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寄稿 「闘えば勝てる」ことを改めて確信         かけはし2007.2.26号

郵政4・28処分訴訟の勝利確定!

28年間の苦闘がついに報われた
            池田 実(郵政4・28処分裁判元原告・赤羽郵便局)

 「闘えば、勝てる」。郵政四・二八闘争の完全勝利をこの手につかんだ今、この言葉が確信を持って出てくる。二十八年目の職場復帰、はたして五十代半ばにさしかかった自分に郵便配達の仕事が再びこなせるだろうか、という体力への一抹の不安はあるが、気力の方だけは二十八年も耐えてきたおかげでどんな重圧にも負けない自信はあるつもりだ。
奇跡と言われた四・二八裁判勝利、その嵐と興奮が去り、少し心鎮めて原告としてこの最高裁決定の意味について考えてみる。

「社会通念に照ら
し著しく不合理」

大きな焦点は一九七八年の全逓反マル生闘争の責任の所在をどう見るかということだった。一審の東京地裁(山口幸雄裁判長)は、全逓の組織決定で行われた争議であるとしながらも、現場の個々の参加者の怠業行為(サボタージュ)を取り上げ、「反規範性」という悪罵まで浴びせて原告を非難、郵政省の懲戒免職処分を正当化した。
これに対して二審の東京高裁(江見弘武裁判長)は、「本件闘争は、全逓の統制と指導の下に遂行されたと認められ……いわばやりたい放題の無秩序な怠業行為と見る余地はない」と争議の組織性を認定したうえで、「事業の混乱、これによる国民生活上の不利益も、全逓及びその意思決定に関わった者が第一次的にその責を負うべき」と指導責任重視の判断を明確に打ち出し、「本件闘争につき、施設の破壊等の反社会的行動やその他の秩序違反行為等がないにもかかわらず、意思決定に従って忠実(又は執拗)に争議行為を実施したことのみを理由として、懲戒免職を課されるべき者が五十五名又は百三十数名もの多数となることについては、違法な争議行為についての問責のあり方として合理性に重大な違法がある」と郵政省の懲戒免職処分に重大な疑問を投げかけた。
 そして結論として、「個々の組合員の行為として見るかぎり、もたらされる職場秩序の阻害の程度は、たかが知れており、これに対する非難としての懲戒の内容及び程度にもおのずから限度があり、これを理由として懲戒免職を課す判断は、その合理性に重大な疑いがある」「懲戒免職は、全逓の意思決定に従って違法な争議行為を実施した組合員に課されうる懲戒処分の選択及びその限界につき、考慮すべき事実を考慮せず、社会通念に照らして著しく不合理な結果をもたらし、裁量権の行使を誤った重大明白な瑕疵があり、取り消しを免れず、また、無効というべきである」と言い切ったのである。

針の穴を通す
より困難 な訴訟

 高裁判決は、争議行為の一般参加者に懲戒免職を課した郵政省をきっぱりと断罪したのだ。さらに、勝訴するのは針の穴に糸を通すより難しいと言われる「処分無効確認訴訟」についても画期的な判断を下した。
この無効確認訴訟というのは、一九九〇年の全逓本部の再受験方針(処分取消訴訟の取り下げを条件に再採用の道をひらいたとした)に基づき九一年二月に私を含め十四名の免職者が再受験、しかし全員不採用という結果となったため、新たに行政処分無効確認訴訟として私が提訴したもの。処分取消訴訟が懲戒処分後六十日以内に行政不服審査(郵政の場合は人事院公平審査)を申し立て、その決定から六カ月以内に提訴しなければならないのに対して、この無効確認訴訟はその期限に関係なく提起できることとなっている。しかしその代わりに、取消訴訟が「違法」であれば勝訴できるのに対して、無効確認では処分に「重大かつ明白な違法」がなければ勝訴できないという高いハードルがあるうえに、他の訴訟手続では同様の成果を得られない場合に限って提訴できるという厳しい条件が付されているものである。
高裁判決を不服として最高裁に上告受理申し立てを行った日本郵政公社は「申立理由書」で特に力点を置いてこの無効確認訴訟に関する全面的主張を行っていた。しかし最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は、郵政公社の主張を退け処分無効確認についても確定させたのである。このことの意味は極めて大きい。裁判所が示した「重大かつ明白な違法」という理由は被免職者の個人的な事情ではなく処分全体の構造によるものであるので、今回提訴していなかった七人以外の被免職者にも共通するものとなるからである。時効がないので無効確認訴訟を提起することが可能であることを意味するのだ。だからこそ、それを恐れた郵政公社は最高裁への上告受理申立理由書で無効確認問題に重点を置いた主張を行っていたと言える。
しかし最高裁はこれも受け付けず最終的に郵政省の四・二八処分は「重大かつ明白な違法」処分として決着したのだ。

