| 映画「韓半島」と「グエムル」の政治的差異 かけはし2006.9.25号 |
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「民族の自尊心」を男社会に凝縮他方「庶民と国家」に対し冷笑的 |
映画館で人気の2作品
この夏、2編の大ヒット作が、映画館の人気をさらっていった。カン・ウソク監督の『韓半島』とポン・ジュノ監督の『怪物(クウェムル)』(邦題グエムル―漢江の怪物)が、それだ。この2つの映画は帝国主義の秩序を語っている面では政治的に似ているようだが、全く異なる。1つは民族主義、国家主義にはまってアップアップしており、もう1つは(評論家チョン・ソンイルの表現を借りれば)左派的冷笑主義とでも言えるだろうか?
「韓半島」の民族主義
映画『韓半島』に対する評価は、ほとんど良くない。右派的国粋主義、民族主義だ、との評価が大部分だ。カン・ウソク監督は『韓半島』を撮影しいるとき、「この映画が世に出たら保守主義者たちが反発するだろう」と考えた。
そして映画に対する酷評が続くと、彼はこう語る。「今、見るとそのほとんどが保守主義者だ……」。だが、ほかならぬ保守主義者はカン・ウソク自身だ。彼の前編『実尾島』でもそうだったが、今回の映画ではその保守性が極に達した。
映画『韓半島』は、京義線(ソウルからピョンヤンを経て中国国境の義州に至る鉄道)鉄道が開通する日、日本政府がその運営権を永久に日本に渡すという1907年の文書を持ち出して「京義線の開通を許可できない」と伝達することから始まる。日本は京義線の開通を中断しないならば157兆ウォンを韓国に貸すことはできないし、韓国に提供した先端技術を回収する、と脅迫する。
これをめぐって国家官僚らは、日本の影響が大きいがゆえに彼らの要求を受け入れるべきだとの立場と、民族の自尊心を守るためにも京義線の開通をすべきだ、との意見に分かれる。
ところで、ここでカン・ウソクの最初の保守性が現れる。京義線の開通をすべきだ、とする国家官僚らは「民族」を云々するけれども、事実は京義線の開通を通じた企業利益の減少への憂慮がはるかに大きい。そして現実においてもすべてが「統一」、「民族」を語るけれども、事実は開城工団、京義線鉄道などは、すべて資本の利益のためだ。
だが映画が中盤を過ぎると、京義線開通をすべきだと主張していた官僚たちは、いつの間にか国家的自尊心、愛国心とで一丸となり、日本や親日派に対抗している。企業の利益が重要な政治官僚たちは、いつの間にか愛国者に化けているのだ。
民族の自尊心のために京義線を開通すべきだとの意志をたぎらせている大統領は、1907年のその文書は虚偽のものであることを明らかにするために、韓日合邦の無効性を研究してきたチェ・ミンジェに会う。チェ・ミンジェはソウル大を卒業し講師までしたものの、自分の研究にのみ没頭した頑固さによって再任用から除外され、文化センターで主婦たちに教養講座を開いている人物だ。
ここにおいて監督の2度目の保守性が現れる。明成皇后が弑殺された11月7日は何の日なのか、というチェ・ミンジェの質問に対してはいい加減に答え、「閔妃とはイ・ミヨン」だと語る主婦たちに、彼は「無知な女たち」だと憤る。カン・ウソクは女性を「韓国の歴史には関心がないけれども、下らないことにだけは関心のある無知なやから」として表現する。この後、それ以降、映画の中で大統領に水を持っていく場面の女性を除けば、女性はただの1人も登場しない。
カン・ウソクがあれほどまでに強調している「民族の自尊心」を守る仕事において女性は周辺部に配置され、無知な女たちとして描写されるなど、『実尾島』でと同様に男性中心主義から1歩も踏み出せなかった。
チェ・ミンジェは、高宗皇帝が日本に国権を奪われることを憂慮してニセの国璽を作っておき、本物の国璽はどこかに隠しておいた、と主張し、大統領はそれに望みをかける。この時から、日本の援助が絶対に必要だと考えている国務総理クォン・ヨンファンとイ・サンヒョン、そして国璽を探し求めて民族の自尊心を取り戻すという大統領やチェ・ミンジェの本格的な対立の構図が始まり、この時からカン・ウソクの保守性は極に達する。
映画の間中ずっとカン・ウソクは「国民の1人として(これは映画上で大統領がしょっちゅう使う言葉だ)」完全な国民国家の主権を回復しなければならない、と語っている。そして、居並ぶ観客に向かって訓戒している。「お前たちは国家と民族のために怒り、身を震わせて起ちあがらなければならないのだ! 自尊心を取りもどさなくては!」と。
