だと語りつつ、最も決定的な原因は「経済危機」だと言い立てた。このような経済危機に「IMF危機」は決定的な役割をしたけれども、その後遺症もほとんど克服されたようだ、と語る。
だがはたして2極化は経済危機によって派生したものなのか。だれが見ても今日まで量産され、今後さらに増加する「社会的貧困」は新自由主義の世界化が作り出した、その結果なのだ。すなわち新自由主義の構造調整や労働柔軟化の結果だ。
ノ・ムヒョンが自ら「法と制度だけ見れば、わが国の労働の柔軟性は相当に高い方」だと告白しているように、支配階級の為政者たちが貫徹した法と制度によって労働の柔軟性は高められ、その結果は現在の非正規職と増大する貧困層として現象した。
だが、ノ・ムヒョンはこの一切の真実を無視し、今日の危機を克服するために、みんなの「責任」を強調している。なぜ労働者階級が、その責任をとらなければならないのか!
問題は「勤め口」
の量ではなく質
ノ・ムヒョンは2極化問題を解決する核心として「勤め口」を論じた。働きの場を創出するためには教育や医療サービスを果敢に開放しなければならないとの意志をハッキリと語った。だが、もう1度、探ってみよう。
2極化問題を解決するために提起されるべき「勤め口」の問題は、「どれほど多くの仕事」を創出するのかの問題ではない。「どんな仕事」を創出するのかの問題が核心だ。仕事をしても貧しくならざるをえない構造によって非正規職や数多くの貧困層が味わっている暮らしの破綻を無視したままノ・ムヒョン政権は、まるで非正規職保護法案が労働者階級のためのものであるかように、その速やかな処理を促している。
教育部門は、すでに私教育がはびこっており、特殊目的校、国際学校などの設立や位階序列化によって2極化は深刻な水準だ。それにもかかわらず「普遍的サービス」のために教育市場を開放していくというのは結局、教育の2極化を一層、煽り立てるものであり、教育の2極化・市場化を制度化していくものだ。教育が階級構造を拡大再生産する徑路として固定化された現実にあって、民衆は教育の機会さえ、はく奪されることになるだろう。
保健福祉部(省)保健医療制度改善小委で追って集中論議する課題として選定している営利病院許容問題は、どうなのか! 医療部門全体が私有化されている米国の場合、医療による破産者が全破産者の半分を占めている。結局、政府の言う「高いレベルの医療サービス」は富裕層が利用する営利病院を中心に提供されるのであり、公共医療サービスの質的下落や不実化を煽るものだ。この過程で貧困階層は医療への接近権さえ、はく奪されざるを得ないことは、あまりにも明白ではないか!
現在の医療保険体系でも、カネがなくて健康保険料を払えない滞納者が2002年の136万世帯から03年156万世帯、04年191万世帯へと増加している現実にあって、医療サービスの民間化、開放化は「カネがなければ痛くとも家で死ぬこと」を強要するものだ。このような公共部門の私有化、開放化が2極化を招いてきた、そして今後も拡大・深化する原因であることを分からないとでも言うのか!
労働者を直撃
する税制改革
ノ・ムヒョンは「働き口対策、社会安全網の構築、そして未来の対策をキチンとしていくためには多くの財源が必要だ」と言及し、根本的な解決策として「財源の準備、そのための相生協力」の決断を促した。
これは自営業者の低い課標現実化率を高めるための方案として、1つの軸としては約50%にすぎない自営業者や賃金労働者の課税者比率を漸進的に増やしていくという方針として現われる。今年末までに期限が延長された臨時投資増税控除などをはじめ非課税・減免の縮小、公務員賃金など人件費の縮小や国家事業の構造調整など歳出構造の調整を提起している。
だがこれは高齢化・低出産によって税金を出す人がしだいに減っていくのに比して、福祉の恵沢を受けなければならない対象者たちが急速に増えていくために、既存の租税体系を維持すること自体が不可能な現実の中で提起されたものにすぎない。現在、政府は税率引き上げを当分は少なくしつつ、財源を最大限、広げる方向で短期の資金準備計画を立てているが、これは結局、賃金労働者の納税比率を50%から70%に引き上げ、零細自営業者たちに施行していた付加税の簡易課税制度の縮小あるいは廃止によって租税負担が増加することになるのだ。
全民衆に対する税金負担と収奪が、結局はその本質なのだ。
もう一つの社
会的合意方式
