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イングランドにおける一斉地方選挙            かけはし2006.6.5号

労働党が大幅に議席を失う

RESPECTがロンドンで躍進
                         浅見和彦(大学教員)


 五月四日、イギリスのイングランドで一斉地方選挙がおこなわれ、国政与党の労働党が大幅に議席を失い、保守党が勢力を回復しました。また、左翼の政治連合・RESPECTはロンドン東部で躍進するなど「大ブレイク」(BBC放送)を果たしました。ブレア労働党にとっては、一九九七年の政権成立以降の「政府に対する国民の最高の不満」(ファイナンシャル・タイムズ紙)を示す「第二次大戦後最悪の結果のひとつ」(ガーディアン紙)でした。

労働党が第
2党に後退

 今回の選挙は、イングランドで実施されたもので、スコットランドやウェールズなどでは選挙は行われませんでした。ロンドンの三二の行政区とその他の百四十四自治体の合計百七十六自治体で行われ、全体で一万九千五百七十九議席のうち、約四分の一にあたる四千三百六十議席が改選されました(*1)。
 この選挙の直前に、国政野党の保守党は党首が昨年総選挙の敗北の責任をとったマイクル・ハワードからデビッド・キャメロンへ、また第三党の自由民主党の党首もマスメディアにそのアルコール依存症を暴露されたチャールズ・ケネディからメンジーズ・キャンベルへ交代しました。
 「ニューレーバー」が従来の労働党に比べて「右寄り」に位置する中で、今回の選挙では、保守党がキャメロン新党首の下で、イメージを転換させ、医療、環境、女性政策などを前面に押し出して「左寄り」の姿勢をとり、また自由民主党はキャンベルの下でイラク反戦の姿勢を後退させるなど「右寄り」に変化させた結果、全体として、主要三党が中道右派の`団子状態aになったといえます。
 このような状況の下で、イラク戦争・占領と年金・医療制度の改悪、治安政策重視をいっそう進めた労働党は三百十九議席を失い、千四百三十九議席に後退しました。反対に、保守党が三百十七議席を増やして、千八百三十議席となり、政権与党であった一九九二年以来の最多議席に達しました。選挙前に大幅増が予想されていた自由民主党は、二議席増の九百九議席にとどまりました。
 また、RESPECTはロンドン東部を中心に、選挙前の三議席から十六議席へと躍進し、BBC放送は「RESPECT、ロンドン東部で大ブレイク」と報じました。
 一方、極右のイギリス国民党(BNP)は、三百六十三人という大量の候補者を立て、ロンドン市のバーキング・ダーゲナム区議会で十一議席を確保するなど、三十三議席を獲得し、同党のイングランドでの地方議員総数は五十三人へ拡大しました。
 得票率で見ると、労働党二六%に対して、保守党四〇%、自由民主党二七%で、労働党は第三党に転落し、一九八二年以来の低さとなりました。投票日直前の四月二十一日に世論調査会社のICMとガーディアン紙が共同でおこなった政党支持率調査では、労働党三二%、保守党三四%、自由民主党二四%でしたから、プレスコット副首相ら何人かの閣僚の「不祥事」も手伝って、労働党支持者の保守党へのシフトがいっそう進んだことがわかります。

RESPECT
が16議席へ躍進

 左翼のなかでは、RESPECTは百六十五人の候補者を擁立し、十六人が当選しました。とくにロンドンでは、五十一人の候補者を立てた同市東部のタワー・ハムレッツ区議会では十二議席を獲得して第二党になり、また六十人を立てた同市南部のニューハム区議会でも三議席を得ました。さらに、バーミンガム市の選挙区では、四九%の得票率で一議席を獲得しました。
 また、プレストン市において僅か七票差で当選を逃したように、議席獲得に至らなかった選挙区でも次点が少なからずあり、主要三党と互角に戦える地域がつくり出せたことは、RESPECTのメンバーにとっても自信になったに違いありません。
 旧ミリタントの多数派である社会主義党(SP)は、「社会主義オールターナティブ」という名称で戦いました(*2)。候補者二十人を立て、工業都市のコベントリー市で一議席を獲得し、同市での議席を三議席へと回復させ、またストーク・オン・トレント市でも二議席を確保、ロンドンのルイスハム区議会では二議席を維持しました。これによって、同党はイングランドで七人の地方議員をもつことになりました(この他に、「無所属」で当選したSPの党員が一人います)。
 また、独立労働者階級協会(IWCA)は、オックスフォード市で一議席を獲得し、非改選の三議席と合わせて四議席に増加させています(*3)。緑の党は、今回二十議席を増加させ、地方議員総数を九十一へ伸ばしました。
 その他の左翼では、民主労働党(DLP)が一選挙区で三四%を得て次点になり、統一社会主義党(TUSP)が二つの選挙区で二〇%以上を得票し、注目されました。