だが、こっけいなことにその映画には国民はいない。彼は民衆、個人などを徹底して無視する。ただ愛国主義に輝く政治官僚らと国家とがあるばかりだ。現実において政治圏は「民族」を政治的に、資本の利潤のために利用するだけだ。そうであるがためにファクション(faction 事実に虚構を加味したもの)だという彼の映画に現実性は全くなく、説得力さえもない。ただ声高に「民族」や「統一」を叫び政治官僚を英雄へと仕立てるだけだ。
問題を半分残した「グエムル」
国民と国家のためだと言いつつ、ほかならぬ「国民」の存在しない『韓半島』とは違って、『グエムル』には「庶民」が存在する。在韓米第8軍が漢江にホルムアルデヒド数百本を放流し、突然変異によって誕生した怪物に奪われた娘ヒョンソを探すのが、この映画の主たる内容だ。漢江の河原で売店を営んでいる、豊かとは言えない庶民カンドゥは国家が彼らを無視すると、彼のアボジ(父)、彼の弟ナミル、妹ナムジュとともに直接、娘を探しに乗り出す。
だが彼らは能力も、力も、カネもない庶民にすぎない。アボジは銃の心得はいささかあるもののいかんせん年老いており、カンドゥはお客に出すスルメの足をちぎって食っているなんの取り柄もない人間であり、ナミルは学生運動を経験したものの現在は定職がなく、社会への不満ばかりを抱き酒におぼれており、ナムジュはアーチェリーの選手だが行動は鈍い。彼らは国家から精神病者扱いを受け、公務員にカネも取られ、マスコミからは存在さえしないウイルスの保菌者として罵倒される。
ただ彼らとともに怪物に立ち向かって闘うのはホームレスの人間だ。社会から疎外された弱者たちの連帯によって巨大怪物と闘うことは、軍隊を動員して高位級政治官僚たち同士で闘う『韓半島』との大きな違いだと言えるだろう。
このように彼らはいかなる国家機関からも助けを得られず、監督はこのような国家の各機関に冷笑的な視角を表現する。そして映画の後半部では、漢江の怪物の出現にかかわるニュースが流れているのにもかかわらず、カンドゥは飯を食っているのにやかましいとばかりに足の指でTVを切り、世の中の動きに無関心であることを描き出す。この映画は、まさにこのような「冷笑」に問題がある。監督は米国、国家、マスコミ、あげ句には市民運動までをも風刺しているが、その態度は冷笑にとどまる。ともあれ問題は一段落し、いまやわれわれの関心事ではない、というかのように、だ。これは、映画が何を語ろうとしているのかを、これ以上、発展させられない結果を生み出した。
また、怪物は米軍が放流したホルムアルデヒドのせいなのだが、その後に続くべき米帝国主義に対する話は、もはや進展させられないという結果をもたらした。むしろ怪物が初めて登場したとき最も勇猛に闘ったのは米軍だった。
ウイルス退治のために「エイジェント・イエロー」を散布しようとする政府に反対して街頭に出てきた各市民団体の手に掲げられた「NO Virus」と書かれたピケットは、現実にあっては反戦集会の際によく見られる「NO War」と書かれたピケットの姿とそっくりで、米国のイラク侵略に対して反対している監督の意図が理解できる(これはポン・ジュノ監督か、あるインタビューで、「No Virus」はイラク戦以後、事実は殺傷武器がなかったという米軍の発表を連想させたものだ、と語った)。だが怪物出現の直接的原因だった駐韓米軍に対する態度は、怪物の「原因」であることにとどまる。怪物の「結果」は個人の犠牲であるばかりで、その「結果」を生んだ「構造的原因」にはアプローチできていない。
ポン・ジュノはナミルのキャラクターを全大協時代の運動圏を考えながら作った、という。だが大部分がそうであるように、ブルジョア民主主義が確立したいま、運動圏の姿は不満に満ち満ちた無気力な者たちとして描かれる。ナミルもまた、そのようなキャラクターから脱け出せず、助けを請うために訪れていった運動圏の先輩は報酬金をねらって彼を警察に引き渡そうとする。「逃げ足の天才」だったナミルは驚くべき方法で逃げ切り、ホームレス者の助力を得て火炎ビンを製造する。そして、ここから彼の実力が発揮される番だ。だが彼が投げた火炎ビンは、ただの1発も怪物には適中せず、おまけに最後の1発はとんでもないことに後ろに落ちる。このように監督は運動圏をもカリカチュア化してしまう。
そして結局、怪物を倒したのは映画の中では1発の矢も放てなかったナムジュだ。怪物を倒したのは女性だ。これまた女性を周辺化していた『韓半島』との違いだと言えるだろう。
またカンドゥは娘の死によって唯一の生存者となったセジェを家族として迎え入れる。セジェもまた売店を奪われて生存をし続けていた疎外階層だ。カンドゥは、こうして血縁家族でない新たな家族を作り上げたのだ。ところでカンドゥの家族はヒョンソが拉致されるまでは、家族がてんでバラバラに暮らしていた。とは言え、この映画は「家族映画」ではない。
現実の民衆は闘っている!
