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2006年ボリビアの歴史的メーデー           かけはし2006.6.5号

モラレス政権が天然ガスと石油の国有化を宣言

ジェフリー・R・ウェバー



労働者・民衆への贈り物

 二〇〇六年五月一日月曜日、世界中で労働者階級の記念日を祝う祭典や行進が行われている最中に、ボリビア政府は自国の炭化水素部門(天然ガスと石油)を国有化した。エボ・モラレス大統領は、大統領最高指令二八七〇一号を発し、一九九六年に当時の大統領ゴンザレス・サンチェス・デ・ロサダが開始した炭化水素民営化を逆転させた。この大統領指令は、一九三〇年代のパラグアイとのチャコ戦争で石油資源を守るために死んだ圧倒的に先住民からなるボリビア兵士たちにちなんで、「チャコの英雄」令と名付けられた。
 副大統領アルバロ・ガルシア・リネラは、ラパスの大統領宮殿バルコニーから演説し、昼過ぎから詰めかけた数万人の与党社会主義運動(MAS)支持者たちに向かって「これは二十一世紀最初の国有化である……」と宣言した。
 「本日以降、炭化水素はすべてのボリビア人のものになる。再び多国籍企業の手に渡ることは決してないだろう。本日、国は立ち上がったのだ。これは、われわれのたましいと尊厳を取り戻す愛国的で英雄的な決定である。しかし、この処置は化石恐竜たちや保守派、国に対する裏切り者たちから攻撃を受けるだろう」。
 夕方には、モラレス大統領が同じ聴衆たちに向かって演説し、メーデーの労働者への贈り物として、炭化水素部門国有化という驚きの発表以上に良いものを思いつかなかった、と語った。
 実際には、これは決して彼の贈り物ではない。労働者たち、エルアルトの広大なスラムの先住民インフォーマル・プロレタリアート、アルティプラノ(高原地帯)のアイマラ農民、とりわけ鉱山労働者たちが、二〇〇三年十月から二〇〇五年五〜六月の壮大な街頭闘争の中で、天然ガスの国有化を要求し勝ち取ったのであった。
 エルアルト地域労働者センター事務局長のエドガー・パタナは、次のように述べている。「炭化水素の国有化は二〇〇三年十月と二〇〇五年五〜六月の基本的要求の一つであったから、われわれは感動した。われわれにとっては、これは十月に倒れた人々への捧げ物である(情報源によって犠牲者数は極端に異なるが、多くの人々は、二〇〇三年十月の『ガス戦争』で六十人から八十人のデモ参加者が殺されたと考えている)。これは歴史的行為である。願わくば、今後、これによって国の収入が増加し、失業が緩和され、多くの働き口を作り出されるようになってほしいものである」。

メーデーに至る攻防戦

 メーデーは、比較的平穏なものになると思われていた。二〇〇五年十二月十八日の選挙で、MASは五四%という歴史的な大衆的得票を得た。二〇〇六年一月二十二日に政権運営を開始して以降、最初の三カ月間は最小限のイデオロギー的一貫性と政治的方向性を示すものであった。政権の指導的人物の言辞は、聴衆によって、風向きによって、変わった。
 多くの観察者が政権の革命的可能性について語っているが、これは希望や願望を語っているのであって、勝利寸前まで行った二〇〇二年選挙以降の党の改良主義化の歴史の冷静な着実な分析に基づいて語っているのではない。
 二年足らずの間に二人の大統領(二〇〇三年十月のゴンサロ・サンチェス・デ・ロサダと二〇〇五年六月のカルロス・メサ・ヒスベルト)を追い出した歴史的動員の中では、MASはおおむね傍観者であった。もっと悪いことに、MASは二〇〇四年の数カ月間と二〇〇五年当初には、非公式連合から放り出されるまで、メサの体制を戦術的に支持していた。
 モラレス政権は、今年三月に、貧しい先住民多数派の名においてボリビア国家の土台を再構築する憲法制定議会の予定を発表したことを、誇らしげにボリビア人に想起させている。天然ガスの国有化とは別に、憲法制定議会は近年の民衆の社会的運動の重要な要求の一つであった。民衆運動は、憲法制定議会プロセスへの組合、社会的運動諸部門、先住民族の仲介者によらない直接的な参加を要求していた。
 しかし、MASが想定する憲法制定議会は、それよりも、政党および市民グループの水路を通じたエリート勢力との「社会契約」の形成による革命的希望の体制内化と飼いならしに近いものである。
 副大統領アルバロ・ガルシア・リネラは、ボリビア共産党(PCB)の古い段階主義路線をとっており、少なくとも五十〜百年間は社会主義は不可能であり、ボリビアはまず「アンデス・アマゾン資本主義」段階を経過しなければならないと考えている。政権の座についた最初の一カ月間に、政府は航空労働者のストライキとコチャバンバ市の支援者の動員を抑圧し、五〇〜一〇〇%の最低賃金引き上げの約束を破った。
 さらにこの政権は、MASからの自立を主張する社会的運動の部分、MASへの吸収を拒否する部分、あるいは政府を左から批判する社会的運動の部分を「極左派」と定義する路線をすばやく採用した。教育労働者、医療労働者、重要な先住民急進派のフェリペ・キスペ、ボリビア労働者センター(COB)、航空労働者とその支援者たちは、コチャバンバの指導的オルガナイザーのオスカー・オリベラのように、さまざまな局面ですべてこのレッテルを貼られた。

