| 求められる民主労総の実践課題 かけはし2007.2.26号 |
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不正・腐敗の責任を明確にし自主性と民主性の再構築を |
1月26日、ソウル市内で民主労総第39回定期代議員大会(大会)が開かれ、第5期執行部の選出などが行われた。代議員(定数1088人)の約9割が出席する中で、新執行部選挙には中央派(前進)、国民派(現執行部系)、左派│現場派の3傾向が立候補した。第1回投票では中央派272票(28・6%)、国民派471票(49・5%)、左派206票(21・6%)で、いずれも過半数に達しなかった。決戦投票の結果、現執行部系が482票(52・3%)に対し、事実上の2、3位連合が432票(46・8%)で、イ・ソッケン新執行部体制が選出された。かねて懸案となっていた執行部の直接選挙制度への移行問題については、いずれも賛同の意を表明したものの、国民派は関連案件の採択を諸決議などの採択後に回し、あげくに退場戦術(?)を駆使した結果、代議員数が定足数に満たず代議員大会は流会となり、同案件は次期臨時大会に回付されることとなった。(「かけはし」編集部)
失墜した民主労総の求心力
自主性、民主性、連帯性に代表される民主労組運動の伝統は、日帝下の植民地労働運動や解放期の全評運動、87年の労働者大闘争から全労協運動へと継承されたのであり、そして再び民主労総運動へと収れんされるとともに、民主労総は名実共に兼ね備えた1500万労働者大衆の希望へと浮上した。創立後、この10余年間、民主労総は内部的に運動路線の性格や方向をめぐって、さまざまな運動の傾向および勢力間の対立と衝突がかもし出される中でも、民主労組運動の気風を維持してきた。
96〜97年の力強いゼネスト闘争以後、総労働の求心としての民主労総の位相は外形的な組織力の成長にもかかわらず、絶えず弱まっている。すでに97年初めの第1期執行部│非常対策委による整理解雇制や派遣法承認の衝撃によって、いわゆる「国民と共に歩む労働運動」や「国民派」に対する大衆的公憤や不信が大きくなり始めた。
これに加え98年のIMFによる経済危機を口実として全面化した総資本の構造調整・柔軟化攻勢に対する数年にわたって続けられた構造調整反対闘争は、結果的に支配階級が強要する分割や競争のワナを、総労働者の団結した力によって取り去ることができなかった。そしてその過程で労働運動内部の差別や格差が拡大することさえキチンと防ぐことができなかった。
特に2000年以降は非正規職、特殊雇用労働者、中小零細事業場の労働者闘争が堰を切った水のようにはじけ出ているのにもかかわらず、民主労総の指導執行部は、この闘争を先導するどころか、消極的に無視・放置したり「管理」するという保守的な傾向を示してきた。1500万労働者大衆の希望として浮上していた民主労総は、この10余年間、総資本による新自由主義の柔軟化攻勢に立ち向かい総労働の大衆的希望や求心点としてキチンとその役割を果たせないことによって、民主労総80万の求心としてもキチンと作動できなくなったのだ。
不正を解明し反省を
1月26日に開かれた民主労総の執行部選挙でイ・ソッケン│イ・ヨンシク組候補が当選した。だがこの2〜3年間、内部の指導執行力の形成や実践の方向をめぐった対立や葛藤の溝が、かってなく深まっていることを反映するかのように、選挙結果に対する労働者・民衆運動内部の反応は極めて冷淡だ。
05年のカン・スンギュ不正問題の波紋は民主労組運動に極めて大きな道徳的欠如のレベルを越えた。これは単純にも「国民派」の問題としてのみ極限されたものではなく、民主労総の活動全般の名誉と運動倫理にもかかわる。イ・ソッケン執行部は第4期イ・スホ執行部の核心的人物であったのであり、今回の第5期選挙に立候補するとともに、カン・スンギュの不正の事態によってもたらされた一連の過程に対する明確な解明や反省、そして断絶を宣言しなければならなかった。第4期イ・スホ執行部、その後のチョ・ジュノ補欠(臨時)執行部、第5期イ・ソッケン│イ・ヨンシク新執行部のいずれも、いわゆる「国民派」と称されている活動家たちだ。
民主労総の内部的には2年前に発生したカン・スンギュ不正・腐敗問題を今なおキチンと解明したり清算することができていない。イ新委員長は、このような憂慮や不信を根本的に解決しようとする実践的意志を明確に示さなければならない。革新と団結の意志を組合員大衆や民衆運動陣営に誠意を尽くして示すとき、運動社会の隅々にまで失墜した民主労総の運動的信頼を回復しつつ公的運動の気風を再びうちたてることができる。この問題を「政派の葛藤問題」だとか「意図された政治攻勢」などと解釈し対応しては絶対にダメだ。仮にもイ・ソッケン委員長が今も問題をそのように解釈しているならば極めて深刻なことであり、これに対して「ケリをつける討論」でも開いてハッキリと解決していくのでなければならない。