模索を続け
る左翼勢力


 地方選挙に至る前に、左翼勢力の間で新たな動きが見られました。
 まず、RESPECTと社会主義党(SP)は、三月七日に両者のトップ会談をもちました。これはSPから昨年、提案され、実現したものです。RESPECTからは、全国事務局長のジョン・リース(社会主義労働者党SWP)、全国委員のアラン・ソーネット(国際社会主義グループISG、第四インター・イギリス支部)、同オリ・ラーマン(タワー・ハムレッツ区議会議員)が出席し、SPからは書記次長のハンナ・セルらが参加しました。
 SPは、RESPECTの昨年の総選挙での前進を評価しながらも、政治方針や組織論の点で問題点を指摘し、再検討を促しました。また、SPが提唱している「新しい労働者党の結成をめざすキャンペーン」(CNWP)へのRESPECT側の賛同署名を求めましたことに対して、RESPECT代表はこれには応じませんでしたが、CNWP結成総会へのRESPECT代表の招請を受け入れました。
 二つの左翼勢力の対話がともかくも成立したことは前進と見るべきでしょう。
 SPは、三月十九日に、CNWPの結成総会を開催し、およそ四百五十人を集めています。これには、RESPECTを代表してアラン・ソーネットが招待され、発言しました。同総会では、今年の末までに賛同者を五千人募る方針を確認しました。CNWPの運営委員会にはSPの党員のほかに、労働者の力(WP)の代表者一名が加わっています(*4)。
 今回の選挙の候補者の立て方にもあらわれているように、RESPECTは、低所得のムスリム労働者が多数居住する地域では強い支持を得ながらも、まだ全国的政治組織としての力量を持つにはいたっていません。RESPECTの内部では、一月に国際社会主義グループ(ISG)のメンバーを中心に、RESPECTを大衆的な全国政党として確立し、他の左翼勢力の結集もめざす潮流として、「RESPECT・党フォーラム」を結成しています。

オルタナティブ
を提示できるか


 投票日の翌日、ブレア首相は直ちに内閣の改造をおこないました。また次回総選挙の前年の二〇〇八年党大会で辞任を表明すると見られていたブレアは党内の反発に考慮して、これよりも早期の辞任を示唆しています。しかし、こうしたことによって労働党がその危機から脱することができるわけではありません。
 NGOの選挙改革協会(ERS)が今回の選挙結果によって試算したところ、次回総選挙が行われれば、労働党は現有三百五十五議席のうち百四十九議席を失い、二百六議席へ後退すると予想し、保守党は現有議席が百九十八ですが、これを百から百二十議席増やすと見ています。
 今回の地方選挙前の三月二十八日、自治体労働者百五十万人が年金改悪に反対し、全国ストライキに立ち上がりました。こうした注目すべき動きの中でも、選挙当日の有権者約二千三百万人のうち六割以上は棄権しました。多くの労働者、国民が労働党への批判をどのようなオールターナティブとして選択するかに依然困難を感じていることを示しているのです。
 註
(*1)改選の仕方は、自治体によって、@全議席改選A半数改選B三分の一改選の三通りがあります。
(*2)一九九八年の「政党登録法」によって、選挙ではSPがその組織名称が使用できないためです。
(*3)独立労働者階級協会(ICWA)は、社会主義労働者党(SWP)の労働者党員が離脱して一九八二年に結成したレッド・アクション(RA)を中心にして、一九九五年に結成。旧ソ連・東欧の体制崩壊を「社会主義の失敗」と総括し、いわば非社会主義的な左翼組織として活動してきています。
(*4)労働者の力(WP)は、一九七三年に、現在の社会主義労働者党(SWP)の前身にあたるインターナショナル・ソシアリスツ(IS)の内部で「左派フラクション」を名乗ったグループが除名され、一九七五年に結成した組織です。同じくISから脱退して結成された労働者の闘争(WF、現在の労働者解放同盟AWL)と合同した後、短期間で分裂し、七六年に再結成しました。「第五インター」の結成を提唱しているグループ。


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