ノ・ムヒョンの新年演説以後、「低出産・高齢化対策連席会議」が1月26日の発足を前にしている。昨年10月に提起された「国民大統合連席会議」の延長線で討論を中心に方向を定めている。連席会議は、論議の過程で参加主体間の信頼が形成されれば、「仕事の場創出、社会安全網の構築、国民年金改革、財政拡充方案など」へと議題の拡張を通じて汎国民的協議体に発展させていく計画だ、との展望を明らかにしている。
政府は低出産と高齢化の問題に対する対策を出しており、これに対して参与連帯、民衆連帯、韓国女性団体連合などは「連席会議を見かけだけを作ろうとするのではないか」として不参加の可能性を示唆しているものの参加主体たちの利害関係の衝突が比較的に少ない事案なので、これを通じて社会的協約の伝統を作っていくという意図を示している。
これは05年の労使政協議会の実質的破算以後、最も大きくぶつかることになる「労使関係の議題」を迂回し、他の諸議題の妥協と合意を作っていくことによって労働者階級を包囲しようとする、もう1つの社会的合意のやり方だ。
ノ・ムヒョン政
権との対決を
ノ・ムヒョン政権に対する不明確な態度で一貫している民族主義統一運動勢力が、これにどう迎合していくのかについては、昨年の「希望フォーラム21」や「2極化解消国民連帯」に対する態度から確認できる。結局、これが社会的合意主義を拡大・再生産するもう1つのルートになるだけだ。(「労働者の力」第95号、06年1月27日付、ソン・ジヌ/政策局長)
投書
プロレタリア作家小林多喜二の文学
藤井 保
映画と講演の集い
二月二十日、厚木文化会館で第五回神奈川七沢多喜二祭があり参加しました。
映画と講演の集いで、映画は「時代(とき)を撃て、多喜二」で小林多喜二の生涯を描いたものでした。「いま、多喜二を読む」というタイトルで横浜市大教授伊豆利彦氏が講演しました。ここ七沢温泉福元館は多喜二が一九三一年三月から四月まで滞在し、小説「オルグ」を書いた。多喜二が使った丹前、火鉢、徳利など今も大切に保管されている。
小林多喜二(1903〜33)は一九三三年二月二十日、治安維持法で逮捕され、特高警察に捕まりその日のうちに殺され、本は国禁の書となった。
多喜二の生きた時代は一九三〇年代、世の中は不景気だった。国家は戦争へと向かっていた。いま日本も戦争できるよう、政府は改憲をねらっています。こういう時代だからこそ多喜二文学が読まれるのでしょう。中国でも読まれているという伊豆氏の報告がありました。
多喜二文学との出合い
もう三十年前になりますが、私は友人のMさんと労研運動を立ち上げました。文章が書けないで苦労しました。本屋に行って作家志賀直哉を読めばよいと教えられ、志賀を読んでいくうち小林多喜二を知る。文学の師弟関係だった。
多喜二で好きなのは「一九二八・三・一五」です。中身よりタイトルです。時代と人間がすぐわかるところが良い。トルストイの「戦争と平和」、島崎藤村の「夜明け前」などと同じで私はタイトルでファンになります。多喜二は「三・一五」についてこう言う。「警察の中でそれらの同志に加えられている半植民地な拷問が、いかに残酷きわまるものであるか、その事細かな一つ一つを私は煮えくりかえる憎悪をもって知ることが出来た。私はその時何かの賢示を受けたように、一つの義務を感じた。このことこそ書かなければならない。書いて彼らの前にたたきつけ、あらゆる大衆を憤激にかりたてなければならないと思った」と。
多喜二文学の魅力
今回あらためて読んでみて、多喜二の特高警察や帝国軍艦を批判する所がうまいと感じました。
「三・一五」で、渡は特高について言う。「この野郎! 一人が渡の後から腕をまわしてよこして、首をしめにかかった。それで渡はもう一度気を失った。渡は警察に来るたびに、こういうものをお廻りさんと言って、町では人たちの安寧、幸福、正義を守ってくださる偉い人のように思われていることを考えて、いつでも苦笑した」。
もう一点は「蟹工船」労働者の帝国軍艦についてである。「三百人はどもりの音頭で、いっせいにストライキ万歳を三度叫んだ……わが帝国の軍艦だ、おれたち国民の味方だろう……帝国軍艦なんて、大きな事を言ったって大金持ちの手先でねぇか、国民の味方? おかしいや、くそ食らえだ!」と。
さて最後に福元館が多喜二を何故かくまったかである。
歴史学者大畑哲氏は福元館古根村憲司が要注意人物多喜二を受け入れたのだ、立派だと言う。また隣の玉川館山本与七は、明治の相州自由民権運動幹部の一人だった。彼らが、そして彼らの友人が多喜二を守ったと大畑氏は言う。
闘うところに支援ありです。 (2月23日)
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