| 7年ぶりの「南北首脳会談」が意味するもの かけはし2007.10.22号 |
十月三日、四日の両日、廬武鉉韓国大統領がピョンヤンを訪問して、七年ぶりの朝鮮半島南北首脳会談が開催された。四日には「南北関係発展と平和繁栄のための宣言」に両者が署名した。北朝鮮・金正日独裁体制の危機はどこまで深まっているのか、「宣言」の意味するものは何か。南北朝鮮関係をどう捉えるべきか。
住民統制はますます無力化
今日の時点から振り返ってみたとき、金正日が総書記に推戴されてから今日までの十年間とは何であったのか? それはひとことで言ってしまえば「北朝鮮自壊の十年間」以外の何ものでもなかった。干からびた金日成の主体思想によって愚民化され、金正日の「苦難の行軍」「先軍政治」路線によって棄民化された北朝鮮の多くの民衆はどういう状況にあるのだろうか? 彼ら彼女らは食糧配給システムなど崩壊して久しい中で金正日による統制をしたたかにかいくぐって自力で生活を再建するすべを身につけつつある。それに比例して金正日による住民統制はますます無力化されていくだろう。
金正日はこの苦境打開のためにやむを得ず閉鎖体制を解き、南北首脳会談開催をはじめとした対米、対韓国、対日、対中外交の場へと向かわざるを得なかった。積極的な改革・開放外交に転じたわけではなかったのだ。
南北交流では韓国への全面的経済依存から韓国による北朝鮮社会の経済的吸収へと局面は推移している。対米外交では核開発外交のもてあそびでブッシュを籠絡できると踏んでいた。ところが昨年の核実験強行によってその技術的レベルの拙劣さが露呈してしまいブッシュは対北朝鮮外交を硬化させるどころか逆に軟化させるという局面に至った。
対日外交では二〇〇二年九月の日本人拉致・抹殺の自認と引き替えに日朝国交正常化の進展を期待していたがその後の拉致・抹殺問題をめぐる外交姿勢、核実験強行などで国交交渉は頓挫し六カ国協議での合意を受けてようやく再始動する局面にある。対中外交では儀礼的な首脳の相互訪問を演出しながらも核実験強行以降は中国による外交的牽制の強化を招くこととなった。また中国が巨額の資金を投入して北朝鮮を資源供給基地化する動きに韓国が危機感を募らせるという局面にある。
南北の「経済協力」とは?
一般論で語れば前回の首脳会談が南北共同宣言で統一に向けた総論を提示したとすれば、今回の首脳会談での宣言(南北関係発展と平和繁栄のための宣言)はその各論を提示したといえる。だがその内実は北朝鮮の韓国への全面的経済依存から韓国による北朝鮮社会の経済的吸収への流れを示唆するものだ。金正日が最も積極的に求めたとされる経済協力事業についてみてみよう。
「南北は経済協力のための投資を奨励し基盤施設の拡充と資源開発を積極推進し民族内部の協力事業の特殊性に合うように各種の優待条件と特恵を優先的に与えることにした」(宣言)。これは韓国資本の進出には北朝鮮は喜んで便宜を図るということ。
「南北は(北朝鮮)海州地域と周辺海域を含む西海平和協力特別地帯を設置し共同漁業区域と平和水域を設定し」(同)とあるのは、北朝鮮の漁業活動を半ば独占している軍部が利権拡大のために新たな漁場を獲得する見返りに韓国側漁船に一定の通行権を認めるというもの。
「開城工団の第2段階開発に着手」「開城―新義州鉄道と開城―ピョンヤン高速道路の改修・補修」「安辺と南浦に造船協力団地を設置し、農業、保健医療、環境保護など各分野での協力」(同)などと文言上は南北共同を謳っているが実質的にはインフラ整備から完工に至るまですべてを韓国が請け負うというもの。