浮き彫りとなる
全逓指導部の罪

いくら全逓(現JPU)が処分の原因となった反マル生闘争を全郵政労組との合併のため「反省」し清算の総括文書を提出しようと、司法の場で反マル生闘争に対する郵政省の処分は違法と決せられたのだ。まさに恥の上塗り、あらためて全逓の罪が浮き彫りになったと言える。
一九九〇年、労使協調路線の障害となった四・二八反処分闘争の収束をはかるため自民党と裏交渉し、「再採用の道を開いた」と免職者に訴訟取り下げを条件とした再受験を強要、結局全員不採用となったあげく、今度は反処分闘争を終結し免職者を組織から放逐した全逓本部。組合員の雇用を守るという労働組合の最低限の責任さえ放棄し原告らを切り捨てた全逓の罪は重い。
何のための労働組合なのか、今回の最高裁決定はこの根源的な問いをJPUに再度突きつけている。断罪されたのは日本郵政公社、そして労働組合JPUなのだ。

「解雇自由」を認め
なかった最高裁

今回の最高裁決定のもう一つの意義は、首切りについての警鐘を鳴らしたことである。一審の地裁判決では処分者の大幅な裁量権を容認し、「首切り自由」とも取れるような判断を行った。国家公務員労働者の救済機関である人事院公平審につづいて裁判所も国に追随する姿勢を示したのだった。
しかし、高裁、最高裁はこれをきっぱりと否定、「事業体の秩序維持のために労働者を組織外に排除する懲戒免職の事由の合理性にはおのずから限界がある」と判断し、郵政省の裁量権行使の誤りを指弾したのである。
もし一審判決が維持されたなら、労働組合運動に関わる者はそのリスクを大幅に負うこととなってしまうだろう。組合の意思決定に関わらなくでも、その組織決定に従っただけで個人の責任とされクビとなっても文句は言えないとなってしまうのである。まさに労働組合運動の否定である。
その流れに歯止めをかけたのが最高裁決定だ。労働組合(全逓)が組織決定で反処分闘争を放棄しても自力で首切り撤回を勝ち取った今回の結果は、まさに皮肉としか言いようない。JPUは今回の最高裁決定を真摯に受け止め、率直に反省し免職者に謝罪すべきである。

一労働者として
これからも闘う

 二十八年間を振り返ると、夢が手のひらからこぼれ落ちそうな瞬間もあったが、ずっと暖かく応援してくれた全国の仲間に救われ、その日を信じることができた。負けるかもしれないと自分を諌めながらも、「きっと戻れる」という夢は決して捨てなかった。
 今、職場復帰を目の前にして、期待と不安で武者ぶるいする自分がいる。戻る職場の匂い、街の風はどう変わっているだろうか。私は五十四歳の新入社員の気持ちで少しでも早く職場の仲間、地域に溶け込むよう一生懸命努力するつもりだ。浦島太郎と呼ばれてもしかたない復活劇、当然現場に戻ってとまどいと混乱の日々が続くだろう。でも一方で、民営分社化という郵政の歴史的瞬間に立ち会えることができ、激動の渦の中にわが身を置いて現場の仲間とともに汗をかき苦楽を共にできることは無上の喜びでもある。
 二十八年の長きにわたって私たちを支え、応援し続けてくれた全国の心あるみなさんにあらためて深く感謝するとともに、これからは借りを返すつもりで一労働者として、残り少ない労働人生を、明るい職場作り、労働者が堂々と働ける社会作りのために捧げていきたいと思う。本当に長い間ありがとうございました。


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