歴史的事実を基盤にして米国、日本帝国主義の問題を指摘しようとした『韓半島』は民族・国家イデオロギーに陥って現実性も説得もなく、おまけにシナリオまで不実でどうしようもなく苦笑いばかりを誘った。
2000年に駐韓米軍がホルムアルデヒドを下水溝に流すという、実際にあった事件・事実を基盤として米帝国主義の問題を提起しようとしていた『怪物』は、観客に向かって「あくまでもどんくさい奴ら……」だとして、米国の実体を分かれと叱咤するけれども、問題の構造的原因にはアプローチできず、ただ冷笑的にのみ振る舞う。もちろん下位階級たちの間の連帯、国家の諸装置に対する批判、女性の中心化、家族の再構成という面では高く評価するに値する。
小泉総理の靖国神社参拝、独島(日本政府の主張する竹島)領有権紛争、平澤を含む駐韓米軍撤収闘争、作戦統制権(指揮権)の移管論争、龍山基地移転後の環境汚染問題、米国の侵略戦争など多くの論争や闘争が繰り広げられている現実にあって、2編の映画は、このような事実(fact)を貫通している政治性にふれているようではあるが、ひとつは右派的政治性を、もうひとつの方は冷笑的政治性(?)をもっているということにすぎない。民衆の闘いは、あたかも存在してはいないかのように、だ。(「労働者の力」第109号、06年8月25日付、パク・ミョンソン/編集局長)
北朝鮮がミサイル再発射の動きを見せる
8月26日 b「金融制裁の解除は単純に凍結されたいくらかの資金を取り戻す実務的問題ではなく、6カ国協議はもちろん昨年9月の共同声明の履行に直結した問題だ」(北朝鮮外務省は、米国が東南アジア諸国やモンゴル、ロシアなど10数カ国に開設された北朝鮮口座の追跡調査を行っていることを避難)。
8月27日 bラムズフェルド米国防長官が韓国に対して、朝鮮半島有事の際の韓国軍の作戦統制権の返還時期を09年とする方針を今月中旬に文書で伝えていたと韓国メディアが伝える。
8月28日 b「北朝鮮の核実験施設は、常に準備状態で技術的能力も100パーセント備えている。決断さえあれば核実験の可能性は常にある」「実際に準備している直接的兆候はない」(韓国国家情報院長が韓国国会で明らかに)。
8月29日 b北朝鮮の弾道ミサイルの迎撃可能な対空ミサイル発射機を備えた米海軍イージス巡洋艦シャイローが横須賀基地 に配備される。
8月30日 b「中国は北朝鮮の水害状況を非常に心配しており食糧、重油、医薬品の人道援助を行うことを決定している」(中国外務省)。b対北朝鮮経済制裁が強行された7月の北朝鮮の対日輸出が前年同期比42%減、日本の対北輸出が36%減に(財務省調査)。
8月31日 b韓国の歴代国防相経験者や軍の元幹部約70人が、米国から韓国への戦時作戦統制権移管に反対する声明発表。
9月1日 b「6カ国協議共同声明採択から1周年となる9月19日をひとつのめどと考えており、北朝鮮の協議復帰に全力を挙げたい」(6カ国協議議長役の中国・武大偉外務次官が訪中した自民党関係者との会談で)。
9月3日 b韓国メディアが北朝鮮がミサイル再発射の動きを見せているとの政府筋情報を伝える。bFIFA・U―20(20歳以下)女子サッカー世界選手権大会(モスクワ)決勝で北朝鮮が中国に5―0で勝ち大会優勝を成し遂げる。
9月4日 b日韓の排他的経済水域(EEZ)境界画定交渉がソウルで行われ、2日間の交渉で合意に至らず終了。
9月5日 bスイスのローザンヌで南北双方の国内オリンピック委員会幹部が、国際オリンピック委員会(IOC)本部でロゲIOC会長を交えて会談し、中断していた08年北京五輪での統一チーム結成に向けた話し合い行う。b韓国メディアが中韓の情報筋の話として、金正日国防委員長の訪中準備が進んでいると伝える。
9月6日 b日本共産党の志位委員長が同党党首として初訪韓。
9月7日 b法務省入国管理局が横浜で開催されるシンクロナイト・スイミングワールドカップ参加のため入国予定していた北朝鮮選手団13人のうち3人(団長、マネジャー、通訳)の入国を認めず。
9月8日 b韓国外交通商省、独島(竹島)周辺海域を含む東海(日本海)での放射能汚染調査を、日韓共同で実施することで基本合意したことを明らかに。
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