「南北は白頭山観光を実施しそのために白頭山―ソウル直航路を開設する」(同)というのは朝鮮民族の聖地とされる白頭山観光開発をも韓国資本が一手に引き受けて同地域の観光開発を進めている中国に対抗する前線基地にしようとするもの。韓国の大韓民族主義(ナショナリズム)は北朝鮮の民族主義をもしのぎ圧倒する勢いを持っていることを知らなければならない。
朝鮮戦争の現在の休戦体制から平和体制への転換については「直接関連する三カ国または四カ国の首脳が朝鮮半島地域で会談し終戦を宣言する問題を推進するため協力することにした」(同)とし、南北そして米中の四カ国トップによる会談を提唱したが「三カ国または四カ国」という表現に金正日がどういう意図を込めたかは今後の行動で明らかになるだろうが場合によっては中朝関係に影響することにもなるだろう。離散家族再会事業の拡大と常時化については誰もが納得のいく会談の成果として受け入られる。
金正日は自らの経済協力に関する要望をほぼ全面的に韓国側が受け入れたことへの答礼としてわざわざ韓国大統領選挙直前の`政治的に韓国民のだれもが熱くなるa時期の十一月に二つの大きな会談を開催すること(軍事的信頼措置構築の協議のための南北国防相会談・ピョンヤン、共同宣言履行のための南北首相会談・ソウル)をこの宣言に盛り込むことでノムヒョン大統領に応えた。
今回の首脳会談で南北どちらが得点を重ねたかという評価や分析が多いがそういう視点自体がもはや的はずれだ。韓国による北朝鮮社会の吸収が加速し、あわせて金正日体制下での北朝鮮社会の崩壊が確定した事実として露わになったということだ。金正日体制の生き残りは韓国に吸収・併合される以外の選択肢はもはやない。金正日自身がそのことを自覚していることも今回の会談で明らかになった。
六カ国協議の現局面
二〇〇三年から三年間にわたり紆余曲折を重ねてきた六カ国協議が昨年十月の北朝鮮の核実験強行からわずか五カ月後に合意を見るに至った経過は意外でもある。六カ国協議の協議目的自体(北朝鮮核実験阻止)が反故にされたその瞬間から協議合意の流れが形成されていったことの真相はどこにあるのか?
北朝鮮の核保有という既成事実化の前に各国が屈したわけでもない。むしろ北朝鮮があれだけ騒ぎ立てて長年にわたり国力のすべてを注いで周到に準備してきた核開発・核実験の結末が露わになったということ。
予想外の小規模爆発ないし実験自体の失敗が観測される中でむしろ六カ国協議構成各国は北朝鮮核アレルギーから解き放たれた。洞窟の中からどんなにどう猛な虎が顔を出すのかと固唾を呑んで見守っているところに現れたのはよちよち歩きの生まれて間もないばかりの虎だった。
一方の金正日自身も核実験実施という最終目的にようやくにして到達できたが万事そこまでで国力疲弊で息切れの窮地に。ようやくにして六カ国協議構成各国は北朝鮮核開発・核危機の演出が当初から巨額の経済支援獲得を自己目的化したものにすぎないことを了解した。ここに合意形成の芽が生まれ今年2月の合意(北朝鮮核施設の稼働停止と巨額のエネルギー支援)へと至った。
六カ国協議は北朝鮮核施設無能力化でその使命を終わらせてはならない。崩壊した北朝鮮社会を再建するための復興支援国会議として南北朝鮮に協力するという責務を果たさなければならないだろう。
米朝関係をどう見るか
北朝鮮核施設無能力化後に米国に残された課題は朝鮮戦争の最終処理問題となる。北朝鮮による核施設無能力化のプロセスが確実となった時点での米政府首脳部の訪朝は政治課題となり、米次期政権がどのような政治傾向で構成されようとも朝鮮戦争の終戦宣言と平和協定締結、そしてポスト金正日時代を見すえた政策が前面化していくことになるだろう。