「アメリカ帝国主義に死を」


 メーデーに至る過程で、政府は、ラパスのムリーリョ広場におけるMAS主催の祝賀フェスティバルでモラレスが演説し、五〇〜一〇〇%の引き上げではないにしても少なくとも一五%の最低賃金の引き上げと、憎しみの的であった「労働柔軟化」法を廃止して新自由主義時代以前の一九八五年に戻すことを発表するはずであった。
 COBは新政権の最初の三カ月に反対して、別の場所でメーデー集会を開きその後MAS主催のフェスティバルに対抗する抗議デモを行う予定を発表した。近年のCOBのデモ行進は、労働者の統一と数の力を誇示する伝説的な巨大なものであった。今年のメーデーでは、二週間前のラパスにおけるCOBのストライキ闘争の失敗に予兆が示されていたように、対抗集会は惨めなほど小規模で、その後のCOBの行進は、早々に昼過ぎには消滅した。
 それにもかかわらず、COBの外部で、MAS主催行事の一環とは言えない何万もの誇り高い労働者、農民、先住民の行進が首都の街路で展開された。私は、ゲバラ・バッジを左胸につけた赤い制服のコカコーラ労働者が行進するのに出くわした。工場労働者、退職者、アルティプラノの先住民農民グループ、教育労働者、あらゆる種類のインフォーマル労働者、次々と続く何千もの規律のとれた女性の隊列、その中には先住民の衣服を着けたものもあれば、ジーンズ姿や組合の制服を着たものもいる。レストランや商店はシャッターを閉じていた。唯一働いていた人々は、行進する人々に飲食物を提供する売り子と、出来事を記録しようとするジャーナリストだけであった。
 行進者が掲げる横断幕やプラカードには次のように書かれていた。「ヤンキー帝国主義に死を」、「多国籍略奪企業は出て行け」、「今すぐ炭化水素の国有化を」、「八時間労働制に命を捧げたシカゴの殉教者たちに栄光あれ」など、多様であった。シュプレヒコールには次のようなものがあった。「クルシーノ独裁に死を」(サンタクルス県を拠点とするボリビア資本家階級の最も反動的部分を指す)、「メーデー万歳」、「トゥパク・カタリ万歳」(スペイン人に対する一七八一年決起の先住民半植民地運動指導者を指す)。
 正午前には、大統領宮殿前のムリーリョ広場はすでに数十万のMAS支持者でいっぱいになっていた。エルアルトから下ってきた行進者たちは、三時間かけて到着した。壇上ではバンドがアンデス音楽を演奏し、街頭ではあらゆる家族が踊っていた。広場の建物と群衆の中の旗は、MASの色である青と白でいろどられていた。先住民のシンボルである多色のウィファラ旗が多数はためき、またナショナリズムの希望を示すボリビア国旗もはためいていた。等身大のチェ・ゲバラのプラカードが広場の中心に立っていた。そして、最近調印されたボリビア、キューバ、ベネズエラの人民貿易協定(TCP)を象徴する小旗(ボリビア国旗とキューバ国旗またはベネズエラ国旗の組み合わせ)が踊る群集の頭上にはためいていた。
 党としてのMASの分析がどうであろうと、群集の希望と感情は、反帝国主義的希望、先住民の誇り、民衆の尊厳である。ムリーリョ広場という都市空間を先住民運動と人民階級が物理的、政治的に占拠すること自体が政治的勝利の手段であったが、MASへの忠誠によって、それは限定されたものになり、危うくなる可能性を内包している。
 私は、二〇〇五年三月に同じ場所で行われた非常に異なる集会を思い出す。メサの辞任の数カ月前、私は深夜に行われた主として中産階級の参加者による親メサ集会に出かけた。当時の大統領メサは、バルコニーに立ち、投げキスを送っていた。群衆は「マノ・デュラに鉄拳を、エボに死を、アベルに死を」と叫んでいた(アベルはエルアルトの民衆運動の指導者で、現MAS政権の水利相)。
 メーデーの午後、モラレスはムリーリョ広場で演説しそうにないことが次第に明らかになってきた。