現在の民主労総の危機は単純に特定諸政派の利害関係のせいで発生したものではない。大衆運動内部の政治的利害関係の違いや葛藤は、民主労組運動の自主性、民主性、連帯性を損なわない範囲で積極的に勧奨し、還流されなければならない。公的な大衆運動の秩序や規範についての相互尊重の風土を造成するための公論の場が新たに開かれなければならない。この公論の場で出てきたそれぞれの路線・実践的諸傾向が相互に共存しつつ協働的に民主労総運動と向かい合い、これを中心にして競争しつつも共に呼吸し「連帯性」を発揮することのできる転換点を至急に同意しなければならない。いわゆる国民派、中央派、現場派に分離・定立した現在の政派の構図もまた、多くの限界を内包している。
これまでのゼネスト闘争の組織化の過程などでの困難さを通じて確認されているように、各勢力のいずれもが現場との疎通において多くの問題点を抱えており、「身びいき、仲間うちのやり方」の危険に陥らず、路線や実践を中心として自らの活動に責任を持ち、検証しようとする努力を傾けなければならないだろう。
代議員の直選制の推進を
一方、現在の民主労総に必要なのは形式的、名分的民主主義を超え、「実質的で内容を伴った民主主義」を拡張するための努力だ。今回の代議員大会でも確認されるように、直選制の問題をおろそかにしてすり抜けようとするやり方の代議員大会は、もはや繰り返されてはならない。民主労総の当面の危機を能動的に突破することのできる機関として位置づけることはできないとして、組合員大衆からの厳しい叱責を受けている。
金属、公共部門をはじめとする傘下各労組の産別化の転換が実現されている。階級的産別運動を総括する主体としての民主労総が正しく機能するためにも、現行の間接選挙制の代議員大会は速やかに「直選代議員体制」への転換│自己解体のための能動的な役割を決意しなければならないだろう。第39回代議員大会で当選したイ・ソッケン委員長は次の臨時代議員大会において直選制の問題を第1号案件として取り扱うことを約束した。今後、臨時代議員大会で直選制を力強く決議し推進していけるように、直選制の推進作業をより公開的で攻勢的に準備していかなければならないだろう。
大衆闘争の強固な形成
民主労総は昨年12月、与党・開かれたウリ党提案の労使関係ロードマップを受けいれたことによる波紋について明確な反省的評価を組織しなければならない。民主労総は07年の1年間、労働者階級の犠牲と譲歩とを前提とする社会的合意主義に対する明確な反対戦線を設置し、大衆闘争のパワーと強固な民衆連帯を形成しなければならない。
民主労総4期指導部は社会的合意主義の問題を「交渉と闘争」の一般的問題に等置し、歪曲してきた。この結果は12月のロードマップ修正案に対する民主労働党と民主労総執行部の「野合的受け入れ」へと帰結した。韓国労総の9・11取り引きと五十歩百歩の結果のための交渉力・政治力は、ただただギマンにすぎない。06年のチョ・ジュノ執行部の「交渉と闘争」は明らかに失敗した戦術であり、07年はさらに悪くなった条件の下で総資本による民主労総上層に対する引き込み・融和策が強化されるだろう。
総資本によって繰り返される新自由主義の柔軟化攻勢に対して労働者階級が譲歩できる余裕も、また理由もない。06年に改悪された非正規改悪法は、07年上半期を経過するとともに恐ろしいブーメランとなって非正規労働者たちの広範な集団的契約解除・解雇を量産する力へと変化するだろう。階級大衆の闘争力と組織力を土台として展開することのできる方案を強く求めていかなければならない。
すでにこの数年間、民主労総の上層幹部は民労党運動に深く介入している。民主労総が民労党と共に対国会、対資本、対政府闘争を効果的に展開するための共助は必要だ。だが民主労総の上級組織であるかのように政治活動や路線についての排他的独占権を形成し、組合員の政治活動に対する自主的選択権を組んでいる独裁の論理は、もはや望ましくない。
04年の民主労働党の国会進出後、労働者大衆の要求を議員団を通じて反映する事業が活発に展開された。けれども議会の日程に合わせた請願運動の限界とともに、内容上においても深刻な問題や欠陥をさらけ出している。今こそ大衆闘争を中心として新自由主義に対決する新たな階級的政治闘争(対資本、対国会、対政府)が模索できるように、労働者政治運動の革新が必要だ。