「米企業の参入で資金面の問題はなくなった。北朝鮮が核施設を無能力化し米国と平和協定を結べば事業はすぐに進展する」。こう語るのは日本海に近接する中朝国境地域で北朝鮮・羅津港などの開発を手がける中国企業会長。九月には中国系米国人が率いる米国企業が三十億元の融資を表明した事実を明かしている。
北朝鮮は二〇〇二年に資源開発への海外資本の参入を許容し中国、シンガポール、ドイツ、スウェーデンなどが金、銀、亜鉛、鉄などの資源開発に乗り出しているといわれる。米系企業がここに食指を伸ばさない理由はなくなりつつある。
中朝・中韓関係の現実
中国共産党や中国外務省の現役官僚らが匿名で北朝鮮を批判する内部文書をまとめたとされる出版物『対北朝鮮・中国機密ファイル』(文芸春秋社)が九月に日本で出版された。同書がウリにしている「中朝間の深刻な不仲と反目の歴史」についての記述部分は現役の中国政府官僚でなくとも長年の北朝鮮研究者、追跡取材者なら誰もが指摘可能な事柄であり真新しい指摘があるわけでもない。
むしろ同書の中で関心を引くのは中朝国境で形成されている「カネさえあれば何でもあり」の闇のネットワークの存在を具体的事例を多数紹介しながら論証している部分だ。ここでは麻薬に絡む犯罪で中国当局に検挙された何人もの日本人までが実名で明かされている。そして同書が最終章で北朝鮮批判ならぬ韓国批判を展開しているのが注目に値する。〇六年時点で在中国の韓国人は六十万人を突破し北京に住む韓国人だけで十二万人に膨れあがっている。すでに北朝鮮・金正日体制崩壊を読み切っている中国はその後見人として登場してくるであろう韓国の大韓民族主義にこそ警戒心を高めている実情の一端がうかがい知れる内容となっている。
北朝鮮核開発に対して唯一真剣に危機感を持って反対姿勢を貫いているのは中国だ。理由は単純明快。北朝鮮核関連施設の多くは中朝国境近辺に存在しておりチェルノブイリ級の核惨事が発生すれば中国東北部全域が放射能に汚染されてしまう。これは中国にとっては座視しがたい現実なのだ。「内政不干渉」を外交原則とする中国が国連安保理の舞台で「同盟国」北朝鮮の核実験に対する制裁決議に躊躇することなく賛成した事実を軽く見ることはできない。
日朝国交交渉の展望
暗礁に乗り上げている日朝国交交渉も六カ国協議での日朝作業部会設置を受けて両国が好むと好まざるとにかかわらず交渉のテーブルにつくこととなった。この間の膠着状況を平たく表現すれば、「死亡した」と明らかにしたはずの拉致被害者を生存しているはずだから「すぐに返せ」と言い返されて困惑する北朝鮮、一方で「拉致問題は本質的に解決された」とする北朝鮮当局の一方的通告に対してキレるのはいいが、さりとて打開の道を経済制裁という断絶的手段にしか求められない日本政府。このにらみ合いには必要な仲介者(バランサー)が不在であった。
だが六カ国協議での日朝作業部会設置が合意されることによって日朝は双方がなんとか面子を保ちながら協議再開のテーブルにつくことになった。九月にモンゴルで行われた日朝国交作業部会では継続が確認され、日本での安倍退陣、福田内閣成立という北朝鮮にとっても予想外の事態の中で金正日は福田政権の出方を見極めるとし、発足間もない福田政権は「拉致事件についての北朝鮮の説明責任」論を語り始めこれまでの「被害者を生きて返せ」論からの転換を示唆している。
日朝国交交渉は双方が自己に固執した。主張を譲らない膠着状況から真剣に「解決の方途」を探る局面へと必然的に移行するだろう。 (荒沢 峻)
|