「ボリビア人の財産」


 実は、モラレスはボリビア最大のガス鉱脈のある東南部のタリハ県にいた。もっと詳しく言うと、モラレスがいたのは、タリハ県カラパリにある、ブラジル国営ガス会社ペトロブラスが経営しているサンアルベルト・ガス田であった。そこで、十二時三十分に、主要な大臣と警察および軍の高官に囲まれて、緊張しこわばった顔の大統領は、震える声で、炭化水素部門の国有化を宣言する指令二八七〇一号を読み上げた。
 この日の出来事の芝居がかったやり方は、なによりも軍隊の参加に明確に現れていた。全国五十六カ所のガス施設は、サンアルベルトにおける大統領の演説と同時に軍隊によって占領された。政府代表を引き連れた軍部隊はコチャバンバのペトロブラス事務所を訪れ、国有化指令を言い渡した。戸惑った表情のマネージャーはテレビカメラの前で言葉に詰まり、軍と政府の役人が、彼はこのニュースを上司に伝えるだろう、と語った。
 ガス田、精製所、種々の石油関連事務所や施設の周囲に、「国有化。ボリビア人の財産」と書かれた大きな垂れ幕がただちに張り出された。
 一方では、軍隊の配置は本質的に完全で実際的な意味がある。多国籍ガス会社の事務所は、文書の破棄や持ち出しを阻止するように指示を受けた軍と憲兵によって占領された。これらの文書は、今後の監査や国有化指令にともなう新規契約交渉の準備にとって必要なものである。天然ガス田の現場では、軍の存在は、国有化に反対する右翼グループによる破壊活動を未然に防止する。同時に、軍の存在は、ボリビア人にとって、ガスと石油の供給が確保され、構造的変化が直ちに開始されるとしても通常通りの産業機能が暫定的に保証されることを意味する。
 これらの実際的意味以上に、軍の役割は、二つの重要な象徴的、政治的機能を提供する。第一は、歴史性に敏感なボリビア民衆に、ボリビア歴史上の二つのエピソードを想起させる。どちらも軍事政権下のことであった。一九三六年に、米国多国籍企業スタンダード石油が接収され(後に補償された)、ボリビア国営石油会社(ヤシミエントス・ペトロリフェロス・フィスカレス・ボリビアノス、YPFB)が設立された。すべてダビド・トロ将軍の監督下に行われた。さらに近年の一九六九年、アルフレド・オバンド・キャンディア政権時代に、社会主義大臣マルセロ・キロガ・サンタクルス石油鉱山相が特に推進した政策により、ガルフ石油が国有化された。キロガ・サンタクルスは一九八〇年にムリーリョ広場で民衆の前で演説中に暗殺されたが、モラレスは彼を賞賛していた。
 メーデー当日の国有化における軍の第二の象徴的役割は、サンタクルス県を中心とする極右勢力に対して、モラレス政権に対する右翼軍事クーデタが不可能であることを示すことであった。モラレスがタリハにおいて軍の指導者の隣で国有化宣言を述べているとき、またラパスにおける夕方の演説でボリビアの天然資源の防衛における軍と警察の愛国主義を賞賛したとき、このことは確かにモラレスの心中にあったはずである。