また06年の常設連帯体(組織)建設をめぐる論議の過程を主導してきた勢力の場合、新自由主義に立ち向かう労働者・民衆の共同連帯闘争の幅や深みを拡張するための論議ではなく、特定政派(民族主義陣営)の政治的利害関係に添って、これを無理に貫徹させる強引な戦術を駆使した。民主労総は常設連帯体建設の問題を決定する先立って現在、覇権的に進められている韓国進歩連帯(準)への参加を保留し、労働者・民衆の共同闘争が効果的に展開できる連帯の方案について新たな討論を組織しなければならない。第5期民主労総執行部は自らの政治的利害関係によって解決してはならないし、重要だと考えるのであれば第一線地域の組合員たちを対象とした積極的な討論計画を提出しつつ、論議を拡張しなければならないだろう。
そして07年の大統領選挙について民主労総は、例年のごとく民主労働党に対する一方的支持を引き出しつつ労働者・民衆運動全体の連帯を阻害するようなことがあってはならない。民労党は労働者民衆運動全体を代弁し、また代表する政治組織ではない。民労党以外の多くの労働者民衆運動の政治力量が存在しており、大統領選挙の過程で組合員大衆や労働者・民衆運動内部の政治力量が、そして全体が能動的に連帯できるように門戸を拡大しなければならないだろう。
差別のない連帯と行動
最後に、第5期民主労総の「現場への大長征」が成功するためには失墜した民主労組運動の気風を今一度、立て直すために努力し、現場と地域の大衆闘争を力強く復元させつつ総労働の旗じるしをキッチリと掲げなければならない。
07年上半期闘争の準備過程からして生まれ変わった執行部の姿を、非正規・零細事業場、長期闘争事業場の問題に責任をとる姿へと、特にチョン・ウンジェ烈士(別項の記事参照)の鬱憤に満ちた焼身事件をキチンと解決しつつ、民主労組運動の気風をかざそうとする姿を一点の曇りもなく示さなければならない。われわれにとって現在必要な徳目は「規模」ではなく労働者が本当に1つとなるための、差別のない連帯と頑強な行動なのだ。(「労働者の力」第119号、07年2月2日付、チョン・ヘグォンノ編集委員長)
賃金協約をめぐる攻防と葛藤
タクシー労働者が焼身抗議
賃金削減案
に反対の立場
1月23日10時ころ、民主タクシー連盟仁川ウチャン企業分会所属のチョン・ウンジェ組合員が会社の車庫で焼身死亡する事態が起きた。故チョン・ウンジェ組合員は現在、仁川ソンミン病院の霊安室に安置されている。民主タクシー連盟によれば現在まで遺書は発見されておらず、タクシー連盟、民主労総仁川地域本部とウチャン企業分会が対策委を構成して真相究明を進めている。
故チョン・ウンジェ組合員の側近たちは、賃金削減となった賃金協約をめぐって葛藤が続いてきたという点から、彼の死の原因は明らかだ、という立場だ。問題は2002年の賃金協約締結後、06年に新たに賃金協約を更新するとともに始まった。06年、ウチャン企業分会のキム・イックワン現委員長が会社と進めた最終合意案は賃金引き上げどころか、平均15万ウォンの賃金削減を盛り込んでいたというのだ。
これに対して、賃金協約案に反対する立場を持っていた故チョン・ウンジェ組合員を含むウチャン企業分会の組合員らが規約に基づいて組合員総会の開催を要求したが拒否され、この状況のままで賃金協約が推進されたのであり、昨年12月1日に協約が締結されるに至った。これに怒った組合員らは民主タクシー連盟仁川本部を占拠し、交渉の無効と交渉委員の交替を要求した。これに対しク・スヨン民主タクシー連盟委員長は「交渉委員の交替および再交渉は可能だ」と約束したが、この約束は履行されないことが明らかになった。
会社に謝罪と
補償を要求
賃金協約をめぐって組合員らの葛藤が続くと、会社は賃金削減に反対した3人の組合員を不当に解雇した。結局、故チョン・ウンジェ組合員は、キチンとした手続きも経ないままに賃金削減を含む賃金協約案に対する怒りと、不当に解雇された組合員らに対するすまなさなどから自ら命を断ったに至ったものと見られる。これに対してタクシー月給制死守のための非常の会はチョン・ウンジェ同志が、解雇された同志たちを守り、賃金削減のない月給制を争取するために死をもって抗議した、と発表した。故チョン・ウンジェ組合員は、あと1年過ぎれば個人タクシーの免許発給を受けられる状況であって、遺家族らは悲痛感を隠せずにいる。非常の会は遺家族らとともに・解雇組合員の復職・規約違反の賃金締結の白紙化・会社の謝罪および補償などを要求して闘争を続けていく計画だ。
(「労働者の力」第119号、07年2月2日付)
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