国有化は何を意味するか


 国有化過程の詳細はいまだ明らかでなく、数カ月経過しなければ明らかにならないだろう。しかし、次のように言っても間違いないであろう。この国有化は、社会運動の最も急進的部分が要求した多国籍ガス会社の無償接収以下であり、最近二年間の最も弱いMAS提案以上のものになるだろう(二〇〇五年五〜六月の抗議運動中にMASが多国籍企業に対する五〇%増税しか要求しなかったのはよく知られており、一方、街頭の他の大部分は一〇〇%国有化を要求した)。
 「チャコの英雄」指令の第一条は「国は、これらの資源の財産権、占有権および完全な絶対的管理権の取り戻しを要求する」と述べている。第二条は「二〇〇六年五月一日現在、国境内でガスまたは石油の生産に関して活動しているすべての石油会社は炭化水素の全生産施設をボリビア国家の代理人であるYPFBに引き渡す義務がある」と述べている。第四条によれば、移行期間中は、二〇〇五年の平均天然ガス生産量が日産一億立方フィートを超える巨大ガス田は次のような税制に従う。すなわち、生産価値の八二%は国家に納付され、一八%は費用をまかない利益をもたらすためにガス会社にもたらされる。
 この処置は、現在ペトロブラス(ブラジル)とレプソルYPF(スペイン)が所有し経営している二つの巨大ガス田サンアルベルトとサンアントニオに適用されることになり、より少ない程度でトータル(フランス)に適用される。国は、この制度によって年間三億二千万ドルの追加収入を生み出すことになる。小規模グループには、現在の税制、すなわち五〇%が企業に、五〇%が国にという税制が継続される。
 一九九九年以降ペトロブラスが所有し経営しているガス精製所、コチャバンバのガルベルト・ビラロエル精製所とサンタクルスのギレルモ・エルダー・ベル精製所は、国家管理の下に移される。国が株式の五一%を買い取ることになる。
 六十日の期間中に、弱体なYPFBは、炭化水素の採掘、生産、商品化、輸送、貯蔵、産業化の任務を全面的に管理できるように再構築される予定である。百八十日の期間中に、ボリビアのこの部門で経営を続ける民間企業は、大統領令に規定されている指針に従って国との新しい契約を結ぶことを義務付けられる。契約を結ばなければ、その企業はこの国で経営を続けることを許可されない。

各国政府と資本の反応


 ペトロブラス(ブラジル)、レプソル(スペイン)、トータル(フランス)、およびBGとBP(英国)が、ボリビアのガス埋蔵量のほぼ七〇%を支配しているボリビアの天然ガス部門の主要企業である。
 一方では、これらの企業にかかわる利害は大きい。YPFB社長のホルヘ・アルバラドによれば、生産されるガスの価値の一八%を受け取るだけでも、これらの企業は二〇〜二五%の利潤率を享受することになる。しかし、超過利潤を受け取る時代は終わった。他方では、これらの企業は非常に巨大であり、総資産ベースではボリビアにおける彼らの資産は小さな部分を占めるに過ぎない。このことは、ボリビア政府の以前からの国有化要求を前提としてこれらの企業の価値はすでに低下していることとあいまって、メーデーにおける大統領令発表のニュースが明らかになったときの彼らの反応は最小限であることを意味した。
 それにもかかわらず、専門家や関係者はほとんど沈黙を守ることはなかった。あるウォールストリートのエネルギー・アナリストは、フィナンシャル・タイムズに対して「これは石油・ガス市場に対して大きなマイナス信号を送るものである。これは、国有化がボリビアやベネズエラからメキシコやクウェイトにまで広がる可能性を提起している」と語った。
 ペトロブラス社長ホセ・セルジオ・ガブリエリは次のように語った。「これらの条件は、ボリビアにおけるガス経営を事実上不可能にするものである。」一方、本日(二日火曜日)、ブラジル大統領イナシオ・ルラ・ダシルバは緊急閣議を召集し、ボリビア大統領がとった処置を検討した。スペイン大統領は、資本家と大衆の双方の利益を考慮した真正な交渉を要求した。スペイン政府は、ボリビア政府がとった処置に対する懸念を表明した。レプソル会長アントニオ・ブルフォはアルゼンチンのラジオ放送局に対して、「このニュースはわれわれにとって大きな懸念材料である。これは、国家と企業の関係を導くまさにビジネスの論理的枠組みの問題である」と語った。

将来は人民の闘いとともに


 メーデー当日の国有化の重要性は、時間の経過の中でのみ全面的に明らかになるだろう。産業の国家資本主義的管理は、ボリビアにおいてもほかのどこにおいても、過去においては人類の解放と平等化の手段にはほとんどならなかった。それにもかかわらず、これは、二〇〇三年十月と二〇〇五年五〜六月の大衆行動の日々から生まれた民衆の勝利である。これは「ビジネスの論理的枠組み」と手を切ることの手始めである。完全に手を切るためには、MAS政権からの贈り物に依存せず、人民階級と先住民族の自己組織化の闘争に依存することであろう。
 また、ラテンアメリカ地域の急進化の深まりが持続することに依存するであろう。この地域の急進化の持続をわれわれは国際的に希望している。これらの可能性と障害を認識することは、先進資本主義諸国に拠点を持つ国際的左翼にとって、反資本主義を強化し自国における左翼の新たな空間を作り出す責任の重さをも提起している。

▼ ジェフリー・R・ウェバーは、『ニュー・ソシアリスト』誌の編集者で、トロント大学政治科学部博士課程大学院生である。現在ラパスに滞在中。(「インターナショナルビューポイント」電子版06年5月号)


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